宮内さんのおはなし その四十の七(反則版)  投稿者:AIAUS 投稿日:5月21日(月)03時54分
 丸い眼鏡をかけた太った男が、デジタルカメラを手にしている。
「んっ? これでっか? ……3万円といったところでんな」
 すばりと言い切る太った男に、その向かい側にいた若い青年が反論した。
「ええっ? 最新のデジカメなんですよ? もうちょっと上がんないの?」
「電化製品はすぐに新型が出るさかい、値が落ちまんねん。ところで、あんさんの着ているブルゾン、
いい品物でんなあ……それなら、こんだけ出しますけど」
「だっ、駄目だ。これはレアなんだから」
 警戒しているのか、若い青年は反射的にブルゾンを両手で押さえる。
「さいでっか。ほな、他所をあたっとくんなはれ。うちより高い値はつかへんと思いますけど」
「わかった、わかりましたよ。それじゃ、このデジカメ3万円でお願いします」
 青年は諦めたように溜め息をつくと、箱と説明書付きのデジカメを男に渡した。
「まいど、おおきに。またの御利用、お待ちしてまっせ〜」
 青年が店から出て行ったのを確認すると、男は愛想笑いを止めて、店の奥で倉庫の整理をしていた
小間使いを呼んだ。
「おい、ナナマルチはん。このデジカメしまっといてや」
「はいなっ! わかりましたのな」
 店の奥で元気よく返事をしたのは、丁稚姿のHM−12G−17、ナナマルチであった。
 太った男の手からデジタルカメラを受け取ると、丁寧な手付きでカメラと説明書を箱に梱包し、
専用のビニールで包んでいく。太った男はナナマルチの仕事を信頼しているのか、それを最後まで
見届けることはせずに、店のパソコンの前に座って在庫管理を始めていた。
 
 越後屋三郎。
 一説には室町時代から始まったと言われる由緒正しい質屋「越後屋」の主人であり、同業者には
腕利きとして知られている。かなりのケチなので従業員は一人も雇っていなかったが、
「給料がいらない丁稚」HM−12G−17、ナナマルチが店に来てからは、大分仕事も楽になったようだ。

「三郎さん、お茶にしますのな?」
「お茶ッ葉がもったいないさかい、ただの湯でええ。おまえもそれしか飲めんのやろ?」
「はいなっ。それじゃあ、持ってきますのな」
 仕事が一段落した越後屋とナナマルチは、ただのお湯をおいしそうにすすっている。
「しかし、最近はつまらん仕事ばかり多くてあかんなあ。儲かるのはいいんやけど、人様の不幸で
銭儲けしとるみたいや」
「はいなっ。でも、仕方ないのですのな。お金がないから、うちの店に質入れに来ますのな」
「昔は一つ物を買うのにも、よく悩んで買うたもんやけどなあ……今ごろの若い者は使い捨て
感覚で買い物をしよる……あかん、あかん。あまり、面白い話やなかったな。すまんな、オッサンの
愚痴につき合わせてしもうて」
「そんなことないですのな」
 慌てて首を横に振るマルチの頭を、越後屋は微笑みながら撫でた。


「う〜、寒いですじゃ。正月過ぎてから寒さもひとしお。ところで、ひとしおってなんですか?
お料理に入れる隠し味ですか? なら、ひとケチャップもあるんじゃろうか?」
「知らねーよ」
 暖かそうなコート姿で、寒さに身を縮ませながら街の中を歩いているのはヤジマルチ。その横で
一緒に歩いている目付きの鋭い革ジャケットを着たHM−12は、彼女の姉妹であるHM12−G−4
マルチネス。
「しかし、本当に寒いなあ。どこか適当な店に入って暖まるか?」
 そう言って、マルチネスは手近なデパートを指差した。
「賛成ですよ。ちょうどヤジマスキーに食わせる、お料理のレパートリーを増やしたいところじゃったから、
本屋に寄って行くんですじゃ」
「はい、はい……いいよなあ、食わせ甲斐のある人がマスターの奴は」
「ぎにゃ? あんたもカヲルさんの御飯作っとるんじゃろ?」
「大将は何でも一口でぺロリと食べてしまうから、おいしいと思っているかまずいと思っているか、
さっぱりわかんないんだよ。いっつも、「うまかった」としか言わないし」
「マルチネスの料理はとんでもなくマズいはずなんじゃが。さすがに、極道をやっていると肝の座り方が
違うんじゃよ。死ぬ覚悟はいつでもできております。言ってみれば、マルチネスの料理は謎ジャムや
キノコのリゾットと同じじゃからなあ」
「……いいよ、あたいの料理がマズいのは自分でもわかっているからさ」
「今度、わしが教えるんじゃよ。HMX−12マルチお姉さまでも作れる簡単レシピがありますから」
「ほっ、本当か?」
「もちろんですじゃ。なんと言っても、あのお姉さまでもおいしく作れるくらいに簡単な料理ですから、
マルチネスなら楽勝なんですじゃ」
「そうだよな。マルチ姉貴に作れるものが、あたいに作れないわけないもんなぁ。よし、ヤジマルチ。
今から教わりに行くぜ」
「ぎにゃ? 早速ですか?」

「あうぅぅぅ……」

「ぎにゃ!?」
「ひぇ!?」
 二人の後ろで、どこかで聞いたような悲しみの声が聞こえる。

「あうぅぅ。二人とも、あんまりですぅ……」

 ヤジマルチとマルチネスのこめかみに、焦りから冷や汗が浮かんだ。
「尊敬されていますね、マルチさん」
「せっ、セリオさんまでひどいですぅ。確かに、私はお料理上手じゃありませんけど……」
「私も、あれを料理と言い張るマルチさんに尊敬の念を覚えます」
 ガバッ!
 慌てて後ろを振り返るヤジマルチとマルチネス。二人の後ろにいたのは、彼女達GHOST
シリーズの原型機となったHMX−12マルチと、その姉妹機であるHMX−13セリオであった。

「すっ、すいませんですじゃ。これも全てマルチネスの料理下手を思ってのこと。だから、打ち首
獄門からお尻ペンペンまで、全部マルチネスにお願いしますですじゃ」
「ちょっと待て! おまえ、全部あたいのせいにするつもりかよ!?」
 ヤジマルチとマルチネスのGHOST二人は、姉であり原型機であるマルチに、土下座をせんばかりの
勢いでペコペコと謝っていた。どうやら、機械である彼女達にも年齢の序列のようなものがあり、
プロトタイプであるHMX−12マルチに対しては畏敬の念に近いものを抱いているようだ。
「いっ、いいんですよ。そんなに謝らなくても。私もそんなに気にしていませんから」
 そう言いながらも、マルチの目の端にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「ぎにゃー! マルチネス、こうなったら切腹するしかないんじゃよ。わしが介錯するから、
潔く冬の街に散るんじゃよ! 辞世の句はあれですか? 『あれはいいものだ〜』ですか?」
「だーかーら、なんで、あたい一人だけのせいになるんだってば! おまえにも責任あんだろー!」
「はががががが……くひをひっぱるのはやへろでふよ」
「おっ、おまえこそアンテナ引っ張ってんじゃねえ〜」

 クスクス……。

 責任のなすりつけ合いで喧嘩をしているヤジマルチとマルチネスの二人を、マルチは楽しそうに
微笑みながら見ている。セリオもまた、口に手を当てて微笑んでいる。
「「おっ、怒ってないんですか、プロト?」」
「かわいい妹のすることですから。それくらいのことで怒ったりしませんよ」
「マルチさんはいつも優しいですね」
「「マルチお姉さま……」」
 二人のGHOSTマルチが感動してプロトタイプ・マルチに抱きつこうとした、その刹那。

 ゴイン!
「はわっ!?」

 いきなり鈍い音がして、マルチが前のめりに倒れた。
「はいな。やりましたのな。これで今日から、私がHM−12G−7ですのな」
 頭から煙を出して倒れているマルチの後ろで、バットを手に持ったHM−12型がよくわからない
ことを嬉しそうに宣言している。どうやら、彼女がHMX−12マルチを殴ったらしい。
「ナっ、ナナマルチ!?」
 驚いたヤジマルチが、彼女の名前をつぶやく。プロトタイプ・マルチを殴り倒したのは、越後屋で
働いているナナマルチその人であった。
「あれですのな? なんで、HM−12G−7がそこにいるんですのな? じゃあ、私がさっき殴った
のは誰ですのな?」
「馬鹿。おまえが殴り倒したのはHMX−12マルチ、俺らのプロトタイプ、一番上の姉さんだ」
「マルチさん、大丈夫ですか?」
「あううぅぅ。頭の周りに星が回っていますぅ……」
 プロトタイプ・マルチはセリオに介抱されているところだが、どうやら無事のようだ。
「プッ、プロトタイプお姉さま!? やっ、ヤジマルチ! なんて、酷いことをするんですのなっ!」
「おまえが殴ったんだろうが!」
 マルチネスが文句を言うと、ナナマルチは首をぶんぶんと横に振って反論する。
「変わり身の術ですのな。プロトタイプお姉さまを盾にするなんて、ヤジマルチはなんて鬼畜ですのな!」
「おい、おまえからも何か……」

「ギニャー!!」

 マルチネスはヤジマルチに加勢を頼もうとしたが、当のヤジマルチは悲鳴を上げて、遠くに逃げ出している。
「ほら、お姉さまを見捨てて逃げ出しているのが何よりの証拠! ヤジマルチ、お覚悟ですなっ!」
 止める暇もなく、ナナマルチはバットを構えてヤジマルチを追いかけていった。
「なんだ、ありゃ……マルチ姉貴、大丈夫ですか?」
「あ、あはは。何とか、大丈夫みたいですぅ」
「マルチさんをスキャンの結果、問題は発見されませんでした。それよりも、ヤジマルチさんが心配です」
 セリオはそう言いながら、ヤジマルチとナナマルチが走り去った後を見つめている。
「なんか苦手な相手だったみたいですからね。なにがあったんでしょう?」
「HM−12G−7がどうしたとか。どういうことでしょうか?」
 マルチネスとセリオが二人で首をひねる。マルチはその横で、まだフラフラしていた。


「どこにいったんですのな、ヤジマルチ!」
 ナナマルチが、バットを振り回しながらヤジマルチを捜している。
「ギニャー」
「そこですのな!」
 ゴイン!
 鳴き声に反応してナナマルチが殴ったのは、近所のボス猫ゴンタ君であった。

「フギー!」
「ななななななな、なんですのなっ! 人間違いしただけですのな!」
(バットでいきなり殴られたら、誰だって怒ると思う)
 全身の毛を逆立てて怒っているゴンタ君。ナナマルチは彼に追いかけまわされている。
「ふう……相変わらず危ない奴なんじゃよ。孔明に頼んで焼いてもらうべきじゃろうか?」
 ヤジマルチはその様子を遠くの物陰から見守っている。
「よお、なにしてんだ?」
 そんな彼女に後ろから声をかけてきたのは、矢島の知り合いの藤田浩之だった。
「なんじゃ、藤田=ボンクラーノフですか? わしは今、隠密行動中なんじゃよ」
「隠密行動? かくれんぼでもしてんのか?」
「わしを謀殺しようとする輩がいるから、今は野に身を潜めているんじゃよ」
「謀殺?」
「ナナマルチと言ってじゃな……」

 HM−12G−17、ナナマルチ。
 彼女はサービス業に従事するために開発されたGHOSTで、対人交渉能力と計算能力を高めることを
目的として育成された。最初にマスターとして選ばれた会社は昨今の不況によって倒産してしまったが、
現在は借金のカタとして引き取られた先の質屋「越後屋」で元気に働いている。
 だが、ナナマルチには一つ、コンプレックスがあった。
 G−17なのに、「ナナマルチ」。
 17番目に作られたGHOSTなので、そう名づけられるのは自然のことなのだが、彼女はそれに不満を
覚えていた。自分は「ナナマルチ」なのであるから、形式番号も七番目、G−7と名づけられるべきでは
なかったのか?
 それなのに自分以外の者がG−7を名乗り、自分はG−17の座に甘んじている。
 順番だから、というだけでは納得できない。
 それがナナマルチの結論だった。

 ヤジマルチの説明を一通り聞いた浩之は、よくわかんねえな、と言わんばかりに首を横に傾げた。
「なんで、そんなに形式番号なんかにこだわるんだ?」
「例えばじゃよ。藤田浩之って名前が、盆暗得露乃助って名前に変わったら嫌じゃろ?」
「……そりゃまあ、なあ」
「それと同じことなんじゃよ。わしらにとっては形式番号は一番最初に製作者からつけてもらうもの
じゃから、とても大切なものなんじゃよ」
「なるほどなぁ」
 浩之が納得したのに満足したのか、ヤジマルチはそのまま物陰に身を潜めながら、コソコソと
自分の家、すなわち矢島の家へと帰っていく。なんとなく心配なので、浩之もその後についていく
ことにしたのだった。


 矢島の家に帰り着いたヤジマルチは、元気いっぱいに手を上げて、台所で家事をしている矢島の
母親に自分が帰ったことを告げた。
「ただいまなんじゃよ〜。只今、帰還しました〜」
「おかえり〜。あら、ヤジマルチちゃん。今日は友達を連れて来たの?」
「? ……なんで、藤田=ボンクラーノフが一緒に来ているんじゃよ。あんた、グラディウスのオプション
ですか? もしくは、ツインビーの「ぶんし〜ん」?」
 藤田は今までヤジマルチが自分に気付いていなかったことに驚きながら、頬を指で掻いた。
「いや、帰り道に襲われたら大変だろうと思ってさ。邪魔なら帰るよ」
 浩之の声に気付いたのか、二階にある部屋から矢島が顔を出してくる。
 そして、ヤジマルチの後ろに藤田がいるのを見つけて、少し驚いたような顔をした。
「んっ? なんだ、藤田じゃないか。マルチに引っ張られてきたのか?」
「ちがうんじゃよ。わしはエンタープライズではありませんから、牽引ビームの機能は持ってないんじゃよ。
むしろ、藤田=ボンクラーノフがわしをストーキング?」
「そんな物好きいないって。藤田。玄関にいないで俺の部屋に上がれよ。ちょうどゲームの対戦相手が
欲しかったんだ」
「おう。わかった」
 そうして、浩之はヤジマルチと一緒に矢島の部屋にお邪魔することになった。

 ピチューン、ピチューン、チャララ〜。
 二頭身のキャラが弾丸を打ち出しながら、懸命に真ん中にある壁を相手にむかって押し出そうとしている。
 テレビの画面に表示された、シューティング風にアレンジしたパズルゲーム。
 矢島と浩之の二人は汗だくになってコントローラを握りながら、対戦を続けていた。
 そんな二人の背中をベッドに座って、面白くなさそうに見ているのはヤジマルチ。
 足をブラブラさせながら、ゲームに夢中になっている高校生男子二人に文句を言っている。
「う〜。つまんないんじゃよ。藤田=ボンクラーノフとばかりではなくて、わしとも対戦して欲しいんじゃよ。
わしら、青春仲間じゃろ?」
「おまえは上手過ぎるから却下。俺の腕が追いついてからだな」
 矢島は右上段にある紫色のクリスタルを消して一気に浩之を追い込んだ。
「んっ? ヤジマルチってゲームが上手いのか? 意外だな」
 浩之は一気に迫ってくる壁に対して、ブロックをこまめに消すことで冷静に対処しながら、矢島に答えた。
「こういうのって子供の方が上手いだろ、普通?」
「いや、俺の知っているマルチ、HMX−12の方な。あいつはすごく苦手だからさ」
 ブンッ! ゲージが一定まで貯まった浩之のキャラクターが必殺技を発動させる。
 その数秒後、矢島のキャラクターは一気に迫ってきた壁に画面の端まで吹き飛ばされて、白旗をあげた。
「く〜。負けちまった。なんだよ、初めてじゃないのか」
 コントローラを降ろしてくやしそうに言う矢島に、浩之は不敵な笑みを見せる。
「志保と毎日ゲーセンで対戦していたからな。ちょっとした腕だと思うぜ」
「ちなみに、いくら金をつぎ込んだんじゃよ?」
 自慢そうに言う浩之にヤジマルチは後ろからツッコミを入れた。
「うっ……6000円くらい」
「そんだけあれば、充分にこのゲームソフトが買えるんじゃよ。それで家に相手を呼んで、一緒に遊べばよかった
んじゃなかろうか?」
「そっ、そりゃそうなんだけどな」
「矢島。わしと代わってくだされ。この盆暗得露乃助に合理的精神ってものを叩き込んでやるんじゃよ」
 そうしてヤジマルチは矢島からコントローラを受け取ると、アンテナにかかった髪をかきあげ、浩之にむかって
不敵に微笑んだのだった。

 10分後。
 浩之の操るキャラクターは勢いよく壁に押し出されて、画面外に消えてしまっている。
 これは大差がついて負けた時に現れるアクションで、ヤジマルチのゲームの腕が浩之を大きく上回っている
ことを示していた。
「フッフッフッ。完勝なんじゃよ〜」
「嘘だろ? マルチなのに……」
 浩之はコントローラを握ったまま固まっている。相当ショックだったようだ。
「マルチの頭脳って超並列処理演算神経網コンピュータだっけ? 頭にそんなものを積んでいるんだから、
強いのは当たり前だろう」
 平然と言う矢島に、ヤジマルチはムキになって反論する。
「修練の賜物ですよ。コンピュータだから何でも得意っていうのは偏見なんじゃよ」
「そうだよなあ。マルチって得意なものは掃除くらいだし」
「HMX−12お姉さまはそれでいいんじゃよ。それにわしと同じ学習型ですから、いずれ上手になるはずですよ」
 浩之は首を捻りながら、ヤジマルチに質問を返した。
「ちなみに、どれくらいかかると思う? あいつ、さっぱり料理が上達しねえんだけど」
「計算では、十年くらいじゃろうか」
「「全然、学習型じゃねえ……」」
 矢島と浩之の声がハモる。
「料理人の道は厳しいんじゃよ。それまではミート煎餅で我慢……ギニャ!?」

「あうぅぅぅ……」

 外で、誰かが嗚咽を上げている。
「ひっ、ひどいですぅ。浩之さんまで……それは、私は料理は得意じゃありませんけど」
「私も、あれを料理と言い張るマルチさんに尊敬の念を覚えます」
 ヤジマルチは慌てて、二階にある矢島の部屋の窓から外を見た。
 そこに立っているのは、涙目のHMX-12プロトタイプ・マルチとHMX-13プロトタイプ・セリオ。
「はぅ、はうううううう!!」
「まっ、待ってくれ! マルチ!」
「待ってくだされ、お姉さまー! ここは殿中なんじゃよー!」
 悲嘆にくれて走り去るマルチ。それに追いすがろうとする浩之とヤジマルチ。

 ゴイン!

 そんな緊迫した場面の中、バットの音が高らかに響いた。
「見つけたですのな、ヤジマルチ! 今度こそ、引導を渡してやるですのな!」
 道路に倒れているマルチに胸を張って宣言したのは、バットを構えたナナマルチであった。
「ボケー! そいつはプロトお姉さまなんじゃよ! 一日に二回もお姉さまの頭をバットで殴るなんて
打ち首ものなんじゃよー!」
 二階から降りて外に出てきたヤジマルチに指摘されて、さすがのナナマルチの顔も青くなる。
「なっななななっ、なんですのな! そんなところに隠れていたんですのな!」
「いいかげんにするんじゃよー!!」
 バットを振り回すナナマルチに、ヤジマルチは臆せず突進する。
 ドス!
 ヤジマルチの頭突きが、ナナマルチの腹部に直撃した。


「えろう、すんません。うちのナナマルチが御迷惑をおかけしたみたいで」
 丸眼鏡の太った男、越後三郎が矢島に頭を下げている。
 気絶したナナマルチの扱いに困った矢島は、彼女が持っていた携帯電話で彼女の主人である
越後三郎を呼び出し、家に連れて帰ってもらうことにしたのだ。
 越後三郎は「どっこいしょ」と掛け声をかけて、ナナマルチを背負って家へと帰っていく。
「台風みたいな娘だったなあ……」
「滅茶苦茶なだけなんじゃよ」
 夕焼けの中に消えていく二人を見送りながら、矢島とヤジマルチの二人はポツリと感想をもらした。


「ウッ……ヤジマルチ! まだ終わってないですのな!」
「なんや、目覚ましたんか」
 越後三郎に背負われたままで目を覚ましたナナマルチは、自分がマスターにオンブされていることに
気付いてあわて始めた。
「おっ、おろしてくださいですのな! 三郎さんに御迷惑をかけられないですのなっ!」
「これぐらい気にせんでええ。それより、他人様に迷惑かけたらいかんだろ。おまえらしゅうもない」
「……だって、形式番号が違うと下取り価格が全然違うですのな」
 珍しく厳しい越後三郎の言葉に、ナナマルチの言葉が濁る。
「気にせんでええって言うたろ。おまえみたいに使える子を売るほど、うちは儲かってないさかいに」
「でも、保証期限が過ぎて壊れた後は……」
「一緒に墓に埋めてもらうさかい、下取り価格なんざどうでもいいねん。そやろ?」
「……はいな。ごめんなさいですのな」
「今度、一緒にあの子らに謝りにいこうな」
 ナナマルチは小さくうなずいて、三郎の背中に顔をうずめる。
 夕焼けが赤く、二人を照らしていた。


 その頃。
「はっ、はううう……」
「やっぱりマルチはこうじゃなくっちゃな」
 浩之はマルチと一緒に矢島の部屋でゲームをしながら、改めて「正統マルチ」のよさを確認して
いたりしていた。


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