真・痕 投稿者:Hi-wait
「……またか……」
 目の前にあいた炭鉱を見て、ダリエリは大きく溜息を付いた。
 今までもそうだった。
 この、母なるレザムに存在する、数々の金属反応。
 それらは全て、鍋の形状をした、異様に堅い金属だったのだ。
 彼らはそれを、『チヅルナベ』と呼んでいる。
 どんな由来があるのかは、誰も知らない。
 とにかく、このチヅルナベは、彼ら狩猟者の爪をもってしても切り裂くことが出
来なかったのだ。
 そして、彼らの目の前にあるここも、またチヅルナベの産地だった。
 加工が出来ない金属。
 鍋にしか、その使用用途がない金属。
 少量ならまだいいが、困ったことに、チヅルナベは数が有り余っていた。
 それしか出ないのだから、当然である。
 このままでは、彼ら狩猟者は絶滅してしまう。
 もちろん、それを打開する案も出ていた。
 狩猟者の他に、この母なるレザムに生息する、唯一の生物。
 ヨークの力を借りて、恒星間移民をするのだ。
 このヨークという生物、図体がやたらと大きくて、今のところ狩猟者の食料以外
の役には立っていない。
 それでは、このヨークは、何を食しているのか?
 答は簡単。この生物、何故か何も食べなくても生きていけるのだ。
 ただし、味は激まずい。
 そのせいか、最近は生まれたばかりの同胞を食するという、一種異様なブームが
巻き起こっていた。
 そのため、人口は激減する。
 さらに困ったことに、彼らの魂……つまりエルクゥは、永遠不滅の存在なのだ。
 てなわけで、腕を組んで考え込むダリエリの周りには、転生できなかったエル
クゥ達が、ふよふよ浮いていたりする。
「なーなー、わてらまだ肉体なしで過ごさんならんのか?(訳:我々はまだ肉体な
しで過ごさなくてはならないのか?)」
 何故か関西弁になっているエルクゥに、しっしっ、と手を振りながら、ダリエリ
は考えていた。

「アズエルー! エディフェルー! リネットー! 夕食の時間ですよ!」
 彼女たちの姉が呼んでいる。
 アズエルは、とたんに不機嫌な顔になった。
「またリズエル姉のまずい料理を食べなきゃならないの……」
 大きく溜息を付く。
「そんなこと言ってると、またリズエルお姉ちゃんが怒るよ」
 リネットがくすっと笑って、リズエルの方に駆けていった。
 エディフェルも、そんなリネットと一緒に走っている。
「あーっ! ちょっと、待ってよー!」
 あわてて、アズエルも走り出した。

 相変わらず、料理はヨークの肉だった。

「まずい……」
 肉を一口食べたとたん、アズエルはそう呟いた。
「仕方ないじゃないの。これしか食べる物はないんだから……」
 そんな妹を、リズエルが諫める。
「そんなこと言って。本当は、リズエル姉の料理が下手なだけなんじゃないの?」
 作者としては、その意見には大いに賛成するところだが……やめておこう。千鶴
さんがあとでなんて言うか……
 そんな一家団欒の中、エディフェルは黙々と食事を続けていた。
 その時。
「すまないが、みんな揃っているか?」
 いきなり、何者かが彼女らのいる部屋に入ってくる。
「ダリエリ?」
 リズエルが、不思議そうに入ってきた相手を見た。
「前置きは省かせてもらう。……ヨークによる恒星間移民が決まった」
「移民?」
 鸚鵡返しに、エディフェルが聞き返す。
「そうだ。あの生物と共生関係を持ち、母なるレザムを離れ、どこか別の星に移民
する」
「で、それがあたしらとなんの関係があるわけ?」
 アズエルが、ダリエリの目を正面から見据える。
「リネットは、確かヨークを友としていたな?」
 いきなり話を振られ、リネットはびくっとしてこっちを振り向いた。
「え……は、はい。そうですけど……」
「君に、我々とヨークの仲立ちになってもらいたいのだ。そして、そのままヨーク
に乗ってレザムを出る。第一陣は……我々だ」
 呆然とする四人を余所目に、淡々とダリエリは告げると、そのまま出ていった。

 んで、その結果。

「まずい……」
 鍋の中身を一口食べたとたん、梓はそう呟いた。
「し……仕方ないじゃないの。今日は、梓が部活で遅くなるって言うし……」
 しどろもどろな千鶴。
「だからって、何で千鶴姉が作るの! 初音ぇー、なんであんたが作らなかった
の……」
「え……だって、千鶴お姉ちゃんが、『今日は私が腕によりをかけてあげる!』っ
て……」
 そんな一家団欒の中、楓は黙々と鍋の中身を千鶴の皿に盛っていた。
「どうするんだ、これ?」
「耕一……死にたくなかったら、手を付けない方がいいよ……」
「あ……ああ、そうだな。俺の中の『鬼』が、これを食うな、って言ってる
し……」
 耕一は、顔面蒼白になりながら、箸を置いた。
「……大体、千鶴姉の料理はおかしいんだよ。何で、使った鍋がみんな溶けてる
の?」
「でも、一つだけ溶けないお鍋もあるでしょ?」
「ああ、『千鶴鍋』ね。けど、逆を言ったらあれだけじゃない、千鶴姉が料理に使
えるのって」
「けど、あのお鍋、いつからあったんだろうね?」
 初音の疑問に答えることの出来るものは、存在しなかった……

                                          <完>