〜痕伝奇 ベルエルクゥ 前編〜 投稿者:Fool


 SSコーナーには、キャラの運命を司る何らかの超越的な『律』…書き手の趣味が存在
するのだろうか?
 少なくとも、キャラは自らの意志さえ自由には出来ない…。


                         〜痕伝奇 ベルエルクゥ 前編〜


「はぁい、ボロネーゼ・志保でーす」
「…カルボナーラ・琴音です」
「二人合わせて…」
「あの…ピンクレディです」
「なんでやねん!! ベシッ!!」

 休日の午後、梓と楓は居間でテレビを見ていた。
 千鶴は朝から鶴来屋へ出ており、初音も外出中だった。
「平和だねぇ…」
 テーブルに頬杖をつきながら、ボンヤリとテレビの画面を眺めていた梓が欠伸混じりに
言う。
 ずずずっ…と、それに答えるように、楓が湯飲みの中のお茶を啜った。何故か、彼女は
クラゲの着ぐるみを着ている。
「楓…それ何?」
 梓はテレビを見ている姿勢のまま、楓に着ぐるみの事を訊いた。
「…クラゲ」
「あ、そう…」
 どこか遠くで鳥が鳴いていた。長閑な休日の午後である。

「うらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 突如、凄まじい雄叫びが柏木家を震わせ、そして、

 がっしゃあぁん!!!

 玄関の方からガラスの割れる音が聞こえた。
「!!」
 急いで居間から飛び出す梓。少し遅れて楓が続く。

 ドタドタドタ…。

 二人は足音を立てながら玄関へと向かった。
 辿り着いた玄関で梓と楓が見た物、それは、
「出やがったなッ! 梓ッ!」
 見事に破壊された玄関の引き戸と、目付きの悪い初音だった。
 また例のキノコの発作が出た…。と、梓と楓はナノ・セコンドで理解した。
 
 あのキノコ事件のせいで、時折初音は性格が入れ替わる時がある。
 普段の初音を『良い初音』だとすると、今の初音は『悪い初音』だ。
 じゃあ『普通の初音』は? というツッコミはこの際置いといて、こうなった以上、元
に戻すのはショック療法しかない。頭部に衝撃を与えて、強制的に性格を反転させるのだ。
 
「初音! ちょっと…いや、もしかしたら、とても痛いかもしれないけど、アンタの為な
んだからね!」
 ぐっ、と梓は構えた。
 対する初音はというと、唇の端を吊り上げ余裕の笑みを浮かべると、右手の親指で自分
の首を掻き切る仕草を見せる。

 ダンッ!!!

 梓が仕掛けた。床を蹴って初音めがけて跳ぶ。
「梓キィィィック!!」
 技の名前を叫びつつ、梓は初音の右側面から頸を狙って延髄蹴りを放つ。

 ガシッ!!!
 
 梓の蹴りが初音の頸を捕らえる瞬間、初音は右腕と右肩を使ってそれを防いだ。
 そして、そのまま手首を返し梓の足を掴むと、相手の蹴りの勢いを利用して、梓を玄関
に叩き付けた。
 
  ドベシッ!!!

「ぶっ!!」
 受け身も取れず、顔面から玄関に叩き付けられる梓。
「確か、梓キックは上段だったよな…」
 梓の足を掴んだ手を離し、その手をパンパンと叩きながら初音が言った。
「な、初音! アンタいつの間に当て身投げを!」
 顔をさすりながら、梓が起き上がる。
「梓の頭の中にはいつのデータが入ってんだぁ? こちとら、まだ成長期なんだよ!」
 初音は腕を組み、「フン」と鼻を鳴らす。
「くっ、くっそぉぉぉぉぉ!!!」
 梓は再び構えると、
「くらえぇぇぇっ!!」
  渾身の右ストレートを繰り出す。
 だが、初音は僅かに右に体を傾けそれをかわすと、梓の伸ばした腕を左手で、胸ぐらを
右手で掴むと体を右に捻り、梓を背負う形になった。
「しまった!」と、梓が叫んだ時は既に遅く、初音は「うらっ!」と短い気合いと共に、
背負い投げの要領で、己の体もろとも梓を床に叩き付けた。
 
 どっごおぉぉぉぉん!!!
 
 凄まじい音が柏木家に響き渡った。
 その一撃で勝負がついた。
 埃舞う中起きあがったのは初音。梓は床で仰向けに倒れて白目を剥いていた。
「雑魚は大人しくしていな」
 初音は、足下で気絶している梓にそう吐き捨てると、
「うらっ! 次、楓!」
 きっ、と隅で事の成りゆきを固唾を飲んで見守っていた楓を睨む。
 びくっ、と猫のように身を竦ませる楓。一瞬猫の耳が見えた気がするが、それは気のせ
いって事で…。
「あの偽善女に伝えろ。悪い初音が来た。それだけでいい…」
 クラゲの着ぐるみを着たままの楓は、コクコクと何度も頷いた。
「よし」と満足げに言うと、初音は足下でノビている梓の襟を掴み、そのまま引きずりな
がら居間の方へ消えていった。
「ドナドナド〜ナ〜ド〜ナ〜…っとくらぁ!」
 何故かドナドナを口ずさみながら。
 破壊された玄関には、たった一人クラゲ姿の楓が残された。

 ひゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…。

 寂しい風が、柏木家の玄関を吹き抜けていった。


                                  後編へつづく

                               【次 回 予 告】

 人は、何故闘うのか…。その答えを求めて、人は闘う…。
 それは、永遠に逃れる事の出来ぬ因果の鎖なのかもしれない…。
 前世のからの因縁か、輪廻の導きにより現世に転生した姉妹達…彼女らも望まぬ闘いの
場へと駆り立てられていく…。

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 某黒い剣士のパロディ。
(でも、全然パロディじゃないところがミソ・笑)
 
 何故楓がクラゲの着ぐるみを着てるかというと、LF97PLAYで閃いたから(笑)。