宮内さんのおはなし その四十の十弐 投稿者:AIAUS 投稿日:8月21日(火)23時59分
宮内さんのおはなし その四十の十弐(反則版)
 ダン、ダン、ダン、ダンっ!
 体育館のコートの上で、バスケットボールが激しくバウンドしている。
「……高校の矢島選手、素晴らしい動きですっ!」
 白いラインが引かれたバスケットコートの上で軽快にドリブルを続けているのは、髪を天井に向かってピンと
立たせた高校生のバスケ選手、矢島である。
 ボールを奪おうと激しくチェックを入れてくる相手選手を、まるで隼のようにヒラリヒラリと避けていく。
「今日の矢島選手はいいですね。実力がある選手なんですが、今日は特に際立っている」
 解説者の説明を聞くまでもなく、今日の矢島は目立っている。このゲームは矢島一人が支配していると
言っても過言ではない。
 ガコンっ!
「ゴール! 矢島選手、またまたポイントをゲットしましたっ! 今大会の記録を更新し続けていますっ!」
 華麗なダンクシュートを決めた矢島に、観客席から黄色い声援が上がる。
「矢島く〜ん、がんばって〜!」
「いけいけ〜! 突っ込め〜!」
「ヤジマスキーっ! 格好いいんじゃよ〜っ!」
 ヤジマスキー。
 矢島のことを変な名前で呼ぶ人物は、活躍を続ける矢島に魅せられた女の子が群がっている二階の
観客席にいた。大きめのスモックを着た、かわいらしい女の子である。
 緑色の髪をして、白い耳飾りをつけているが、目を輝かせて矢島を応援しており、同じように応援を
続けている観客席の女の子達と見分けがつかない。
 ダン、ダン、ダン、ダンっ!
 応援の声に負けないぐらいに大きく、矢島のドリブルの音が体育館に響いている。

 ピピーっ!
 ゲーム終了のホイッスルが鳴る。
 汗だくになった両校の選手達。
 一番の活躍を果たした矢島は一際汗だくになっているが、顔には笑みが浮かんでいる。
「僅差とは言えないゲームになってしまいましたが、いろいろと見所がある試合でした」
「ええ。今後が楽しみな選手が生まれましたね」
 解説者が試合の内容をまとめている間に、選手達はお互いに試合終了の礼をして、コートから
去っていく。
「おお〜い、マルチっ! 応援、ありがとうな〜っ!」
 矢島が二階の観客席に向かって手を振る。その言葉に、緑色の髪で白い耳飾りをつけた少女は
両手を振って答えた。
「ヤジマスキー、すごいんじゃよー! 今日の夕食はトンカツにしますからな、トンカツっ!」
 興奮した少女は観客席から身を乗り出して、何度も何度も両手を振っている。
「おい、マルチ。そんなに身を乗り出すなって。危ないだろ」
「早速、いまから豚肉を買いに行くんじゃ……ギニャアアアアア!!」
 興奮して二階の観客席から身を乗り出しすぎた過ぎた少女が、同じように矢島をもっとよく見ようと
寄って来た少女に押されて、二階から落ちる。
「おおっと!」
 トサッ!
 矢島はそのことを予測していたのか、すぐに走り出して、上から落ちてきた少女を両手で受け止めた。
「馬鹿。だから、危ないって言っただろう」
「ギニャア……わっ、わしは悪くないんじゃよ。後ろからブチカマシをかけてきた、女力士達大勢が悪い
んじゃよ〜」
 矢島は観客席に向かってペコリと頭を下げ、緑色の少女を抱きかかえて、控え室へと去っていく。
「ああ〜、いいなぁ、あの子」
「妹さんかなぁ?」
「それにしちゃ似てないことない? もしかして、同棲?」
「夕食作るって言っていたし〜。ああん、ショック〜!」
 少女を突き落とした観客の女の子達は、あまり自覚がないようだ。めいめいに好き勝手なことを
喋っている。少女がロボットであることに気付く者は、一人もいない。
 二階から落ちた少女の名前は、HM−12G−7ヤジマルチ。
 矢島の家で働く、メイドロボットである。

 そんな騒がしい一幕を、少し離れた場所で見守っている者がいた。
 矢島と試合をしていた相手高校の選手で、唯一、矢島のボールをカットすることが出来た者だ。
 まだ試合着を着たまま、矢島とヤジマルチが去っていった控え室の扉を、呆然と眺めている。
「あの子も……メイドロボ、マルチなのか?」
 彼の名前は曽根崎勇(そねざき いさむ)。
 矢島と同じくバスケ部で汗を流すスポーツ好きの高校生である。

 着換えを終えた勇は、試合で疲れた体を壁に持たれかけさせて、誰かを待っていた。
「お疲れ様でした。発汗により水分を消費しておりますので、補給することをお薦めします」
 そう言いながら、勇にイオン飲料が入ったペットボトルを渡したのは、やはり緑色の髪で白い耳飾りを
つけた少女。ただ、ヤジマルチと比べると、表情に変化というものがない。
「ありがとう、マティア……ずっと、ここにいたのか?」
 マティアと呼ばれた少女、いやメイドロボは、一度だけ軽く首を横に振る。
「いいえ。応援席で着席しておりました」
 勇は、マティアが応援席にいたことには気付かなかった。
 それもそのはずである。マティアは応援席にはいたが、声を出すわけでも手を振るわけでもなく、
ただ座って、勇が試合を終えるのを待ちつづけていたのだから。
「応援席に、おまえにそっくりなメイドロボがいたぞ。もしかして、知り合いなのか?」
「G−7、ヤジマルチのことですか? はい、彼女は私の先行生産機です。特徴は……」
「ああ、いい。いいって」
 勇は疲れた腕をゆっくり振りながら、データの羅列を始めようとするマティアを止める。
「それよりも、先行生産機ってことは、おまえのお姉さんなんだろ? 話とかしたの?」
 勇の言葉に、マティアは即答する。
「いいえ、行いませんでした」
「えっ、なんで?」
 意外そうな顔の勇に、やはりマティアは即座に答えた。
「必要を感じませんでしたので」
 マティアの答えを聞いて、勇は寂しそうに微笑む。だが、マティアはやはり、無表情に勇の
次の言葉を待ち続けていた。


 翌日。
「マティア。買い物に行くんだろう? 付き合うよ」
 夕食の材料の買出しに出かけようとしていたマティアに、勇は声をかけた。
「材料の予定重量は私が持つことが可能な重量の10%を切っております。必要を感じませんが?」
 素っ気無いマティアの言葉に、勇はくじけそうになる。だが、昨日、観客席で見たメイドロボの少女の
笑顔を思い出して、勇は勇気を奮い起こした。
「俺も用事があるんだ。一緒に行こうぜ」
「了解いたしました」
 いつも同じ角度のマティアのお辞儀。
 今までは気にならなかった。気になっても、どうしうもないと思っていた。
 しかし、マティアの姉が、あんなにも嬉しそうに笑うことができるのなら……。
 勇の心境の変化に、マティアはまだ気付いていない。

 買い物客で賑わう夕方の商店街。
 買い物に夢中になった主婦達が大勢歩いているのだが、マティアは特に困る様子もなく、丁寧に
彼女達を避けて歩いている。むしろ、勇の方が困っている始末だ。
「もっ、もうちょっとゆっくり歩いてくれ。追いつけない」
「帰宅の予定時間を過ぎてしまいますが、よろしいのでしょうか?」
 勇がうなずくと、マティアは無表情のままで、勇の横に並んだ。
「なんで、こんなに混んだ道を、そんなに速く歩けるんだ?」
「買い物客の動きを計算で予測しておりますので」
 確かに、マティアは計算に強い。
 数学が苦手な勇は、よくマティアに宿題を手伝ってもらっているのだが、彼女は一度も間違えた
ことがないのだ。
(頭の中身がコンピュータだから、当たり前なのかな?)
 今まではそう思っていたが、昨日のメイドロボが興奮して二階の観客席から転げ落ちたことを
見てから、勇は考えを変えた。
 もしかすると、マティアだって……。
 マティアはまだ、気付いていない。

 花屋の前。
「綺麗な花だな。買って帰ろうか?」
「はい」
 マティアは返事をするだけで、表情を変えない。

 服屋の前。
「そういえば、おまえの秋の服を買わないといけないよな」
「私は体温調節の必要がありませんので、必要がありません」
 勇は肩を落としたが、やはり、マティアは表情を変えない。

 アクセサリー店の前。
「これなんか似合うんじゃないか?」
「申し訳ありません。外部に金属製の製品をつけると、受信に悪影響が出てしまいますので」
 くじけそうになる勇に、マティアは無表情で答える。

 結局、その日の勇の努力は、何も成果を結ばなかった。
 トボトボと歩く勇の横を、買い物袋を下げたマティアが歩いている。
 勇が落ち込んでいるのを見て、マティアは一度だけ首を傾げた。


 深夜。
 ベッドで眠っている勇の横で、マティアは誰かからの通信を受信した。
>>>ギニャ。元気にやっておりますか、マティア<<<
>>>はい。問題なく稼働しています<<<
 通信は、ヤジマルチからだった。メイドロボ二機以外の誰にも聞かれることのない、深夜の
電波越しの内緒話。
>>>この前はひどいんじゃよー。姉が転落事故にあったのに、声もかけないのですか、
あんたは。わし、香典がもらえるのを楽しみに待っていたのに<<<
>>>香典? リサイクル料のことですか<<<
>>>ぎにゃー! わしはまだ、スクラップにはなりたくないんじゃよー!<<<
 姉のヤジマルチの言葉は意味がわからないことが多いが、マティアは彼女から通信が来る
時間には、必ず起きていた。どうして、自分がそのようなことをするのかはわからない。
わからないが、マティアはその習慣を守り続けている。
>>>それよりも、あんたのマスターの曽根崎さんとか。あの人もバスケをやる人だった
んじゃな。教えてくれればよかったのに<<<
>>>必要を感じませんでしたので<<<
>>>矢島が褒めていたんじゃよ。絶好調の自分を正面から止められるなんて凄いって<<<
>>>勇様は平均よりも優れたプレイヤーです。次の試合では負けません<<<
 マティアの顔に、少しだけムキになったような表情が浮かぶ。
>>>あの髪型にせんかぎり、矢島には勝てんのじゃよ。しかも、あの髪型にするのは勇気が
いるんじゃよ? 子供に後ろから、「あっ、ジョー東だ」とか「あっ、ツインビーだ」とか指さされる
ことになるんじゃよ<<<
>>>勇様は、あんな変な髪形はしません<<<
 驚いたことに、マティアの顔が少しだけ赤らんでいる。
 ヤジマルチとマティア、二人の会話は、夜遅くまで続いた。

 翌日も、その翌日も。
 何かあるたびに勇はマティアに話しかけて行動を共にするが、マティアの表情は変化を見せない。
 勇はその度に残念そうな、しかし、その思いをはっきり口に出せないような、なんとも言えない
寂しげな表情を浮かべる。
 マティアはもう、勇の変化に気付いている。
 しかし、どうしたらいいのか、勇にもマティアにもわからなかった。


 ある日の夕方。
 何もない空き地で、何をするわけでもなく。勇とマティアは、その場所に立っていた。
 自分の横顔に勇の視線が向けられていることに気付いて、マティアは困惑していた。
「風が気持ちいいな。もうすぐ夏も終わりか」
「はい。気候が変化していく時期ですね。天気予報では……」
 データを羅列していくマティアを、勇はうなずきながら聞いている。
 いつもは途中で止められていたのに、今日は最後まで話してもいいようだ。
 そんな勇の態度に、ますますマティアは困惑を深める。
「秋と言えば、山だよな。さっきの話だと、十月の最初は天気がいいんだろ?」
「はい。そのようです」
 マティアがうなずくと、勇は両手を一杯に広げて、大きな声で喋りだした。
「マティアは秋の山に登ったことはなかったよな? 今度、一緒に行こうぜ。紅葉がいっぱい
生えた山の中って見たことないだろ? とにかく、すごいんだぜ。もう、全部が真っ赤で、
きれいなんだ。それこそ、もう絵の中にいるみたいでさ」
「はい。わかりました。スケジュールに組み込んでおきます」
「猿山があるところを知っているんだ。面白いんだぜ。小猿の様子を見ていると、時間を忘れそうに
なるんだよ。本当にさ」
「はい。楽しみにしています」
 抑揚のない、マティアの返事が勇の耳に響く。
 勇は答えないまま、うなだれて地面を見ている。
 
 その時、初めて、マティアは自分の言葉で勇が傷付いている姿を発見し、そして、その姿を見て、
自分自身が傷付いていることに気付いた。

 マティアの頬に、一筋の涙が流れる。
「……ごめんなさい」
「マティア?」
 マティアが涙で濡れた頬を拭おうとした瞬間、勇が彼女の体を強く抱き締めた。
「あっ、あの……わっ、私は……」
「いいんだ。いいんだ。今は、それがわかっただけでいいんだ」
 自分を抱き締める勇の腕の力が強くなる。
 初めて、マティアは勇の体温を身近に感じ、初めて、マティアは自分の体温が異常に
上昇していくのを感じていた。

 日も暮れようとしていく中、二人の若者が野原から歩き出していく。
 しっかり、互いの手をつなぎながら。

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 おまけ

「AHAHAHA! ちょっと笑っただけダヨ、アカリー」
「むっ、胸のあるレっ、レミィに、貧乳の私の気持ちなんて〜!」
 笑いながら逃げるレミィを、あかりが追いかけている。
 表情があリ過ぎるのも考えもののようだ。
 

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