CR『ToHeart』(前編) 投稿者:Fool
 祐介を主役にして、有名(?)パチンコ漫画『雷電』のパロをやろうと思ったけど、多
分誰にも判らないので没(笑)。
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					【7A7】

 まだ寒さの残る、早春のとある朝。

 珍しく、俺の体内時計は目覚ましに勝ったようだ。
 カーテンの隙間から漏れてくる朝日と共に、雀の囀りが聞こえてくる。

 俺はベッドの上で大きな欠伸を一つしてから起き上がると、部屋の隅にあるテレビの前
に行ってスイッチをONにした。
 フローリングの床は、まるで氷の様にひんやりとしており、その冷たさが未だ夢と現の
狭間を漂っていた俺の意識を覚醒させる。
「う〜、さみぃ〜…」
 俺は床に落ちていた『どてら』を羽織ると、ブラウン管から流れて来る朝のニュースを
遠くに聴きながら洗面所へ向かった。


 俺の名は藤井冬弥。
 恋人がアイドル歌手って点を除けば、何処にでもいる、ごく普通の大学生だ。


 洗顔を終え、部屋に戻る途中に玄関の郵便受けを覗く。
 手紙は……無いな。
 ま、当たり前か…。こんな朝っぱらから配達しているポストマンなんていやしない。
 郵便受けの中にはチラシが数枚入っているだけだった。
 …が、しかし、俺の目はその中の一枚に釘付けになった。

 “パチンコ アクアプラス 本日18:00 新装オープン!!”

 今頃になって鳴り出した目覚まし時計の電子音が、部屋から聞こえてきた。



					【7F7】

 時計の針は四時を少し過ぎた辺りを指していた。

 その場所はすぐに判った。
 シャッターの降りた駅前の真新しいビルの前に、『祝! 新装開店』と書かれた幾つか
の花輪が置いてあり、数十人の男女がたむろしていたからだ。
 皆、コートやジャンパーを着込み、寒さに震えながらその時を今か今かと待ち望んでい
る。

 開店までまだ二時間近くあると言うのに…。まったく、パチンカーってヤツは…。
 …って、これからその列に並ぼうとしている俺も偉そうな事は言えないか…。


 パチンコ屋の新装オープンには二つのパターンがある。『新装開店』と『新規開店』だ。
 前者は、既にオープンしている店が店内改装や中の新台入れ替えなど、いわばリニュー
アルした際に使われる場合が多い。
 後者は文字通り、新しいパチンコ屋が建てられた時などに使われる。

 パチンコ屋は客の評判が命。
 新装も新規も、最初の二、三日は客を呼び込むために釘などを甘く設定しておくのが
『お約束』だ。
 特に新規開店の場合、その例が顕著に現れる。
 俺の経験上、新装の場合は店によって当たり外れがあるけど、新規の場合は外れが少な
い。
 そして、今、人が並んでいる建物、ここは以前パチンコ屋ではなかった。確かスーパー
かなんかだった筈。
 工事をしているのは知っていたが、まさかパチンコ屋になるとは思わなかった。
 つまり、今日は稼ぎ時ってことだ。


 へへっ、晩飯は豪華なディナーと洒落込むか…。
 俺は皮算用をしながら列に加わろうと足を動かした。



					【717】

「あれ? …もしかして冬弥君?」
 列に並ぼうとした俺の背後から、聞き覚えのある声がかけられた。
 この声は…忘れるはずもない。俺の最愛の人の声だ。
 俺は後ろを振り返る。
「あ〜、やっぱり冬弥君だ〜」
 やはり、そこに立っていたのは俺の恋人で、今をときめくトップアイドルでもある森川
由綺と、
「お久しぶりです…」
 その彼女に、いつも番犬の如く寄り添うマネージャー、篠塚弥生さんだった。

「え? え? 二人ともどうしたの?」
 予想もしていなかった邂逅に、俺はちょっと驚いた。
「う、うん、えっとね…」
 由綺も、まさか俺に逢うとは思わなかったのだろう。彼女も驚いた顔をしていた。
 そのせいか、何故自分と弥生さんがここにいるのかを説明しようとするが、上手く言葉
が出てこない。
「本日は一日オフとなっております」
「…と言う事なの」
 そんな彼女を、弥生さんがフォローし、そして由綺が「えへへ」と苦笑しながら締める。
 あ、さいで…。
 でも、ここんトコお互い忙しくて逢えない日が続いていたから、俺はこの偶然に感謝し
た。

「ねぇねぇ、冬弥君は何してんの?」
 由綺が、飼い主にじゃれつく子犬のような感じで訊いてきた。
「ん? ああ、パチ…」
 …ンコやるんだ。と言おうとして止めた。
 せっかく由綺が休みなんだ、ここはパチンコやるより何処かへ遊びに行きたいな。
「あのさ、由綺…」
「ん?」
 その事を口にしようとした時、
「…パチンコ…ですか」
 弥生さんが、シャッターの降りたパチンコ屋を見ながら、ポツリと呟いた。
「え? 冬弥君ってば、パチンコやるの?」
 由綺が「意外」とばかりに俺の顔を覗き込む。
「ん、ああ、まあ少しばかり…ね」
 少し笑って曖昧に答える俺。
 と言うのも、さっき弥生さんが言った言葉が頭の片隅に引っかかっていたからだ。

『…パチンコ…ですか』

 その言い方は、まるで昔を懐かしむような韻を含んでいたように感じられた。
 見れば、彼女は開店を待つ人達の列を目を細めて見ていた。
 それが古き良き時代に思いを馳せる大人の笑みに見えたのは、果たして俺の気のせいだ
ったろうか?

「あ、じゃあ、私もやってみたいな…。パチンコ」
 突然、由綺がそんな事を口走った。
「は!?」
「ね? ね? いいでしょ? 一緒にやっても…」
 と、おねだり顔で俺の事を見る由綺。
 う、う〜ん…俺の方は構わないけど…。でも、アイドル歌手がパチンコやるってのは、
イメージ的にマズイんじゃない? お笑いタレントじゃないんだからさ…。
 その辺の意味を込めて、俺は弥生さんに苦笑してみせる。
 …が、以外にも彼女は、
「社会的にはNGですが、個人的にはOKです」
 と、実にさらりと言ってのけた。
「やったぁ! じゃ、決まりね」
 嬉しそうに飛び跳ねる由綺。

 …いいのか? 本当に?



					【727】

「な、なんだかドキドキするね…」
「由綺ってば初めて? パチンコやるのは」
「うん!」
「じゃ、今日は勝てるよ」
「…どうして?」
「ビギナーズラックってヤツさ…」

 数分後、俺達三人は開店を待つパチンカー達の列にいた。

 しかし…。
 俺は由綺の事をちらりと見た。
 彼女は今、サングラスをかけている。
 流石に『素』のままでパチンコやるのはよろしくないと言う事で、弥生さんから手渡さ
れた物だ。彼女とお揃いらしい。

 でも、由綺ってホント、サングラスが似合わないな…。
 ちょっと背伸びをしたい年頃の子供達が付けてる様な感じだ。
 思わず吹き出しそうになる自分を抑え、俺は弥生さんの方に視線を走らせる。
 彼女の方は、これまた由綺とは対照的に、ビシッと決まっている。正に大人の女性を地
でいってる。

 そうやって、交互に見比べてる内に、俺は堪えきれずに吹き出してしまった。
「ど、どうしたの?」
 俺の奇行に驚く由綺。
「い、いや…由綺ってば可愛いな〜って思ってたのさ」
「!!」
 真意をお世辞に隠して誤魔化す俺。そうとは知らずに由綺は顔を真っ赤にして、
「も、もう…知らない」
 と後ろを向く。
 ははは、由綺はからかい甲斐があるな。
 穏やかな空気が俺達二人を包む。
 だが、
「うるせぇぞ! てめぇらっ!! いちゃつくならホテルへ行けってんだっ!!」
 突然、そんな甘い雰囲気を吹き飛ばす怒声が俺達に浴びせられた。
 ビクッと、叱られた幼子の様に俺の腕にしがみつく由綺。
 声のした方を見ると、そこには俺達よりも先に並んでいた中年の男が、凄みを効かせて
こっちを睨んでいた。
「…ったく、これだからガキは…」
 その男は、ブツブツと文句の追い打ちをかける。

 むっ。
 …そりゃ、ちょっと騒ぎ過ぎたかもしれないけど、何も怒鳴らなくたっていいじゃない
か。
 俺が男に文句の一つも言ってやろうと、由綺を庇って一歩前に踏み出したその時、俺と
男との間に、ずい、と弥生さんが割り込んできた。
「……」
 彼女は無言のまま、サングラス越しにその男に向かって刺すような視線を投げかけてい
る。
「な、なんだよ姉ちゃん…や、やるってのかよ…」
 彼女の身体から発せられる、鋭利な刃物にも似た独特の雰囲気を感じ取り、男は一歩引
く。

 人目を憚らずに戯れ合っていた俺達も悪いのだが、自分の命以上に大切な由綺を怒鳴ら
れたんだ。弥生さんの心中は穏やかな筈がない。
 ごくり…。
 俺は喉の奥が乾いていくのを感じて唾を飲み込んだ。

 彼女の心を表すかのように、一陣の風がつむじを巻いた。
 否応なしに、辺りの空気が緊迫感に包まれる。
 他の人間達も、固唾を飲みながら弥生さんと男の動きに注目する。

 すっ、と弥生さんの手が動いた。
 先程の由綺の様に、身を竦める男。
 瞬間的に、「やばい」と感じた俺は彼女を止めようとした。
 …が、次に彼女が取った行動は、俺の考えていたものではなかった。
「誠に申し訳ございませんでした…」
 自分のサングラスを外して、男に向かって軽く頭を下げる弥生さん。

 ほっ、なんだ…心配して損した。
 そうだよな、いくら弥生さんだって、いきなり実力行使はしないだろ…。
 と、俺は自分の考えの浅はかさを心の中で笑いながら、取り合えず物事が荒事にならな
かったことに安堵の息をついた。

 しかし、弥生さんと対峙していた男はそうではなかった。
 彼は素顔の弥生さんを見た時から、明らかに動揺していた。
 そう、まるで自分の分をわきまえず、天才相手に大見得を切った凡人の様に…。

「あ、あ、あんたはっ!!」
 え?
「あ、あんたは伝説のっ!!」
 は? 伝説って? …何?

 訳が判らず、男と弥生さんの間を往復する俺の視線。
「へ、へへ…あんたのツレだったのか…そりゃ悪い事をしたな…」
 やがて、男はばつが悪そうに頭を掻きながらそう言うと、次に愛想笑いを浮かべながら
由綺に謝った。
「…嬢ちゃん、さっきは怒鳴って悪かったな…」
「は…はぁ…」
 先程とは打って変わった男の態度に、きょとんとなる由綺。

 お互いが謝罪するという形で、取り敢えず事件は解決した。
 なんか、俺の中では今一つ腑に落ちない点があるが…。

 弥生さん…あなたは一体…。

 そんな、好奇心の様な疑念が俺の中に浮かび上がる。
 答を見いだせないまま、パチンコ屋のシャッターが開く時間を俺達は迎えた。


                                   ――つづく。
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 実は昔、結構パチンコにハマってました(笑)。
 色々ありましたわ…あの頃は…(遠い目)。

 ま、今度アキバの電気街にもパチンコ屋が出来るし…ね。