宮内さんのおはなし その四十壱 投稿者:AIAUS 投稿日:11月29日(金)02時07分
「うー。すっかり寒くなりやがったなぁ」
 学校の帰り道。
 俺は商店街のアーケードを通り抜けながら、制服の襟に首を縮こまらせ、ポケットに手を
突っ込んで歩きながら、ぼやいていた。
「寒い、寒い」
 こういう時はコンビニで肉まんでも買って帰るに限る。
 俺は財布に余裕があることを確認すると、近くにあるコンビニに向かった。
 俺が前に立つと、自動ドアのガラスが横にスライドして開く。
 当たり前の、実に当たり前の日常の出来事。
「なっ、なんとっ!」
 それなのに、俺はいきなり後ろから大声をかけられて、死ぬほど驚くはめになってしまった。
 
「せっ、聖上っ! 見ましたか!? 今、ひとりでに扉が開きましたぞっ!」
「あー、トウカ。それは「ジドウドア」と言って、カラクリ仕掛けによって自分で開く扉だ。
ここでは当たり前のものだから、そんなに驚かなくてもいい」
「なんと。「地動怒亜」とは……不思議なものでござるな」
 ぶにゅ。
 いきなり、後ろから大声をかけられて、訳のわからないことを言われて。なおかつ、背中を
踏んづけられて。学校では「昼行灯の浩之」と言われる優しい俺(←意味わかっていない)も、
さすがに我慢出来なかった。
「……いきなり、なにしやがるっ!」
 背中を踏んでいる足を押しのけて立ち上がり、相手の顔も見ずに怒鳴りつける。
「「……!!??」」
 背中を踏まれていた俺と、俺の背中を踏んづけていた誰か。
 俺とそいつは、お互いに驚いて、口をぱくぱくと上下させたまま、見つめ合うことになって
しまった。

「おとーさん。トウカお姉ちゃん、動かない」
「うーん、困ったな。このままでは、店の中に入れない」
 誰かが、小さな女の子と男が、俺の前で話している。だが、俺の視線は、そんなところよりも
目の前にいる女に集中していた。耳の横、いや耳があるべき場所についている、鳥の翼のような
羽。その女が着ている、時代劇のような着物。
 なんだ、この女。新手のコスプレーヤーか……。
 そう思い立ったところで、俺の金縛りは解けた。
「おーい、君。部下の無礼は謝るから、道を空けてくれないか。店に入れないんだ」
 俺にそう言ってきたのは、今度は……怪しげな仮面を被ったオッサンだった。
 
 
「すまなかったね。なにしろ、都会に慣れていない者たちばかりだから」
 角がついた灰色の仮面越しに微笑みを浮かべながら、オッサンは親しそうに俺に話しかけてくる。
 耳の代わりに羽がついた女はまだ金縛りになったままで、小さな女の子は珍しそうに店の中を
歩き回っている。店員や他の客は、「見ないふり」を決め込んでいた。俺も含めて……。
「あの……あんたたちは?」
 何者なんだ、と続けようとしたところで、オッサンは手で俺を制した。
 ギュピーンっ!
 棚に陳列された食品群。珍しそうにそれらを眺めていた女の子が、いきなり獣の目になったかと
思うと、両手いっぱいにそれを抱え、店の入り口から飛び出そうとする。だが、店の入り口には、
俺とオッサンがすでに立っていた。
 ドンっ。
 黒い髪が生えた小さな頭がオッサンの膝に当たり、女の子は動きを止める。いまさら驚かないが、
やっぱり、その女の子の耳も羽、というか動物のようで、さらに尻尾まで生えていやがる。
 オッサンは慣れた様子で、女の子を諭し始めた。
「アルルゥ。それは店の売り物であって、勝手に取っていいものじゃない」
「う〜」
「わかった、わかった。待っていろ、買ってやるから」
 オッサンはそう言うと、なんでもない、当たり前の調子で買い物を始める。
「これと、これと。あと、肉まんを4つ。暖かいものを」
「はい。ありがとうございます〜」
 店員は迷惑そうだったが、それでも正確にレジを打っていた。
 
 
 公園のベンチ。俺とオッサンと羽耳女と小さな女の子が座っている。
「私の名前はハクオロ。悪かったね、驚かせてしまったようだ」
「いや。本当に驚きましたけど……どこの国の方ですか?」
 ロボットのお手伝いさんや家の中で銃をぶっ放すオッサン、超能力や魔法がある世の中だ。
いまさら、こんなことで驚きやしねえ(←さっき、驚いて固まっていた)。
 俺が訪ねると、オッサン、ハクオロさんは不思議そうな顔をする。
「もちろん日本人だよ。着物を着ているのが、私の御側付をやってくれているトウカ。
で、この子が私の娘のアルルゥだ」
 日本人?
 俺は、ハクオロさんと羽耳女トウカ、女の子アルルゥを見比べて、思いっきり怪訝な表情を
した。少なくとも、俺の知り合いに羽や尻尾が生えた人間はいない。
「「……」」
 俺の不審気な様子を悟ったのか、トウカとアルルゥも俺の方を友好的とは言えない表情で
見つめている。そして、突然、トウカの方が口を開いた。
「貴様っ! 聖上に名乗らせておいて、自分が名乗らないとは何事かっ!」
 そう言って、トウカは腰の辺りに手をやったが、不意に表情を固まらせる。
「刀は使わない。そういう約束だったな」
「うっ……しかし、聖上」
 聖上って、ハクオロさんのことだろうか。
 まあ、名前を教えないっていうのも変か。
「俺の名前は藤田浩之。高校二年生。これでいいだろ?」
 俺が名乗ると、トウカは気色ばんだ顔を押さえ、また友好的とは言えない表情に戻る。
「聖上。この者、エヴェンクルガの私に怒鳴りつけられても表情一つ変えません。今のうちに
ひっ捕らえて、身上を明らかにさせた方がよいかと」
「止めろ、トウカ。ここは國(くに)ではないんだ」
 さらっと不穏なことを言われた気がする。
 俺が警戒していることに気づいたのか、気づいていないのか、ハクオロさんはさっきコンビニで
買ってきた肉まんを投げて寄越した。
「すまないね。なにしろ昨日、国から出てきたばかりで。電車を使おうと思ったんだが、この二人が
怖がってしまって。仕方なく、ウォプタルに乗ってきたんだ」
「うぉぷたる?」
「馬のようなもので……こら、アルルゥ。それは夕食分だ。まだ食べてはいけない」
「うー」
 不満そうに頬を膨らませるアルルゥ。俺は自分の分の肉まんを半分ほど千切ると、アルルゥの前に
差し出した。
「ほら」
 アルルゥは、伺うような微妙な表情で、俺の顔を見つめている。
 ギュピーンっ!
 目も止まらない、凄まじい速さで、アルルゥは俺の手から肉まんを奪っていく。
 ガツガツガツ!
 そして、あっという間に肉まんを平らげてしまった。
「こっ、こら、アルルゥ。お礼は?」
「ありがとう」
 笑いもしないで、そう言うと、アルルゥはまた固い表情に戻る。
「まったく……本当にすまない。人見知りする子でね」
「いいっすよ。ちゃんと礼は言ってもらえたし」
 俺がそう言って笑うと、俺の顔を見ているアルルゥの表情が少しだけ柔らかくなったように見えた。
 
「ヒロユキー!」
 ベンチに座って、俺たち四人が肉まんを食べていると聞き慣れた声を上げて、誰かが走ってくる。
 走ってきたのは、レミィだった。
「うわぉ」
 走るレミィに合わせて揺れる胸を見て、アルルゥが小さな驚きの声を上げた。
「どうしたノ、こんなトコロデ?」
「ん〜、いや、ちょっと変わった人たちと知り合いになっちまってさ」
 そう言って、ベンチに仲良く並んで座っている三人を横目で見る。
「ワオ! ヒロユキ、変わったなんて言っちゃダメだヨ。この人、トゥスクル国の皇様だヨ」
 はあ?
 俺が目を丸くすると、さっきまでおとなしく座っていた羽耳女トウカが喋り始めた。
「そうだ。聖上は一国の君主であらせられる。貴様も、それを重んじて口を動かせ」
「トウカ。私は、そんなことを望んではいない」
「うっ……しかし、聖上っ!」
 トウカとハクオロさんが話し込み始めたので、その隙に、俺はレミィから事情を聞き出すことにした。

(なんだよ、トゥスクル国とか、皇様とか)
(知らないノ? トゥルクル国って、昔の山形県。この前、反乱があって王政に変わったんだヨ)
(そんなアホな……)
(アホじゃないモン。この前、新聞に載っていたんダカラ)

 そりゃ、俺は新聞読んでないが……(←テレビ欄しか読まないので、勿体なくて取らなくなった)。
 現代社会で、反乱があったとか王政に変わったとかあるのか?
「すまないね、藤田くん。重ね重ね、部下が無礼を働いてしまった」
「いや、別に気にしないっすけど……」
 トウカは、まだ俺の口調に納得がいかないのか、羽のようになった耳を大きく広げて、威嚇する
ように俺の方をにらんでいる。
「トウカ。我々は、この國と同盟を結びに来たんだ。エヴェンクルガなら、その程度の自覚は
持てるだろう?」
「ううっ……むむっ……ぐぐっ……ぎょ、御意」
 たっぷり一分間苦しんだ後、トウカは首をギギギと音を立てそうな感じで、ゆっくりと縦に振る。
「フカフカ」
「ちょ、ちょっとダメだヨ。そんなとこ触っちゃ!」
 横でアルルゥとレミィが楽しそうなことをしていたが、俺はハクオロさんに見つめられて、
そちらに注意を払うことが出来なかった。
「ところで、藤田くん。恥を忍んで、頼みたいことがあるのだが」
「はあ。なんでしょうか?」
 羽耳女だとか、反乱だとかで感覚が麻痺していたのか。
 さっさと逃げ出すべきだったことを、俺は後になって気づいたのであった。
 
 
「ボロイ」
「とりあえず、屋根があるだけでもよしとするか……」
 ここは俺の家。
 なのに、尻尾が生えた女の子と羽耳女が中に入っていて、好きなことを言っている。
「いやあ、本当にすまない。電話もないから、宿を取ることも出来なくてね」
 山形って電話線通じていなかったのか……。
 成り行きでとは言え、ハクオロさんとトウカ、アルルゥを家に泊めることを承諾してしまった。
 俺は頭痛を抑えながら、ちょっとずれた一日に向かってボヤいていた。
 
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 おまけ
 
「せっ、聖上っ! 見て下さいっ! この「水道」なるもの、ここを捻るだけで水が出ますっ!」
「夜なのに、家の中が明るい」
 山形県の皆様、ごめんなさい。
 ギャグですので、暖かい目で見て下さることを期待しております。

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