真っ白 投稿者:akia 投稿日:4月17日(火)18時51分
「そうなんだ。結構散らかってたりしててね」
局内の廊下で話す声が響く。一人はAD。そして・・・もう一人は、藤井冬弥である。話
しの内容は、ごく当たり前のような世間話。けれど、伝わる人間でその内容は軽くも重く
もなる。
「・・・そうよね。私の為に冬弥君ががんばっているのですもの、たまには恩返しをしな
いと・・・」
真剣な表情でつぶやいているのは、森川由綺。
「そっか、兄さんの手伝いばかりしているせいよね。だったら、私がなんとかしてあげな
いと」
決意と共に拳を握るのは、緒方理奈。
「藤井さんがダメになっていくのは構いませんが、由綺さんが悲しみますから」
言い訳のように言い、算段を始めるのは、篠塚弥生。
三叉路の廊下。それぞれの端で聞き耳を立てていた三人。そして、冬弥が歩き出す頃に
は、三人の姿は目的を持って姿を消していたのであった。
〈 〉
そんな出来事から一週間後・・・冬弥の住むマンションの前。
「・・・」
偶然と言えば偶然だったのだろう。そもそも、時間が無い人間が取れる時間など限られて
いるし、用意もあったに違いない。そんなわけで、事務所の全員が珍しくオフである今
日、三人が出会ったとしても、無理からぬ事であった。
「おはようございます。由綺さん。理奈さん」
何事も無かったかのように、弥生は先手をきって挨拶をする。
「あ、おはよう」
「・・・おはよう」
気まずい沈黙。少なくとも、街中で偶然出会ったなら会話も弾むモノだが・・・三人とも
地味で、汚れても良いような服装・・・しかも、やたらと大きなバックなんかを背負って
いる今、まともな会話なんて出来る雰囲気ではなかった。
「ど、どうしたの二人とも、こんなオフの朝早くから・・・そう、冬弥君の家の前で」
先制攻撃とも言える言葉を放ったのは、理奈である。
「私は、藤井さんに・・・頼まれモノがあったので」
すぐに返すのは弥生。
「え、え・・・」
本来は一番強い立場の由綺が焦り、
「えーと、そう言う理奈ちゃんは?」
その上、カウンターを理奈に放つ。途端に視線を外す理奈。けれど腕を組み、しっかりと
した視線を再び由綺に向けると、
「私は通販で買った商品を、冬弥君に試して貰おうと思ってね。そう・・・今度兄さん
が、冬弥君に事務所の大掃除を頼むとか言っていたから、その時に何か良いものはないか
な・・・とか言っていたから」
嘘。そう・・・露骨な嘘。けれど、真っ向から否定すれば、自分も鋭く突っ込まれかねな
い為、弥生は素知らぬ風を決めこみ、由綺は見た目だけ笑顔で肯く。
「私は冬弥君と前に話した時、部屋が散らかっているって聞いていたから、片付けてあげ
ようと思って」
言葉は間違っていない。無論本人には無承諾だが、立場上最強の切り札を由綺は出す。
「そ、そう」
一歩引く理奈。けれど、理奈脳は全力で動き始める。そして・・・
「だったらちょうど良いわ。この道具が使えるかも知れないし、わ・た・し・も使って見
て、兄さんに報告したいからね」
そう切り返した。
「そ、そう」
視線を外す由綺。緒方の名が出た以上、完全な嘘であると証明出来ない今、むげに断るこ
とも出来ず、また、表面上は仲の良い同じ事務所仲間であるから、そちらの面でも強く出
る事は難しい。そんな打算が出てくるモノの、結局は・・・
「それなら、緒方さんのタメにも協力してあげるね」
実に恩着せがましい事を、由綺は言い放つ。
「・・・」
貼り付けた様な笑顔で沈黙する理奈。もちろん、目は笑っていない。
「そ、そう言えば、弥生さんの頼まれモノって?」
けっして穏便でない空気を和ますタメ、由綺がそう話しを振る。
「私のですか?たぶんお二人方と同じようなモノですよ」
『え?』
その話しに、二人して弥生を見る。
「男の一人暮らしでは、キッチン回りが大変だから、何か良いモノはないかと」
そして、二人がその言葉を理解する前に、絶妙なタイミングで弥生は続ける。
「そう・・・大事な人を呼んだ時、情けないのはご免だと言っていましたから」
「大事な・・・」
「人・・・」
『それは私に違いない』・・・と、一発で判るような、由綺と理奈が薄ら笑いを浮かべつ
つ、自分の世界に入るように上へと視線を向ける。
「・・・」
その脇で弥生は一人、呆れ顔のまま深いため息を洩らしたのであった。
〈 〉
『ぴんぽーん』
既に二十回+自宅へのTELをしてみたものの、返事はなかった。携帯は電波の入らない
場所のメッセージが流れるだけ。
「いないみたいですね」
ごく当然の事を弥生は言う。
「大学かしら」
残念そうに理奈が言えば、
「・・・」
由綺は何か思い出そうと、首を傾げる。
「そうだ!章君の友達の引越しを手伝うって言ってた」
「・・・なら、完全に居ませんね」
「・・・」
沈黙が辺りを支配する。
「大丈夫よ。冬弥君のスペアキーの隠し場所は知っているから」
はははと笑い、由綺はさも当然のように、逆さにしてある植木鉢の上に乗ると、配管ボッ
クスの上へと手を伸ばした。
「あれ?」
「由綺さん。藤井さんが言っていましたが、防犯のタメにキーを取り替えたと言っていま
した」
「・・・」
「たぶん、スペアキーも置く場所を変えたか、止めたのでしょう」
弥生のセリフに、下を向き落ち込む由綺。かたや、たいした関係じゃないのねとホッと胸
を撫で下ろす理奈・・・そして、そんな二人から視線を外した弥生は、どこからともなく
取りだした、どう見ても巷で噂になっている様な工具の束を持って、ドアに近づく。
『?』
きょとんする二人を無視して、弥生はカギ穴にそれを差し込み、【かちゃかちゃ】と軽く
数回動かした。
「最新式ですね・・・」
何やら不穏な言葉をつぶやきつつ、板状の何かをカギ穴に入れ、数回動かし・・・一気に
ドアノブを回す。そして・・・
「開きました」
何事も無かったかのように、弥生は二人に話しかけたのである。
「・・・深く考えない事にしましょう」
「うん」
とにかく開いたのだから、二人はそれで良いのであった。
「それではお邪魔しまーす」
理奈を先頭に三人が中に入る。いくら顔見知りとは言え、冷静に考えて見れば、住居不法
侵入なのだが・・・三人の脳からは、その様な事は綺麗さっぱり抜け落ちていたのであ
る。
「・・・」
理奈が靴を脱いでいる間に、由綺はさっさと中に入って、薄暗かった廊下に明かりを灯
し、続けて部屋のカーテンを開けていく。そして、後から入ってきた二人・・・特に理奈
を涼しげな目で見た。そう、私はこの部屋を知っているのよと言いたげにである。
「・・・」
それでもその視線に臆することなく、理奈はそれがどうしたの?と言う感じで、由綺を見
返した。一言で言えば、冷たい戦争であるが・・・いつもの事なのか、それとも諦め、又
は眼中にないのか、弥生は二人の間に入り、
「せっかくですから三人で仕事をいたしましょう。その方が早いですし、由綺さんも理奈
さんも、ご自分でなさりたいご様子ですから」
建設的な意見を述べた。
「そ、そうね」
「・・・そうよね」
二人はそう返事をし、各々の得物に手を掛ける。
「それでは分担分けとして・・・」
弥生はそれぞれの得物を見据え、
「由綺さんは衣類の洗濯をお願いいたします」
「はい」
「理奈さんは各部屋のお掃除を」
「まぁそうね」
「私は、持って来ているモノがモノなので、キッチンを担当させて頂きます」
弥生の言葉に二人は肯き、力強く拳を握ると、自分の持ち場へ向かったのであった。
〈 〉
取りあえず洗濯機の前にやってきた由綺だが、呆然と立ち尽くしていた。
「ない」
洗濯物など綺麗さっぱり無いのである。慌てて各部屋を見まわし、さらに衣類の入ってい
る所を全て見て見るが、綺麗に整頓され、アイロンまで掛けてあるのである。
「・・・」
それでも何かないかと、辺りを見て見れば、
「!」
普通に積んであるタオルの上に、ハンカチが一枚置かれていた。
「これは私があげたプレゼント・・・やっぱり冬弥君、私が一番大事なのね」
ギュッとハンカチを抱きしめ、あられもない想像に夢膨らます由綺。思わずヨダレなどそ
のハンカチで拭き・・・
「!いやだ私ったら・・・どうしようハンカチ。そ、そうよ!洗えば良いのよね」
一人で自己完結しながら、由綺はハンカチ一枚を洗濯機の中に放り込んだ。
「そうね。せっかく通販で手に入れた洗剤も持ってきたし、使ってみようっと」
そして由綺は、【ゲルマン帝国が生んだハイパープラズマクリーナー】と書かれた歯磨き
のチューブにも似たソレを、一本丸々と絞りだし、洗濯機の中に入れたのであった。
〈 〉
道具を広げてから理奈は気づく。部屋が綺麗に清掃され、片付けられていること
に・・・。
「ちょっとどう言う事よ。これじゃせっかく来た意味が無いじゃない」
【バキッ】と、はたきの柄を折り、理奈が吠える。
「まったくもう!」
そして、はたきを放り投げると、偶然か?CDラックの上に置かれたCDに当たり、下へ
と落ちる。
「あ、いけない」
慌てて拾いに走る理奈であったが、そのタイトルに目を奪われる。
「これは・・・私があげたサイン入りCDじゃない・・・やだ冬弥君ったら、そんな私の
CDを一番良く見えるところに置くなんて」
照れつつ、理奈はCDを思わず抱きしめ、傍のクッションへとダイブした。
『ドサッ』
何かの崩れる音。そして・・・綺麗に積んであったCDラックが、続けて置き物が、おま
けにジャケットとか掛けてあったポールが巻き添えながら倒れる。
「・・・」
顔を引きつらせる理奈。
「どうかしましたか理奈さん」
「え、あ」
「・・・おや、さすが男の方の部屋ですね」
覗きこんだ弥生が、その惨状を見ながら言う。
「そ、そうよね。もう何処から手をつけていいか判らない程よ」
【あはははは】笑いをしながら、理奈は冷や汗を拭う。
「?それでは」
怪訝そうな顔をしながら、弥生は出て行った。
「ふー・・・どうしよう」
とりあえず場を取り繕ったものの、凄まじい惨状に理奈は、げんなりとした顔を浮かべ
る。
「しょうがない。適当に積み上げて・・・ついでだから、この通販で手に入れた洗剤でも
使ってみようかな」
そして理奈は【王離】と書かれたボトルを取りだし、空のスプレーに入れると、
「なんか凄い臭いね。でも、汚れが着かないとか言ってたし、宣伝では嘘みたいに効果が
あったから大丈夫でしょ」
一人納得しながら、部屋や洗濯場、キッチンまで含めた全ての場所に向けてスプレーしま
くるのであった。
〈 〉
適当にキッチンの整理をしていた弥生であったが、
「思いの他、汚れていませんね」
素直に感想を盛らす。
「理奈さんの所は凄かったのですけどね」
つぶやきつつ、弥生は視線を巡らす。家庭的ではないけれど、男のキッチンにしては綺麗
である。
「・・・」
そして視線を上に向けると、換気扇に気づく。
「まぁここはやらないでしょう」
手を伸ばし、低めに設置してある換気扇の蓋に手を掛けた。
「・・・普通ですね」
まめに清掃してあるのだろうか、意外な程汚れていない。
「まぁそれでも、やらないよりはいいでしょう」
自身に納得させるようにつぶやくと、弥生は用意してあった袋から何かを取りだし、組み
たてた。
「【蒸気の達人】」
その名前を言い、弥生がハンディタイプの掃除機にも似たそれを構えた時、キッチンと言
う宿命からか、弥生の視界を黒い何かがよぎって消えて行った。
「・・・不衛生」
ぽつりつぶやくと、どうしてそんな物を持っていたのか不明だが、【消毒用アルコール】
と書かれたビンに入った液体を、【蒸気の達人】に『たばたば』と流し込み、一気に【高
温】と書かれた位置までスイッチを持っていくと、その噴射口を黒い何かが消えて行った
方に向けたのであった。

【ぼン】

異様な音が響き渡り、続けて青白い炎がキッチンをはしる。
「どうしたの!」
慌てて駆け込んでくる理奈・・・
「弥生さん!」
そして由綺。二人の前に広がった光景は、掃除機のような物が床に転がり、その物から噴
出している炎であった。
「!あぶないですから、お二人とも下がって」
近くに退避していた弥生が叫ぶが、
「大丈夫よ!私は一日所長もやった事があるんだから!」
「それなら私も!」
すっかり気が動転した二人は、まったく役に立たないことを口走り、それぞれ何かを探し
て走り去る。
「・・・」
呆然とする弥生の前に再び現れたのは、掃除道具として買ってきた通販商品を構える理奈
と、洗濯機から汲んだ液体をバケツを持った由綺であった。
「えーい」
理奈が原液をそれにまき散らし、とどめとばかりに由綺がバケツから汲んだ液体をぶちま
けたのである。

数分後

「とりあえず鎮火したようですね」
すっかり原型をとどめていないそれを見据え、弥生はため息と共に言う。
「それにしても通販の商品って信用ないわね。いきなり炎が噴出すなんて」
「え、ええ・・・私も驚きました」
理奈の言葉に、弥生は素知らぬ風に肯く。
「まぁ怪我もなかったし一件落着ね」
由綺がそうまとめに入るが、視界に入る水びだしの光景に冷や汗一つ流す。
「やっぱり、片付けないとダメね」
そして・・・由綺の言葉に、理奈と弥生は疲れたように肯くのであった。
〈 〉
「ふー」
深夜一時。ようやく家に帰れた藤井冬弥は、取りあえず一杯の水でも飲もうとキッチンへ
向かう。そして暗がりの中水を汲み、自室の電気を点けた時・・・
「ぶーっ!なんだよコレーっ!」
全てが真っ白になったキッチンの中、吠えたのであった。

同時刻・階下の駐輪場

「さすがにまずかったわね」
「・・・うん」
「・・・」
冬弥の絶叫が聞こえないふりをしている、影が三つ。
「まさか、キッチンで撒いたあの洗濯液にあれほどの脱色効果があるなんてね」
「確かに・・・宣伝で見かけた時には、歯磨きにつける程度で、一ヶ月は洗剤効果がある
とか言っていましたが、よもやこれほどとは・・・」
「・・・」
「どうかなさいましたか、由綺さん?」
「う、ううん」
そして・・・三人は暗く、深いため息と共に、引きつった笑いを洩らしたのであった。



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