宮内さんのおはなし その四十の十八  投稿者:AIAUS 投稿日:8月7日(水)22時27分
 カポーン。
 鹿おどしが岩を打つ音。
 静寂に包まれた庭園。
 そこを見下ろす、一番いい部屋には畳が敷かれ、着物を着た少女が正座をしていた。
 ここは藤本組系花山組の本宅。
 正座をしているのは、花山組の組長、花山カヲルの姉、花山玲奈である。
「はぁ……」
 たくさんの錦鯉が泳ぐ池を眺めながら、花山玲奈は溜め息をついた。
 吐息に合わせて、強くカールがかかった玲奈の長い髪が揺れる。
「どうかしたんですか、玲奈さん?」
 そう話しかけてきたのは、玲奈の対面に正座をしているメイドロボ。
 玲奈の弟のカヲルに付いているHM−12G−4、マルチネスである。
「その……大したことじゃないんだけど」
 畳の角を見ながら、玲奈はまた、溜め息をつく。
 TシャツにGパンというラフな格好をしたマルチネスは、GHOST計画のテスト結果では
「言動、行動が直線的で感情の抑制に欠ける」と評されるほど、性急で単純な性格をしている。
「玲奈さん。あたいに隠し事はしないで下さいとお願いしたじゃありませんか」
 自分のマスターの姉が、何か悩んでいる。
 そう思ってしまうと、つい声をかけてしまうのだ。
「そう。それじゃ、マルチネスちゃん。お願いしたいことがあるの」
 何度も、その手で引っ掛けられていようとも。
 
 
「ったく。なんで、あたいが使い走りをしないといけないんだよ」
 ブツクサと文句を言いながら、マルチネスは街の並木道を歩いている。
 目指しているのは、玲奈の想い人ということになっている矢島の家。
 会いたくなったから呼んで来て欲しい、と玲奈に言われたのだ。
 マルチネス自身、マスターのカヲルが認めている矢島のことを嫌っているわけではない。
 また、粗暴とはいえ、一応、メイドロボとして作られたわけであるから、マスターの身内の
命令に従うことにも抵抗は感じない。
 抵抗を感じるのは、なぜ、わざわざ自分を使いに出す必要があるのか、ということである。
「顔が見たいんなら、直接、会いに行けばいいのにさ」
 どうにも理不尽のような気がして、マルチネスは頬を膨らませながら、矢島の家へと歩いていった。

 平凡な一戸建ての矢島の家。
「おーい、矢島ぁ!」
 マルチネスは呼び鈴も押さずに、二階にある矢島の部屋に直接呼びかけた。
「矢島ぁ! 用事があるんだって。出て来いよー!」
 二、三度、名前を呼んでみるが返事はない。
「ちぇ。どっかに出かけてんのかなぁ」
 舌打ちしながら、マルチネスは耳に装着している白いアンテナに手をやった。
『ギニャ!? 誰ですか? 突然、わしに呼びかけてくる人は?』
 同型機であり、同じGHOST−SYSTEMを使用している姉妹機であるHM−12G−7、
ヤジマルチの声が、マルチネスの頭の中に響く。
「あたいだよ、あたい。おい、ヤジマルチ。おまえのマスター、どこにいるんだ?」
『あたい……値。単位のことじゃろうか? わし、そのゲーム得意じゃよ』
「はあ? なに、わけのわかんねえこと言ってんだ、おめえ?」
 こいつは、まともに人の話を聞いたことがねえ。
 マルチネスは、次にヤジマルチに会ったら、一発、頭をどついてやろうと思いながら、
通信を続ける。
「いいから、矢島の場所をさっさと教えろよ。あたいが怒られるだろ」
『ブン、ブン、ブルルン♪ メイドロボ!』
「……はあ? なんだよ、メイドロボって?」
 ヤジマルチが何を言っているのか、さっぱりわからないマルチネスは、いつも以上に不機嫌な
声で返事をしたのだが。
『ブー! 間違えたんじゃよ。つっぱり軍団の皆さーん!』
 アンテナ越しに響く、嬉しそうなヤジマルチの声。
 どこかから流れてくる、軽快な音楽。
 ドスン!
「……相撲取り?」
 いつの間にか、マルチネスの前で、巨大な体躯の力士が四股を踏んでいた。
『やっちゃってくださいじゃよー!』
「やっちゃって、って……」
 力士は何も言わずに、マルチネスに向かって突進してくる。
 バチーン!
「なっ、なんじゃ、そりゃーっ!!??」
 力士の豪快な突っ張りが、マルチネスを空高く打ち上げていった。
 
 
 ヒュルルルルルルルル〜!
「あ、飛行機雲だよ、祐くん!」
「本当だ。珍しいね。住宅街の上を飛ぶなんて」
 子供たちが空を見上げている。

 ヒュルルルルルルルル〜!
 ドスン!
 きれいな放物線を描いて空を飛んだマルチネスは、公園の砂場に着地、もとい墜落していた。
「ぎにゃー! あ、あんた、なにするんじゃよ。わしが作っていたジャブローにコロニー落としを
仕掛けるとは!? あんた、ギレンですか? ブリティッシュ作戦ですか? 優性人類生存説
ですかー!?」
 悲鳴を上げて怒っているのは、砂場で遊んでいたヤジマルチ。
 肩から滑り落ちるようにして地面に墜落したマルチネスは砂を払った後、とりあえずヤジマルチの
額に頭突きを喰らわせた。
 ゴン!
「いたぁ! なにするんじゃよ。コロニー落としの次は地球降下作戦開始ですか?」
 割と平気な顔をしているのは、矢島の拳骨で慣れているかららしい。
「わけわかんねえこと言ってんじゃねえ! なんだ、あの相撲取りは?」
「わしの知り合いの安芸の鳥」
「そういうこと言ってんじゃねえええ!」
 血管、はないので、頭の回路が焼き切れそうな勢いで怒るマルチネス。
「それはともかく。ヤジマスキーに用事があるんじゃろ? あのボンクラなら、あそこで
遊んでいるんじゃよ」
 ダン、ダン、ダン、ダダン!
 勢いのよいドリブルの音が、マルチネスのセンサーに響いてきた。
 
「せあっ!」
 長い黒髪の少女が、矢島の持っているバスケットボールに手を伸ばす。
「おっと!」
 それを素早く察知した矢島が、ボールを手に持って八の字に動かし、続いて迫ってくる
少女の追撃を避ける。
 ダン、ダン、ダン、ダダン……。
 再びドリブルの体勢に入った矢島は、不敵な笑みを浮かべて、少女の次の攻撃を待っている。
「あれは……綾香さん?」
 驚いたことに、矢島と来栖川財閥の令嬢、来栖川綾香が、公園でバスケットボールに興じていた。
 
 機動戦。
 両者の動きを言葉にするとすれば、それがふさわしいだろう。
 天性のバネと反射神経で矢島の持つボールを奪おうとする綾香の攻撃を、矢島は長年の試合経験に
よって培われた四手、五手先を読む合理的な動きと、俊敏なフットワークによって避けていく。
 それはあたかも、戦闘機のドッグファイトを見るかのような華麗な動きの連続で、バスケには
興味のないマルチネスも、思わず目を奪われてしまった。
「すげえ。おまえのマスター、ただのボンクラじゃなかったんだな」
 感心したように言うマルチネスに、ヤジマルチはつまらなそうな声で返事を返す。
「大したことないんじゃよ。あれでナオンには全然もてんかったんじゃから」
 かれこれ20分近く、矢島と綾香はボールを巡って競い合っている。
 その間、ヤジマルチは置いてけぼりにされているので、機嫌を損ねているのだ。
 夏の炎天下、公園でバスケをしている二人の額に、当然、汗が浮いてくる。
「おい、ここらへんでいいだろ」
 矢島はバスケットボールを背中に回して抱え込むと、まだボールに向かって飛びかかろうとしていた
綾香に、ゲームの終わりを提案した。
「……ちぇ。もう少しで取れたのに」
 不満そうに苦笑いをしながらも、綾香も動きを止めた。
 汗こそ頬をつたって流れているが、息はほとんど切らせていない。
「おつかれさんじゃよー。まあ、わしなら二十秒でボールを取れましたが」
 ぐにゅ。
「ひだー!」
 余計なことを言ったヤジマルチが、綾香にホッペタをつねられた。
「さすがね。一回ぐらいは取れると思ったんだけど」
「そっちこそ。余裕がないから、最初から最後まで本気でやらせてもらったぜ」
 矢島は流れる汗を腕でぬぐいながら、爽やかな笑顔で綾香に答える。
 夏の日の公園。
 知らない者が見れば、随分といい雰囲気の二人だ。
「ひた、ひたひ……」
 女の子の方の右手が、哀れなメイドロボのホッペタをつねったままでなければ、の話だが。
「おい、矢島。玲奈さんがおまえのこと呼んでいるぞ。すぐに会いたいってさ」
 少し言いづらい雰囲気だったが、マルチネスは自分の使命を果たすために、矢島にそう告げた。
「えっ? 玲奈さんが? そりゃ、すぐ行かなけりゃな」
「そうだって。早く行きなよ。玲奈さん、怒ると鬼より怖いんだからな」
 わかっている、と言わんばかりに、さっきまで熱戦を繰り広げていたはずの矢島は、玲奈の家が
ある方向へ向かって走り出していった。

「メイドロボ虐待じゃよー。わしのホッペタはスライムとかヌーバーとかじゃないんじゃから。
ちぎれたら、くっつかないんですよ?」
 ようやく綾香の指先から頬を解放してもらったヤジマルチが、恨めしそうな顔で言う。
「別にいいじゃない。一回ちぎれたら、もう頬をつねられなくてすむわよ?」
 にっこりと笑う綾香。
「……ぎにゃあ。平然とした顔で恐ろしいことを言うんじゃよ」
 顔色を青くして、本気で怯えるヤジマルチ。
「こんなに暑いのに、外で遊び回っているだなんて。あんたらも案外、暇なんだな?」
 そんな二人を見て憎まれ口を叩くマルチネスの顔を見て、綾香とヤジマルチの二人が微笑みを
浮かべた。
「私、左の頬ね」
「わし、右の頬」
 魔の指先が、マルチネスの頬に迫る。
「ひて、ひってえええええええええ!」
 マルチネスの悲鳴が、夏の公園に響いた。
 
 玲奈が待っていた和室。
 矢島はそこに座って、玲奈がたてた茶をすすっていた。
 正座は長い時間出来ないので、あぐら座りで勘弁してもらっている。
「夏の盛りも過ぎますね、玲奈さん」
「そうね。矢島君」
 慎み深い笑顔を返す玲奈の姿に、ずいぶんと長い間、矢島は見惚れていた。
 
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(おまけ)

「ブン、ブン、ブルルン!」
「はあ? なんの騒ぎだ、レミィ?」
「知らないノ、ヒロユキ? この前、ヤジマルチに教えてもらった遊びダヨ。言葉の単位を当てるノヨ。
ヒロユキなら「何人」、マルチなら「何機」って。最初は、「一人」「一機」って言うノ」
「クイズみたいなもんか? いいから、なにか言ってみろよ」

「Well……ヨウカン!」
「一本!」

 そう勢いよく答えた浩之の耳に、軽快な音楽が聞こえてきた。
 ドスン!
 いつの間にか、浩之の前で、巨大な体躯の力士が四股を踏んでいた。
「なっ、なんで……?」
 唖然とする浩之には構わず、力士は頭から突進してくる。
 ドゴン!
「ぐほーっ!?」
 ぶちかましを食らった浩之の体が「く」の字に曲がって、地平線の彼方へと飛んでいった。

「駄目ヨ、ヒロユキ……ヨウカンは一さお、二さおって呼ぶンダヨ」
 残念そうなレミィの言葉も、遠くへと飛んでいく浩之の耳に届くことはなかった。

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