ケーキ職人のクリスマス 投稿者:bel 投稿日:10月16日(木)20時45分
※注意!このSSは「天使のいない12月」のネタばれを激しく含みます。まだプレイされてない方はご注意を・・・



今年のクリスマスも終わった・・・心地よい疲労の中、ぐっと伸びをする。
ふと窓を見ると、雪。いわゆるホワイトクリスマスというやつだ。どうりで去年よりも忙しかったわけだ。
いつもは嫌がられる雪もこの日だけは歓迎される。いつもは邪魔だの、汚いだの言ってるのに、人間なんて勝手なものだ。最も神様だって(いればの話だが。俺は無神論者なのだ)、こちらの都合で雪を降らせてくれている訳ではないだろうが。
人間なんて勝手な生き物。そのことは自分自身よく分かってる。何もできないくせに明日菜には偉そうに説教をしてるのだから。


「運命の人は誰にでもいるわけじゃない」
この言葉はもう何度目か分からない、俺や柚美が明日菜に説教しているときに言われた言葉だ。そこにはどんな思いが込められているのだろう?幸せな家庭を持っている俺に対しての妬み?それをもっていない明日菜自身の劣等感?それとも自分にはそんな人などいないという悲壮感?どれも俺には違う気がした。これは明日菜自身の決意なのではないだろうか、と。
「あたしは運命の人なんて欲しくない。運命の人は自分で創ってやる」
俺にはそんな血を吐くような明日菜の思いがあった気がする。与えられる愛情に背を向けて、自分自身に対する愛情そのものを創り出そうとする、そんな思いが。
事実、明日菜はそれを実行していたようだった。合コンがあると聞いては出かけて行き、次の日には必ずバイトに休みを入れる。実際に二、三度男と腕を組んで町を歩いているのを柚美が見かけたと聞いたことがある。そのことを告げる柚美の顔は、いつも暗かったのを覚えている。その後の結末を分かっていたから。
合コンの後、しばらくは明日菜はとても機嫌がいい。その分バイトには来なくなるが。
が、二ヶ月もすると今度は完全に店に顔を出さなくなる。恋人との関係が良好ではないことは、休みを告げる電話の声ですぐに分かる。最初のうちは何か言おうとも思っていたのだが、最近ではそれもやめてしまった。「かける言葉が見つからない」というのはこういうことなのだと、この頃初めて知った。


今度の新しいバイト、木田時則と明日菜との付き合いは初めから反対だった。
ふてぶてしいようでいて繊細で脆く、いい加減なようでいて、誠実なところもある。一緒に仕事をしていくうちに知った木田という人間はそんなやつだった。多少難はあるが、「責任」というものを知っている奴。そんな奴だからこそ、明日菜の過去を知った時、受け止めきれないと思った。「おやっさんに反対されても別れる気は無いですけどね」そう言われた時は謝りたいとすら思った。その行為が明日菜を傷つけることだと分かっていても。
その後、二人の間に何があったかは想像に難くない。明日菜がバイトに来なくなり、木田が傍目にも覇気が無くなった。いつもなら怒鳴りつけてでもやる気を出させるが、今の俺にそれを言える資格など無い。できるのは明日菜のバイト欠勤を黙認し、木田に明日菜の事情を説明して、「気にするな」とありふれた言葉をかけてやるだけ。結局俺には何も出来ないも同然だった。


厨房の掃除と後片付けを終え、店を出る頃にはすでに日も変わろうとする時間だった。いつもはもう少し早いのだが、色々とやっていたら遅くなってしまった。
世の若い者は(俺もそんなに年を食っていないつもりだが)クリスマスは恋人と過ごすものらしい。ひょっとしたら明日菜もそんなことを考えて、木田と付き合う気になったのだろうか?それとも・・・
店の先、ほんの50mほど先に見慣れた人影が現れた。――――――明日菜だ。
こんな夜中に出歩いている所を見ると、もう立ち直ったのだろうか?それならば少し強引にでも家に誘ってやろう。例え必要の無い、求めていない愛情でも、今の明日菜にはないよりはマシのはずだ。そちらに歩き出そうとして・・・
すっと明日菜のすぐ後ろを、寄り添うように人影が現れた。
自分の目を疑った。最もありえない人物。
木田だった。
また明日菜が木田を騙そうとしているのか?真っ先に浮かんだのはそんな考えだ。泣いてすがって許しを乞い、「それでもあなたが好きだから」と「演技」して修復した関係。そんなもの、長続きはしないというのに。明日菜はまだそんなことをしているのかと思うと、悲しさよりも怒りがこみ上げてきた。今すぐあそこに行って今度こそ強引にでも辞めさせてやる。例え明日菜がそれで傷ついても、後で二人共傷つくよりはマシなはずだ。木田の奴も、分かったようなことを言っていたが結局・・・
でも―――――――
明日菜の顔は穏やかだった。そして二人はしっかり手を繋いでいた。それが見えたとき、完全な思い違いであることが分かった。
人好きにさせる笑顔、耳障りのいい言葉、過剰なセックスアピール。
いまの明日菜を象徴しているとも言うべきものを今の明日菜は見せていなかった。あるのはただ、穏やかで、安心した顔。
元々人に好きになってもらう為、無理してでも見につけた処世術だ。必要ないのなら、無理もしないだろう。つまりはそういうことだ。
木田が仕事が終わってから今までの間に何があったのかは分からない。俺の思い違いかもしれない。実は一時のことだけで明日にはまた木田は暗い顔をしていて、明日菜は店に来ないかもしれない。
でもいまは信じてみようと思う。あの飾らない明日菜の顔を。しっかりと繋がれた手を。
そしてもし今見ているのが俺の幻想でないと分かったのなら。
明日にでも特製のとびきりうまいケーキ―――――さっき、珠美や柚美のために作ったばかりのケーキ――――を作ってやろう。もうあいつらもケーキは飽きているかもしれないが、所詮、俺が出来るのはケーキを焼くことくらいだ。我慢してもらおう。
さて、と。
明日菜たちに向かいかけた足を戻して、家路を急ぐ。
悪くない。こんなクリスマスならば、俺も無神論者を辞めてもいいかな。少しだけそんなことを思った。
 終