ディス・イズ・マイ・バースデー  投稿者:Fool


 毎年、9/10は委員長の誕生日ってことで…。
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 ピピピ…ピピピ…。

 遠くで目覚まし時計の音がしてる。
 なんや、もう朝かいな……はよ起きんと……。

「……ん……うう〜ん……」

 ベッドの中から手を伸ばし、脇に置いてある目覚まし時計のボタンを手探り
で押す。

 ピピピ…ピピピ…ピッ…。

 はふぅ……もちっと寝てたいけど…しゃあない、起きよか…。

 私は布団の中で大きく伸びを一つしてから、その反動を使って起き上がった。
 頭をボリボリと掻き、薄暗い室内を見回す。良く知った自分の部屋だ。

 こっちに引っ越してきた当初、違和感を感じていた部屋も、今ではすっかり
馴染んでいた。
 住めば都――。
 ふと、そんな諺が頭に浮かぶ。…あれ? 格言やったか? …まあ、どうで
もええ事や。

 窓を覆っている厚手のカーテンの隙間から、チラチラと朝日が零れていた。
 ベッドから出て、それを勢い良く引く。

 シャアァァァァァァ…。

 途端に白い光が室内に溢れ、目が眩んだ。
 額の前に手を翳し、空を仰ぎ見る。
 徐々に目が慣れてくるに従い、綿菓子みたいな雲が浮かんだ青い空が瞳に映
る。
 天気ええなぁ…。

 鍵を開けて窓を押し開く。朝の喧噪と共に新鮮な空気が部屋に入ってくる。
 私はもう一度伸びをしながら、部屋の壁に掛かっている時計を見た。

【9/10 AM6:35】

 そうか…今日は9月10日か…。
 なんや、私の生まれた日やないの…。
 はは、ここんとこ勉強尽くしだったんで、すっかり忘れとったわ……。





『先に行きます。おかずと味噌汁はレンジの中に入っています。チンしてから
食べて下さい。――母より』

 キッチンへ行くと、そんな紙がテーブルの上に置いてあった。
 何故だか、とても悲しくなった。

 おかんの大変さは判ってるつもりや。
 この不景気の中、女手一つで私を育てるちゅうことが如何に難しい事か、そ
れが判らん年でもない。
 けど…けどな、なんか、こう、一言くらいあってもええやん……。
 …でも、私もおかんのこと、どうこう言えへんな……。
 そや、なんてったって、自分自身が忘れとったんやから……。





 トゥルルルル…トゥルルルル…。

 制服を着て髪の毛を直し、机の脇に置いてある鞄を取ろうとしたとき、電話
が鳴った。
 誰やろ、こんな時間に……。

 トゥルルルル…トゥルルルル…。

 はいはい、今出るさかい、切らんといてや…。

 トゥルルルル…ガチャリ…。

「もしもし、保科です……って、おとんやないの! どうしたん? こんな朝
っぱらから…。えっ! そ、そんな…憶えててくれたん? あ、ありがとう…
…。あ、ええよ! ええ! そんなこと気にせんといて。わざわざこっちに来
てもらわんでも…。うん…うん、わかった。そっちも身体気ぃつけてな。ほな
ら切るよ…。うん、じゃ……」

 …ガチャリ……。

 ふぅ…おとんもマメやな。ふふ、なんや少し気分が軽なったわ…。ありがと
うな。
 …でも、電話ではああ言ったけど、本当はおとんに逢いたかったわ…。
 逢ってちゃんとした声で聞きたかった…。「誕生日おめでとう」って…。
 まぁ、おとんも仕事があるさかい、あんまり無茶言うのも悪いしな……。
 こんな事考えるのは、私がまだ子供だからやろか? いかんなぁ……。





 結局、今日は朝から、そんなモヤモヤした感じが拭えんかった……。
 学校の授業中も、何処か上の空やった……。

「どうしたんだ? 委員長」

 いつもと違う私の様子に気が付いたのか、隣に座っている藤田クンが休み時
間に声をかけてきた。
 私は話したい気分じゃなかったんで、軽くあしらう事にした。

「どうした…って言われても、どうもこうもない。…別にいつもと一緒や」
「いや、なんかさ、いつにも増して寂しそうな目してるからよ…」

 思わずドキリとした。
 藤田クンは“鋭い”と思わせる時が何度かある。幾ら心を閉ざしても、必ず
その隙間を見つけられてしまう。
 鋭い目つきは伊達やないと言ったところやろか? …あまり関係ないな。

「…ま、なにがあったか知らねえけど、俺に出来ることなら言ってくれよ、力
になるぜ…」

 そして、いつも優しくその隙間から語りかけてきてくれる。
 ぶっきらぼうなんやけど、さり気ない優しさ? みたいなもんを持ってる。
 きっと、イイ男って言うのは、藤田クンみたいなヤツの事を言うのやろな…。
 神岸さんが好きになるのも判るわ……。

「あっ! ひょ、ひょっとして、あの日か?」
「……豆腐の角に頭ぶつけて来ぃ」

 ……前言撤回や……。





「う〜ん……」

 放課後、家へ帰る途中の商店街で、知ってる娘を見つけた。
 知ってる言うても、友達って訳やない。ま、強いて言うなら知人や。
 綺麗なブロンドのポニーテールがトレードマークのその娘は宮内レミィ。
 別のクラスの女子やけど、ときたま私のクラスへ遊びに来てるさかい、よう
知ってる。
 確か、藤田クン達と仲良かったっけ?

「う〜ん……」

 その娘――宮内さんは、難しい顔で辺りをキョロキョロ見回しとる。…誰か
探してるんか?
 …と、思ったら目があった。

「Oh! トモコッ!!」

 真夏の向日葵みたいな、まっすぐな笑顔を浮かべて、駆け寄ってくる宮内さ
ん。
 …にしても、そない親しい訳でもないのに、いきなり名前で呼ばれるとは思
わんかった…。
 やっぱり、彼女が外人だからやろか? 確かアメリカだっけ? 向こうの人
は、みんなそんな感じって前に聞いたことあるし……。
 でも、家族以外に名前で呼ばれるの…久しぶりやな……。
 なんや、ちょっとこっぱずかしいわ……。

「待ってマシタ!!」

 私の前に来て、少し荒い呼吸で笑う宮内さん。
 待ってた? 私を? なんやろ? 彼女に待っててもらう謂われは無いけど
……。

「トモコ、ね、いま暇?」

 怪訝な表情を浮かべる私にお構いなく、そんな事を訊いてくる。
 ん〜、まぁ、暇言うたら暇やな…。今日は塾の無い日やし……。

「一応…暇やけど……何で?」
「Really!? 良かった、助かりマシタ!!」

 彼女は本当に「助かった」って感じで、両手を胸の前で組み合わせ、目を輝か
せる。
 あの〜、話が見えへんのやけど……。

「ならコレ、一緒に行かない?」
「……コレ?」
「Yes!」

 そう言って宮内さんが差し出したのは、二人分の映画のチケットやった。

 彼女が言うには、さっき商店街のスピードくじをやって当てたらしい。
 しかも、期限が今日まで。
 そこで、どうしようか迷っていたとき、私のことを見つけたらしい。

「ネ? 行こうヨ、トモコ!」
「え? あ〜…」

 どうしよか…。断る理由も無いし…。
 ただ、今日は塾無い分、家帰って勉強しよ思っとったけど…。

「ネ? ネ?」
「…あ、う、うん…」
「OK?」
「…うん、ええよ…別に……」
「ヤッターッ!!」

 なんか、彼女の勢いに押されたトコもあるけど…まぁ、ええか…。たまには
息抜きも必要やろ。
 しっかし、この宮内さん、行動の一つ一つがオーバーリアクションでおもろ
いわ…。
 こないに、自分の感情を表現できる娘って珍しいんちゃう? ……少し羨ま
しいな……。

「それじゃ、映画館へLet’s Go!!」
「あ、ちょっ、ちょっと……」

 彼女は私の手を掴むと、いきなり駆け出した。
 ほんま、元気のええ娘や……。





『…でございマスですよ!!』
『ほえ!?』
『いや〜ん! 見事にツルツル〜!! ああ〜ん! お待ちになってぇ〜』
『ほえ〜!?』
『ちゅ〜ちゅちゅ!!』
『んもぉぉぉぉぉぉぉぉ…』
『可愛いらしいですわっ!!』
『はにゃ〜ん…』

 映画館の銀幕に映し出された映像を見たとき、私は言葉を無くした。

「ちょ、ちょっと、宮内さん!」

 他の人の迷惑にならないように、小声で彼女に呼び掛ける。

「What?」
「What? …やない! なにこれ、アニメ映画やないの! こんなん聞い
てへん!」

 私の抗議を、宮内さんは何の臆面もなく、それどころか満面の笑顔で返した。

「日本のAnimation、ワタシ好きダヨ」

 ……しもうた。せめてタイトルくらい訊いておくべきやった……。
 この勝負、私の負けや……。

 ちなみに、タイトルは《少女革命CC電脳組》ちゅうらしい…。
 どう見てもお子様向け映画なのに、何故か観ている人の年齢層が高い。
 ざっと周囲を見回しても、“ちぃちゃなお友達”と“おおきなお友達”の比
率が1対9くらいやろか……。
 しかも、幾ら夕方とは言え平日やのに…。

「なにか、世の中まちごうとる気がするけど……」
「いや、これで良いのだ」

 いきなり、隣に座っていた小綺麗な身なりの男が話しかけてきた。

「例えお子様向けでも、例え女の子向け作品でも、アニメと名が付く物を観る!
これぞおたく! その結果、世間様から後ろ指さされようとも、家族から白い目
で見られようとも、職場で村八分を食らおうとも、全く意に介さない! ただひ
たすら我が道を突き進む! それが、真(まこと)のおたくと言うもの! ……
昨今、やたら主体性の無い若者や、没個性的な若者が目に付くが、そんな彼らに
こそ、このおたく精神が必要だと思うのだが、如何かな? 名も知らぬお嬢さん
…」
「……誰や、あんた……」





 リー…リー…リー…。
 リー…リー…リー…。

 映画館を出る頃には、すっかり日も落ちて、辺りは薄暗いヴェールに包まれ
ていた。
 私らは、映画館の側にあった小さな公園に来ていた。
 街灯に照らされたベンチに二人で腰掛け、虫の鳴き声をBGMにさっき観た
映画の話をする。

「…とっても面白かったデ〜ス! トモコは?」
「…ん〜、なんつうか、良く判らんかった。けど、作品の持つパワーみたいな
もんは感じたなぁ…」
「それでこそ、マコトのおたくネ!」
「なんや、それ? さっきの兄ちゃんの受け売りか?」
「Yes!」
「アホらし…。大体宮内さん、あんた、おたくの意味判って言ってるん?」
「ワッカリマセ〜ン! ニャハハハハハ…」

 私はいつの間にか、朝から感じていた不審なモヤモヤ感が消えて無くなって
いるのに気付いた。
 あの映画を観たからか? いや、多分それもあるけど、それだけやない……。

 不思議な娘や、宮内レミィ……。
 彼女と話していると、なんや、気分が軽うなっていくのを感じる。
 大らかな人柄のせいやろか? …ま、悪く言うたら天然系って事なんやろけ
ど…。
 こんな娘、向こうにもおらんかったな…。

「なぁ、宮内さん…」
「What?」
「今日は…その…あ、ありがとうな。さ、誘ってくれて…」

 うわっ、なに? 私ずいぶん照れくさい事言ってる…。
 なんか彼女の顔、ちゃんと見れへん…。

「今日な…私の誕生日やったん……」
「Really!? Happy Birthday!?」

 宮内さんの驚いた声。
 私は、こくりと頷く。
 どうしたんやろ…こんな事話すなんて……。
 こっち来てからは、敢えて自分から他人との接触を極端に避けてきた筈なの
に……。
 彼女とは、もっと話がしたい……。素直にそう思える。

「…せやけど、朝からちょっとあってな、すっきりせぇへんかった……。でも、
宮内さんが映画誘ってくれて……って、あれ?」

 気が付くと、いつの間にか隣に彼女の姿はなく、自分一人がベンチの上に取
り残されていた。
 宮内さん、何処いったんやろ……。

 彼女の姿を探して辺りをキョロキョロしていると、不意に背中から声がかけ
られた。

「Hey! You!!」

 振り返る私に向かって、なにかが放物線を描いて飛んでくる。

「おっとっと…」

 私はそれを両手でキャッチした。
 それは、道端の自販機で売ってるような、炭酸飲料の缶ジュースだった。

「なにこれ?」

 と首を傾げていると、いきなり冷たい液体が顔に吹きかかった。

「うわっ!! 冷たっ!! なっ、なに!? なんやの!?」

「アッハハハハハ」と笑い声。
 見れば、そこには自分の手にあるのと同じ缶ジュースを持った宮内さんが笑
っていた。

「Champagne ShowerナラヌSoda Showerネ」

 得意そうに胸を反らす宮内さん。
 彼女の手にした缶は空いていた。そこで私は全てを理解した。

「っ! こんのぉ〜っ! お返しやっ!!」

 私は手に持った缶を勢い良く振ると、飲み口を彼女の方に向け、その栓を引
き抜いた。
 途端に、缶の口から中の液体が、勢い良く宮内さんめがけて飛び出す。

「キャアァァァァァァッ!!」
「逃がさへんでっ!!」

 彼女は楽しそうな悲鳴を上げて逃げ回り、私はその後を追った。
 飛び散る飛沫が、街灯の光でキラキラと輝いていた。





 やがて、缶の中の炭酸が抜けた頃、私ら二人は荒い息を付きながら地べたに
座っていた。

「ハァハァハァ…」
「ふぅふぅふぅ…」
「ハァハァハァ……クッ!」
「ふぅふぅふぅ……ぷっ!」

 そして、ビショビショに濡れた顔を見合わせ、お互いに笑い合った。
 …久しぶりや、こんなにお腹の底から笑ったのって……。

 その後、手にした缶を「乾杯っ!」とぶつけ合わせ、半分になった中身を飲
み干す。
 炭酸がすっかり抜けて只の砂糖水になってたけど、とても美味しかった……。





「宮内さん、今日はホンマ、ありがとうな…」

 そう言って手を出す私に向かって、彼女は指を小刻みに振りながら「チチチ
チ」と舌を鳴らす。

「レミィ…でイイヨ、トモコ」
「…OK、レミィ。Thank you very much!!」
「ドウイタシマシテ! お誕生日オメデトウ、トモコ…」

 もう一度、私らは笑い合った。

 今回の誕生日プレゼントは、とっても素敵な物やった…。
 多分、今までの人生の中で一番……。

 ありがとう…。そして、これからよろしく頼むで、レミィ……。





                ・・・





「ところで、レミィ…」
「What?」
「住めば都…って諺? それとも格言?」
「日本語デ〜ス!」
「まんまやないのっ!」





                                ――了

                              1999/09/10
                            Written by Fool
                        BGM:DARIUS2《say PaPa》
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 委員長やレミィの話を書いてていつも思うのは、《智子語(又は由宇語)辞
書》や《レミィ語辞書》っての欲しいって事。
 だって、彼女らのしゃべり方って特殊なんだモン(それが良いのだが/笑)。
 普通の辞書だと、変換するのが面倒で……(苦笑)。