>>>>>[Hoi! 舞い戻ってきてやったぜ、ゴロツキども!]<<<<< --Black-Clock >>>>>[無事だったのね……よかった]<<<<< --Tokihime >>>>>[Wa? 拾い食いでもしたのか、Tokihime? それともDeckheadか?]<<<<< --Black-Clock >>>>>[うん。そうかもね。他のみんなは大丈夫?]<<<<< --Tokihime >>>>>[なんかリズムが狂うな? Murasameはやられちまった。HIROSHIMAの線香臭いアークタワーっていう建物の中でさ、 Kozukaの仇の首を抱えて……そうだな、俺が初めて親父にサッカーボールを買ってもらった時みたいな嬉しそうな顔してさ、 血塗れになってぶっ倒れていたよ]<<<<< --Black-Clock >>>>>[僕らもボロボロですよ。行くんじゃなかった]<<<<< --Hyakko >>>>>[好奇心は猫を殺す。有名なことわざじゃな]<<<<< --Flame-Hammer >>>>>[俺は満足している。体に食い込んだ鉛弾が報酬だ]<<<<< --Rage-Horn >>>>>[で、俺様の生還と同じくらいにHappyなニュースがあるぜ。なんとTokihimeに続いて、俺様もSimsenseに デビューだ。HIROSHIMAローカルだけどな]<<<<< --Black-Clock >>>>>[おめでとう。頑張った甲斐があったね、Black-Clock]<<<<< --Tokihime >>>>>[Wa? マジで何かの中毒? まあ、これで俺もTokihimeと同じ舞台だ。もう、Third-Rateなんて言わせないぜ]<<<<< --Third-Rate >>>>>[あの猛烈な売り込みは、みんなに見せたくなるほどでしたよ。だって、「教団」の教祖アルテーに直談判するんですから。 ガーディアンやエンジェル達も、怒るのを通り越して笑っていました]<<<<< --Hyakko >>>>>[アサクラでの経験が生きている。どんな仕事でも、経歴は大事だ]<<<<< --Rage-Horn >>>>>[同じじゃないよ。あたし、もうSimsenseに出られないもん]<<<<< --Tokihime >>>>>[なにかあったのか?]<<<<< --Black-Clock >>>>>[メディア・プロデューサーに、番組に出してやるからJoytoyになれって言われてさ。パンチ食らわせて飛び出しちゃった。 アハハ、短い夢だったわ]<<<<< --Tokihime >>>>>[クソ野郎は、アサクラにもメディアにもいる。あきらめんなよ。寂しくなるぜ]<<<<< --Black-Clock >>>>>[そうだ、なんなら俺の相方になるか? って、もちろんジョークだけどよ]<<<<< --Black-Clock >>>>>[マジ? すぐにそっち行くから、アドレス送って]<<<<< --Tokihime >>>>>[Wa? Wa? 待て。そんなもん、いきなり教えられるか!? 今日は本当にどうかしているぜ、Tokihime]<<<<< --Black-Clock >>>>>[Black-Clockさんのアドレス、転送終わりました〜]<<<<< --Hyakko >>>>>[Hyaaaaaaaakkkooooooo!! なんてことしやがるっ!? 本当に女狐が俺のベッドに押しかけてきたら、 どうするつもりなんだよっ!?]<<<<< --Black-Clock >>>>>[ここからだと一時間もあれば着くかな。待っててね、Black-Clock]<<<<< --Tokihime >>>>>[??? 俺らがHIROSHIMAに行っている間に、新種のウイルスが発生したとか?]<<<<< --Black-Clock >>>>>[まあ、病には違いあるまいて。珍しいもんじゃないがな]<<<<< --Flame-Hammer >>>>>[迎え入れてやれ。Tokihimeはいい女だ]<<<<< --Rage-Horn >>>>>[そりゃ、SIMで見ているから知っているけどよ。リズムが狂いっぱなしだぜ、今日は]<<<<< --Black-Clock >>>>>[Ginya!! まだ、みんないるんじゃろか?]<<<<< --Multi >>>>>[遅いですよ、Multi。さっきまで、面白いものが見れたのに]<<<<< --Hyakko >>>>>[今、Taxiやっているから、暇なかったんじゃよ]<<<<< --Multi >>>>>[Taxi?]<<<<< --Hyakko Chatting from"NET-TENGOKU#674"(??:??:??/04-10-XX) ------------------------------------------------------------------------------------------------- 「東鳩ラン外伝/シャドウエッジ」 episode-10「融合」 カンツェロと佐野司祭を巡る一連の事件は、「3月事件」と名づけられた。同時期に、ディアブロ解放地区が撤廃され、 就業差別などの様々な不平等な規制が取り払われたので、後には「教団」とディアブロの和解という意味を込めて、 「融合事件」と呼ばれるようになった。 HIROSHIMAの各所を毛細血管のようにつないでいる立体道路。 そのガード下に、赤提灯が光っている。 屋台で、赤い顔をして酒を飲んでいるのは、尖った髪型をした男と着崩れたスーツを着た男。 尖った髪の男は、矢島である。 「……だからよ、藤田。そこで、俺は思いついたわけだよ。飛んじまえばいいってさ」 「矢島。その話は、もう八回目だぜぇ」 気持ちよさそうにフラフラと揺れながら、目付きの悪いスーツの男、藤田が矢島の肩を叩く。 「そうだったけ? いいんだよ。グレートランの話は何度聞いたってよ」 「そんなことよりよ。その仕事の前に逃がしてやっていた、ヤクザ・ボスの娘とはどうなったんだ?」 矢島は少し顔をしかめた後、コップの中の日本酒をあおった。 「連絡なんかねえよ。あったりまえだろ。それがランナーってもんなんだからよ」 「違うな、違うぞ、矢島。ランナーってのは、いい女は逃がさねえもんだ」 「うっせえ。逃がしたんじゃねえよ」 「俺が知っているだけで、逃した女は五十人ぐらいいたよな。あかりにもフラれたんじゃなかったか?」 指折り数えようとする藤田の顔に、矢島がパンチを入れた。 「やっかましい。おまえも、いい年して「なでる」とか「ふきる」とか言ってんじゃねえええ」 「やるか、この野郎ぉ」 酔っ払い二人が、ガード下で腰の入らないパンチの応酬を繰り広げている。 それを立体道路の柱の影から見ているのは、緑色のフォードRX-21と中に乗っている女性二人。 「何やってんじゃろ、あの二人?」 フォードRX-21に積まれた人工知能マルチが、呆れたように呟く。 「矢島君の友達みたい。本気の喧嘩じゃないから」 玲奈はウェーブがかった髪の乱れを気にしながら、矢島と藤田の喧嘩が終わるのを待っている。 「うん。浩之ちゃんと矢島君は友達だよ。ふふ、シアトルにいる頃とは別人みたい」 矢島も藤田も泥酔しているので、お互いに決定打は与えられないようだ。 ノックアウトよりも先に、オウンダウンで決着が着きそうである。 「そろそろ、とめに入ったほうがいいかしら?」 「もうすぐ終わるよ。浩之ちゃん、お酒強くないから」 パッセンジャーシートに座っている赤毛のストリートシャーマンの女性が宣言した通り、矢島と藤田はクロスカウンターで 自爆しあって、そのまま立体道路のガード下に倒れた。 「さて、うちの宿六を迎えに行ってくだされ。それで、運送料はなしにしときますから」 マルチに言われるまでもなく、玲奈と赤毛の女性は矢島と藤田を迎えに行く。 二人は、顔面にアザを作ってはいたが、幸せそうな顔をして、いびきをかいていた。 「アレイさん、そこにある報告書を取って。今日中にクライアントに結果を報告しないといけないから」 「はっ、はい。これでございましょうか?」 ボディアーマーを着ている少女アレイが、忙しそうにあたふたと働いている。その後ろで、鮮やかな手付きでタイプを 打っているのはユンナ。 恩赦によって「清潔な監獄」から釈放されたユンナは、「教団」のエンジェルを退職し、つい先日、探偵社を立ち上げた。 芳晴に紹介してもらったディアブロの少女、アレイは力が有り余り過ぎているのが難点だが、礼儀正しくて真面目なので、 ユンナは気に入っている。 「そう、それでいいわ。少し休んでいてもいいわよ」 「あっ、はい。では、お茶を入れてきますね……キャア!」 バキッ! アレイの悲鳴と、何かが壊れた音が聞こえる。 「あっ、あの……すみません、ユンナさん。また、やってしまいましたぁ」 また、探偵社に置いてある家具を蹴り壊してしまったのだろう。ユンナは修理代については考えないことにした。 どうせまた、壊される。 「Yah、Chmmer!」 探偵社の入口から、コリンの声が聞こえる。 また、差し入れに来てくれたのだろう。 「Hi、Chmmer!」 ユンナは、彼女にしては明るく弾んだ声で、コリンを迎えた。 「あの、これを頂けますか?」 「あいよ。彼女へのプレゼントだろ? ラッピングはかわいいのにしようか?」 アクセサリーショップで働いているのは、かわいらしい制服を着たイビル。同僚の店員に薦められて着せられたのだが、 やはり前の野球帽、TシャツにGパンというラフな格好の方が自分にあっている気がする。 「ええっと、人間の好みってわからなくて。お任せしていいでしょうか?」 イビルの前で赤くなっているのは、ディアブロの若者。平和になってから早速、人間の彼女をこしらえたらしい。 流行のラッピングシートでディアブロの若者が彼女のプレゼントに選んだアクセサリーを包装してやりながら、イビルはつぶやいた。 「まあ、猫でも人間の男を作る時代だしなあ」 「春らしくて、いい柄ですね。ありがとうございます」 ディアブロの若者はペコペコと頭を下げながら、アクセサリーショップから出て行く。 「イビルさん。休憩入っていいわよ」 「あいよ。それじゃ、よろしく頼みます」 アクセサリーを売っている自分の同僚も、今ではエキゾティックをつけた猫娘ではなく、人間の女性達だ。 「時代は変わったってか。まあ、楽してオマンマが食えるようになったのはいいけどよ」 自分も男を探そうかな、と思いながら、イビルは背を伸ばした。 「にゃーん。次はあそこの店いくにゃん」 「いいですね。ソースが最高なんですよ、あのお店は」 エキゾティックをつけた少女、たまの耳と尻尾が、ピコピコと嬉しそうに跳ねた。 「おっ、大食いチャレンジのメニューがあるにゃあ。30分で15人前食べればいいんだって」 「ふふふ。楽勝ですよ、そんなもの。夕食の前の軽い間食代が浮きましたね、たまさん」 「むにゃー。美味しい物が好きなだけ食べられるって最高にゃりん」 大食漢のガーディアンと、ディアブロの猫娘たま。 間も無く、この二人はHIROSHIMAの大食いチャレンジ食堂たちのブラックリストに載ることになる。 だが、そんなことには関係なく、二人は幸せそうに15人前の食事を平らげていた。 たまとガーディアン二人の腕には、赤い噛み傷が残っている。 「ディアブロとの融合で、HIROSHIMAがいい街になった。明るさに加えて活気がある。素晴らしいことじゃないか。なあ、スタンザ」 朗らかに笑っている老紳士の横で、黒人の女ガーディアンは珍しく微笑みを見せた。 「アルテー様とディアブロの貴族達の活躍のおかげですね。犯罪率は、以前よりも低下しています」 「これからは人間とディアブロの両方を守らなくてはいけない。ちょうどいいバランスだな」 「はい、望ましい状態です」 以前はディアブロ解放地区と呼ばれていたスラム。だが、そこでは早くも再開発が始まっており、建物の周りに組まれた足場の上で、 人間とメタヒューマンがHIROSHIMAの新しい場所を作ろうと忙しそうに働いている。 長年の夢が適ったパジェントリーは、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。 「エビル先生。怪我しているの? 大丈夫?」 自分と遊んでいるエビルの肩に、赤い噛み傷を見つけて、トロールの男の子シュラムは心配そうに声をかけた。 「こっ、これは怪我じゃない。大丈夫だ、心配するな」 エビルは慌てて、運動でずれた服の肩紐を直す。 赤い顔のエビルの横で、人間の女の子克美が、ませた口調でシュラムを注意する。 「駄目だよ、シュラム。そういうのは見てない振りしないと駄目だって、他の先生が言っていたよ」 「でも、克美ちゃん。怪我すると痛いよ。それに、困っている人を見捨てるなって、アルテー様がいつも言っているじゃないか」 「えっとね。お姉ちゃん達の種族では、愛の証なんだって。あたしもシュラムを噛んであげようか?」 「だっ、駄目だ。おまえ達にはまだ早すぎるっ!」 冗談を真剣に止めるエビルを、シュラムと克美の二人は不思議そうに見つめた。 「エビル先生。なにが早いの?」 「うん。あたしもわかんない」 孤児院の子供達二人の瞳は、あくまで純真である。 「あっ、うっ……」 次回の出勤からは、もっと厚着をして来よう。 エビルは言葉に詰まりながら、そう思った。 「ふーん。ところで、芳晴君とはどうなったの?」 プッ! ユンナに唐突に質問をされたコリンが、口にしていたクリームもみじ饅頭を吹き出した。 「あら、あら。大変ですわ」 あわてて、アレイが探偵社に置かれている机の上を拭いている。 「どっ、どうしたも、こうしたも……芳晴とあたしは、前と変わっていないわよ」 そう言いながらも、コリンはユンナに何かを悟られまいとして、目を逸らしていた。 ユンナは獲物を追い詰めた猫のような笑顔を浮かべて、探偵社のソファーに座っているコリンの側に近づいた。 「んっと、あんたのことだから、ここらへんじゃないかな?」 グイッ! コリンが着ていた服をユンナが思いっきり引っ張る。 「きゃああ! なっ、なにすんのよ、ユンナッ!」 「うわっ、いっぱいあるわね。しかも、大きさが違う。たぶん、芳晴君とエビルさん二人のじゃないかしら?」 コリンの肩に付いている、たくさんの赤い噛み傷を見て、ユンナは呆れたようだった。 「私達ディアブロでは、そんなに珍しいことではありません。エビルさんはコリンさんのことを大変に気に入って らっしゃっていましたから、むしろ自然なことでしょう」 アレイの言葉に、ユンナは納得したように肯いたが、コリンは顔を赤く染めて、慌てて言いつくろっている。 「あっ、あたしから噛んだことはないよ、一度も。うんっ!」 まだ、コリンはディアブロの「文化」に慣れていないようだ。 「時間の問題でしょう、そんなの」 「あっ、あううぅぅ……」 ユンナに意地悪く言われて、コリンは小さくなっている。 「やれやれ。男日照りは、私とアレイだけになっちゃったわね」 「ルミラ様がいらっしゃいますから、まだ大丈夫ですよぉ」 明るく答えるアレイ。 ユンナは、赤くなって縮こまっているコリンの肩を抱いて、楽しそうに笑った。 シュボっ! 尾河司祭がくわえている煙草に、レオニダスがライターで火をつけてやった。 「すまないな、戦士」 「今日からはあんたが俺の上官ダ。礼には及バナイ」 今度は、レオニダスがくわえた煙草に、尾河が火をつける。 「それで、どういう心境だ? 今まで、自分達を苦しめていた「教団」の治安部隊に入りたいだなんて?」 尾河の質問に、レオニダスはいつもの淡々とした口調で答えた。 「戦いで飯が食エル。それに、あんたらのボスの言うことが気ニ入ッタ。彼女の償いが終わるまで、守ってヤリタクナッタ」 「アルテー様のおっしゃった、「自分もまた、罰せられるべきです」という御言葉か。あれはいい演説だった。記録してあるよ」 「複製シテクレ。暗記しようと思ウ。あれは、ディアブロにとっても記念すべき演説ダッタ」 「信仰心の厚い部下だ。歓迎するぜ」 尾河とレオニダスが吹かした煙草の煙が、空中で交じり合う。 治安部隊が駐屯している場所のそこかしこで、同様の風景が見られた。 アークタワー最深部、煉獄。 アルテーから特別の許可を受けている芳晴は、今日も日の光が差すことのない、暗闇に覆われた場所にやって来た。 「番号照合終了。Sランク・ガーディアン、城戸芳晴の入室を許可します」 温かみのないマシンボイス。 芳晴は静かに、彼女が閉じ込められている部屋へと入った。 花畑。 人工灯と培養液で育てられた花で埋め尽くされた、広くて明るいけれど、どこか空虚な感じの漂う部屋。 シュルン、シュルン、シュルン……。 そこに、お手玉のように長剣を舞わして遊んでいる少女がいる。 白ずくめの囚人服を着ている、真っ白な髪の少女。 那美だった。 タイザンに急所を刺されはしたが、佐野が長年研究し続けたバイオウェアの再生能力により、彼女は奇跡的に命をとどめた。 スクワッター百余人を殺傷した彼女は、本来ならば、分解されて研究室に戻されるところであったが、事件を解決に導いたことによる恩赦と ディアブロの貴族達の要請により、煉獄でも最も浅い場所に幽閉されるだけで許された。 釈放される時は、未だ決まっていない。 「……ヨシハル。来てくれたんだ」 自分の下に嬉しそうな笑顔で駆け寄ってくる那美を、芳晴は悲しい思いで見つめていた。 那美が多くの無辜の民を殺してしまったのは事実だ。 だが、それは操られてのことではなかったのか。 「……どうしたの、ヨシハル?」 HIROSHIMAは平和になり、一層活気に満ちた街になりつつある。 だが、人形として繰られていた少女、那美は、その光を浴びることもできないまま、この作り物の世界で年老いていくのだろうか? 「……悲しまなくていい、ヨシハル」 自分の目の前にいる青年が何を考えているのかを察したのか、那美は芳晴の目を見て言った。 「……ここは静かで寂しいけれど、私を鎖でつなぐ人はいない」 那美を繋ぐ鎖はなくなった。だが、未だ、彼女に自由はない。 芳晴は、そのことが悲しかった。 「……それに、ヨシハルが来てくれる。それが、何よりも嬉しいから」 「那美。ごめんな」 彼女に本物の日の光が当たるまで。 せめて、それまでは自分が日の光でいよう。 芳晴は、那美の頭を胸に抱いたまま、彼女の小さな体に自分の体温が移るのを待っている。 「……大丈夫、大丈夫だよ、ヨシハル」 那美は心地よさそうに目をつぶったまま、芳晴にささやき続けていた。 アークタワー最上階、「聖殿」。 アルテーの居室である青尽くめの部屋に、黒装束の男がいる。 ニンジャ・アーティスト、フェザーだった。 「依頼内容は全て終了。報酬の振込みも確認したでござる」 「ありがとうございます、フェザーさん。おかげで、HIROSHIMAもようやく一歩を踏み出すことができました」 「聖女というのも、なかなか疲れるものでござるな。では、またのご依頼をお待ちしているでござる」 フェザーはアルテーに一礼して「聖殿」を出て行こうとしたが、何かに気付いてカタナに手をかけた。 「待って下さい。その方は客人です」 「その女、殺気に満ちている。だが、あなたがそうおっしゃるのなら、俺はこのまま去ろう」 フェザーはカタナにかけていた手を下ろすと、そのまま「聖殿」から出て行った。 「聖殿」の青ずくめの壁。 そこに、霞が晴れるかのように、時間をかけて輪郭を整えながら、紫の髪をした女性、ルミラが現れた。 「随分と舐められたものね。警備装置も、私の侵入に合わせて眠らせておいたでしょう?」 「あなたを追い払う必要はありませんから」 アルテーは椅子に腰掛けながら、自分に銃を突きつけているルミラの言った。 「むしろ、どうして、もっと早く来てくれなかったのか、不思議に思っていたのです」 「あんたに鉛弾をブチ込めるほど、暇じゃなかったのよ」 ルミラの顔は、憎悪と怒り、そして、それ以外の何かの感情が入り混じって、複雑な表情を形成していた。 「父様を殺し、ディアブロをスラムに押し込め、「教団」を思うがままに操り……さぞ、いい気分だったでしょうね」 「あなたの父デュラルは、あまりにも急ぎ過ぎていました。私達ディアブロが昆虫と同程度に危険視されていた当時、あのまま人間との和解を 果たしていれば、現在以上のメガコーポの干渉があったでしょう」 「理屈は聞きたくないわ。父様の命も、反動勢力の野心も、企業の損得勘定でさえも、あなたからすれば、操り人形の一つに過ぎないんでしょう?」 アルテーは、静かに自分の瞳に手を当てる。そして、アイカバーを外して、ルミラに赤い瞳を見せた。 それは、まごうことなく、「教団」の教祖アルテーがディアブロであることを示していた。 「いまさら、なんのつもりよ」 ディアブロの証拠を憎んでいた女アルテーが自ら示したことに、ルミラは困惑している。 「私の役目は終わりました。デュラルの描いていた夢、人間とディアブロの共存は果たされました。まだ、多くの課題が残されていますが、私が育てた子供達と あなたが育てた子供達は、それらを乗り越えていけるでしょう」 ルミラの指が、銃のトリガーにかかる。 そのまま、いくらかの時間が過ぎた。 ルミラもアルテーも、彫像のように動こうとはしない。 「……やめた」 突きつけた銃を下ろし、ルミラはアルテーに背中を向ける。 「私を裁いてはくれないのですか、ルミラ?」 悲しみのこもった声が、ルミラの尖った耳を揺らす。 「どうせ、私に撃ち殺されることだって予測のうちなんでしょう? 操られるのはごめんよ」 「ごめんなさい、ルミラ。でも、私には選ぶことしかできなかった」 「わかっているわ、母さん」 背中を向けたままで響く、ルミラの声。 「ルミラ……」 アルテーの手が、去っていくルミラを止めようと空中に差し出された。 だが、そのまま、彼女の体が前に踏み出されることはなかった。 アルテーは再び、青いアイカバーを自分の赤い瞳にはめる。 聖女として、HIROSHIMAを導くために。 人気のないストリートの一角。 コリンは、時計を気にしながらパートナーがやってくるのを待っている。 「こぉら、芳晴。五分の遅刻だよ」 「悪い。遅れちまった」 「融合のおかげで、ディアブロと喧嘩をしなくてよくなったけど、まだHIROSHIMAには悪い奴がたくさんいるんだから。 ガーディアンのあんたまで平和ボケしちゃだめよ」 カプッ。 「ひいっ」 芳晴に説教をしていたコリンの肩を、誰かが背中から噛んでいる。 「見回りの手伝いに来た。芳晴、コリン」 コリンの肩を優しく噛んでいたのは、エビルであった。 コリンは背中のエビルを振り払い、自分の肩の噛み傷に息を吹きかけながら、あせり気味にまくしたてる。 「やっ、やめてってば。いきなり噛むのっ! っていうか、ことわってからも禁止! 芳晴と一緒にいたいのなら、あたし、 今日の見回り休むからさ。ね、エビルさん?」 「芳晴と、コリンの手伝いをしに来たんだ」 「芳晴〜。なんとかしてよぉ」 涙目になっているコリンのおでこを、芳晴は笑いながら指で弾く。 「これも融合ってやつだ。理解しろよ」 「あんたは抵抗ないでしょうけどさっ……って、だから、あたしを噛まないでってば、エビルさんっ!?」 人気のないストリートが、三人の声で騒がしくなる。 嵐が通り過ぎ、HIROSHIMAの夜は騒がしくなった。 望むべき平和が来たのか、それともそれが仮初めの安楽なのか、まだ誰にもわからない。 だが、変革の時代が来たことだけは、HIROSHIMAに住む人間、ディアブロ、メタヒューマン全てが気付いていた。 よどんでいた空気が、風に押し流されていく。 新しいストリートが生まれようとしていた。 そこに出来る光と影は、また別の物語を生み出すだろう。 「東鳩ラン外伝/シャドウエッジ」 THE END. . ----------------------------------------------------------------------------------------------- Glossary of Slang l005.Deckhead………Simsence中毒者のこと。ここでいうSimsenceとはメディアよりは、麻薬という意味に近い。 l034.Joytoy…………サイバーウェアによって、顧客の満足を高めている娼婦、愛人のこと。 ここでは、単純に「愛人」「ペット」という意味。 l302.昆虫……………虫のトーテムのこと。人類の敵。http://www.urban.ne.jp/home/aiaus/