サラリーマン藤田浩之 輪違 第8話 投稿者:AIAUS 投稿日:12月31日(火)20時26分
 純白に包まれた結婚式場。
 そこで、あかりはウェディングドレスを着て、浩之が来るのを待っている。
「あっ、浩之ちゃん」
 白のタキシードを着て、右手と右足を同時に前に出しながら、浩之が部屋に入ってきた。
「……」
 静かに、あかりは浩之の言葉を待つ。
「きれいだ、あかり。本当に、きれいだ」
 それしか言えなかった。
 その横では、あかりの両親が泣いている。
 あかりの頬にも、一筋の涙が伝っていた。
 
「病めるときも、健やかなるときも。永遠の愛を誓いますか?」
 宣誓。
 静かに、二人で神の前に愛を誓った。
 その時、浩之の目に、一人の女性が目にとまった。
 やけに体格がよくて、ドレスを着ているけれども、どこかで見たような……。
「がっ!」
 何かに気づいて、浩之が口を開けた時。
 彼は、矢島たち友人や同僚に胴上げされて、舌を噛んでいた。
 
 
「あの、あかり。女性席にいたのって、もしかして……」
「うん。私の同僚の保母さんで、タカシさん。通称、タカさん」
「それじゃ、お見合いして婚約したっていうのは……」
「嘘だよ。だって浩之ちゃん、せっかく会えたのに、はっきりしてくれないんだもの」
「ふおっ!」

 あかりは、嘘をつくような女の子ではなかった。
 いや、もしかしたら、自分の目が節穴だったのか。
 新婚旅行で泊まった、外国のホテル。
 初夜を前にして、浩之は自分を今まで縛り付けていた鎖が解けるのを感じた。
 それは、結果としてよかったのだろう。
 
 結婚して二年後。
 丸い大きなお腹をさすって、あかりはベッドに腰掛けている。
 妊娠七ヶ月。
 そのお腹を見て、
「なあ、あかり。今更、言ってもしょうがないんだけど……」
「嘘をついたことなら、謝らないよ。だって、一番いい結果になったでしょ」
「そりゃ、そうなんだけど……」

 俺が悩み苦しんだ年月は何だったのか。
 あかりも同じように悩んで苦しんだのはわかるが、男の純情というものが……。
 
 悩んでいる浩之を置いて、あかりは次の話題へと移る。
「それよりも、名前を決めなくちゃ。出生届の受付期間って二週間しかないんだよ。
今から考えないと間に合わないよ」
「男だったら、光輝なんてどうだ?」
「女の子だったら、どうするの?」
「んー。照子なんてのは」
「駄目だよ、それは字画がね……」
 何時の間に買っていたのか、あかりは姓名判断の本を取り出して、浩之に説明を始めた。
 あかりらしいって言えば、あかりらしいのか……。
 もしかしたら、幸せなのかもしれない。
 浩之は、そんな風に思い始めていた。
 
 
 そして、さらに年月を経て。
 もう三歳になる長男、光輝を膝に抱いて、浩之は笑っていた。
「あなた、コウちゃんーっ。御飯ができたよー」
 フライパンを持った、妻あかりの声。
「わかった、今、行くよ。ほら、光輝。ごはんできたぞーっ」
「ごはん? うん、わかった」
 変わることのない、あかりの笑顔。
 それは、かけがえのない息子の笑顔という、新しい喜びをもたらしてくれた。
 あかりがついた、一つの嘘。
 そんなことは、もう浩之は忘れてしまっていた。
「あかり」
「なに、あなた?」
「ありがとうな。それと、愛している」
「なっ……もう、コウちゃんがいるのに」
 真っ赤になって照れ笑いをする、あかり。
 ずっと、この笑顔を守っていこう。
 浩之は心の底から、そう思った。

 
(サラリーマン藤田浩之 輪違 了)

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