別れの時 〜A STILL TIME〜 投稿者:Fool


 マルチが学校へ来る最終日の放課後…。

 校舎には生徒の影もなく、遠くから運動部の生徒の掛け声が聞こえる。四月にしては冷
たい風が、校門の前の緑になった桜の枝を撫でていた。

 浩之とマルチ…。二人は校門の前で何も言わずに、ただお互いの目を見詰め合っていた。
 口が動かなかった。話す事が出来なかった。別れの言葉を言うのが嫌だったから。
「あんまり胸がいっぱいで、何を話せばいいのか…」
 不意にマルチが俯き、そして静かに言葉を紡ぎ始めた。
「この前、階段で浩之さん助けられてから、短い間だったけれども楽しい時間を過ごせまし
た」
 ゆっくりと顔を上げた。マルチは優しい笑顔を浮かべていた。
「ロボットじゃなくて、人間の女の子として浩之さんが接してくれたから…」
 少し頬を朱に染めて、マルチは嬉しいような恥ずかしいような表情を浮かべた。だが、す
ぐに瞳が潤み始めた。
「セリオさんが待ってるんです…もう行かなきゃ…」
 もう一度俯き、そして呟くように言った。最後の方は消え入りそうな声だった。ポタポタ
と頬から雫が落ち、マルチの足元に染みを作った。涙を見せたくないのか、浩之に背を向け
るマルチ。
「浩之さん…時々でいいから思い出してくださいね」
 マルチの小さな、高校生とは思えない小さく愛らしい背中が震えていた。
「私みたいな、メイドロボがいたって事を…」
 マルチは走り出した。俯いたままで。小さな涙の雫が、木漏れ日を受けて光った。
「マルチ!」
 浩之は叫んだ。走り去るマルチに向かって、手を伸ばして何かを言おうとしたその時、

 ドベシッ!

「あうっ!」
 マルチは転んだ。しかも、見事に顔面から。
 あっちゃー、といった表情で、浩之は伸ばした手で顔を覆った。
「急に走ると危ないって言おうとしたのに…」
「い、痛いですー」

 遠くで桜の葉が擦れ合う音がしていた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 今回の元ネタ、判った人はかなり年季の入ったゲーマー(笑)。
 いやあ、あのゲームはイイね。ゲームであそこまで感動したのはアレが初めてかも…。