宮内さんのおはなし その四十の十九 投稿者:AIAUS 投稿日:8月11日(日)01時23分
 針のように鋭く尖った雨粒の流れ。
 あの時にも聞いた、雨の音。

 甲板を滑って、船縁から海へと落ちていく雨粒。
 あの時は、流れていく雨粒に赤い血が混じっていた。
 
 止めどなく聞こえる、雨粒が甲板を叩く音。
 まだ耳に残っている、あの時の悲鳴、怒号、嗚咽。
 
 復讐は成されなければならない。
 それは自分の命に代えてであっても。
 他に、奴を裁く者はいないのだから。

 男は浅黒い肌を隠すように、フードを目深に被ると、雨の中の甲板を去り、貨物船の船内へと
入っていった。
 直後、銃声と悲鳴が響いたのだが、それは雨音が消し去り、夜の海を走る貨物船の中で起こった
惨劇に気付く者は、誰もいなかった。


 ミーン、ミーン!
 騒々しい蝉の声。
「暑いんじゃよ〜」
 麦わら帽子を被ったヤジマルチがカンカン照りの太陽を恨めしげに見上げながら、文句を言った。
「誰のせいで、こんな暑い中で布団干さなきゃならなくなったと思ってんだ」
 白い敷き布団を物干し台にかけた矢島が、文句を言っているヤジマルチを怒る。
 布団に描かれているのは、見事な世界地図。
 ヤジマルチが矢島の布団で寝ている時に、体内のタンクに溜めている水を漏らした結果だ。
「わしは悪くないんじゃよ。布団に入る前に充電終わらせとったんじゃから。燃料電池が勝手に
作動したのは、メンテが悪いせいじゃよ。言うなれば、矢島のせい」
 ペシ。
「ぎにゃ!」
 矢島の持っていた布団叩きで頭をはたかれたヤジマルチが悲鳴を上げる。
「どうも、おまえの言っていることは信用できねえ」
「好きで漏らしたわけじゃないんじゃよー!」
 いつものように仲良く喧嘩をしている矢島とヤジマルチ。
 くす、くす、くす。
 その様子を眺めて、誰かが楽しそうに微笑んでいた。
「あっ、玲奈さん。もう来てくれたんですか。悪いなあ。電話をくれれば、すぐに俺の方から
行ったのに」
 微笑んでいたのは、ヤジマルチと同じ麦わら帽子を被った玲奈。
 着ている白いワンピースが巻き毛のロングヘアーと一緒に、風になびいている。
「早く、矢島君に会いたくなっちゃって。迷惑だった?」
「とんでもない。俺、玲奈さんなら毎日でも、いや365日ずっと眺めていてもOKっすよ」
 勢い良く答える矢島の言葉に、玲奈は少し顔を赤らめてうつむいてしまう。
「えっ? 俺、何か変なこと言いました?」
「無心の方がいいこと言うのがヤジマスキーの欠点じゃなぁ。これがなかったら、五十人フラレの
伝説は作らんで済んだのに」
 鈍感な矢島の反応に呆れるヤジマルチ。顔の紅潮がなかなか収まらない玲奈。
「この布団が乾いたら、すぐに行きましょう。時間がもったいないですから」
 ヤジマルチの描いた世界地図は乾き始めている。
「これ……矢島君の?」
「そう。ヤジマスキーがやっちまったんじゃよ、もう。高校生にもなって、オネショをするとは。
わし、恥ずかしくて外を歩け……ギニャアアアア!」
 犯行を隠蔽する前に、矢島に首根っこをつかまれて、ヤジマルチの完全犯罪は阻止された。
「やったのは、おまえだっつうの」
「勘弁してくだされ、ヤジマスキー。ほんの出来心ですじゃ〜」
 首筋を後ろからつかまれて、猫のように丸くなっているヤジマルチ。
 だが、今度は玲奈が笑っていない。
 目を細くして、布団の隣りに干してある男物のパジャマを指差している。
「あっ。それは俺のですけど」
「矢島君のパジャマのズボンも濡れているんだけど……ヤジマルチちゃんがオネショをした布団と
一緒に干してあるのは、何故なのかしら?」
 玲奈が怒っている時は、回りの空気の質が若干重くなる。
 メイドロボであるヤジマルチでさえ、そのことには気付いているのだが、天性の才能を持つ矢島は、
まだ、そのことには気付いていなかった。

「そりゃ、俺とマルチは一緒に寝ていましたから。こいつがオネショした時に、一緒に濡れちゃった
んですよ」
 
 ガコン。
 プレッシャーというには負担が大き過ぎるほど、回りの空気が重くなる。
「……触らぬ神に祟り無し。犬も食わない何とやらじゃよ」
 とばっちりを受けないうちに、ヤジマルチは玲奈と矢島の近くから離れていった。
 

「玲奈さん。いい加減、機嫌直してくださいよ〜」
 両手一杯に荷物を抱えた矢島が、情けない声を上げている。
「知らない。矢島君の意地悪」
 日曜のデパート街。
 楽しいデートになるはずだったのに、不用意な一言から、玲奈の買い物の荷物持ちをさせられることに
なってしまった矢島は、腕にかかる荷物の重さに苦労していた。
「まあ、まあ。玲奈も、もうそろそろ勘弁してあげるんじゃよ。矢島と玲奈が一緒に寝ている時に、
玲奈がお漏らししても、矢島はそんなに怒らんじゃろうし」
 ヤジマルチがとんでもないことを言ったので、玲奈の顔が一気に赤くなった。
「馬鹿! 玲奈さんに、何てこと言いやがる!」
 さすがに鈍感な矢島も、言葉の意味がわかったので、本気でヤジマルチを怒った。
「あっ、あはは……いいよ、矢島君。そんなに怒らなくても。私も大人気なかったし」
 無邪気なメイドロボットの一言に毒気を抜かれたのか。
 玲奈はもう、怒っていなかった。
「おっ。玲奈の機嫌が直ったんじゃよ。わし、もしかして、愛のキューピット? 好雄君?
女の子のお前に対する評価はこんなとこだな?」
 重たい空気から逃れることが出来て、はしゃぐヤジマルチ。
 こんな彼女を憎めないのか、矢島と玲奈の二人は苦笑を浮かべて、お互いの顔を見合わせていた。
 
「ところで、この荷物、どうしましょうか? 電車で運ぶのはきついですね」
 玲奈の衝動買いで貯まった荷物の山を見て、矢島は困っている。
「そうね。歩いて運ぶのは無理だし」
 買い物に出かけたデパート街は、矢島と玲奈の住んでいる場所からは大分離れている。
「人間、やって出来ないことはないんじゃよ。目指せ、矢島。荷物運び選手権、世界一!」
「あのなあ。抱えて歩くだけでも、疲れるんだぞ。家まで運べねえよ」
 玲奈はしばらく考えた後、肩にかけていたバッグから携帯電話を取り出した。
「仕事中だから、あまり甘えてはいけないんだけど。弟を呼ぶから。ちょっと待っててね」
 PULLLLL。
「玲奈の弟って……あの、顔面チクタクバンバン?」
「だから、失礼なことばっかり言うなっての」
 すぐに、呼び出すことが出来た。
 
 キッ!
 荷物の山の前で待っている矢島と玲奈の側に、白いキャデラックが止まった。
 バタム。
 最近の日本車では聞かれない、扉を開く大きな音。
 キャデラックから出てきたのは、身の丈二メートルを越える巨大な体躯の男性。
 顔には幾重にも痕が残っており、着ている白いスーツと合わせて、相当の危険人物であることを
うかがわせた。
「姉貴。俺、一応、組じゃ偉いさんってことになっているんだがな」
 だが、その危険人物は、困ったような声で文句を言っている。
 彼の名前は、花山カヲル。
 武闘派で知られる花山組の跡取り息子で、玲奈の弟なのである。
「ごめんね、カヲル。はしゃぎすぎちゃって。荷物運ぶの、手伝ってくれない?」
 両手を合わせて頼んでくる姉には、さすがにカヲルも逆らえない。
「まったく……兄貴。あんた、また姉貴を怒らせただろ?」
「あはは……すんません」
 何もかもお見通しと言った口調で迷惑そうな顔をするカヲルに、矢島は思わず頭を下げた。
「ほら。なに、ボサっとしてんだよ。さっさと荷物をのせろって」
 いつの間にか、カヲルのメイドロボであるマルチネスが、キャデラックから降りてきて、
荷物をトランクに運び始めていた。
「わし、か弱い女の子じゃから。そういう力仕事は、野蛮なマルチネスに任せるんじゃよ」
「誰が野蛮だ、誰がー!」
「そこで怒鳴っている、胸なし、尻なしのメイドロボ」
「おまえ、あたいとそっくり同じサイズだろうが!」
 マルチネスとヤジマルチが、早速、喧嘩を始めている。
「まあ、いいか。兄貴と姉貴の頼みなら、親父も文句は言わねえだろうし。さっさと運んでしまおうぜ」
 いつの間にか、矢島のことを兄貴と呼んでいるカヲル。
 そのことに誰も違和感を覚えないほど、矢島と玲奈の距離は近くなっている。

「うーん、やっぱり高級車は違うんじゃよ。マゼラトップと比べると、抜群の乗り心地の良さ」
「乗ったことねえだろ、そんなもん」
 助手席に座っているマルチネスが、すかさず後部座席に座っているヤジマルチにつっこむ。
「え、知らないんですか? ザクマルチお姉様の支援用に作られていた小型マシンの存在を?」
「なに? 本当かよ?」
 マルチネスが食いついてきたのを確認して、ヤジマルチはにっこりと笑いを浮かべる。
「うっそじゃよ〜♪」
「こんの野郎!」
 短気なマルチネスは、すぐにヤジマルチに飛びかかろうとしたのだが。
「そこまで。車の中で暴れるんじゃねえよ」
 後部座席に座っている矢島に顔を押さえられて、マルチネスは飛びかかれなくなってしまった。
「うぅ……ったく。嘘ばっかりつきやがるぞ、おまえのメイドロボは」
「すぐひっかかるから、面白くて止められんのじゃよ」
「ヤジマルチちゃん。あんまり、マルチネスをいじめないの」
 矢島、ヤジマルチと一緒に後部座席に座っている玲奈が諭すと、さすがにヤジマルチもマルチネスを
からかうのを止める。
 この車の中に乗っている人間の中で、一番怖いからだ。
 キャデラックの窓から見えるのは、日曜日の人通りで賑わう街の風景。
「あそこ、サングラスかけて黒服を着たメン・イン・ブラックな外人さんがいっぱいおるんじゃが。
映画のロケか何かじゃろうか?」
 好奇心を刺激されたヤジマルチが指差す先には、確かに彼女が言うような格好をした外国人達が
何人もいる。周囲を警戒しているのか、定期的に首を動かしながら、辺りを見回している。
「あんた、山路って覚えているかい?」
 ヤジマルチと同じようにサングラスをかけた黒服達を観察していた矢島に、ハンドルを持った
カヲルが、そう尋ねかけてきた。
「……忘れるわけないだろ」
 山路。
 ヤジマルチたち、HM−12Gシリーズ、すなわち感情回路GHOSTシステムを装備した
メイドロボを開発した技術者、釣谷の協力者にして、彼女達を食い物にしようとしていた犯罪者。
 矢島は山路によって消されようとしていたヤジマルチ達を救うために、ビルの中に突撃した
経験がある。その後は、山路に返り討ちにあって、カヲルに助けられるまでは殴られ続けていた
だけだったが。
「あいつ、テロリストだったって話だがな。資金提供をしていたのが、あそこにいる太った
おっさんさ」
 運転を続けながら、カヲルは左側の窓にむかって、少しだけ首を動かした。
 禿げ上がった頭に少しだけ残った金髪。手には、吸い始めたばかりの葉巻。
 突き出た腹を包むのは最高級の背広で、表情は温和な壮年の男性のように見えた。
「名前は、アルゴ=リヴェントロー。東欧で活躍している中堅の機械産業の社長って振れ込みだけどな。   実際は、第三諸国のテロリスト相手に儲けている死の商人さ」
「そんな奴が、何で日本に?」
 矢島の目付きが鋭くなり、その横に座る玲奈も押し黙ってしまう。
 ヤジマルチとマルチネスも、その雰囲気に気圧されて、黙ってしまった。
「商売相手がいるからだろう。日本でテロを起こしたがっている連中は結構いるからな」
「それにしたって、目立ち過ぎているだろう」
 許せない、とか、放っておけない、とか。
 そんな素人が言うようなセリフを矢島が発しなかったので、カヲルは傷が走った唇を曲げて笑った。
「日本で襲われることはない、って思っているんだろうさ。実際、そうだからな」
「それでもボディガードを回りにつけているってことは、恨まれるような覚えはあるってことだな」
「ああ。違いねえ」
 説明が終わったので、カヲルはキャデラックをそのまま走らせようとアクセルを踏んだ。
 その時。
 爆発が、日曜の真昼、人通りが激しいメインストリートで起こった。
 
 
 爆音。
 キャデラックの分厚い防弾ガラスがなければ、おそらく気を失っていたと思うほどの激しい音。
 衝撃波がビリビリとキャデラックの窓ガラスを揺らす。
 そこかしこで響く悲鳴。
 倒れている人、人、人。
「テロ……?」
 車の外の光景を見て、呆然と玲奈がつぶやく。
 おそらく、狙われたのはアルゴ=リヴェントロー。
 爆発は、彼が乗り込もうとしていた外国車を中心にして起こっていた。
 車の近くにいた黒服達はどうなったのか。
「おい。マルチ。ここから出るなよ」
「俺も行くぜ。マルチネス。姉貴を任せたぞ」
 カヲルが路肩にキャデラックを止めると、矢島が車の外に飛び出し、カヲルがその後に続く。
 その間、ヤジマルチとマルチネスはじっと、遠く離れたビルの屋上を見つめていた。
 爆発が起こったのは、アルゴ=リヴェントローの乗り込もうとしていた外国車。
 しかし、爆発は仕掛けられた爆発物などによって起こったものではない。
 爆発の前に響いた、空気を裂くような音。
 不自然な角度の爆風。
 それが投射兵器によって撃ち込まれた爆発物だとHM−12Gタイプ二機は状況から判断
していた。頭の中にある超並列処理演算神経網コンピュータは素早く演算結果を算出し、
爆発物が投射された先に、カメラを向けさせていたのだ。
 ヤジマルチの、普段は人懐っこい輝きを見せる瞳の奥に仕込まれたアイカメラ。
 それが捕捉しているのは、卵を斜めに立てかけたような形のボディに蛇腹型関節の手足がついた、
見たことのない二足歩行機械。
 大きさは……その機械の横に立っている、汚れたフードを被った人物から算定することが出来た。
 四メートル弱。かなり大きい。
「ACマルチ……」
 そうヤジマルチがつぶやいた時には、男と二足歩行機械はビルの陰へと姿を消していた。
 爆発によって起こったパニックはまだ、続いている。
 
 
 現場に立ち合わせていたということで、警察に事情徴収を受けていた矢島が帰って来た。
「ただいま〜。今日は散々だった……げっ?」
「おかえりなさい〜。なに、驚いているんじゃよ」
 家に入ると、待っていたのはヤジマルチ。
 それだけなら、いつものことなので驚かない。
 ヤジマルチの他に、たくさんの緑の頭をしたメイドロボ達がいる。
「早く座ろうよ。北海道から特急で来たんだから」
 子供のような、あどけない表情を残したHM−12G−1、チビマルチ。
「ガウっ! みんな、おまえを待っていた」
 いきなり吠え掛かってくる野性味たっぷりのHM−12G−2、アニマルチ。
「おい、おい……なんだ、同窓会か?」
 状況を把握していない矢島が応接間のソファーに座ろうとすると、そっと座布団を
その下に敷く者がいた。
「火急の用事なのです、矢島さん。G−7。説明をして差し上げて」
 それは、大人びた性格のHM−12G−3、ハカマルチだった。
 ただ事ではない。
 矢島の顔が、いつもより引き締まった。
「いま、マルチネスと花山カヲルに調べてもらっているんじゃが。あの爆発はテロリストに
よって行われたものらしいんですじゃ」
「ああ。警察でも、その線を疑っているって言っていたよ。車に仕掛けられた爆発物が何とか、
とか……」
「違うんじゃよ。あれ、やったのは、わしの妹なんじゃよ」
「なに!?」
 ヤジマルチが言った言葉を聞いて、矢島は思わず前のめりに立ち上がりかけた。
 テロのせいで怪我人がたくさん出た。
 おそらく、アンマルチが勤めているような病院は、今頃、怪我人の治療でフル稼働しているだろう。
 下手をすれば、死人も出ているかもしれない。
 S/T/O/P.
 動揺する矢島の腕を、ザクマルチの手がつかんでいた。
 HM−G−6ザクマルチの目の上を走る赤い光点が、ヤジマルチの説明を聞くように促していた。
「矢島が驚くのも、無理はないんじゃろうけど。わしら、GHOSTシリーズの開発者のスポンサー
って、山路だったじゃろ? あいつ、わしらを金づるにする以外にも利用方法を考えていた
みたいなんじゃよ」
「簡単に言うと、あたし達を非合法の破壊活動目的、すなわち、テロに使おうとしていたんです」
 履いているブルマが緊張感を削ぐが、それでも精一杯、真剣な面持ちでHM−12G−8
ブルマルチが言う。
「テロに、おまえ達を利用する?」
 HM−12シリーズの身長は147cm。
 小中学生と同じくらいの大きさしかない彼女達に、そういった荒事は出来そうになかった。
「……もしかして、自爆攻撃とか?」
 手榴弾くらいなら楽勝で入りそうだと思いながら、矢島はHM−12G−9タニマルチの胸を
見た。実際、タニマルチのように他のメイドロボよりも身長が高い機種もいる。
「こぉら、どこ見ているかな。爆弾なんか詰まってないわよぉ」
 タニマルチにたしなめられて、矢島は慌てて目をそらす。
「あっ、あああのですね。そういうのはいけないことじゃないかと……」
 HM−12G−10マママルチが悲しそうな声で言ったので、矢島はとても申し訳ない気分になった。
「自爆の術は、確かに有効な手段でござるが、拙者達を使うには資金がかかり過ぎるでござる」
「なるほど……でも、おまえ達の中で喧嘩が出来そうな奴って、ほとんどいないだろう?」
 HM−12G−11フウマルチの言葉に納得すると、その横に座っているHM−12G−12
ナビマルチとHM−12G−13アクマルチの方を矢島は見る。
「道案内くらいなら出来ますが……」
「……」
 二人は首を横に振った。
「わっ、私も無理ですよ。喧嘩なんて、怖くて……」
 身長190cm、胸囲110cm、体重110kgのHM−12G−14ハンマルチの言葉を、
みんな、白い視線で見ている。
 ヤジマルチは矢島の注意を自分に戻そうと、説明を続けた。
「なかなか信じられないんじゃろうけど。わしら、GHOSTは超並列処理演算神経網コンピュータ
という高度なシステムをもっているじゃろ? それはメイドロボとして高性能というだけではなく、
軍事転用も可能ということなんじゃよ」
「だから、おまえ達が軍事って……」
 矢島の言葉を、HM−12G−19マティアが遮った。
「火器管制。弾道予測。戦況把握。相互通信。戦略判断。戦術判断。現代戦は全て、私達のような
高度なコンピュータの支援なしでは成立しません」
「そうです。マティアさんの言うとおりなんです!」
 HM−12G−16セルチが、話を早く進めようと急かし始めた。
「ラララ〜♪」
 HM−12G−18GPマルチが場違いな明るい音楽を流す。
「これが証拠ですのな」
 HM−12G−18ナナマルチが、用意していたプロジェクターで、家の壁に映像を投影した。

 All domains Connection Machine.
 全ての機械、すなわち兵器に接続し、管理を行うことが出来る理想の管制装置。
 Connection Machineとは超並列処理コンピュータのことを示すと同時に、接続管制装置であることも
示している。
 映像に映っているのは、卵を斜めに立てかけたような透明のカプセルに入っているマルチ。
 カプセルの中は粘性の高い液体のようなもので満たされ、中に入っているマルチはスリープ状態に
あるのか、静かに目を閉じている。
 眠れる少女を納めた卵は、まず戦車の上に運ばれていた。
 砲塔が外された戦車の操縦席に卵は安置される。その上にクレーンで吊られた砲塔が降ろされた。
 映像が飛ぶ。
 その次に映ったのは、砲撃と移動を繰り返している戦車の映像。
 矢島はミリタリーにくわしくないが、戦車は無駄のない動きで標的を破壊していく。
 また、映像が飛んだ。
 今度は、キャノピーがない、コクピットが全てが装甲板で覆われた戦闘機に収納されていく
カプセルの映像。そして、その次には人間が乗っているとは思えない無茶苦茶な機動をする
戦闘機の映像が続いた。

「……つまり、おまえ達を兵器のパイロットにしようとしていたってわけか?」
 映像を見終わった矢島がヤジマルチの顔を見つめた。
「パイロットというと語弊があるんじゃけど。まともに戦闘員を養成するより、わしらを
乗っけた方がいいと考えたんじゃろうな。HM−12G−15ACマルチは、そういう
コンセプトで作られたGHOSTですじゃ。本人は眠っている状態で、戦闘の処理だけ
しているんじゃけど」
「えげつねえ……殺しまで機械にやらせるのかよ」
 かつて山路に感じたのと同じ怒りの炎が、矢島の身を包んだ。
「ACマルチを操っているテロリストの標的、アルゴ=リヴェントローはまだ生きているんじゃよ。
次に狙われるとすると……」
「わかっているって。みんな言わなくていい」
 ヤジマルチを制して、矢島は立ち上がる。
 かつて、自分達を助けるために身を賭してくれた人間。
 その姿を、GHOST達は敬意を込めた眼差しで見つめていた。
 

「……もうすぐだな」
 装甲板に覆われたカプセルの中に眠る、緑色の髪をした少女。
 薄汚れたフードを着た男は、のぞき穴越しに彼女の寝顔を見つめる。
 彼の名前はカシム。
 彼の命令によって、ACマルチは自分の操っている二足歩行機械の右腕に装着されたグレネード=
ランチャーを、アルゴ=リヴェントローに向かって発射した。
 運が悪いことに、アルゴ=リヴェントローは致命傷を免れたが、彼が逃げ込んだホテルがどこに
あるのかは、もうわかっている。
「もうすぐ、もうすぐだ……」
 汚れたフードの下に隠された、ただれた皮膚が痛む。
 そして、自分が傷つけてしまった無関係の人々の悲鳴と赤い炎も、同様に彼を苛んだ。
 しかし、彼の中にある復讐の思いは、そんなことでは消えはしない。
 
 雨が降り始めようとしていた。

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