CR『ToHeart』(中編) 投稿者:Fool
 章ごとに謎の数字が振ってあるのは、dyeさんの名作『金色の射手』をマネしたせい
です(笑)。
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(事の経緯)とある日、駅前にパチンコ屋がオープンする事をしった冬弥は、店の前で偶
然、由綺と弥生に逢う。
 話の成り行き上、三人でパチンコを打つ事と相成ったが、果たして…。(/事の経緯)



					【737】

 開店時間の十五分前に、俺達は店内に入ることが出来た。


 新装オープンの場合、チラシの定刻通りにシャッターを開けると、待っていた人達が、
わっと入口に集中して、大混乱になる場合が多い。
 そこで、店によっては今回のように少し早めに店を開け、店員が客を台まで誘導する所
がある。
 このパチンコ屋は、そのタイプだった。


 店の中は、なるほど新規開店って事で、新品の匂いで溢れていた。
「へぇ…結構キレイなんだね…」
 由綺が辺りを見渡しながら、感心したように呟く。
「出来たばっかりだしね。…それに、最近はどこもみんなこうだよ」
「ふ〜ん…そうなんだ」


 昔のパチンコ屋って所は、確かに汚い印象があった。
 ヤニのこびり付いた壁とか、いくらワックス掛けても、くすんだ色しか出ない床とか、
etc…。
 それに、店内は煙草の煙が充満していて、ある意味、非喫煙者には地獄のような場所だ
った。
 しかし、最近は女性客が増えてきたせいもあって、店内はとても清潔に保たれている。
 店によっては、全席禁煙なんて所もあるらしい。

 ん…? どうやら、この店は全席禁煙のようだぞ。
 壁に大きな字で、その旨が書かれているプレートが止まっている。
 煙草の煙って、結構喉にくるんだよね。
 歌手である由綺にとって、喉は大切だから心配していたんだけど、その辺は大丈夫みた
いだ。


「どうぞこちらへ…」
 落ち着いた感じの中年店員に案内されて、俺達はパチンコ台の前に座った。
「これがパチンコかぁ…」
 由綺が台をまじまじと眺めながら座る。
 そんな由綺に苦笑しながら、彼女の隣に俺が座り、俺の隣に弥生さんが座った。

 おおっ、正に『両手に花』状態と喜んでいた俺は、これから自分が打つ台を見て、思わ
ず声を上げた。
「こっ、これはっ!! まさかCR『ToHeart』!?」


 ――CR『ToHeart』。
 そもそも『ToHeart』とは、リーフってゲームソフト会社が作ったパソコン用の
ゲームだ。
 とにかく凄い人気で、発売から一年以上が経っているが、いまだに雑誌の人気ゲームラ
ンキングにその名前を見ることが出来る。
 最近では、プレイステーションにも移植されることが決定しているし、テレビアニメに
もなるらしい。

 …で、そのマルチ展開の一環として、このCR『ToHeart』が開発された。
 頭にCRの文字があるように、現金ではなく、パッキーカードと呼ばれるカードを使っ
て楽しむタイプのパチンコ台だ。

 CR『ToHeart』の大当たり確率は1/315。
 大当たり時の出玉数は約2400発。
 通常の台よりも大きめな液晶画面が特徴的なCR機だ。

 台中央のスタートチャッカーに銀玉が入ると、画面内に並んでいる三つの図柄が回転を
始める。
 数秒後に左、右、真ん中の順で図柄が止まり、三つの図柄が揃えば大当たり。
 図柄は『1』〜『8』と『L』『E』『A』『F』の十二個。
 図柄の内、『3』と『7』で大当たりさせると二回の確率変動に突入。
 変動後の確率は1/75。以後、『3』と『7』を引き続けることで、確率変動が継続
する。いわゆるリミッター無しのタイプだ。

 そういう内容から、この台の人気は高いのだが、実はそれだけではない。
 もう一つ、この台の人気に一役買っている要素がある。
 それは、豊富なスーパーリーチ群。
『ToHeart』に登場したキャラクターが、リーチ時に様々なアクションを見せてく
れるのだ。
 見ててハラハラするヤツや、思わず吹き出してしまうようなヤツなどなど…。
 とかく、パチンコは長時間やっていると『飽き』が来るものだが、この台にはそれが無
い。

 …以上の理由で、現在どこの店行っても、この台は満員御礼状態が続いている。
 そんな人気ナンバーワンの台を、まさか新規開店時に打てるとは…。
 俺は心の中でギャンブルの神に感謝した。


「…で、ここにカードを入れてからボタンを押すと球が出てきます」
「ふんふん…」
 …と俺が一人、悦に浸っていると、隣から弥生さんと由綺の声が聞こえてきた。
「このハンドルをこれ位回して、ここの『天釘』から『ぶっこみ』辺りを狙って銀玉を打
ち出して下さい」
「なるほど…」
 どうやら、弥生さんは由綺にパチンコの打ち方を教えているようだ。
 しかし…さり気なく専門用語を飛ばしているな…弥生さん。
 彼女、確かこう言うギャンブルの類はやらない人じゃなかったっけ?

 弥生さん…あなたは一体…。



					【747】

 いよいよ、開店一分前を切った。
 否応なしに高まってくる店内の空気。
 それは、まるで短距離走のスタート前の雰囲気に似ている。
 由綺じゃないけど、俺の心臓も緊張の余りドキドキとしてきた。

 先程買っておいたパッキーカードをスロットの中に滑り込ませる。二千円のヤツだ。
 球の受け皿部分に取り付けてある、デジタルに『20』と表示され、俺はその横に付い
ている『球貸』ボタンに左手の人指し指を置いて、その時を待った。


 ♪ぢゃん ぢゃん ぢゃんぢゃかぢゃんぢゃん ぢゃんぢゃんぢゃんぢゃんぢゃん!!


 突然、店内に『軍艦マーチ』が大音量で鳴り響いた。
 同時に、店内の台という台から、じゃらじゃらとパチンコ玉の転がる金属音が聞こえて
くる。
 遂に待ちわびていた時が訪れた。戦いの狼煙が上がったのだ。
 俺も『球貸』ボタンを押して受け皿の上に球を出す。
 そして、右手でハンドルを握り、半分ほど捻る。


 ハンドルは台内部に設置してある打ち出し機と連動しており、これの回す度合いによって
玉の打ち出されるスピードが変わっていく。
 たくさん捻れば、それだけ強い力で玉が跳んでいくのだが、通常は、そんなに強く打ち出
す必要はなく、三分の一から半分位が目安となっている。
 ま、この辺のさじ加減は人によってマチマチだから何とも言えないが…。


 やがて俺の台も、銀玉が中の釘で跳ね始めた。


『いらっしゃいませ! いらっしゃいませ! いらっしゃいませ! 本日はご来店頂き、
まぁ〜ことにありがとうございますっ!!』


 店内の軍艦マーチに被って歯切れの良いアナウンスが流れてきた。


『当店は、〔出ます!〕、〔出します!〕、〔出させます!〕をモットーに、ジャンジャ
ンバリバリ〜、ジャンジャンバリバリ〜と出血大サービスで皆様にご奉仕させていただき
ます! どうぞ、お時間の許す限りごゆっくりとお楽しみ下さい!』


 へへっ、言われなくてもそのつもりさ。
 今日はバッチリ稼がせて貰うぜ!

 …しっかし、流石に新規開店。デジタルが良く回ること回ること…。

『リーチ!』

 おっとっと、早くもリーチがかかった台が出てきたようだ。
 などと思っていたら、隣に座っている由綺の台にもリーチがかかった。

『リーチ!』

「え? え? ウソウソ!?」
 やるな…由綺。
「え? え? 何これ!?」
「ん? どうした?」
 そんな驚いた由綺の声に、彼女の台を覗いてみた。
「あ、冬弥君、これ何か変なの」
「変…って由綺! これはスーパーリーチじゃないか!」


 スーパーリーチ――通常のリーチアクションとは違うタイプのリーチの事だ。
 例外もあるが、大抵この手のリーチが出ると大当たりする確率が高くなる。


 由綺の引いたスーパーリーチは、三つの図柄が揃った状態で回転し、画面下では『To
Heart』本編で一番人気の高いメイドロボ、HMX−12マルチが数字にパタパタと
『はたき』を掛けていた。
 はたきを掛ける毎に数字が一瞬止まり、そして動き、また一瞬止まる動作を繰り返して
いる。
 こ、これはっ! 大当たり確率100%の『マルチリーチ』っ!!
 更に、このリーチの恐ろしいところは、何と図柄が『3』『7』で当たる事が多いとい
う統計が出ている。
 つまり、運が良ければ、このリーチだけで約7000発は稼げる計算だ。
 それだけに、滅多に見られないリーチなのだが、それをあっさり出してしまうとは…。
 ビギナーズラックは伊達じゃないってか?

『フィーバー!』

 案の定、由綺の台は『7』で当たった。
 画面の中のマルチが、両手を口元に当てながら、おたおたとしていた。
 台から『Brand New Heart』が流れてきて、入賞口が開く。
「ど、ど、ど、どうしよう!?」
 生まれて初めての体験に、軽いパニック状態に陥る由綺。
 ま、最初は俺もそうだったからな…。
 慌てふためく由綺に、昔の自分の姿を重ねた俺は、「クスッ」と笑いかけて、頭に軽く
手を置いた。
「おめでとう、由綺」
「え? う、うん」
「ほらほら、ぼぉーとしてないで、打たないと…」
「あ! そ、そっか…」
 慌ててハンドルを捻る由綺。しかし、力余ってか、思いっきり右に回してしまう。
 物凄い勢いで飛び出していく銀玉達は、入賞口に入るどころか、全然関係のない方へと
跳ねていく。
「あん! 回しすぎたぁ〜!!」
 …由綺ってば…なんてお茶目さん…。
 …でも、可愛いぞ。

『リーチ!』

 そうこうしている内に、今度は弥生さんの台がリーチになった。
 どれどれ…っと。へぇ〜『3』でリーチか…。おっ、こっちもスーパーリーチだよ。

 画面の中では、『歩くゴシップニュース』こと長岡志保が「これは大当たりね!」と自
信ありげに腕組みしている。
 ぷぷっ、これは『志保ちゃんリーチ』…。別名、もっとも当たらないスーパーリーチ…。
 何てったって、このリーチが大当たりする確率は1%以下。
 弥生さんには悪いが、こりゃ無理だな…。

『フィーバー!』

 しかし、彼女の台は俺の予想を裏切って大当たりを引いた。
「ま、当然の結果よね」と画面内の志保がうそぶく。
 嘘…あのリーチで当てるなんて…。
 呆然とした表情で弥生さんを見ていると、彼女がちらりと俺の方を見た。
 が、すぐに、ついと視線を台へと戻す。
 まるで、「運と言うのは自分で掴み取る物です。確率を気にしているようでは、運を味
方に付けることは出来ません」とでも言うかのように…。

 弥生さん…あなたは一体…。

『リーチ!』

 そして、真打ち登場とばかりに、俺の台にもリーチがかかった。しかも、確変図柄の
『7』だ。
 すると、突然画面に『サイキック女子高生』姫川琴音が登場。
 やった、俺もスーパーリーチだ。しかも『琴音ちゃんリーチ』! こいつはマルチリー
チ程じゃないにしても、かなり期待できるリーチだ。
「あ、あの…当たる気がします…」
 と、口元に手を当て少し俯きながら琴音ちゃんが言う。
 うんうん、頼むぜ、琴音ちゃん。

 図柄が『3』を過ぎてから、回転がスローになった。
 このリーチの熱い所は、大当たり図柄の三個前から真ん中の図柄がスロー回転になるこ
とだ。
 これは、端から見てても熱い。

 よしよし…『4』、『5』、『6』、『7』! …ってアレ?
「ご、ごめんなさいっ!!」
 涙を流しながら画面外へ走り去る琴音ちゃん。
 なんと、止まった図柄は『6』。
 ノォォォォォォォッ!! そりゃないぜ! 琴音ちゃん!!

「冬弥君…残念だったね…」
 それを見た由綺が慰めの言葉を掛けてくれる。
 ううっ、ありがとう由綺。でも大丈夫! まだ勝負はこれからよ!


                                   ――つづく。
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 やっと、タイトルのCR『ToHeart』が登場した(笑)。

 自分としては、『さおりん』、『はつない』に続く第三弾に、この手のゲームが入って
いることを切望します(笑)。

 ちなみに、確率関係は適当なんで「計算が合わない」とかつっこまないで下さい(汗)。