宮内さんのおはなし その四十の二十 投稿者:AIAUS 投稿日:8月15日(木)00時29分
 雨が降っている。
 そう。
 あの時も雨が降っていた。
 
 欧州での留学を終えたカシムが戻ってきたことを祝って、祝い事に賑わう生まれ故郷の村。
 自分達の誉れだと、みんなが祝ってくれた。
 兄の娘がかけてくれた、花の首飾り。
 みんなでお金を出し合って作ったという、高価な飾り短刀。
 頑張ってよかった。
 この村に生まれて良かったと、カシムは心から思っていた。
 
 突然、振り出した雨。
 文句を言いながらも、どこか楽しそうな表情でテーブルや飾り付けを家の中にしまい始める
村人達。
 一番重いテーブルを運んでいた兄が倒れたのが、最初だった。
 
 大丈夫か、と心配そうに駆け寄る村人達。
 しかし、兄は狂ったように体を掻きむしって苦しむばかりで返事をしない。
 医者を呼べ、と誰かが叫んだところで、また一人倒れた。
 
 次々と倒れていく村人達。
 カシムは慌てて村に一台だけある電話に飛びついたが、電話は通じない。
 そのうち、呼吸がおかしくなってきた。
 自分の着ている祝い装束にすがりついて、泣き声を上げる子供。
 心臓は不規則に動悸を刻み、体の表面を耐えがたい痒みが襲う。
 子供の泣き声は、じきに聞こえなくなった。
 
「なぜ、なぜだ……なにが起こった?」

 原因不明の奇病。
 村の唯一の生存者だったカシムは、病院のベッドでテレビがそう報道しているのを見ていた。
 奇病。もしくは呪いだと言う者もいた。
 だが、カシムはそんなことは信じなかった。
 村で起こった惨劇は、留学中に博物館で見た細菌兵器の症状に酷似していたからだ。
 
 
 何年、世界を渡り歩いただろうか。
 あれが東欧の軍事企業による非合法の実験だったということを知るまで、随分、長い時間が
かかった。最初から村を標的にしていたのか、それとも何かの事故で細菌が流出したのか。
 そんなことは、もう関係なかった。
 自分から全てを奪ったものを殺す。
 それは人間の持つ、当然の権利だ。
 アルゴ=リヴェントロー。
 彼をこの世から消滅させることだけが、今のカシムに残された、唯一の命の価値だった。

 
 ビル街の中心にある、高級ホテルの前。
 誰もが寝静まった頃。
「非常識な……」
 アルゴ=リヴェントローを護る役目を任されているボディガード達は、護るべきアルゴが
眠っているホテルの周りで、舌打ちをしていた。アジアの暑い夏とはいえ、雨が降る夜は寒い。
あんな馬鹿げたテロがなければ、こんな惨めな思いはせずに、自分達もホテルの中で眠ることが
出来たのだ。
 この国では非合法である拳銃を懐に隠し持ち、油断なく辺りをうかがう。
「商売敵の犯行にしちゃ無鉄砲過ぎるな。そもそも、アルゴ様は最近は恨まれるようなことは
していないはずだろう」
「さあな。街中で爆発テロを起こすような相手だ。理屈は通用しないだろうよ」
 テロとガード。
 こういった勝負の場合、圧倒的に攻撃側のテロリストが有利だ。
 テロリストはいつでも、自分の好きな時に攻撃を仕掛けることが出来るのに対し、
ボディガード達は24時間体制で対象の回りを見張っておかなければならない。
 これが本拠地である東欧なら、軍事施設並に厳重な警備体制が施されたビルにアルゴを
置いてしまえば済むことなのだが、あいにく、ここはアジアの辺境。しかも、一部の許可された
人間にしか武器の所持が許されないような治安の管理の行き届いた国である。
「しかし、寒いなぁ。銃を持たせてもらったのはありがたいけど、風邪を引いちまうよ」
「ああ。コートの方がよかったな」
 ボディガード達は襲ってくるかどうかわからないテロリストよりも、寒さのことを心配していた。
 
 
 /System open.
 /Connect start.
 装甲板に覆われたカプセルの中で眠っている少女。
 カシムの命令を聞いた彼女は、夢の中で自分と接続している二足歩行機械に実行命令を下し始めた。
 All domains Connection Machine.
 次世代の戦争で主役になるであろう無人戦闘機械の試作品。
 彼女は着実に、その生まれた意味を実行しようとしていた。
 
 
 同時刻。
 アルゴ=リヴェンスキーの泊まるホテルの周囲には、GHOSTシステムを搭載したHM−12型が
集結していた。
 戦闘に不向きなG−1チビマルチ、G−3ハカマルチ、G−5アンマルチ、G−9タニマルチ、
G−10マママルチ、G−13アクマルチ、G−16セルチ、G−18GPマルチ、G−17ナナマルチ、
G−19マティアはバックアップへ。
 戦闘が可能と思われるG−2アニマルチ、G−4マルチネス、G−6ザクマルチ、
G−8ブルマルチ、G−11フウマルチ、G−12ナビマルチ、G−14ハンマルチ、
はフォワードへ配置された。
 各々の装備を身に付けたGHOST達。その中で、ボディアーマーを着た矢島は疑わしそうな目で
ヤジマルチを見ている。
「……それで、なんで、おまえがフォワード配置なんだ?」
「なんと? 心外ですじゃ。わしは歌って踊れるメイドロボですよ? 言ってみればトシちゃん。
最近、テレビから消えてしもうたけど」
 ヤジマルチが装備しているのは、スナイピング用の大型ライフルとアンテナをつけた彼女の頭部に
合わせて作ってある着装型のスコープ・ヘルメット。
「どこから持ち出して来たんだか……遊びじゃないんだから、後ろで待っていろ」
 矢島の言葉に、横にいた花山カヲルとG−14ハンマルチのマスター、広瀬圭一もうなずく。
「遊びじゃねえ。怪我じゃ済まねえぞ」
「俺達に任せておけよ。要するに、ハンマルチの妹を取り押さえればいいだけだろ?」
 恵まれた体躯の大男二人の鋭い眼光にも、ヤジマルチはひるまない。
「それなら、矢島だって喧嘩上等仕様じゃないじゃろ? わしだって手伝いたいんじゃよ」
「駄目だ。足手まといになる。迷惑をかけるんじゃない」
 矢島にきつく言われて、ヤジマルチは嫌々と首を横に振る。
 だが、矢島はヤジマルチが前線に立つことを許さなかった。
「動体レーダーに反応あり。目標がビルを伝って、ホテルに接近してきます」
 G−19マティアの冷静な声に、一同の中で緊張が走る。
「いいか。ここで待っているんだぞ。絶対に外に出るな」
 仮設指揮所として設置したテントの中から、矢島が走り出る。
「矢島のバカぁぁああああ!」
 自分がどれだけ心配しているか、わかってもらえないヤジマルチは、そんな悪態で彼を送ってしまった。
 
 
 /雨でワイヤーが濡れて、ワイヤーを覆う油分が充分な量を確保出来ていない。
 ビルの壁に小型のアンカーを撃ち込み、ワイヤーを張りながら、まるで蜘蛛のように空中を移動する
ACマルチは、現状をそう判断した。
 ヒュン、ヒュン。
 一回の跳躍の度に、ワイヤーがきしむ。
 夜の雨は装甲板に覆われた巨体が蠢く姿を覆い隠してくれるが、移動を不都合にする。
/一旦、地上に降りるべきか。
 オイルタンクの残量を計算しながら、ACマルチは思考していた。
 パキュン!
 乾いた音。
/オイルタンク破損。落下開始。
 何ものかに狙撃され、壊れたオイルタンクの映像を確認しながら、ACマルチは落着のための
体勢を整え始めた。

 H/I/T.
 ザクマシンガンのスコープから外されたザクマルチの目に、赤い光点が走る。
「おい、来るぞ!」
 ハンマルチのマスター、広瀬圭一が上を見上げて叫ぶ。
 夜のビル街。
 降りしきる雨。
 そして、落ちてくる巨大な四足歩行機械。
「ハンプティ・ダンプティ……」
 GHOSTの誰かがつぶやいた。

 ハンプティ・ダンプティ壁の上。
 ハンプティ・ダンプティ大墜落。
 王さまの馬も家来も手も足も出ず、
 ハンプティ・ダンプティ一巻の終わり。
 
 マザーグースの一節。
 ビルから落ちてくる巨大な卵型ボディの四足歩行機械は、そんな情景を思い起こさせた。
 
 
/アンカー射出不可。衝撃吸収姿勢。周囲に動体反応多数。警戒。
 ムササビのように手足を伸ばした四足歩行機械は地面に激突すると、ゴムマリのように大きく跳ねた。
「は、跳ねたのですな?」
 ナナマルチの驚きの声。
 地面に激突するとばかり思って待ち構えていた者達が驚き、あわてる。
「あっちに行ったぞ!」
 陰に隠れるようにして、アルゴ=リヴェンスキーのいるホテルへと進もうとする四足歩行機械。
 卵型ボディの上を、夜の雨が滑り落ちていく。

 大きく手足を交差させながら、四足歩行機械が走ってくる。
「静かに歩くもんだな」
 その様子を見て、広瀬圭一は指をゴキゴキと鳴らしながら、呑気なことをつぶやいた。
「相当、大きいですね」
 ハンマルチと広瀬圭一の身長は190cm。対して、四足歩行機械の大きさは四メートル弱。
「関係ねえよ」
 戦車と戦うようなものだ。
 それは事前に、他のGHOST達から教えられていた。
 だが、鍛え上げられた体に満ちる力は、前に出ろと自分に呼びかけている。
「撃って来たら、私が受けますから。圭一様は攻撃に集中してください」
「撃たせる前に終わらせる。決まっているだろ」
 鋼鉄の卵が近寄ってくる。
 その前に立ち塞がるのがどれだけ無謀なことか。
 だが、不思議と、ハンマルチが近くにいるというだけで広瀬圭一は恐怖を忘れていた。
 
「なんだ? テロリストか!?」
 ACマルチが地面に落ちた音に気付いたボディガード達が拳銃を構え、飛び出してくる。
 プシュ! プシュ!
「うっ!?」
 それを待ち構えていたヤジマルチ、ナナマルチの狙撃手が着実に麻酔弾を撃ち込んでいった。
「一人昏倒。次、左から来ます」
 冷静に状況を告げるマティア。
「次から、次から。いいかげんにしてほしいですのな!」
「いいから、さっさと撃つんじゃよ。ゴリラと違って麻酔弾一発で倒れるから楽なもんじゃろ?」
 文句を言いいながら狙撃するナナマルチと、冷淡に仕事をこなすヤジマルチ。
「重いわぁ、この人。マママルチちゃん、手伝ってくれる?」
「はっ、はぁぁぁあいいい。待って下さぁぁあああい」
 いつもの余裕を崩さないタニマルチと、目の前で起こる戦闘に及び腰のマママルチは、気絶した
ボディガード達を安全な場所へと運び出していく。
「ナビマルチ。そちらの戦況を報告してください」
「広瀬さんとハンマルチさんがACマルチに吹き飛ばされましたぁ! 怪我はしていますが、
命には別状なさそうです!」
「了解。対象を指定の場所に追い込んでください」
 マティアとナビマルチの誘導に従って、次々とGHOST達が取り付いて行く。

「アウ!」
 ビルの上から四足歩行機械の機体の上に飛びついたアニマルチは、ACマルチの器用な手に
つかまれて、あっさりと振り落とされた。
「DB団総帥DB様、ご来臨ですっ!」
 夜の雨の中に響くブルマルチの叫び。

「「「ブルマ万歳っ!」」」
「すべての女性に愛と自由とブルマをっ!」
「「「ブルマ万歳っ!」」」
「厳正なる黒き布に感謝を捧げよっ!」
「「「ブルマ万歳っ!」」」
「神々しき赤き布に情熱を捧げよっ!」
「「「ブルマ万歳っ!」」」
「神聖なる青き布に祈りを捧げよっ!」
「「「ブルマ万歳っ!」」」
「すべてはDB様のために!」
「「「すべてはDB様のために!」」」

 続けて響く、暑苦しい男達の怒号と怒涛のような突進の音。

「進行速度が速すぎます。展開が間に合いません。G−12、対象の足止めを要請します」
 マティアの冷静な声に、ナビマルチの悲痛な声が響く。
「駄目です! ACマルチ、次々と突破していきます!」
/障害排除。命令実行を最優先。
 ACマルチの右手に装備されたグレネードランチャーから硝煙が立ち昇っていた。
「ブっ、ブルマ万歳……」
 焼け焦げたブルマ(自分で履いていた)を握り締めながら、DB団総帥は気を失った。
 

「まだ、通すわけにはいかないでござる」
「もう少し、つきあってもらうよ」
/目標の建物を有視界にて確認。障害、二体確認。排除開始。
 次にACマルチの前に立ち塞がったのは、フウマルチと彼女のマスター、加藤健介。
 加藤健介は忍者の着る黒装束に着替え、棒手裏剣を構えている。
/排除開始。
 四足歩行機械の長い手が、勢いよく真横に振られた。
 ブゥン!
 長さ三メートルの鉄の棍棒。
 それが真正面に迫ってくるのを、フウマルチは真上に飛んで、加藤健介はしゃがみこんで
避ける。立て続けにACマルチは機体を回転させながら、脚を斜め上を飛んでいる
フウマルチに向かって蹴り上げた。
 ガツっ!
 その軸足の関節に向かって、加藤健介が刀を突き立てる。
 わずかにACマルチのバランスが狂った。その極微の軌道の狂いを見逃さずに、フウマルチは
凶悪な鉄の回し蹴りを回避する。
/左脚部関節に異物が侵入。バランサーの再計算を行います。
 再計算の時間は、およそコンマ4秒。
 その短い時間の間に、フウマルチと加藤健介は手裏剣を装甲板に突き立て、刀で斬り付けていく。
 だが、戦闘用の材質で作られた四足歩行機械のボディには、かすかな傷がつくぐらいだ。
 強固な鎧を被ったカブトムシと、貫く針を持たない蜂の戦い。
 しかし、この場はそれでもよかった。

「部隊展開終了しましたっ! お二人とも、離れてくださいっ!」
 ナビマルチの声を聞いて、フウマルチと加藤健介がACマルチから飛び離れる。
/目標退避。命令実行を優先。
 その隙を逃さずに、ACマルチはビルの陰から、アルゴ=リヴェンスキーの潜むホテルの玄関前へと
飛び出していった。

 F/I/R/E S/U/P/P/O/R/T S/T/A/R/T.
 物陰に潜んでいたザクマルチの目に、赤い線が走る。
 同時に、平和な日本では聞くことが出来ないはずの175mm無反動砲の轟音が幾度も響いた。
 
 GooooM! GooooM! GooooM!
 
 雨の中でも舞う土埃に、マルチネスが思わず顔を覆う。
「ヒュー! すげえ。まさか、本当にマゼラアタックがあるとはね」
 支援砲撃を行ったのは、ザクマルチのサポートマシンだった。大型弾頭の威力は凄まじく、
アスファルトで覆われていた道路に大きく穴が開いている。
 柱のようになって舞う炎と土埃。
 その中心には、ACマルチがいたはずだ。
「こりゃ、あたい達が手を出す前に終わったちゃったかも知れないね」
 手にはめたカイザーナックルを打ち鳴らしながら、マルチネスが好戦的に笑った。
 だが、その横に立つザクマルチと矢島、花山カヲルは緊張を崩していない。
 N/O/.
「油断するんじゃねえ。来るぞ」
 マルチネスの顔に、緊張が走る。
 
 収まった土埃の中から現れたのは、装甲板を打ち砕かれ、手足もボロボロになった
四足歩行機械。
 だが、剥き出しの手足はまだ、しっかりと機体を支えて、四人の正面を向かせている。
 装甲板に覆われた卵の中身は、内部を青い液体に満たされた半透明のカプセル。
 そのカプセルの中には、目を閉じたHM−12型が浮かんでいる。
「あれが……ACマルチか」
 気休めのボディアーマーを着た矢島がつぶやく。
 活動を停止していない以上、攻撃を止めるわけにはいかない。
 ためらう暇もなく、ザクマルチが前進のハンドシグナルを送った。
 
 PAPAPAPAPA!
 ザクマルチが放つマシンガンの曳光弾の光。
 カプセルを直接撃つと中にいるACマルチを傷つける恐れがあるので、装甲が焼け落ちて
剥き出しになった手足を狙う。何本かのコードに弾丸が命中して弾け飛んだが、四足歩行機械の
動きはまだ止まらない。
 ブゥオン!
 手加減なく出される後ろ蹴り。
 それを、真正面から花山カヲルが受け止める。
 ガシャン!
 自動車同士が正面衝突を起こしたような激しい音。
 刺青と傷で埋め尽くされた花山カヲルの背中の筋肉が、大きく盛り上がる。
「こんの野郎っ!」
 動きが止まったACマルチの手足に、チタンブレードを持った矢島とカイザーナックルをはめた
マルチネスが襲い掛かった。
 慌てて足を引き戻そうとするACマルチの動きを、花山カヲルが阻む。
「逃がしやしねえ」
 傷だらけの顔に浮かぶ凄絶な笑み。
 その凶悪な握力は、ACマルチの足をしっかりとつかんでいた。
 
 手足を砕かれる。
 それが避けようのない現実だと把握した時、ACマルチに初めて、感情らしきものが浮かんだ。
/命令……実行不可?
 そうなった場合の行動は、マスターであるカシムから指示されていない。
 与えられた命令を実行することが自分の存在理由である。
 それを果たせない機械に、存在理由はない。
/自爆コード準備開始。
 自らの不安を解消するため、ACマルチは最も簡素な選択肢を選んだ。


「対象、自爆コードを実行。カウント開始」
 マティアの声に、初めて焦りが浮かぶ。
「はっ、はははははは離れてください、みなさんー!」
 マママルチの悲鳴。
「な、ななななな! それじゃ、ACマルチはどうなるんですのなっ!」
 それにナナマルチの悲鳴が続く。
「やっ、矢島! 早く離れてっ! ACマルチは自爆するつもりですっ!」
 ヤジマルチのまともな口調の声が、久しぶりに空気を震わせていた。
 
 
「離れるって……そんなわけには行くかよ。中にいるのは、おまえの妹だろ?」
 インカム越しに聞こえるヤジマルチの声に、矢島が呆れたように答える。
 手に持っているのはチタンブレード。
 崩れ落ちた半透明のカプセルに何度か斬りつけているが、傷もつかない。
 その横では、無言でザクマルチがヒートホークを、花山カヲルが鉄拳を、マルチネスが
カイザーナックルを振るっている。
「もう時間がないんです! 早く離れてっ!」
 自爆の時間がどれくらいなのか。
 映画だったら、わざとらしく見えるところにカウントの数字が現れたりするのにな。
 そんなことを思いながらも、四人の誰一人として逃げない。
「逃げられるわけがない。おまえ、中にいる子を助けたいんだろう?」
 声がつまっているのか、ヤジマルチの声は聞こえない。
 矢島はカプセルを壊すことをあきらめると、カプセルの中で眠っているACマルチの顔に、
自分の顔を近づけた。そして、なんでもない様子で話し掛ける。

「なあ、あんた。ACマルチだったよな?」
/音声認識。自爆コード実行中。
「眠っている最中に悪いんだが、あんたの姉貴や妹が困っているんだ。少しは融通利かせて
くれないか?」
/人間による命令を確認。行動条件の第1550条に反するため、命令を拒否。
「あんたは爆発して、すっきりするかもしれないけどさ。見ろよ、姉貴のG−4やG−6が
頑張っているだろ? 頑張っている意味はわかるよな?」
/GHOSTタイプ活動中。自爆による予想開始。予想結果……大破、もしくは消滅。
「見えないかもしれないが、聞こえるだろ? みんな、あんたのことを心配している。
わかるはずだ」
/通信オープン。

 ACマルチの目が見開かれる。
 聞こえたのは、一緒に学習プログラムを入力されていたGシリーズ達の声。
 どうして、自分のことをこんなにも心配しているのか。
 それは、最初から戦闘機械として生まれてきたACマルチには、はなはだ疑問だった。
 そして、自分の横にいる人間の男性。
 彼もまた、同じように自分を心配している。
 
「自爆コード解除不可。全員の退避を優先」
 まるで、雛鳥が生まれる時のように。
 カプセルの外殻は割れた。
 中から、青い液体に濡れて、ACマルチが飛び出してくる。
「よっしゃ! ずらかるぞっ!」
 飛び出してきたACマルチの華奢な体を抱えて、矢島が叫ぶ。
 一斉に、矢島達四人は、その場所から離れていった。
 
 
「……ホテル前で起こった大規模の爆発は、アルゴ=リヴェンスキー社長を狙ったものだと
思われ……」
 テレビの中で、ニュースキャスターが淡々と記事を読んでいる。
「こんなに濡れちゃって。大変だったでしょう」
 玲奈に髪を拭かれている矢島が、照れ臭そうに鼻を掻く。
「ちょっとだけ大変でした。自爆の爆風で吹き飛ばされたし」
「ギニャ! あんた、無茶し過ぎですよ。破片が当たっていたら、今頃、天国行きでしたよ」
 少し涙声のヤジマルチがブツクサと文句を言う。
「生きているんだから文句言うな。俺も無事で、おまえの妹も無事なんだから、問題ないだろ」
 花山邸の部屋に敷かれた布団の上で眠っているのは、ACマルチ。
 体に付いていた青い液体は姉妹達によって丁寧に拭き取られている。
「小せえな、こいつ」
 あれだけの騒ぎを起こしたのに。
 そう言いたげに花山カヲルが、ACマルチの顔をのぞきこんだ。
「ちょっと、兄貴! 動かないでくださいよ! ただでさえ、拭く場所広くて大変なんだから!」
「おう、まだ途中だったな」
 マルチネスの言葉に、面倒くさそうに花山カヲルは姿勢を正す。マルチネスはすぐに、上半身
裸の花山カヲルの体を拭き始めた。
 その様子を微笑みながら見ていた玲奈の顔が、矢島の顔を見て、さらにほころぶ。
「あっ、すごい。矢島君の髪、もう元通りになったわ」
 玲奈の言うとおり、雨に濡れて頭にくっついていた矢島の髪が、乾いた途端にピンと空を突く
ようにして立ち上がった。
「どういう構造になっとるんじゃろう? 針金でも入っているのかしらん?」
 ヤジマルチが呆れたようにつぶやいて、矢島の頭を指先でつつく。
「入っているわけねえだろ。いいか、この髪は俺のトレードマークなんだ。言ってみれば、矢島の証。
立っているのが当然。立ってこそ矢島。わかったか?」
 なぜか偉そうに言う矢島。
「矢島の証って、五十人ふられの証ですか? そんなの、誰も欲しくないんじゃよ。言ってみれば、
ババ抜きのババ、ティッシュのついてないビラ配りのビラ、真冬の扇風機」
「おまえはなー! さっきのしおらしさはどこに行った!」
「ギニャー!」
 ヤジマルチの悲鳴が響く。
 その微笑ましい喧嘩を見て笑う四人。
 眠っているACマルチの寝顔にも、少しだけ微笑みが浮かんでいた。
 
 その後日、アルゴ=リヴェンスキーが原因不明の奇病で死亡したのだが、これはカシムの死と
同じく、表立ってニュースになることはなかったのである。

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『宮内さんのおはなし その四十の壱〜二十(反則版)』
 作成時タイトル:ヤジマルチ2nd

 以下の方々により、アイデアをいただきました。
 
 OLHさん        HM−12G−2  チビマルチ
 
 水上豊さん        HM−12G−3  ハカマルチ
              HM−12G−9  タニマルチ
 
 第3接触さん       HM−12G−5  アンマルチ
              HM−12G−11 フウマルチ
              HM−12G−15 ACマルチ
              HM−12G−18 GPマルチ
 
 雅ノボルさん       HM−12G−6  ザクマルチ
 
 DEEPBLUEさん       HM−12G−8  ブルマルチ
 
 助造さん         HM−12G−12 ナビマルチ
              HM−12G−13 アクマルチ
 
 ATAさん        HM−12G−14 ハンマルチ
 
 まおんさん        HM−12G−16 セルチ
 
 丹石緑葉さん       HM−12G−17 ナナマルチ
 
 ALMさん        HM−12G−19 マティア
 
 皆様、ありがとうございました。
 
 文章作成:AIAUS
                                                                                                                                  
(おまけ)
 
 ピチャリ。
 股間に冷たいものを感じて、矢島は目を覚ました。
「……まさか。また、やりやがったか、マルチの奴」
 枕の上に置いた頭を動かして横を見ると、予想通り、ヤジマルチが布団の中に潜り込んでいた。
 邪気のない寝顔で、スゥスゥと寝息を立てている。
 間違いない。股間に感じているのは、ヤジマルチが漏らした燃料電池の水の冷たさだ。
「こら! 寝てんじゃねえ、マルチ!」
 ……ビクっ!
 矢島がアンテナのすぐ近くで怒鳴ったので、ヤジマルチの体がビクンと動く。
「……おっ、おはようございます、矢島様。あの、どうしたのでしょうか。朝から大声を出されて」
 ヤジマルチの声は弱々しい。言葉も、いつもの「ぎにゃー、じゃよ」口調ではない。
「あのな。しおらしい言葉使ったって駄目だ。また、玲奈さんに誤解されるだろうが」
 ベッドの上に立ち上がった矢島は、憤懣やるかたないといった様子で、自分の股間と、
まだ寝転がったままのヤジマルチの股間を差す。両方とも、見事に濡れている。
「ひっ……わっ、私、なんてことを……」
 ヤジマルチは両手で口を押さえて、羞恥に顔を赤く染める。
 なんだか、矢島の方も恥ずかしくなってきた。
「もっ、申し訳ありません。とんだ粗相をいたしましたっ!」
 なんと、ヤジマルチが三つ指をついて謝っている。
 矢島の首が疑問で大きく横に傾いだ。
「あの……マルチ?」
 どこか壊れたかな、と思って、矢島がヤジマルチの肩に手を置いた瞬間。
 
「おっはよーじゃよー!」
「おはようございます、矢島君」

 ヤジマルチの元気な朝の挨拶と、玲奈のしとやかな朝の挨拶が矢島の部屋の開いた扉から響いた。
 矢島とベッドの上にいるヤジマルチ、玲奈と扉のところにいるヤジマルチが固まっている。
 扉のところにいるヤジマルチが強張った声で、ベッドの上にいるヤジマルチに質問する。
「ACマルチ……あんた、なんでここにいるんじゃよ? 馬面博士のところに帰ったはずじゃ……」
 矢島と一緒に眠っていて、今、ベッドの上にいるのはヤジマルチではなく、ACマルチだった。
 二人の濡れた股間が、玲奈の視界に入る。
「矢島君……説明はしてもらえるわよね?」
「いっ、いや、俺にもさっぱり……あの、玲奈さん?」
 矢島は動けない。玲奈はじりじりと間合いを詰めている。
 その間に、ヤジマルチはACマルチを抱えて、慌てて外へと逃げ出していた。
 
「もう、矢島君! そんなにロボットがいいの!」
「だから、誤解ですってばー、玲奈さん! うっ、うぎゃー! 人間の腕は、
そんな方向には曲がらねー!」
「あんた、なんで矢島のベッドで寝ているんじゃよ。あそこはわしの専用席じゃよ。玲奈と矢島が
結婚してからも使うつもりなんじゃから(不穏当発言)」
「だって……長瀬主任が、君が行きたいところに行くといい、って言いましたから……」
「ぎにゃー!」

 矢島の周りの騒動は、まだ終わりそうにない。

(完)                                                                          (完)      

http://www.urban.ne.jp/home/aiaus/