紅く染まった空の下で 投稿者:Fool
 床屋で散髪中に閃いたネタ…。
 18禁ぽいけど18禁じゃない……筈。
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 屋上へと続く階段を昇っていく浩之。

 既に最終下校を促す放送が流れてから5分が経っていた。
 階段に設けられた窓から差し込む西日が、辺りを紅く染めている。
 浩之は赤光に目を細めると、額の辺りに手をかざし、それを遮る。

 ふと、視線を上に走らせると、そこには夕日を受けて赤銅色に光る鋼鉄製の扉があった。
 ドアに近づきノブに触れる。外見の色とは打って変わって冷たい感触。ひんやりとした、
鉄の手触り。
 ノブを捻る浩之。微かに擦れた金属音。
 そのまま扉を押すと、キィィィィと軋んだ音を立てて鋼の扉が開いていく。

 先程とは比べ物にならない程の赤光が浩之の目を射抜く。
 軽く呻き、顔を背けながら瞼を落とす。
 そのまま、暫く立ちつくす浩之。
 やがて左腕を顔の前にかざし、少しずつ目を開けていく。
 視界が回復していくに従い、見慣れた屋上の風景がぼやけながらも網膜に映り始める。

 そこは、朱色の世界だった。

 自分の身長の何倍もある金網も、バスケットのコートも、少し古びた感じがする木製の
ベンチも、風雨に晒され生徒達に踏みしだかれたコンクリートの床も――。
 全てが朱に染まっていた。

 浩之は大きく息を吸い込んだ。
 空気からは少し冷たい黄昏時の匂いがした。

 遠くグラウンドの方から、人のざわめきが風に乗って聞こえてくる。
 おおかた、運動部の連中が後片づけでもしてるんだろう。
 そんな事を頭の隅で考えながら、浩之はかざしていた腕越しに空を見上げた。
 仄かに紅い、出来かけの綿菓子の様な雲が夕空に数個浮いている。
 手を伸ばせば掴めそうなそれら――。
 しかし、そんな自分らしからぬ思考を苦笑しながら打ち切る。
 照れ隠しに、かざした左腕で自分の頭を掻いた。

「藤田…クン?」
 ふと、誰かに名を呼ばれ、浩之は手の動きを止めた。
 辺りを見回す。
 その声の主はすぐに見つかった。
 屋上の端で、クラスメイトの保科智子が、驚いた表情を浮かべて浩之のことを見ている。
「よっ、やっぱここに居たな」
 浩之は頭を掻いていた手で扉を閉めると、彼女の側に歩いていった。

「まだ机に鞄が掛かってたからさ…もしかしたらここかなって」
 そう言って、彼女の脇に立つ。
「ふ、ふーん」
 彼女は浩之から視線を落とし、少し照れたように笑う。
 浩之は、そんな彼女の仕草に目を細めて微笑む。

「しかし、珍しいじゃねぇか」
 智子の側から離れ、屋上を覆うフェンスに向かうと、そこに手を掛ける浩之。
 かしゃん、とフェンスが鳴った。
 遠くを見遣ると、そこには落日に照らされる市街地があった。
「何が?」
「こんな時間まで学校に残ってるなんてさ…」
 智子は、ふふ、と笑いながら浩之の隣に立ち、同じようにフェンスに手を掛ける。
「一人で黄昏てたんや…。ま、たまには、こうやってのんびりするのも悪ないな…って」
 西日に彩られる街並みを遠い目で見る智子。
「へっ、らしくねぇな…」
「お互いにな…」
 ぷっ、と吹き出す二人。
 柔らかな風が二人を撫でていく。

「でも、いいのか?」
 視線を街に合わせたまま、浩之が声を掛ける。
「何が?」と智子。
「塾……あんだろ?」
 横目で智子を見ながら浩之が訊いた。
 智子は、
「ああ…。もう、ええんや……」
 と街を見る目を細めながら言った。
「塾より大切なもん…見つけたから……」
 そう言って、優しい笑顔を浮かべて浩之を見た。
 二人の視線が合う。
 浩之はそんな彼女の笑顔に思わず視線を逸らして、ぶっきらぼうに「ば、馬鹿野郎…」
と照れながら言った。
「ふふ…」
 と笑う智子。
「これからは、もっと高校生活を楽しむ事にしたんよ…」
「いいんちょ…」
「だって、たった一度しかない高校生活やもん……勉強なんかで潰したら、勿体ないやろ」
「…へぇ〜、あのお堅い委員長の言葉とは思えないな。…変わったよ、いいんちょ」
「ふふふ、どうやろな…。案外、こっちが地なのかも知れへんよ…」
「うひぃ〜、さいですか。…っとに、女は判らねぇな」
 肩を竦める浩之を見て、コロコロと笑う智子。だが、すっと真面目な顔に戻ると、
「冗談はさておき、それを教えてくれたのは藤田クンや…」
 と、浩之の顔を見据えて言った。
「お、俺?」
 自分を指さし、きょとんとした表情で応える浩之。
「ありがとな…」
 心から出てきた感謝の言葉を自然に言う智子。
「そ、そんな…よせよ、照れるだろ…」
 照れ隠しに顔を逸らして、ポリポリと頬を掻く浩之を智子は「くすくす」と笑いながら
見ていた。

 やがて、
「ふぅ〜〜〜〜〜んっ!!」
 と智子は伸びをし、
「ほんと、去年一年間は肩肘張って生きてきたからなぁ…。そう考えると、なんや勿体な
いことした思う」
 ポンポンと自分の肩を叩きながら、自嘲気味に呟く。
 それを見ていた浩之は、
「いいんちょ…」
 と彼女の手を掴んで自分の方へと引き寄せる。
「きゃっ…」
 浩之に背後から抱きしめられるような形で、彼の腕の中へ収まる智子。
「な、何? …あっ」
 戸惑う智子に応えず、浩之は彼女の肩を優しく揉み始めた。
「なら、俺が凝った肩をほぐしてやるよ」
 そう言って、首の付け根から肩に掛けて揉んでいく。
「んっ…ちょ、ちょっと…藤田クン! …っ……」
「いいって、いいって、ホラ、大人しくしてな…」
「あん…そんな…んん……。マ、マッサージは癖になる言うた…やろ……」
「固いこと言うなって、ホレホレ」
「ぅん……もぅ、しゃあないなぁ……」
 観念し、全身の力を抜いて浩之に身体を預ける智子。

「ここ…気持ちいいだろ?」
「うん…」

「お? ここなんか凄い凝ってるな…」
「…うそ?」

「…どうだ?」
「うん。…ええ気持ちや…」

 浩之に肩を揉まれながら、ほう、と切なげな息を漏らす智子。
 お下げ越しに見えるうなじが、夕日の色とは違う、淡い赤に染まっていく。
 か細い肩を、壊れ物を扱うような感じで優しく揉みほぐしていく浩之。
 いつしか、自分が微笑んでるのに気付き、苦笑する。

「ここも、こうすると気持ちいいって知ってた?」
 そう言って、浩之は智子の二の腕を揉む。
「あっ!」
 ぴくっ、と一瞬身を強ばらせる智子。が、すぐにその硬直を解く。
「どうだ?」
「ん…気持ちええ」
「…だろ」
 そう満足げに言うと、浩之は首の付け根から肩、そして二の腕をまんべんなく揉んでい
く。
「くぅ…ん」
 切なげに呻く智子。先程よりも呼吸が荒くなっていた。

 不思議な感じだった。
 彼女とこうして戯れあっていると、安堵感と高揚感が同時に感じられる。
 それらと、彼女を独占しているという奇妙な達成感が入り交じり、浩之は自分の鼓動が
高まっているのを感じていた。
「藤田クンの心臓…ドキドキ言ってる」
「えっ!?」
 自分の心を見透かされた事に、ドキリとなる浩之。
「う、うそ!? …聞こえた?」
「ふふふ…嘘や…」
「こ、こいつぅ〜」
 そんな智子の可愛らしい嘘に、浩之は自分の心が優しく締め付けられるような錯覚を覚
えた。
「…んなこと言う奴は、お仕置きだっ!」
 浩之はお返しとばかりに、左手で智子の顎を押さえると、右手で彼女の首筋の裏を軽く
押した。
「ああっ!」
 思わず上がった智子の声に、慌てて手を止める浩之。
「わ、わりぃ…。痛かったか?」
 心配そうに彼女の顔を覗き込む浩之。しかし、智子はふるふると頭を横に振った。
「そこ……もっとやって…」
 潤んだ瞳で懇願する智子に、浩之の心臓が一つ鐘を打った。
「あ、ああ…」
 再び動き始める浩之の手。
「ん……っ……はぁ……はぁ……っ……」
 彼に首筋を刺激される度に、彼女の口から熱を持った息が吐き出される。
 それにシンクロして早くなっていく浩之の鼓動。
「んんっ…」
 智子が、自分の左手の人指し指を切なげに噛んだ。
「いいんちょ…」
 浩之は、智子の肌が微かに汗ばみだしたのを感じた。
 智子の首筋を押す度に、そこがじっとりと吸い付いてくる。
「いいん…ちょ…」
 喉がカラカラに乾き、出てきた言葉が詰まる。

 と、そこで、首筋を押すのを止め、その手を智子のお下げ髪に伸ばす。
 一つに編み上げた髪の一番下にあるバンドを器用に外して、彼女のお下げを解く。
 綺麗に合わさっていた黒髪がパラパラとほどけて、智子は少し癖のあるロングヘアにな
った。
「ふじた…クン?」
 そんな浩之の行動に後ろを振り返ろうとした智子だったが、それよりも速く浩之は両手
で彼女の頭を後ろから抱え込む。
 そして、自らが解いた黒髪を指の間に絡ませながら、彼女の頭皮を指の腹でマッサージ
していく。
「ああっ! あああっ!! くぅぅぅ…」
 大きな声を上げて身を震わす智子。同時に両手でフェンスを掴む。
 浩之は、智子の耳の辺りに掛かる髪を下から上へと指で梳っていくと、今度は上から下
へと指の腹でマッサージをしていく。
 その動きに合わせて、智子の掴んだフェンスがカシャカシャと鳴る。
 仄かな汗の香りと、智子自身が持つ女性特有の甘い香りが浩之の鼻腔をくすぐる。
 浩之の頭の中の理性が、心の奥から湧き出した欲望に浸食されていく。
 智子の頭を揉む手に少し力を入れる。
 彼女は痛がらない。
 そのままの力で、ある時は乱暴に、ある時は優しく彼女の頭皮を愛撫する。
 こぼれる吐息、滲む汗。
 カシャカシャと鳴り続ける金網。
 熱に浮かされた様な表情で行為に没頭する浩之、それに応える智子。
 痺れていく意識。
 そして――。



 一際大きく、フェンスが鳴った――。



 太陽はその身体の半分以上を西に沈め、空は紅から碧に変わり始めた。
 先程までグランドからしていた声は既になく、学校は静寂の空気に包まれていた。
 屋上に吹く風も、もう夜のそれになっている。

 ボンヤリとした表情でベンチに座っていた浩之は、冷たい風に身震い一つすると、隣に
座る智子を見た。
 彼女は背中の辺りまである自分の髪を、右肩から前に垂らし、器用に一つに編み上げて
いる途中だった。
 ふと、浩之と目が合い、
「な、何?」
 と照れた笑みを浮かべる智子。
「いや…」
 浩之も照れた表情で、
「女の子が、髪を編んでる姿って…なんか、いいな〜…って」
 と鼻の頭を掻きながら言った。
「も、もう…」
 少し困ったように智子が笑った。

「こらーっ!」
 智子の髪が編み上がった頃、屋上のドアが開いて一人の教師が顔を出した。
「いつまで残ってんだーっ! もう下校時刻はとっくに過ぎてんぞー!!」
「へぇーへぇー、今帰りますよぉー」
 浩之は大声を上げる教師に向かって手を上げて応えてから、「よっと」とベンチから跳
ね起きた。
 パンパンとズボンを叩き、まだ座ってる智子に向き直り、
「よし! …じゃ、帰ろうぜ、智子」
 と彼女に手を差し出す。
 一瞬、名前で呼ばれたことに驚いた智子だったが、
「うん」
 と大きく頷くとその手に自分の手を重ねた。

 緋と藍が入り交じった空には、もう一番星が輝き始めていた。

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 …なんだかな〜(苦笑)。
 頭刈られてる最中にこんなネタ考える俺って…。ん〜、もはや末期症状?(爆)
 ま、たまにゃいいよね〜。真面目(?)なSS書くのも…。

 でも、こんなの書いておいてアレだけど、やっぱ浩之にゃあかりがお似合いだって…。
 PS版THやって、ホントそう思いましたわ。