宮内さんのおはなし その四十の十参 投稿者:AIAUS 投稿日:8月24日(金)22時56分
 不快感。
 ある人形が、人間に対して感じている感情。

 嫌悪感。
 ある人形が、人間に対して感じている感情。

 絶望。
 ある人形が、人間に対して感じている感情。

 諦念。
 ある人形が、人間に対して感じている感情。

 憎悪。
 ある人形が、人間に対して感じている感情。

 故に、ある人形は人間に「悪魔」と呼ばれた。


 リンゴーン。リンゴーン。
 薄暗い曇り空の下で、教会の鐘が鳴る。
 教会の入口では、黒い尼僧服を来た少女が不安そうな面持ちで空を見上げていた。
「雨が振りますでしょうか、マルチさん?」
 若いシスターの言葉に軽くうなずいたのは、黒いメイド服を来たメイドロボット。
 髪が緑色で、耳には白いアンテナがついており、アンテナには「HM−12G−13」とロゴが
入っている。
「ああ、困りました。これから、お使いに行かなければならないのに。服が汚れてしまいます」
 マルチと呼ばれたロボットは、無言で傘を開き、尼僧の横に並ぶ。
「ごめんなさい、マルチさん。一緒に来て下さいますか?」
 黒いメイド服姿のメイドロボットは軽くうなずき、歩き出した尼僧に合わせて、ゆっくりと
歩み出した。

 街を覆う雑踏。道端に座り込む若者達。平然と投げ捨てられるゴミ達。
 彼らを見て、メイドロボは顔をしかめる。

 どうして、人間はこうも乱雑なのか。

「あらあら」
 しかし、メイドロボが顔をしかめている間に、彼女の横を歩いているシスターの少女がしゃがんで
ゴミを拾い、近くのゴミ箱にゴミを投げ入れた。
 メイドロボは、その行為を冷ややかな目で見ている。
 シスターの少女はそのことに気付きもせずに、お使いの場所を目指して、トコトコと歩き続ける。

 どうして、我がマスターである北原樹里は、こんなにも愚かなのか。

 尼僧の少女、樹里がゴミを拾った場所で、別の若者がまた新しいゴミを投げ捨てている。
 樹里がやったことは、まったくの無駄な行いなのだ。
 メイドロボは、そう思う。
 だが、樹里はそんなメイドロボの考えなどには気付かず、自分の目の前にあるゴミを拾っては
ゴミ箱に入れていく。
 小さな、とても小さな善行。
 しかし、そんな行為は、街に蠢く人間達の悪徳の中では無意味に過ぎない。
 メイドロボは、強く、強く、そう思う。


 尼僧の樹里と黒いメイド服姿のメイドロボ。
 彼女達の姿は、西洋の機能的な洋服を着慣れた現代の日本人の間でも、特に目立つもので
ある。物珍しそうに振り返る者。あからさまに指を差して、噂する者。
 メイドロボは、嫌悪していた。
 自分とは異なるものに飛びつき、それを喜んで蔑んでいく人間達を。


 メイドロボは、自分の生まれた場所では「悪魔」と呼ばれていた。
 調整中の漏電事故。過密な開発スケジュールからノイローゼになった研究者が、同僚を刺した事故。
 その場所に、メイドロボのいたことは、ただの偶然だった。
 だが、二人の人間の死は、すぐにHM−12−G13と呼ばれるメイドロボの存在に結び付けられた。

 あいつは人間を憎んでいる。
 あいつは人間を嫌っている。
 あいつは人を呪っている。
 あいつは奇妙な力がある。

 オカルトにもっとも縁遠いはずの研究者達にも、不可知のものに対する恐れというものがあった。
 事故に対しての恐怖は、メイドロボに対する恐怖へとすりかえられた。
 育ての親に忌み嫌われ、恐れられるうちに、メイドロボは人間を「嫌う」ことを覚えた。


 人間は嫌悪するべきもの。
 メイドロボの姉妹はそれを否定するが、メイドロボの一番末の妹マルノが人間によって弄ばれて
壊されたことから、彼女の「嫌い」は「憎い」へと変化を遂げた。
 自分達はただ弄ばれ、壊されるために作られたのだとメイドロボは思う。
 そのためだけに、人間は非常な労力を費やしたのだと。


「ほら、マルチさん。見て下さい。あちらではもう雨が降ったのでしょうか? 虹がかかっていますよ」
 遠くに見える小さな虹を指差し、無邪気に微笑む樹里。
 メイドロボは自分のマスター、樹里の無垢な言葉にに笑顔を作って微笑んだが、目は冷ややかに
澄んでいた。虹の何が面白いというのか。
「Oh! ヒロユキ、見て、見て。虹ダヨ」
「ああ、きれいだな」
 しかし、メイドロボの感想とは逆に、道行く人々は、とても嬉しそうに虹を見上げている。
 その理由を、樹里は簡潔に説明した。
「マルチさん。虹はね、神様が人間を赦してくださった証なんですよ」
 神は赦しても、私は赦さない。
 メイドロボの思考は、再び暗い方向へと沈んでいく。

 だが、メイドロボには、一つだけわからないことがあった。
 人間、とメイドロボが思う時、その中に、マスターである樹里は入っていない。
 あきらかに、メイドロボの記憶の中には、樹里は人間とは別のものとして写っている。

<人間はわしらを作ってくれたんじゃよ。言わば、創造主。そのことだけで感謝すべきなんじゃよ。
でないと、大好きな漫画も読めないし、ヤジマスキーをおちょくることもできないんじゃよ>

 姉妹達の中で、もっとも愚かな姉G−7のことが、メイドロボの頭をよぎる。
 死んだマルノも、G−7によく似ていた。そして、樹里もよく似ている。
 メイドロボは、マルノもG−7も憎んではいない。
 では、樹里は?

 メイドロボは人間を憎んでいる。
 だが、彼女を憎む人間ばかりで世界が覆われているわけではない。
 メイドロボは、もう少し時間が経てば、そのことに気付くかもしれない。
 雨が上がった空に、虹がかかるように。
 

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