初夏の頃 投稿者:akia 投稿日:6月18日(日)09時16分
 冷蔵庫の扉が開く。手が伸び、お肉のパックを取り出す。手際よく扉は閉まり、それは
まるで踊るような感じだ。
 「何、さっきから黙っててさ」
 手を止め、声を上げるのは梓。
 「いや、なんか凄いなと思って」
 オレは梓に、素直な感想を告げる。
 「なっなに言ってるのさ、耕一」
 顔を赤らめ、梓はぷいと横を向いた。そんな姿を見ながら、オレは冷蔵庫に視線を移す。
 「なんか、飲むものある?」
 「えーと…確かコーラなら、買い置きがあったと思うけど」
 冷蔵庫を開け、前屈みに梓がのぞき込む。その時、さらと髪が流れた。
 「髪、伸びてきたな」
 「うん、少し伸ばそうかなって」
 そう言い、梓は肩口まで伸びた髪を梳いた。そして、コーラを取り出すと、
 「おかしいかな?」
 そう聞いてきた。何かおかしいのだろうか?
 「何が?」
 一言。すると梓は肩をすくめ、
 「変わらないね、耕一は」
 そして、微笑む。
 「そうかな」
 「そうだよ」
 そして、少しの間。口を開いたのはオレの方が先だった。
 「そう言えば、来年卒業だろ」
 「え?ええ…幾つか大学狙ってるけど、はっきりとは」
 「頭はいいんだから、どこでも大丈夫だろ?」
 「そんな事ないよ…でも、どこかに行くって言うのが判らなくてさ」
 俯き、ため息一つ。そして…
 鳥の囀り。風の囁き。ぽちゃんと落ちる蛇口の一滴。
 落ち着いた…そう、梓にとっては当たり前の空間。
 「好きなんだな、この家や街が」
 「!…そうかも」
 オレの言葉に梓は素直に応え、手を差し伸ばすと柱に優しく触れる。瞳を閉じ、何かを
確かめるかの様な梓に、
 「東京に来るか?」
 そう、自然に話しかけた。
 「?」
 言葉の意味が判らないと言う風に、梓は首を傾げると、
 「……なっ!なっに?」
 やがて素っ頓狂な声を上げ、思わず台の上のレモンを落とした。
 「オレのアパートから、大学に行けばいいだろう?」
 「えっ?えぇっ!」
 顔を真っ赤にし、梓はどもりつつ後ずさった。そんな梓にオレは、落ちたレモンを拾う
と軽く放る。
 「?」
 反射的に梓が掴むと同時に、オレは梓を抱きしめた。
 「ちょっと!」
 「好きだ、梓」
 「あ…」
 何かを梓が言いかけるが、堪えて視線を外した。
 「わたし…私、がさつだよ。わがままだよ。おとなしくないよ」
 呟く梓の頬に手を当て、そっとオレの方へ向かせる。
 「どこが?」
 「どこがって」
 オレは驚く梓に微笑むと、ポケットから用意していたモノを取り出し、梓の手にソレを
握らせた。
 「判るまで予約しておくよ…それまでね」
 「え?」
 そして、梓は恐る恐る手にしたモノを開く。ソレは銀色の光を放つ、運命の輪。夏の日
差しを受け、青く透き通った輝きを放つ、アクアマリン。
 「返事はいいよ。いやでも、いやじゃなくても」
 そして、梓は俯く。頬にはきらりと光る銀の雫。口元に微笑みを浮かべ、それだけで返
事はない。
 「でも、これだけは言うよ。
 何年先になっても、梓と一緒にこの街で暮らすってね」
 「こ……こういちー」
 オレの胸に梓は飛び込んでくる。それは確かな感覚。夢ではなく、動き出した二人の現
実。
 
 そして…オレは、
 
 「愛している、梓」
 
 しっかりと梓を抱きしめるのだった。