宮内さんのおはなし その四十の十六  投稿者:AIAUS 投稿日:7月23日(火)18時59分
 ガン! ガン! ガン!
 寝ている矢島の耳元で、騒がしい金属音が鳴っている。
「早く起きるんじゃよ、ヤジマスキー。戦闘警報はもう鳴り響いているんですぞ。ほら、
巨大ロボットが1階で発信準備をしていますぞ」
「……うちの一階は巨大ロボットが入るほどデカくねえ」
 矢島を起こそうとしているのは、フライパンをおたまで叩いているヤジマルチ。
 朝食を作るのを手伝ったばかりなのか、エプロンをしている。
「レーション(朝食のこと)が冷めちまうんじゃよ。せっかく、あんたのために作ったんだから、
さっさと起きるんじゃよーっ!」
 ガン! ガン! ガン!
 耳元でフライパンを打ち鳴らされて、さすがの矢島も体を起こした。
「あー、もう。うるせーっ! わーったよ、起きればいいんだろ、起きれば」
「そう。起きればいいんじゃよ。それでオールライト。ヤジマスキーも最近は、わしの下僕としての
自覚がついてきたようで……ギニャー!」
 ヤジマルチが耳につけているアンテナのところを握り拳でグリグリすると、矢島は気怠げに体を
ベッドから降ろした。
「今日は日曜日だっての。ったく、七時に起こしやがって」
「なんてことするんじゃよー! わしのアンテナはセンサーの集積体なんじゃよ? ここをやられては、
ジーンもたまらんのじゃよー!」
「知るか……あれ。なんだか、随分と久しぶりにおまえの顔を見たような気がするな」
 昨日も一昨日も、ヤジマルチは側にいたはずだ。
 久しぶり、という感覚が沸くこと自体がおかしい。おかしい。おかしいったら、おかしい。
(更新が大変遅れて、申しわけありませんでした(汗))
 
「そう思うのも無理はないんじゃよ。わしはGlove on figh-に参加していたんじゃからな」
「は? あれにおまえ出てないだろ。確か、来栖川さんが出場とか雑誌で騒ぎになっていたけど」
「わかっとらんやつじゃなー。今、証拠を見せるから待っとるんじゃよ……んー。どこに置いたんじゃろうか。
見つかるのは矢島のエロ本ばっかりで、なかなか見つからないんじゃよー」
 ベッドの下をごそごそとあさり始めるヤジマルチを、矢島があわてて止める。
「ばっ、馬鹿野郎! 俺の愛と青春の一スペースに侵攻するんじゃねえ!」
「あんたの愛と青春は、巨乳と看護婦なんですか? ……あっ、あったんじゃよ。これ、これ」
 そう言って、ヤジマルチが笑顔でベッドの上に置いたのは、白い手袋と巨大な鈴三個、そしてネコ耳。
「おい……これは、さすがにやばくねえか?」
「かまわんのじゃよ。業界ではよくあることなんじゃから。レイとルリとか……」
「わーっ! わーっ!」
 なぜか矢島が大声を出して、ヤジマルチの言葉を遮った。
「……わかった。だが、百歩譲っても、おまえがそんな格闘大会に出場できるわけないだろ」
「信じないのですか? わし、こんなに愛くるしいのに」
「愛が苦しい、の間違いだろ。大体、おまえ、運動系統は全然、駄目だろうが。俺にだって勝てるか
怪しいぞ」
 毎朝の習慣になっている、矢島とヤジマルチの口喧嘩。
 だが、珍しく、今日は矢島もヤジマルチも譲らなかった。
「どうしても信じないつもりですか? それなら、わしにも考えがあるんじゃよ」
 そう言いながら、ヤジマルチは白いグローブを自分の拳にはめ始めた。
「ぷっ。おまえ、もしかして殴りかかるつもりか? やめとけって。蚊が刺した程にも効きやしねえよ」
 矢島がやっているのはバスケだが、体育系なので体にはちょっと自身がある。
「そう言うのは、食らってから言ってみるにょ」
 にょ?
 矢島が首を傾げると同時に、ヤジマルチの指が矢島の目玉に突き刺さった。
「ぐっはあ!」
「フレアー直伝のサミングじゃよ。続けて、目ん玉ビームっ!」
「ちょ、ちょっと待て……ぐはあああああっ!」
 目のところを押さえてよろけている矢島が、ヤジマルチの目から発射された怪光線にはじき飛ばされて、
窓ガラスを割って、外の道路へと落ちていく。
「所詮、地球人じゃ、わしには勝てないんじゃよ。おとなしく降参するがいいんじゃよー……ギニャ!?」
 やり過ぎた。
 ヤジマルチがそのことに気付いたのは、勝ち名乗りを上げた後であった。
 
 病院のベッドの上。
「あうぅ。死なんでくだされ、ヤジマスキー! あんたが死んだら、貯め込んだエロ本の処分は
どうしますか!?」
 横たわった自分の上に伏せて、また妙なことを口走っているヤジマルチを見て、矢島は仏頂面をしていた。
「こおら、ヤジマルチちゃん。御主人様に恥をかかせるようなことを言わないの」
 そう言いながら、横でくすくす笑っている看護婦がいる。
 白衣を着て、頭にはナースハットを被っている普通の看護婦だ。
 ただし、髪の毛が緑色で、耳には白いアンテナをつけている。
「そんなこと言っても、アンマルチお姉様。こいつ、構造が弱すぎなんじゃよ。やっぱり、構造体を
ガンダリウム合金に変えてもらうしかないんじゃよー」
 そう言って、ヤジマルチが指差しているのは、白いギブスが巻かれた矢島の足。
「そうねえ。ガンダリウムなら落下でヒビが入ったりしないし。先生にお願いして、変えてもらおうか?」
「やったんじゃよ、ヤジマスキー。これでザクマシンガンも楽勝ではじき返せるんじゃよー」
「馬鹿言うな。俺はサイボーグになるつもりはないぞ」
 やっと矢島が口を利いてくれた。
 ヤジマルチが嬉しそうに、矢継ぎ早に話しかけ始める。
「そんなあ。いい話なんじゃよ? ハマーンも欲しがるほどなのに」
「この野郎……全然、反省してやがらねえな」
「ギニャー! だから、そこはセンサーの集積体なんですじゃーっ! ……あれ?」
 グリグリ攻撃が途中で止まったので、ヤジマルチは不思議そうに矢島の方を見た。
「いっ、いてて」
 矢島が足を押さえて顔をしかめている。
「ほら、矢島さん。まだヒビが入ったばかりなんですから。おとなしくしていないと駄目ですよ」
 アンマルチと呼ばれる、看護婦のHM−Gに止められて、矢島は静かに寝転がった。
「ヤジマルチちゃんも矢島さんと遊ぶのは、しばらく禁止。人間は私達と違って、部品を交換すれば
済むというわけではないんですから」
「……ごめんなさい」
 ヤジマルチが普通の口調に戻ったので、矢島はあわてて笑顔を作った。
「気にすんなって。一週間もすれば、ギブスも外せるんだろ? 大した怪我じゃねえって」
 幸い、バスケの試合は当分、予定がない。
 レギュラー・メンバーの自分が抜けても大丈夫のはずだ。
「本当じゃろうか?」
「そうそう。だから、しばらく喧嘩だけ禁止な」
 矢島のフォローが上手くいったのか、ヤジマルチもにっこりと笑った。

 コン、コン。

 そんな会話が終わった頃。
 矢島が寝ているベッドの横の壁が鳴った。
「おーい。そこにいるの、矢島か?」
 聞き慣れた声。
 同級生の藤田浩之の声だ。
「あん? その声、藤田か?」
「おう。事故で足折っちまってな。ここに入院してんだ」
 いつも通りの口調。
「おまえもか。俺もマルチに足折られちまってな」
「あはは。俺もだよ。上から荷物ごとマルチが落ちてきてさ。支えたら、ボッキリいっちまった」
 矢島と浩之の楽しそうな会話。
 怪我の原因であるヤジマルチは、本当に申し訳なさそうな顔をしている。

「はわわわわーっ! 藤田さーんっ! まだ、生きていらっしゃいますかーっ!」
 
 扉越しに、廊下の方から、浩之の足を折った原因であるHMX−12プロトタイプ・マルチの
あわてた声が響く。
「おっと見舞いが来たようだぜ。優しくしてやれよ」
「わかってるって」
 そう言うと、浩之は矢島との会話を終えて、見舞い客を迎え始めた。
 
「マルチお姉様は、あんな奴のどこがいいんじゃろうか?」
「さあな。藤田はもてるからな」
「本当に。ヤジマスキーと大違いなんじゃよ」
 矢島がヤジマルチの頭を一撃しようとした途端、また別の声が廊下の方から聞こえた。
 
「ヒロユキ!? 大丈夫? ケガ、痛くないノ?」
 同級生の宮内レミィだ。
「……もてるんじゃな。矢島なんか、家族しか見舞いに来とらんのに」
「偶然、偶然。たまたま聞きつけたんだろうさ」
 その頃はまだ、矢島も余裕があった。
 
「藤田先輩っ! 大丈夫ですか?」

「……あの、お怪我の様子は?」

「……」(チャポンという、瓶の中で液体が揺れる音と共に)

「藤田くん。どないしたん?」

「ヒロ? 巨大ロボットに踏みつぶされたって? それで、パイロットは矢島って本当?」

「藤田君。お金ないから、大したもの買えなかったけど、これ、御見舞いだよ」

 次々と浩之を訪れる見舞い客達。
 しかも、全て女性ばかりだ。
「おい……」
 苦虫を噛みつぶしたような顔で、矢島がヤジマルチの方をにらむ。
「わしの方を見ても、仕方ないんじゃよ。モテモテキャラと格下さんの違いじゃろうか?」
「くっ、くくくくっ……」
「泣け。泣くんじゃよ、ヤジマスキー。所詮、おまえはそういう運命なんじゃ……ギニャー!」
 矢島に思い切り頬をつねられて、ヤジマルチが悲鳴を上げる。
「あっ? 駄目よ。安静にしていないと」
 巡回を終えて、矢島の様子を見に来ていたアンマルチが、呆れたような顔をして矢島とヤジマルチを
止める。

 ガチャ。
 
 その時、矢島の入院している病室の扉が開いた。
 扉を開けたのは、黄色いリボンをした、かわいらしい少女。
 かつて、矢島が告白して無惨にフラれた、同級生の神岸あかりだ。
「かっ、神岸さん!? ああ、本当は藤田よりも俺のことを。なんてこった。こんなドラマみたいな
展開があってもいいのか?」
 感激のあまり、矢島は両手を広げて、喜びを表していた
 しかし、あかりは不思議な顔をして、キョロキョロと病室を見回している。

「ごめんなさい。病室を間違えました」

 ペコリ。
 一礼して、あかりはスタスタと矢島の病室から去っていく。
「……あっ、がっ?」
 ベッドの上に横たわっている矢島の顎が、カクンと駆け布団の上まで落ちた。
「くっ、くくくくくっ」
「だ、駄目よ、ヤジマルチちゃん。人の不幸を笑っちゃ……クス」
 メイドロボに笑われ、同級生は一人も見舞いに来ない。
 矢島は涙こそ流さなかったが、心では深く泣いていた。

 ガチャ。
「矢島君。だっ、大丈夫? どこを怪我したの? 痛く……きゃあ!」
 扉を開けて、あわててベッドに横たわっている矢島に駆け寄って来た玲奈。
 矢島は何も言わずに、玲奈の体を強く抱きしめた。
「やっ、やっ、矢島君?」
 真っ赤になってドモる玲奈に、矢島は何も答えずに抱きしめる力を強める。
「何も言わずに、じっとしておいてやるんじゃよ。言うなれば、あんたはロビンソン=クルーソーを
迎えに来た救助船みたいなもんなんじゃから」
「……はあ」
 隣りの部屋から聞こえるのは、浩之と楽しそうな少女達の声。
 数時間ではあるが、孤独の闇と戦っていた矢島の勇気を、ヤジマルチとアンマルチは拍手で
祝福していた。
 
「あの……すいません、玲奈さん。俺、とんでもないことを」
 何分、玲奈を抱きしめていたのか。
 正気に返った矢島は、真っ赤な顔をして玲奈に謝っていた。
「ううん。別に、矢島君なら嫌じゃないから……」
 玲奈の顔も赤い。
 ヤジマルチはその様子を見ないようにして、アンマルチと別の話をしている。
「アンマルチお姉様、ここで働くようになってから、随分と経つんじゃよ。病院って大変じゃろ?」
「うーん。どうしても人の生き死にと会うようになるから。他のメイドロボの仕事と比べると、
大変かもしれないわね」
 落ち着いた物腰のアンマルチの口調の影に漂う、ほのかな悲しみ。
「例えば、どんなことがあるんじゃろうか?」
「そうねえ。この前ね……」
 二人と二人。
 病室の時間は流れていく。
 
「それじゃ、矢島君。明日も御見舞いに来るね」
「はい。玲奈さん。お気をつけて」
 名残惜しそうに玲奈を見送ると、矢島はヤジマルチの方に向き直った。
「おまえは家に帰らないのか?」
「あんたがここにおるのに、なんで、わしがどこかにいかなくちゃいけないんじゃろうか?」
「まあ、それはそうなんだが……」
 病室で二人きり。
 妙な圧迫感を感じて、矢島の言葉も少なげになる。
 何も喋らない矢島の横で、ヤジマルチは充電の準備を始めていた。
「なんだ。そのノートパソコンみたいなやつは?」
「携帯型充電器じゃよ。旅行とかにメイドロボを連れて行く人もいるわけじゃから」
 パコっという音がして、ヤジマルチの手首が外れた。
 その中から見えるのは、充電器のコードが入るソケット。
「人間って不便じゃな。食事もメンテナンスも」
「まあな。合理的じゃないわな」
 パチ、という音がしたので、ヤジマルチがソケットにコードをはめ込んだのがわかった。
「わしは先に寝るから。何か用事があったら呼んでくだされ。それじゃ、お休み、お休み」
 ヤジマルチは、本当は何を言いたかったのか。
 そんなことを考えながら、矢島も病室の電気を消し、静かに目を閉じた。

 圧迫感。
 特に、下腹部を重点的に襲う圧迫感。
 尿意と言い換えるとわかりやすい。
「……やべえ」
 真夜中の病室のベッドの上で目を覚ました矢島は、焦っていた。
 ヒビとは言え、足にギブスを巻いたばかりだから、歩いてトイレまで行くわけにはいかない。
 となると、残るはシビンという手になるが、それはまだ高校生の矢島にとって避けたい手段だった。
 だが、下腹部の圧迫感は秒刻みにひどくなっていく。

 このままでは、翌朝、「ヤジマスキーも仲間なんじゃよー」と言いながら、ヤジマルチが自分を
大笑いすることが必至だ。
 
 隣りで充電中のヤジマルチを起こそうとしたが、スリープ状態の彼女は矢島の問いかけに答えない。
 
「くっ、くそ……駄目だ。我慢できねえ」
 プチ。
 自爆スイッチを押すような悲壮な表情で、矢島は仕方なく、ナースコールボタンを押した。


 全てが終わり。
 気まずそうに、横を向いている矢島に、アンマルチは微笑みかけている。
「恥ずかしがることはないんですよ。当たり前のことなんですから」
 矢島にシビンが見えないようにして、器用にアンマルチは片づけを終えてしまった。
「慣れているんだな。やっぱり」
「はい。これが私の仕事ですから」
 誇り、と言うと大袈裟なのだろうか。
 清らかなアンマルチの表情を見て、矢島は無闇に恥ずかしがっていた自分が、余計に恥ずかしく
思えた。
「ヤジマルチちゃん、いい子でしょう? 悪戯が過ぎるところもあるけど」
「まあね。それはわかっているよ。なんだかんだ言って、俺のことを大事に思ってくれているから」
 起きている時には、とても言えない言葉。
 そんな矢島の顔を見て、アンマルチは優しく微笑んだ。
「よかったわね、ヤジマルチちゃん。優しい御主人様で」
 そう言われた、ヤジマルチの頬は実は、赤く染まっていたのだが。
 病室の暗がりは、親切にそれを覆い隠していた。


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(おまけ)

 圧迫感。
 特に、下腹部を重点的に襲う圧迫感。
 尿意と言い換えるとわかりやすい。
「……やべえ」
 真夜中の病室のベッドの上で目を覚ました浩之は、焦っていた。
 ヒビとは言え、足にギブスを巻いたばかりだから、歩いてトイレまで行くわけにはいかない。
 となると、残るはシビンという手になるが、それはまだ高校生の浩之にとって避けたい手段だった。
 だが、下腹部の圧迫感は秒刻みにひどくなっていく。
 このままでは、矢島のメイドロボであるヤジマルチに言いふらされて、学校で「大洪水の浩之」などと
いう不名誉なアダ名をつけられかねない。
 昼間はあれだけ来ていた見舞い客も、今は全員、帰ってしまっている。

「くっ、くそ……しょうがねえか」
 プチ。
 自爆スイッチを押すような悲壮な表情で、浩之は仕方なく、ナースコールボタンを押した。

 ガチャ。
「お呼びになりましたでしょうか?」
 扉を開けて入ってきたのは、看護婦ではなく、白衣を着て、ナースハットを着けたセリオだった。
「へ? なんで、セリオ?」
「綾香様が御見舞い出来ない代わりに、私を派遣なさいました。必要なデータはDL済みです。
なんなりとお申しつけ下さい」
 そう言うと、ペコリとセリオがお辞儀をした。
 なんとなく気まずそうな顔の浩之。
「あの、俺、オシッコがしたいんだけど……」
「はい。おまかせください」
 そう言うと、セリオはいつもの無表情な顔のままで、透明な細いチューブを道具箱から取り出した。
「……なに、それ?」
 何に使う道具かはわからないが、嫌な予感を感じて、浩之の声が焦る。
「導尿カテーテルと言います。消毒済みですので、ご安心ください」
「ちょっと待てぇえええええええっ!!」
 バタバタと暴れる音。
 悲鳴。
 水がこぼれるような音。
 
>浩之の気位が3下がった。
>浩之の理性が5下がった。
>浩之の恥辱が2上がった。

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