−縁側の前− 投稿者:akia 投稿日:6月15日(木)21時26分
 「雪…綺麗」
 囁く様に言い、千鶴さんはオレの前でクルリと回って見せた。
 「今年はだいぶ早いね」
 オレは千鶴さんに声を掛け、上を見やった。それは小さな白の乱舞。
 そして、無邪気そうにはしゃぐ千鶴さん。オレは微笑むと縁側に腰を降ろした。
 「そうですね。
…そうだわ耕一さん、梓達も学校ですし、雪見酒なんてどうでしょう?」
 千鶴さんの提案に、オレは素直に感謝する事にした。
 「いいねー、いい風景に映えて…それじゃお願い」
 「はい」
 微笑み、とたとたと縁側から上がり、千鶴さんは奥へと消えてゆく。
 「そう雪。そんな季節だよな」
 しみじみと呟き、ふと右手を外へ差し出した。しばらく手の平の中、落ちては消えゆく
雪をじっと見つめていると、
 「儚いですね」
 そう、声が掛かる。
 「そうだね」
 素直にオレは返すと声の方を向いた。そこには、お銚子をお盆に乗せた千鶴さんが立っ
ている。
 「でも、だからこそ綺麗なんだろうね」
 オレが千鶴さんの顔を見て言うと、千鶴さんは恥ずかしげに俯き、オレの脇へと腰を降
ろす。
 「お注ぎしますわ」
 「ありがとう」
 杯を取り、オレは千鶴さんの酌を受けると、キュッと飲み干した。
 「旨い!」
 「耕一さんたら」
 くすくすと、千鶴さんは笑みを浮かべる。
 「千鶴さんも」
 オレはもう一つの杯を取り、中に注ぐと千鶴さんに勧める。
 「え、…はい」
 オレの手から杯を貰うと、千鶴さんはこくんと口をつけた。
 そして、少しの間。
 「私、幸せですね」
 ふと、千鶴さんが呟き、オレの頬へと手を伸ばす。
 「こうして耕一さんにふれる事が出来て…」
 潤んだ瞳で千鶴さんはオレを見つめ、
 「話し合う事が出来るのですから」
 心の内を吐露する様に言葉を紡ぐ。
 オレはそんな千鶴さんを黙って見つめていた。
 「あの時、あなたを殺そうとまでした私を助けてくれた。
 なのに、私にはしてあげられる事なんてない…」
 感情の高ぶりを抑えるかの様に、千鶴さんは自分の胸に手を当てる。
 そして、オレはそんな千鶴さんの手を取った。
 「手、冷たいよ」
 「え!?」
 オレは千鶴さん手を、自分の手の平で包み込む。一瞬は驚いたものの、千鶴さんはうっ
とりと目を閉じ、オレに体を預けてくる。
 「…あたたかい…」
 「千鶴さん?」
 「はい」
 「オレは別に気にしていないよ」
 囁き、オレは千鶴さんの髪を梳く。
 「でも」
 言い募ろうと、千鶴さんがオレの方を見る。
 「聞いて、千鶴さん。
 あの時、オレは千鶴さんを助けられて本当に良かったと思う。
 昔から想っていた千鶴さんを助けられて良かったと思う。
 あの日…千鶴さんに初めて逢った日から、オレは惹かれていたんだと思う。
 いつかこのひとと、肩を並べて歩きたいってね」
 オレは微笑み、上を見やった。つられる様に千鶴さんも雪空を見つめる。
 「まだ…少し先になるかも知れないけれど」
 オレは意をけっして、千鶴さんと向かい合った。そう、今なら自然と言える。
 「いつかは、指にね」
 呟き、オレは隠し持っていたソレを、千鶴さんの手の平にのせた。
 「?」
 千鶴さんの視線が手の平へと移る。ソレは、銀色に輝くチェーンに架かった――ダイヤ
の指輪――。
 「つけてみて」
 「…はい」
 オレに促されると、千鶴さんはチェーンをしてみせる。ソレはきらきらと胸元で輝き、
千鶴さんの美しさと相まって、映えていた。
 「千鶴さんが笑顔でいられる様にと思ってね」
 オレは照れ隠しに、頭をかいた。
 「耕一さん」
 千鶴さんの瞳が自然と潤んでゆく。オレはそんな千鶴さんを抱き寄せると、唇を自然と
重ねた。緩い吐息。静かな時間。
 そして…
 「泣いちゃだめだよ……笑って」
 唇を離し、オレは笑顔で言う。
 「はい…耕一さん」
 囁き、風が雪を舞い上げてゆく。
 そして、玄関の方から慌ただしい声が響いてきた。
 『ただいまーっ』
 梓達の声がハモって聞こえる。
 「帰ってきたね、みんな」
 「はい」
 そっと涙を拭き、千鶴さんは微笑む。心からの安心した微笑み。
 オレは、この微笑みが千鶴さんの中から消えない様、心の中から願った。
 オレのもっとも愛するひとのため…
 「あーっ!二人で酒盛りしてる」
 ドタドタと廊下を梓が走ってくる。
 「ほんとだー」
 初音ちゃんの姿も、その後ろには楓ちゃんも見える。

 みんながいる。

 そんな光景。

 そしてオレは、千鶴さんと向かい合い、二人して可笑しそうに笑うのだった。

――ハッピー・エンド――