約束 投稿者:akia 投稿日:6月16日(金)19時34分
 「はい、どうぞ」
 声を上げ、初音ちゃんがポップコーンを撒く。すると直ぐさま、たくさんのハトが一気
に集まってくる。
 「はわわ凄い…大丈夫だよ、まだあるから」
 一瞬驚いたものの、初音ちゃんは手にしていた紙の入れ物からポップコーンを撒いた。
 春の午後。麗らかな日差しがあたる公園。オレはベンチに腰を掛けながら、そんな初音
ちゃんを見ていた。柔らかな日差しを受ける初音ちゃんの笑顔。そう、さっきまではなぜ
か落ち込んでいたので、オレは散歩がてらに誘ってみたのである。
 「…」
 まぁ元気になったのは良いことだが、なんかハトに食われている様に見えるのは気のせ
いか?ああ、ポップコーンをまき散らしちゃったんだ。
 「大丈夫、初音ちゃん」
 オレが慌てて駆け寄れば、ハトの軍団はいっせいに飛び立つ。その時、ハトの乱舞の中、
初音ちゃんはオレの方を向き、何かを呟いた。
 「えっ何?」
 「…」
 ハトが飛び去ったあと、初音ちゃんは黙ったまま俯いていたが、
 「……行っちゃうの?」
 小さくそう呟いた。
 「え」
 「行っちゃうの、耕一お兄ちゃん?」
 顔を上にあげる初音ちゃん。涙に濡れる瞳で声を震わせながら問う。どうやら千鶴さん
との会話を聞かれたらしい。あと二年、せめて大学くらいは卒業して進路を決めたい…だ
から、二年の間は柏木家には入らないと千鶴さんに語ったのだ。甘えれば幾らでも甘えて
しまう環境、このままではいけないからと告げれば、哀しげな表情をしながらも、千鶴さ
んは頷いてくれた。
 「…二年間ね」
 「二年も…」
 初音ちゃんはオレに背を向けた。小さな背中。思わず抱きしめたくなる衝動を抑え、オ
レは初音ちゃんの頭に手をポンと乗せ、優しく撫でた。
 「電話も手紙あるんだから、ずっと離ればなれというわけじゃないだろ?」
 「でも…」
 肩を小さくふるわせ、初音ちゃんは声を詰まらせた。
 「でも…また、離れてしまう」
 小さな呟き。それは諦めにも似た響きを持って、辺りに響き渡った。

 また…
 
 初音ちゃんは知っている。望まない結末…恋し焦がれようと叶わなかった恋を、言葉を
変え、姉のためにと行った事を…だから言うのだ。

 また…と。

 「…」
 オレは笑う…それは自嘲。情けない自分を笑う。結局はオレ次第なのだ。このまま初音
ちゃんを悲しみの内に置き去りにするか、それとも…そしてオレは笑う。それは苦笑。決
まり切ったことを考えようとするオレを笑う。
 「初音ちゃん」
 「…」
 初音ちゃんは答えない。聞かなければ、その時が来ないと信じているかの様に、固く自
分の体を抱く。そんな初音ちゃんをオレは見つめ、
 「お守りをあげるよ」
 優しく語りかける。
 「…」
 ほんの少し顔を上げた初音ちゃんの前に、オレはそれを見せた。
 「…!これ…」
 初音ちゃんの声が震える。
 「母さんの形見。オレがいない間でも、きっと初音ちゃんを守ってくれるよ」
 そしてオレは初音ちゃんの手を取ると、それを握らせた。
 「あ…」
 初音ちゃんは、恐る恐る手の内にあるモノを確かめるかのようにゆっくり開いていく。
やがて初音ちゃんの手の平に、小さな銀色の輪が輝いた。陽光に照らし出される銀の輝き、
そして…紅い煌めきのルビー。
 「貰ってくれるね」
 「…うん」
 オレに向き直り、銀の滴を流しながら初音ちゃんは頷く。精一杯の笑顔で…。オレはそ
んな初音ちゃんを強く抱き寄せると、
 「二年後、オレからも永遠のお守りをあげるよ」
 初音ちゃんの耳元で囁き、優しく唇を重ねたのであった。