貴方のココロ壊します 投稿者:Fool


 十二月。街はクリスマスのイルミネーションに溢れ、大通りは人々で賑わっていた。
 そんな華やかな大通りから一歩入った路地裏に、一軒の寂れたバーがあった。
 店のドアには『電波の巣』と薄汚れた小さな看板が掛かっていた。

 深夜。日付の変わる少し前。一人の男が『電波の巣』のドアを開けた。
 男の名前はSGY(仮名)という。


 俺は店に入ると、軽く店内を見回した。
 全体に小さな造りの店内は薄暗く、俺の他に客の姿は無い。
 カウンターの中では、バーテンの女が一人、虚ろな目で皿を拭いている。
「ワイルド・ターキーをロックで…」
 俺はカウンターに座ると、バーテンに酒を注文した。
 大きな氷が入れられたグラスが俺の前に置かれ、琥珀色の液体をバーテンが注ぐ。
 
 奇妙なバーテン。それが彼女の第一印象だった。俺は好奇心に駆られて女を観察した。
 バーテンの女はまだ若く、女というより少女といった方がしっくりくる。ショートにし
たヘアスタイルが良く似合っていた。
 しかし一番興味を引くのは、その目だ。虚ろで焦点があっていない。
 そのせいか、この少女には生気というのが感じられない。それに、両頬には爪で引っ掻
いたような傷跡があり、それも気になる。
「ねえ、君の名前は?」
 俺は訊いてみたが、バーテンの少女は俺の声が聞こえてないのか、先程と同じように虚
ろな目のままで、ただ皿を拭いていた。
(変な娘だな…)
 俺はそれ以上観察するのを止め、グラスを口に付けた。

 それからしばらくして、俺は小用を足しにトイレに向かった。
(はあ、参った…ネタが出てこない。どうする? この前閃いた『電波使いTai!』で
も書くか? でも、元ネタ見た事ないしな…。そうだ『特攻の拓也』は? いや駄目だ。
アレも殆ど見た事がない…)
 俺は便器の前に立ちながら、そんな事を考えていた。

 用が済むと俺はトイレを出て、ため息混じりに自分の席に着いた。
 すると突然、
「随分とお困りのようですね」
 と、自分の左横から声をかけられた。
 はっ、と俺は声のした方向を向く。
「ホッホッホッ、驚かせてしまいましたか」
 そこには、これまた奇妙な男が座っていた。
 黒いスーツに黒いネクタイ。まるで葬式帰りの様な格好だ。
 それにしても、いつからそこに居たのか? トイレから出た時には気付かなかったが。
 俺は訝しげに黒いスーツの男を見た。
「これはこれは失礼を。僕は、こういう者です」
 そう言って、黒いスーツの男は名刺を差し出した。

『貴方のココロ壊します 月島拓也』

 受け取った名刺には、そう書かれていた。
 月島拓也? どっかで聞いた気が…。駄目だ。酒も入ってるせいで思い出せない。
「どうやら、貴方は悩みを抱えている様子。もしよろしければ、相談に乗りますが?」 
 悩み? 相談? この月島と言う男はカウンセラーなのか?
 もし俺がシラフだったら、この手の奴は、とっとと追い返していただろう。
 だが今は酒も入っていて、何より誰かに話を聞いて欲しい気分だった。
「実は…」
 俺は少しずつ話し始めた。

「ああ、そうでしたか。貴方のSSなら私も読んだ事があります」
 なんと! こんな所でリーフファンに会うとは…。
「ホッホッホッ、それで貴方は次のSSのネタが無くて悩んでいると?」
「ええ、まあ、そんなところです…」
 俺は照れ隠しに、酒をあおった。
「それなら簡単です。貴方のココロを壊してしまえば、もうネタに悩む必要も無くなりま
す」
「え?」
 俺には、月島が何を言ってるか理解できなかった。
「そうですか、貴方だったんですか…。随分と探しましたよ。よくも人の事をネタにして、
散々な目に遭わせてくれましたね。」
「ちょ、ちょっと月島さん…」
 その時、俺の頭の中を何かがよぎった
(月島…月島拓也…)
「月島拓也だと!」
 俺は叫んで立ち上がった。

 チリチリチリチリチリチリ…。

 と、同時に頭の中を電気の粒が走り抜けていく感覚。

 月島拓也…。道理で聞いた事ある訳だ。彼は『雫』の登場人物で毒電波の使い手。
 そして、過去に俺が書いたSSで祐介とのカラミを演じさせたっけ…。
 関係ないが、祐介が『受』で拓也が『攻』だと思うが、皆さんはどうだろう?
 …って呑気に訊いてる場合じゃないって! 

「か、体がっ!」
 動かない。俺の体は、立ち上がった姿勢のまま硬直していた。
「ホッホッホッ、今の貴方は指一本動かせません」
 そう言って、月島は右手の人差し指を俺の眼前に差し出した。
「大丈夫、痛いのは最初だけです。そのうち、痛みすら感じなくなります」
 ニヤリと笑う月島。その笑顔を見ただけで、俺の酔いは一瞬で醒めた。
「ドオォォォォォォォォォォンッ!!」
「ギャピリィィィィィィィィンッ!!」
 その瞬間、俺はSGYという人格が壊れた音を聞いた気がした。ガラスが砕けるような音
だった。


 始まりがあれば終わりがあるように、出会いがあれば別れもあるのです。
「私が死んでも代わりはいるもの…」と、色素の薄い肌とシャギーの入ったショートヘアの
女の子が言ったように、この男一人位消えたところで、SSコーナーは痛くも痒くもありま
せん。
 むしろ、この男が居なくなったことによって、案外SSコーナーも盛り上がったりするか
もしれませんね。
 おっと、もうこんな時間ですか。あんまり遅いと瑠璃子が心配しますから、さっさと帰る
としますか…。

 オーホッホッホッ…。

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 SGYとして書いた最後のSS。以後はFoolと改名。

 改名は以前から考えていましたが、ただ変えるのでは面白くないので、このSSを書いた
次第であります。