宮内さんのおはなし その四十の十壱(反則版) 投稿者:AIAUS 投稿日:8月17日(金)01時34分
 木に背中を預け、夏の風にソバージュのかかった長髪を揺らされながら。
 長身痩躯の青年が、抜けるように青い空を見上げ、溜め息をついている。
 青年の名前は芝村亮。衆議院議員、芝村公房の一人息子にして、M音大で音楽を学ぶ音大生
でもある。今は、青年特有の悩みに苦しんでいるところだった。。
 悩みとは、将来、いかにして生きていくべきかについて。
 亮は理解のある両親に恵まれたため、21歳になる今日まで自分の好きな音楽を勉強し続けること
ができた。しかし、音楽一筋で食べていく程に自分の才能に自信があるわけではない。
 かといって、他の仕事をする気にもなれない。いや、正しく言うと、他の仕事をする自信もない。
「亮。おまえの人生はおまえが切り拓いていくものだ。やってみろ」
 父、公房はそう言ってくれたが、その想いに応えるだけの自信もない。
 自信なんていうものは、進んでいきながら、失敗しながら身に付けるもの。
 亮にも、それはわかっている。わかってはいるのだが……。
「……はあ。僕はなさけない奴だ」
 思い切って踏み出すことのできない自分を、亮はそう評した。

 テン、テテテテン♪ テテテン♪

 亮の横で不意に音楽が鳴る。携帯電話ではない。
 音楽を耳にした亮は、ゆっくりと横を向いて、口を開いた。
「んっ? どうしたの、GP? ここにいるのは飽きたかい?」
 うなずいたのは、亮の横で同じように木に背中を預け、つまらなそうに青い空を眺めていた緑色の
髪の少女。ノースリーブにミニスカートを着ている。少女は白いアンテナを耳につけている。
「ごめん、ごめん。かなり長い間、ここにいるからね。別の場所に行こうか?」
 タラン♪
 GPと呼ばれた少女が無言でうなずくのと同時に、軽やかに音が流れる。
 鳴らしたのは、やはり携帯電話ではない。少女の体に内蔵されているスピーカーからである。
「じゃあ行こうか、GP。たまには街の中を歩いてみよう」
 少女は微笑こそしなかったが、亮の言葉に賛成したらしく、無言で彼と手をつなぐ。
 タンタタタン、タタタタン♪
 亮と少女が踏み出すと、また音楽が流れ始める。
 少女の名前はGPマルチ。音響表現能力を高めたメイドロボットであり、体の各所にスピーカーを
搭載している。いつでも音楽と共にありたいと思っている亮には、願ってもないパートナーである。


 亮とGPマルチの二人は、何をするわけでもなく、商店街を散策している。
 タ〜タタタ〜、タ〜タタタタタ♪
 GPマルチの体から流れる音楽に街行く人々が時たま振り返るが、二人は気にしない。
 特にやることもないが、こうして街の中を歩いているだけでも楽しい。
 人々の会話、足音、自転車のベル、物陰に隠れた野良猫が子猫を呼ぶ鳴き声。
 何気ない音全てが、亮にとっては貴重なインスピレーションの源になる。
 タタタタン、タタ……。
「んっ、GP? どうしたの?」
 急にGPマルチが音楽を切って立ち止まったので、不思議に思った亮は声をかけた。
 GPマルチは無言で、少し離れた場所にある古本屋の前を指差す。
「かあああぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜つ!!」
 元気過ぎる老人の叫びが、商店街に響いた。

「どっ、どけよっ! 俺は先輩と話したいんだっ!」
「いいや、どかぬ。一歩たりとて退かぬ。藤田浩之っ! この長瀬源四郎の目が黒い間は、
貴様のような輩をお嬢様に近づけたりはさせぬっ!」
 亮とGPマルチが見守る前で、執事姿の筋骨たくましい老人と高校生の男子が言い争っている。
どうやら、古本屋の中にいる黒髪の女子高生が「お嬢様」らしく、彼女をめぐっての闘いらしい。
「今の世の中にも、お嬢様っているんだね」
 その様子を、亮は観戦者気分で眺めている。
「ええいっ、うっとおしい! どけ、じじいっ!」
「じじいではないっ! セバスチャンであるっ!」
 ついに、長瀬源四郎、もしくはセバスチャンと呼ばれる執事の老人と、藤田という名前の高校生は
手四つで組み、押し合いを始めてしまった。
「おうらあああああああああっ!」
「ふぬぐわああああああああっ!」
 夏の暑い盛りに、暑苦しいこと、この上ない。激しく押し合いを続けた結果、両者の顔はついに
10cm間際まで近づいてしまった。
「やっ、やるな、小僧。この老いぼれの血が、久々に熱くたぎるわ。だが、お嬢様を渡すわけには
いかぬっ!」
「じーさんこそ、やるじゃねえか。けど、先輩には意地でも会わせてもらうぜっ!」
 会話まで暑苦しくなってきた。GPマルチは軽く首を横に振った後、体内スピーカーを作動させる。

 チャン、チャララ、チャチャチャ♪ チャン、チャララ、チャチャチャ♪

 ピンク色のスポットライトが照らされそうな音楽が辺りに流れる。
「ふっ、藤田……こうしていると、若い頃を思い出すわい」
「ああ。俺も、何か忘れかけていたことを思い出しそうな……」
 妖しい、いや、正しく言うと怪しい雰囲気が、セバスチャンと藤田の間に漂う。
「……?」
 トテトテトテ。
 不思議に思ったのか、黒髪の「お嬢様」が古本屋の奥から姿を現わした。
 その瞬間。

「藤田っ!」
「じーさんっ!」

 手四つから、いきなり情熱的に激しくお互いの体を抱き合うセバスチャンと藤田。
 コテ。
 その様子を見て、びっくりして気絶したハムスターのように、お嬢様が真横に倒れる。
 チャン、チャララ、チャチャチャ♪ チャン、チャララ、チャチャチャ♪
 Hな雰囲気の曲は、まだ流れ続けていた。


「ぜーぜー……悪戯は駄目だぞ、GP」
 GPマルチを脇に抱えて、セバス×藤田の現場から全速力で逃げ去った亮は、彼女を軽く叱る。
 ブー♪
 不服そうなブーイングの音が、GPマルチの体内スピーカーから鳴った。
「喧嘩をしているから、仲良くさせようと思ったって? 仲良くさせる方向が違う」
 ソバージュの髪を揺らしながら、亮は言葉を続ける。
「ああいう場合は決着が着くまで放っておいた方がいい場合もあるんだから。余計なことをしては
駄目だよ」
 こくん。
 GPマルチはしばらく考え込んだ後、亮の言葉にうなずいたのであった。


 亮とGPマルチの二人が散策を再開すると、再び、喧騒が聞こえてきた。
「おっ、おい。あれって、もしかしてさ?」
「ああ。もしかして、エクストリームの……」
 一塊になった男子高校生達が、西音寺女子学院の制服を着たロングヘアーの少女の後ろに
ついて行っている。亮はロングヘアーの少女のことを知っていた。
「あれは……来栖川家の綾香さんか。最近、何かの格闘技の大会で優勝したって言っていたな」
 父親が政治家である亮は、付き合いでパーティに出ることがある。来栖川綾香は活発で言いたい
ことをはっきり言う性格で社交界でも目立つ存在なので、亮は彼女のことは覚えていた。
「ははあ。あの高校生の男の子達は、綾香さんのファンなのかな? 初々しいね」
 自分が高校生だった頃を思い出して、亮がクスリと微笑む。彼も、大ファンだった音楽家を追って、
あちこちのコンサートに行った思い出がある。
「どうしよう? おまえ、話しかけてみろよ」
「いっ、いやだよ。人違いだったら恥ずかしいじゃないか」
 ためらう高校生達。そんなことには気付きもしないで、颯爽とストリートを歩いていく綾香。
 チャー、チャラチャチャチャー♪ チャー、チャラチャチャチャー♪
 突然、GPマルチの体内スピーカーから勇壮な曲が流れた。
「んっ? 何かのイベント?」
 音楽を聴いて振り向いた綾香を見た瞬間、今まで話し掛けることをためらっていた高校生達に
変化が訪れる。
 チャー、チャラチャチャチャー♪ チャー、チャラチャチャチャー♪
 背後には、GPマルチから流れる勇壮な音楽。
「全軍、突撃用意っ! 突撃行軍歌、斉唱っ!」
「目標、前方の人間最終兵器、エクストリーム・チャンピオン、来栖川綾香っ!」
「ふっ、ふえ? なっ、なんなの?」
 自分の目の前で男子高校生達が横列を組み、砂煙を上げながら突撃し始めたのを、綾香は
呆然としながら見ている。
「全軍突撃っ! ガンパレードっ!」
「よもや命を惜しいと思うなっ! あの巨乳のために、笑って死ねっ!」
「なっ、なんだかわかんないけど……喧嘩する、っていうんなら、喜んで相手になるわよっ!」
 襲い掛かってくる男子高校生の群れに、綾香はファイティングポーズを取る。
 チャー、チャラチャチャチャー♪ チャー、チャラチャチャチャー♪
 ドバキ、グシャ、メキ! ギャー、グヒー、おっかさーんっ!
 勇壮な音楽と綾香に殴られて地面に倒れていく男子高校生達の悲鳴と打撲音。
 亮は後ろも見ずに、GPマルチを脇に抱えて、慌てて逃げ出した。

「ぜーぜー……こっ、こら。同じことを繰り返しちゃ駄目だ、GP」
 ブー♪
 不服そうなブーイングの音が、GPマルチの体内スピーカーから鳴った。
「話しかけたそうだったから、きっかけを作った? 違う、違うよ、GP。高校生達が綾香さんに
語りかける手段が言葉じゃなくて、拳になっているよ」
 チャララン?
 GPマルチは「何が違うのか?」という表情で、首を傾げた。
「違う。大いに違う。音楽っていうものは、後付けで造るものじゃなくて、その場にすでにあるものなんだ」
 タラン♪
 GPマルチはしばらく考え込んだ後、うなずく。
「……そう、その場にすでにあるものなんだよ」
 自分の後ろをいつも付いて来るメイドロボの説得のために語った言葉は、言葉を発した亮自身にも
何かのインスピレーションを与えたようだった。


 政治家、芝村公房の家にて。
「ぎにゃ。お呼ばれなので、おめかししてきたんじゃよ」
 余所行きのきれいな服を着たメイドロボが、GPマルチに話し掛けている。
 タララ〜ン♪
 GPマルチは伸びやかな音を発して、挨拶を返した。
 GPマルチの前にいる彼女そっくりのメイドロボの名前は、HM−12G−7ヤジマルチ。GPマルチの
形式番号がHM−12G−18なので、ヤジマルチは彼女の姉ということになる。
「本格的なクラシックを聞けるなんて嬉しいデス」
「……そだな」
 ヤジマルチが連れてきたのは、金髪の留学生の少女と、以前、古本屋の前で老執事と抱き
合っていた藤田という名前の男子高校生。藤田の方は多少やつれているが、いろいろと精神的に
つらいことがあったのかもしれない。
「では、さっそく演奏を始めます。みなさん、聴いて下さい」
 静かな音色から始まる、ピアノの音。GPマルチがそれに伴って、スピーカーではなく、自分の声で
歌い始める。演奏会が始まった。

 音楽家になる……そうじゃない。僕の中に音楽があり、僕はそれを紡ぎ出す。それでいいんだ。

 演奏を続ける亮のソバージュの髪が、静かに揺れる。GPマルチは、その彼の横で、誇らしそうに
歌を歌い続けていた。

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 おまけ

 ガチャン。
 地下牢の南京錠が閉じられる音。
「おっ、お嬢様。何のつもりですか!?」
 檻の奥で、セバスチャンが叫んでいる。
「……滅殺です」
「お嬢様。キャラが違いますぞーっ!」
 黒魔道士姿で格子越しに自分の前に立つ芹香お嬢様にセバスチャンは訴えたが、
当分は地下牢から出してもらえなかったそうである。

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