宮内さんのおはなし その四十の十(反則版) 投稿者:AIAUS 投稿日:8月15日(水)23時44分
 まだ早朝だというのに、夏の太陽の日差しは窓ガラスを通してジリジリと部屋の中を暑くしている。
 夏休みの真っ最中である小学二年生の島尾潤は、ベッドの上で寝苦しそうに寝返りを打った。
「アウっ。ジュン。朝、起きる」
 耳元で名前を呼ぶ者がいるが、夜遅くまで最近出たばかりのロールプレイングゲーム、
『タルタルファンタジー]』をやっていた潤は眠くて仕方がない。
「ううん、まだ眠いよ……アニマルチ一人で行って来てよ」
 ぬっ。
 閉じた目の向こうから、誰かが顔を近づけた気配を感じて、潤は恐る恐る目を開いた。
 小学生高学年くらいの見事に日焼けをした少女が、ベッドに身を横たえている潤の頭の両側に
手を置き、間近から彼の顔をにらんでいる。
「ジュン、いかない?」
 口調だけではわからないが、潤の顔をにらんでいる少女の目は激しい怒りで燃えていた。
「ううっ、わかったよ、アニマルチ。眠たいのになあ……」
 潤は渋々、ベッドから身を起こし、アニマルチが昨日から用意していたTシャツと半ズボンに着替える。
もちろん、出欠のハンコを押してもらうカードを首に下げるのも忘れない。
「アウっ。急ぐ、ジュン!」
「うっ、うわあ! ちょ、ちょっと待ってってばっ!」
 ビュンっ!
 潤の腕をつかんだアニマルチは、風のように潤と一緒に家から飛び出していく。
「いってらっしゃい、潤、アニマルチ。車に気をつけてね〜」
「うっ、うわっ、うわっ、うわあああああああ!!」
 アニマルチに引っ張られている潤の耳には、母親が自分達を送る声が半音下がって聞こえていた。
 潤を引っ張っている小麦色の女の子の髪は緑色で、耳には角飾りがついている。
 彼女の名前はHM−12G−2、アニマルチ。れっきとしたメイドロボである。



「はい、大きく腕を伸ばして〜。背筋の運動〜」
「は〜い」
 ボランティアで指導に来ている近所のお爺さんが両腕を上に上げると、それにならってラジオ体操に
来ている小学生達も一斉に両腕を上げた。
「ホっ、ホっ、ホっ、ホっ」
 なにかの踊りのつもりなのか、アニマルチも妙なリズムを取りながら、みんなと一緒になって体操をしている。
「よ〜し。今日の体操終わりっ! みんな、元気に遊ぶんじゃぞぉ〜」
「は〜い!」
 皺だらけの顔をクシャクシャにして微笑むお爺さんに、体操を終えた子供達が元気に返事した。
「ジュン、今日、なにする?」
 アニマルチは待ち構えていたかのように、ワクワクした表情で潤の顔に自分の顔を近づける。
「えっと、家に帰って『タルタルファンタジー]』の続きを……」
「山。山、行く。虫、たくさんいる。虫、取る」
 ビュンっ!
「うっ、うわっ、うわっ、うわあああああああ!!」
「車に気をつけて行くんじゃぞ、二人とも〜」
 アニマルチに引っ張られている潤の耳には、老人が自分達を送る声が半音下がって聞こえていた。


 ミーン、ミンミンミン……。
 蝉がやかましく鳴いている。
 ここは学校の裏山の中にある雑木林。
「どうするんだよ、虫取り網もカゴも持ってこないで」
 無理やりアニマルチに山へと連れて来られた潤は、少しむくれていた。
「これ、袋。これ、入れる」
 そう言って、アニマルチが差し出したのは、ただのビニール袋。
「まあ……いいか。入ればいいんだし。じゃあ、虫取りしようか」
「アウっ!」
 アニマルチは元気よく返事をすると、凄い勢いで木の上へと登っていった。
「お〜い、虫取りじゃなかったの、アニマルチ? それとも、木登りをするの?」
 不思議に思った潤がそう聞くと、アニマルチはこう答えた。
「潤、虫、取る。アニマルチ、手伝う」
 ユサユサユサ……。
 木の天辺まで登ったアニマルチが、勢いよく体を振って木を揺らした。すると、枝につかまって休んでいた
カブトムシやクワガタムシがバラバラと落ちてくる。その中には、潤が今まで見たことがないような大きさの
虫達もいた。
「すっ、すごいなあ。えらいぞ、アニマルチっ!」
「アウっ!」
 潤に褒められると、アニマルチは誇らしそうに返事をした。

「きっ、きゃあああああ! むっ、、虫が! 虫が空から降って来るぅ!」

 潤の耳に女の人の悲鳴が聞こえたのは、それから、すぐ後のことだった。

「いっ、いかん、瑞穂君! ブラウスの中に虫が入ったっ! すぐに脱ぐんだ! この僕が取ってあげよふっ!」
「脱ぐかぁ! この外道っ!」
 ドバキ!
「ぐはあああああ!!」
 その直後に、男の人の悲鳴も聞こえた。


「ごっ、ごめんなさい。僕、人がいるなんて知らなくって」
「アウ。ごめん」
 潤と木から降りてきたアニマルチが頭を下げたのは、高校生ぐらいの若い男女。
「いいのよ。私も大げさに騒ぎ過ぎちゃったし」
「瑞穂君も小さい男の子には優しいのか……ふっ、同志だね」
「んなわけあるかっ!」
 ドガッ!
「あぐぅ!」
 瑞穂と呼ばれた眼鏡をかけた小柄な女性は、目が細い長身の男性をパンチ一発で殴り倒すと、
潤が怯えないように微笑みを浮かべた。
「お姉ちゃん達も虫取りに来ているの。君、これぐらいの小さな子達を見なかった?」
 瑞穂がそうやって指し示した高さは、潤よりもさらに低い。幼稚園ぐらいだろうか。
「ううん。僕、見なかったよ」
「う〜ん。どこに行ったのかな、祐君とヤジマルチちゃん」
 瑞穂は困った表情を浮かべて首をひねる。
「拓也お兄ちゃん、瑞穂お姉ちゃん。なにやっているの?」
「子供二人を置いて逢引きとは、いい度胸しとりますな。保護者失格ですぞ」
 そこに姿を現わしたのは、虫取り網を持った小さな男の子とアニマルチそっくりの女の子だった。
「逢引きなわけ、な・い・で・し・ょ、ヤジマルチちゃん」
 グリグリグリグリ。
「ギニャー! わしの頭はすでに強度実験は済んでいるんですよ。こめかみグリグリは勘弁〜!」
 瑞穂がヤジマルチと呼ばれた、耳に白い角飾りをつけたメイドロボにおしおきをしている。
「アウっ! ヤジマルチっ!」
「あっ、そっ、そこにいるのはアニマルチお姉さまって、コメカミが割れそうなんじゃよ〜! いいかげん、
児童虐待勘弁〜!」
 ヤジマルチがアニマルチにまともに挨拶が出来たのは、瑞穂のおしおきが終わってからであった。

「このカブトムシとお兄ちゃんのクワガタムシ、交換しない?」
「うん、いいけど。それよりも、僕はそっちのカミキリムシが欲しいなあ」
 潤と祐君と呼ばれる幼稚園ぐらいの男の子が、お互いが捕まえた虫を取りかえっこしている。
 その後ろで、アニマルチは久しぶりに会った妹と旧交を温めていた。
「久しぶり。元気か?」
「元気なんじゃよ。アニマルチお姉さまも、あいかわらずシンプルな喋り方で何よりなんじゃよ。
言ってみれば、2HDディスクの容量にふさわしい……」
 ガブッ!
 雰囲気で馬鹿にされたことを感じ取ったアニマルチは、何も言わずにヤジマルチの手に噛み付く。
「ギニャー! かっ、噛むのは勘弁〜! そういうのはセリオお姉さま向きなんじゃよ〜!」
「悪口、言う。アニマルチ、噛む。ヤジマルチ、噛まれる」
 アニマルチに怒られて恐縮しているヤジマルチを興味深そうに見ているのは、拓也という名前の
細い目の男性。どうやら息を吹き返したらしい。
「ヤジマルチ君にも苦手な人がいるんだね。意外だ」
「お姉さんだものね。だれだって、身内には弱いものでしょ」
 瑞穂に言われて、拓也はウンウンとうなずく。
「本当に、彼女達は人間と区別がつかないね。耳飾りがなかったら、わからないかもしれない」
「だからって、悪戯しないでよ」
 釘を刺されて舌打ちする拓也のみぞおちに、藍原瑞穂の肘打ちがめり込んだ。

「ジュン。もっと、虫、取らない?」
「もういいよ。これ以上取っても飼えないし。小さい奴は逃がしてやろうよ」
「そうだね。僕もそうしよう」
 アニマルチや潤と比べると、幼稚園児のはずの祐君はずいぶんと大人びた口調である。
 だが、逃がした虫が羽根を開いて飛んでいく姿を見る時は、潤と同じように子供特有の
あどけない表情が浮かんでいた。


「アウ。潤、疲れた?」
「ううん。大丈夫だよ。まだ元気」
 虫取りを終えて家に帰った潤は、暑さに当てられて、少しフラフラしていた。
 アニマルチは心配そうに潤の顔に自分の顔を近づけた後、ぺろぺろと潤の顔をなめる。
「明日、また、遊ぶ。元気、元気」
「くっ、くすぐったいってば、アニマルチ」
 潤は恥ずかしいのとくすぐったいのでたまらなくなって、アニマルチの舌から逃れ、真面目な表情になる。
「ねえ、アニマルチ。どうして、そんなに一生懸命、僕と遊びたがるの?」
「潤、いつも、学校。いつも、昼、いない。今、休み。長い、長い、休み。アニマルチ、遊ぶ。潤、一緒」
 潤はもうアニマルチになめられているわけでもないのに、なぜか恥ずかしいような、くすぐったいような、
それでいて、少し嬉しい気分になった。
「わかった。明日も遊ぼう、アニマルチ」
「アウっ!」
 潤とアニマルチの声が、元気よく夕方の街に響く。
 夏はまだ、終わらない。

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 おまけ

 ビュンっ!
「うっ、うわっ、うわっ、うわあああああああ!! と、止まって、アニマルチっ!」
「駄目、あれ、アニマルチの獲物。渡さない」
 アニマルチは四つん這いで、潤を背中に乗せて猛スピードで走っている。
「Ahahahaha! 先に獲物ちゃんをGETするのは、アタシなのデ〜スっ!」
 信じられないことだが、走るアニマルチに平行に並ぶようにして鉄砲を構えた金髪の女性が
一緒に走っている。
「なっ、なんで俺〜!?」
 獲物になっているのは浩之。
 物干し台から落ちたアニマルチの下着に気を取られたところを、アニマルチとレミィの二人に
発見されたことが原因らしい。
 ヒュン、ヒュン、ヒュン。
 矢が空気を裂く音が聞こえ始めた。
 合掌。


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