せんみつ 投稿者:akia 投稿日:6月20日(火)18時46分
 とある放課後の廊下。
 「あの〜」
 「ん?マルチじゃない、どうしたの」
 廊下を暇そうに歩いていた志保に、マルチは声を掛けた。
 「え〜と、この学校について色々と知りたいなら、長岡さんに聞いた方が良いと言われ
たもので…」
 「え、そうね…そうよね〜、この学校の情報ならこのわたしに聞かなければ詐欺よね〜
……で、何聞きたい?」
 ニヤニヤと笑い、テンポよく話しを進める志保にマルチは少し引く。
 「えーと…とりあえず」
 「そうね〜、その辺案内しながら説明してあげるわ」
 そして、自分モードに入った志保は、生け贄を手に入れたのであった。

 「んと、ここが食堂に続く廊下ね………そう、気をつけた方が良いわよ」
 「はい?」
 突然歩いていた時に話を振られ、マルチはきょとんとする。
 「ぼーっとしていると、物陰から現れる予言少女に、死の宣告をされるわよ」
 「えっ、なんですかそれ」
 びくっとしたようにマルチは辺りを見回し、志保に寄りつく。
 「知らない?ヒロも何回か受けたらしいわよ。その証拠に階段から落ちたり、ガラスが
割れたりとか聞いてない?」
 「そ、そう言えば…あわわわ」
 おののくマルチを横目に志保は、
 「でも大丈夫よ。いざとなったら、ミカンを投げつければ追ってこないと言うから」
 ピッと指を立てて、さも自信ありげに言う。
 「ミカン…ですか」
 「そっ、ミカンを投げつけると浮かすのに夢中になって、何もできなくなるらしいのよ」
 「そうなんですか…こ、今度からミカンを持ち歩くようにしますね」
 「んじゃ次ね」
 去りゆく二人の後ろ、妙な破壊音と共に、校舎の壁にひびが入ったのは気のせいかも知
れない…。

 「んで、食堂は置いといて…ここがグランドで、あっちが体育館とかクラブハウスね」
 「スポーツをする所ですね。みなさん楽しそう」
 屈託のない笑みを浮かべるマルチに、
 「そう…楽しそう…ね」
 陰りのある横顔で、志保は囁くように言う。
 「え、どうしたのですか志保さん?」
 「いいマルチ、エクスリームって知ってる?」
 「エクスリームですか?確か異種総合なんとかで…つまり格闘技と言うスポーツですね」
 「表向きはね」
 たどたどしく答えるマルチに、志保はきっぱりと告げる。
 「表向き…ですか?」
 口元に両手を持ってきて、マルチは問う。
 「裏があるのよ。実は、参加は必ずペアで行わなければならず、勝てば栄光とお金が、
負ければ敗者のパートナーは慰み者にされてしまうのよ」
 「え、ええぇぇぇぇ〜そんな〜」
 涙目になったマルチを志保は満足そうに見やり、
 「んで、そんな大会を正面切って根絶させようと戦いを挑んだのが、松原葵に来栖川彩
香コンビなのよ。あの二人に掛かればどんな相手も脱がしまくり、別名全てを脱がすモノ
達って言って有名なのよ」
 妙に誇らしげに志保は言う。
 「へぇぇぇー…彩香お嬢様方って凄かったのですね」
 そして、すっかり信じ切ったマルチは仕切りに頷いたのである。
 やがて二人が去ったあと、廊下の壁が『カキキキキキキキキキキキ…』爪で掻かれる様
な音を立てたのは、やはり気のせいであろう…。

 「ここが放送室とかあるフロアね。図書室は判るわよね?」
 人影の見えない廊下で、志保は口を開いた。
 「はい」
 「ふーん……!」
 突然、志保はマルチに背を向けてニヤリと笑う。
 「保科さんて知ってる?」
 振り返り、ごく自然に志保が問えば、
 「浩之さんと同じクラスの方でしたよね。図書室でよくお見かけになります」
 それが何か?と言う感じでマルチがかえした。
 「彼女…変なウワサが立っていたでしょ」
 「…浩之さんかそんな事絶対にないって言っていましたよ」
 「そう…あれは確かに違ったみたいだけれど、私が掴んだ真実の情報によれば、なんと
彼女、やはり口では言えないようないかがわしい巨大イベントの常連になっているらしい
のよ」
 志保は一気にまくし立て、誇らしげに腕を組み、マルチをへへんと見下ろした。
 「ええー、なんですそれ」
 「しっ、声が大きいわよ」
 口ではそうたしなめつつも、志保はマルチの反応に満足した様に陰で笑う。
 「それで、そのイベントと言うのは年二回もあって、『島・壁・大手・赤紙』等々の意
味不明用語が飛び交うヲタクの集まりに参加しているらしいのよ」
 「保科さんてヲタクさんだったのですか?」
 「そうなのよ。それで図書室の奥に居座って、何かヤバそうな絵を描いているらしいわ」
 「ど・どんな内容ですか?」
 顔を赤くしたマルチが、ドキドキしながらも、真剣そのものの表情で聞いてくる。
 「そ、そうね。きっと…『やながわさ〜ん・たかゆきー萌え萌え』とか言う内容なんじ
ゃないの」
 焦りつつ志保が言う。それでもマルチは真剣に意味を考え、ポッと顔をさらに赤くした。
 「す、凄いですね。今日は驚きの連続ですぅ」
 「ははははそうね〜」
 そして、歩き出した二人の後ろで『ガン』と何かを打ち付ける様な音がしたのも…気の
せいでしょう。多分。

 「まっ、そんなわけでヒロのいる教室前の廊下ね」
 「今日は凄かったです」
 ちょっとフラフラになったマルチが感想を述べる。
 「んー、そうねー…あ、あかり」
 マルチの後ろの方にあかりを見つけ、志保はブンブンと手を振るが、
 「あかりさん…行ってしまわれましたね。何か捜し物をしていた雰囲気でしたけど?」
 「そうね〜……あ、あれじゃない」
 つかつかと志保は歩き、窓際の所に置かれたクマのシャーペンを手に取る。
 「はい、そうです。あかりさん、クマさん好きですから」
 安堵したようにマルチが言うと、志保はまたニヤリとする。
 「ねぇマルチ。実はあなたに知っといて貰いたい事があるの」
 「え、なんでしょうか?」
 「あかりの部屋には隠し部屋があるの」
 「隠し部屋ですか!?」
 びっくりした風にマルチは声を上げる。
 「通常の部屋は私たちがいつも通される部屋で、その奥が隠し部屋になっていて、それ
でその部屋の中にはクマに関係するありとあらゆるモノが集められ、クマのぴーさん・て
でぃ・ペア・写真・ビデオ・クマの木彫り・そして、クマのトロフィーに小熊の剥製まで
あるのよ!」
 パパパパパーンと壁に手を打ち付け、志保が絶好調に盛り上げた。
 「そんな」
 「そればかりか一年に一度は必ずイヨマンテ(クマ祭り)をして、クマのお肉を喰いま
くるらしいのよ」
 「は…えええぇぇー、クマさん食べてしまうのですか?」
 「恐らくね。今度の修学旅行でも、クマ牧場は絶対行くって言ってたし、まず間違いな
いわ」
 確信した風に志保が言えば、あわわわと口に手を当てたマルチが、
 「ひ、浩之さんに今までのこと教えてきますう」
 涙声を上げ、慌てたように走って行くのであった。
 「あっ、マルチ……行っちゃった。冗談なのに」
 そして、志保はふぅとため息をつき、
 「それにしても、こんな短時間で見事な話を作り上げる私って天才かもね〜」
 意気揚々と天井を見上げる。と、そこに何かがふわふわと通過して行く。
 「……なに……ミカン?」
 それは見慣れた果物。そして、視線でミカンを追えば、一人の人物の前で浮かんだまま
止まっていた。それは笑っていても、目だけ笑っていない姫川琴音であった。
 「え」
 思わす後ずさり、かなり離れたと思ったとき、背中に何かがぶつかる。ゆっくりと志保
が振り返ると、『バキバキ』と指を鳴らせた来栖川彩香が口元を引きつらせ立っている。
ちなみにその後ろには、一生懸命彩香を止めようと引っ張っている松原葵がいた。
 「あ」
 よろめくように志保は空間を求め、教室の中に逃げ込むと、目の前に腕組みをして半眼
でにらむ姿…保科智子の姿があった。
 「うひ」
 反射的に廊下に戻ろうとするが、既に出口には琴音と彩香が立っていたのである。
 「な、なにかなぁみんな?」
 志保の問いを無視するように、輪が縮まった。
 「あの、もしかして…聞いていたとか?」
 そして、一同がゆっくり頷いた。やがて、気まずい沈黙をうち消すように志保は乾いた
笑いを放ち、
 「ははははは………判ったわよ」
 汗一筋。

 『よく言った』

 次の瞬間、一同ハモッたのであった。
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 「そんなわけないだろ、あいつはせんみつなんだから」
 浩之が呆れ混じりに言えば、
 「そ、そうなんですか」
 ようやく安堵したマルチが、ほっとした顔で笑う。
 「んで、あいつは何処に行ったんだが」
 視線を巡らせれば、二人の前に巨大なミカンが目の前を走って行った。
 「ミカン?」
 よく見れば、それは運動会で使われたミカンの張りぼてであり、そこからはタイツに包
まれた、足が出て走っている。さらに手には『エクストリーム命』と、ぶっとい毛筆で書
かれたプラカードを右手に持ち、左手には『はるひこおじさんといっしょ』と書かれたひ
どく濃厚そうな内容の薄い本をバタバタさせているそのミカンは、
 「しょうがなかったのよょょょょょょ…」
 長岡志保の声を発しながら、廊下から消えて行ったのである。
 「ば、罰ゲーム」
 「す、すごい」
 二人して見送ったあと、
 「どうしたの浩之ちゃん?」
 呆然と立ちつくす二人に、あかりが声をかけてきた。
 「自業自得の末路を見てたんだ」
 「?」
 「そうだ、あかりさんクマさんのお肉なんて食べませんよね」
 マルチは、はたと思い出した様に浩之へと問う。
 「クマ肉?…確かアレだろ、あの奥の部屋で親戚から送ってきたヤツ、確かに趣味悪い
よな、肉の他にモロ剥せ……………げふっ!」
 話の途中で浩之の体が、くの字以上に曲がる。
 「浩之ちゃん…帰りましょ。それじゃ、マルチちゃん」
 「あ、あの…あかりさん?浩之さんのお腹に手がめり込んで…あ、あの〜」
 そしてマルチは、あかりに引きずられ去ってゆく、浩之を呆然と見送ったのであった。