東鳩ラン外伝/シャドウエッジ LAST-Episode 投稿者:AIAUS 投稿日:3月20日(火)01時39分
>>>>>[Hoi! 舞い戻ってきてやったぜ、ゴロツキども!]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[無事だったのね……よかった]<<<<<
--Tokihime

>>>>>[Wa? 拾い食いでもしたのか、Tokihime? それともDeckheadか?]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[うん。そうかもね。他のみんなは大丈夫?]<<<<<
--Tokihime

>>>>>[なんかリズムが狂うな? Murasameはやられちまった。HIROSHIMAの線香臭いアークタワーっていう建物の中でさ、
Kozukaの仇の首を抱えて……そうだな、俺が初めて親父にサッカーボールを買ってもらった時みたいな嬉しそうな顔してさ、
血塗れになってぶっ倒れていたよ]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[僕らもボロボロですよ。行くんじゃなかった]<<<<<
--Hyakko

>>>>>[好奇心は猫を殺す。有名なことわざじゃな]<<<<<
--Flame-Hammer

>>>>>[俺は満足している。体に食い込んだ鉛弾が報酬だ]<<<<<
--Rage-Horn

>>>>>[で、俺様の生還と同じくらいにHappyなニュースがあるぜ。なんとTokihimeに続いて、俺様もSimsenseに
デビューだ。HIROSHIMAローカルだけどな]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[おめでとう。頑張った甲斐があったね、Black-Clock]<<<<<
--Tokihime

>>>>>[Wa? マジで何かの中毒? まあ、これで俺もTokihimeと同じ舞台だ。もう、Third-Rateなんて言わせないぜ]<<<<<
--Third-Rate

>>>>>[あの猛烈な売り込みは、みんなに見せたくなるほどでしたよ。だって、「教団」の教祖アルテーに直談判するんですから。
ガーディアンやエンジェル達も、怒るのを通り越して笑っていました]<<<<<
--Hyakko

>>>>>[アサクラでの経験が生きている。どんな仕事でも、経歴は大事だ]<<<<<
--Rage-Horn

>>>>>[同じじゃないよ。あたし、もうSimsenseに出られないもん]<<<<<
--Tokihime

>>>>>[なにかあったのか?]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[メディア・プロデューサーに、番組に出してやるからJoytoyになれって言われてさ。パンチ食らわせて飛び出しちゃった。
アハハ、短い夢だったわ]<<<<<
--Tokihime

>>>>>[クソ野郎は、アサクラにもメディアにもいる。あきらめんなよ。寂しくなるぜ]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[そうだ、なんなら俺の相方になるか? って、もちろんジョークだけどよ]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[マジ? すぐにそっち行くから、アドレス送って]<<<<<
--Tokihime

>>>>>[Wa? Wa? 待て。そんなもん、いきなり教えられるか!? 今日は本当にどうかしているぜ、Tokihime]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[Black-Clockさんのアドレス、転送終わりました〜]<<<<<
--Hyakko

>>>>>[Hyaaaaaaaakkkooooooo!! なんてことしやがるっ!? 本当に女狐が俺のベッドに押しかけてきたら、
どうするつもりなんだよっ!?]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[ここからだと一時間もあれば着くかな。待っててね、Black-Clock]<<<<<
--Tokihime

>>>>>[??? 俺らがHIROSHIMAに行っている間に、新種のウイルスが発生したとか?]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[まあ、病には違いあるまいて。珍しいもんじゃないがな]<<<<<
--Flame-Hammer

>>>>>[迎え入れてやれ。Tokihimeはいい女だ]<<<<<
--Rage-Horn

>>>>>[そりゃ、SIMで見ているから知っているけどよ。リズムが狂いっぱなしだぜ、今日は]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[Ginya!! まだ、みんないるんじゃろか?]<<<<<
--Multi

>>>>>[遅いですよ、Multi。さっきまで、面白いものが見れたのに]<<<<<
--Hyakko

>>>>>[今、Taxiやっているから、暇なかったんじゃよ]<<<<<
--Multi

>>>>>[Taxi?]<<<<<
--Hyakko

   Chatting from"NET-TENGOKU#674"(??:??:??/04-10-XX) 

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   「東鳩ラン外伝/シャドウエッジ」


 episode-10「融合」


 カンツェロと佐野司祭を巡る一連の事件は、「3月事件」と名づけられた。同時期に、ディアブロ解放地区が撤廃され、
就業差別などの様々な不平等な規制が取り払われたので、後には「教団」とディアブロの和解という意味を込めて、
「融合事件」と呼ばれるようになった。


 HIROSHIMAの各所を毛細血管のようにつないでいる立体道路。
 そのガード下に、赤提灯が光っている。
 屋台で、赤い顔をして酒を飲んでいるのは、尖った髪型をした男と着崩れたスーツを着た男。
 尖った髪の男は、矢島である。
「……だからよ、藤田。そこで、俺は思いついたわけだよ。飛んじまえばいいってさ」
「矢島。その話は、もう八回目だぜぇ」
 気持ちよさそうにフラフラと揺れながら、目付きの悪いスーツの男、藤田が矢島の肩を叩く。
「そうだったけ? いいんだよ。グレートランの話は何度聞いたってよ」
「そんなことよりよ。その仕事の前に逃がしてやっていた、ヤクザ・ボスの娘とはどうなったんだ?」
 矢島は少し顔をしかめた後、コップの中の日本酒をあおった。
「連絡なんかねえよ。あったりまえだろ。それがランナーってもんなんだからよ」
「違うな、違うぞ、矢島。ランナーってのは、いい女は逃がさねえもんだ」
「うっせえ。逃がしたんじゃねえよ」
「俺が知っているだけで、逃した女は五十人ぐらいいたよな。あかりにもフラれたんじゃなかったか?」
 指折り数えようとする藤田の顔に、矢島がパンチを入れた。
「やっかましい。おまえも、いい年して「なでる」とか「ふきる」とか言ってんじゃねえええ」
「やるか、この野郎ぉ」
 酔っ払い二人が、ガード下で腰の入らないパンチの応酬を繰り広げている。
 それを立体道路の柱の影から見ているのは、緑色のフォードRX-21と中に乗っている女性二人。
「何やってんじゃろ、あの二人?」
 フォードRX-21に積まれた人工知能マルチが、呆れたように呟く。
「矢島君の友達みたい。本気の喧嘩じゃないから」
 玲奈はウェーブがかった髪の乱れを気にしながら、矢島と藤田の喧嘩が終わるのを待っている。
「うん。浩之ちゃんと矢島君は友達だよ。ふふ、シアトルにいる頃とは別人みたい」
 矢島も藤田も泥酔しているので、お互いに決定打は与えられないようだ。
 ノックアウトよりも先に、オウンダウンで決着が着きそうである。
「そろそろ、とめに入ったほうがいいかしら?」
「もうすぐ終わるよ。浩之ちゃん、お酒強くないから」
 パッセンジャーシートに座っている赤毛のストリートシャーマンの女性が宣言した通り、矢島と藤田はクロスカウンターで
自爆しあって、そのまま立体道路のガード下に倒れた。
「さて、うちの宿六を迎えに行ってくだされ。それで、運送料はなしにしときますから」
 マルチに言われるまでもなく、玲奈と赤毛の女性は矢島と藤田を迎えに行く。
 二人は、顔面にアザを作ってはいたが、幸せそうな顔をして、いびきをかいていた。


「アレイさん、そこにある報告書を取って。今日中にクライアントに結果を報告しないといけないから」
「はっ、はい。これでございましょうか?」
 ボディアーマーを着ている少女アレイが、忙しそうにあたふたと働いている。その後ろで、鮮やかな手付きでタイプを
打っているのはユンナ。
 恩赦によって「清潔な監獄」から釈放されたユンナは、「教団」のエンジェルを退職し、つい先日、探偵社を立ち上げた。
 芳晴に紹介してもらったディアブロの少女、アレイは力が有り余り過ぎているのが難点だが、礼儀正しくて真面目なので、
ユンナは気に入っている。
「そう、それでいいわ。少し休んでいてもいいわよ」
「あっ、はい。では、お茶を入れてきますね……キャア!」
 バキッ!
 アレイの悲鳴と、何かが壊れた音が聞こえる。
「あっ、あの……すみません、ユンナさん。また、やってしまいましたぁ」
 また、探偵社に置いてある家具を蹴り壊してしまったのだろう。ユンナは修理代については考えないことにした。
 どうせまた、壊される。
「Yah、Chmmer!」
 探偵社の入口から、コリンの声が聞こえる。
 また、差し入れに来てくれたのだろう。
「Hi、Chmmer!」
 ユンナは、彼女にしては明るく弾んだ声で、コリンを迎えた。


「あの、これを頂けますか?」
「あいよ。彼女へのプレゼントだろ? ラッピングはかわいいのにしようか?」
 アクセサリーショップで働いているのは、かわいらしい制服を着たイビル。同僚の店員に薦められて着せられたのだが、
やはり前の野球帽、TシャツにGパンというラフな格好の方が自分にあっている気がする。
「ええっと、人間の好みってわからなくて。お任せしていいでしょうか?」
 イビルの前で赤くなっているのは、ディアブロの若者。平和になってから早速、人間の彼女をこしらえたらしい。
 流行のラッピングシートでディアブロの若者が彼女のプレゼントに選んだアクセサリーを包装してやりながら、イビルはつぶやいた。
「まあ、猫でも人間の男を作る時代だしなあ」
「春らしくて、いい柄ですね。ありがとうございます」
 ディアブロの若者はペコペコと頭を下げながら、アクセサリーショップから出て行く。
「イビルさん。休憩入っていいわよ」
「あいよ。それじゃ、よろしく頼みます」
 アクセサリーを売っている自分の同僚も、今ではエキゾティックをつけた猫娘ではなく、人間の女性達だ。
「時代は変わったってか。まあ、楽してオマンマが食えるようになったのはいいけどよ」
 自分も男を探そうかな、と思いながら、イビルは背を伸ばした。


「にゃーん。次はあそこの店いくにゃん」
「いいですね。ソースが最高なんですよ、あのお店は」
 エキゾティックをつけた少女、たまの耳と尻尾が、ピコピコと嬉しそうに跳ねた。
「おっ、大食いチャレンジのメニューがあるにゃあ。30分で15人前食べればいいんだって」
「ふふふ。楽勝ですよ、そんなもの。夕食の前の軽い間食代が浮きましたね、たまさん」
「むにゃー。美味しい物が好きなだけ食べられるって最高にゃりん」
 大食漢のガーディアンと、ディアブロの猫娘たま。
 間も無く、この二人はHIROSHIMAの大食いチャレンジ食堂たちのブラックリストに載ることになる。
 だが、そんなことには関係なく、二人は幸せそうに15人前の食事を平らげていた。
 たまとガーディアン二人の腕には、赤い噛み傷が残っている。


「ディアブロとの融合で、HIROSHIMAがいい街になった。明るさに加えて活気がある。素晴らしいことじゃないか。なあ、スタンザ」
 朗らかに笑っている老紳士の横で、黒人の女ガーディアンは珍しく微笑みを見せた。
「アルテー様とディアブロの貴族達の活躍のおかげですね。犯罪率は、以前よりも低下しています」
「これからは人間とディアブロの両方を守らなくてはいけない。ちょうどいいバランスだな」
「はい、望ましい状態です」
 以前はディアブロ解放地区と呼ばれていたスラム。だが、そこでは早くも再開発が始まっており、建物の周りに組まれた足場の上で、
人間とメタヒューマンがHIROSHIMAの新しい場所を作ろうと忙しそうに働いている。
 長年の夢が適ったパジェントリーは、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


「エビル先生。怪我しているの? 大丈夫?」
 自分と遊んでいるエビルの肩に、赤い噛み傷を見つけて、トロールの男の子シュラムは心配そうに声をかけた。
「こっ、これは怪我じゃない。大丈夫だ、心配するな」
 エビルは慌てて、運動でずれた服の肩紐を直す。
 赤い顔のエビルの横で、人間の女の子克美が、ませた口調でシュラムを注意する。
「駄目だよ、シュラム。そういうのは見てない振りしないと駄目だって、他の先生が言っていたよ」
「でも、克美ちゃん。怪我すると痛いよ。それに、困っている人を見捨てるなって、アルテー様がいつも言っているじゃないか」
「えっとね。お姉ちゃん達の種族では、愛の証なんだって。あたしもシュラムを噛んであげようか?」
「だっ、駄目だ。おまえ達にはまだ早すぎるっ!」
 冗談を真剣に止めるエビルを、シュラムと克美の二人は不思議そうに見つめた。
「エビル先生。なにが早いの?」
「うん。あたしもわかんない」
 孤児院の子供達二人の瞳は、あくまで純真である。
「あっ、うっ……」
 次回の出勤からは、もっと厚着をして来よう。
 エビルは言葉に詰まりながら、そう思った。


「ふーん。ところで、芳晴君とはどうなったの?」
 プッ!
 ユンナに唐突に質問をされたコリンが、口にしていたクリームもみじ饅頭を吹き出した。
「あら、あら。大変ですわ」
 あわてて、アレイが探偵社に置かれている机の上を拭いている。
「どっ、どうしたも、こうしたも……芳晴とあたしは、前と変わっていないわよ」
 そう言いながらも、コリンはユンナに何かを悟られまいとして、目を逸らしていた。
 ユンナは獲物を追い詰めた猫のような笑顔を浮かべて、探偵社のソファーに座っているコリンの側に近づいた。
「んっと、あんたのことだから、ここらへんじゃないかな?」
 グイッ!
 コリンが着ていた服をユンナが思いっきり引っ張る。
「きゃああ! なっ、なにすんのよ、ユンナッ!」
「うわっ、いっぱいあるわね。しかも、大きさが違う。たぶん、芳晴君とエビルさん二人のじゃないかしら?」
 コリンの肩に付いている、たくさんの赤い噛み傷を見て、ユンナは呆れたようだった。
「私達ディアブロでは、そんなに珍しいことではありません。エビルさんはコリンさんのことを大変に気に入って
らっしゃっていましたから、むしろ自然なことでしょう」
 アレイの言葉に、ユンナは納得したように肯いたが、コリンは顔を赤く染めて、慌てて言いつくろっている。
「あっ、あたしから噛んだことはないよ、一度も。うんっ!」
 まだ、コリンはディアブロの「文化」に慣れていないようだ。
「時間の問題でしょう、そんなの」
「あっ、あううぅぅ……」
 ユンナに意地悪く言われて、コリンは小さくなっている。
「やれやれ。男日照りは、私とアレイだけになっちゃったわね」
「ルミラ様がいらっしゃいますから、まだ大丈夫ですよぉ」
 明るく答えるアレイ。
 ユンナは、赤くなって縮こまっているコリンの肩を抱いて、楽しそうに笑った。


 シュボっ!
 尾河司祭がくわえている煙草に、レオニダスがライターで火をつけてやった。
「すまないな、戦士」
「今日からはあんたが俺の上官ダ。礼には及バナイ」
 今度は、レオニダスがくわえた煙草に、尾河が火をつける。
「それで、どういう心境だ? 今まで、自分達を苦しめていた「教団」の治安部隊に入りたいだなんて?」
 尾河の質問に、レオニダスはいつもの淡々とした口調で答えた。
「戦いで飯が食エル。それに、あんたらのボスの言うことが気ニ入ッタ。彼女の償いが終わるまで、守ってヤリタクナッタ」
「アルテー様のおっしゃった、「自分もまた、罰せられるべきです」という御言葉か。あれはいい演説だった。記録してあるよ」
「複製シテクレ。暗記しようと思ウ。あれは、ディアブロにとっても記念すべき演説ダッタ」
「信仰心の厚い部下だ。歓迎するぜ」
 尾河とレオニダスが吹かした煙草の煙が、空中で交じり合う。
 治安部隊が駐屯している場所のそこかしこで、同様の風景が見られた。


 アークタワー最深部、煉獄。
 アルテーから特別の許可を受けている芳晴は、今日も日の光が差すことのない、暗闇に覆われた場所にやって来た。
「番号照合終了。Sランク・ガーディアン、城戸芳晴の入室を許可します」
 温かみのないマシンボイス。
 芳晴は静かに、彼女が閉じ込められている部屋へと入った。

 花畑。
 人工灯と培養液で育てられた花で埋め尽くされた、広くて明るいけれど、どこか空虚な感じの漂う部屋。
 シュルン、シュルン、シュルン……。
 そこに、お手玉のように長剣を舞わして遊んでいる少女がいる。
 白ずくめの囚人服を着ている、真っ白な髪の少女。
 那美だった。
 タイザンに急所を刺されはしたが、佐野が長年研究し続けたバイオウェアの再生能力により、彼女は奇跡的に命をとどめた。
 スクワッター百余人を殺傷した彼女は、本来ならば、分解されて研究室に戻されるところであったが、事件を解決に導いたことによる恩赦と
ディアブロの貴族達の要請により、煉獄でも最も浅い場所に幽閉されるだけで許された。
 釈放される時は、未だ決まっていない。
「……ヨシハル。来てくれたんだ」
 自分の下に嬉しそうな笑顔で駆け寄ってくる那美を、芳晴は悲しい思いで見つめていた。
 那美が多くの無辜の民を殺してしまったのは事実だ。
 だが、それは操られてのことではなかったのか。
「……どうしたの、ヨシハル?」
 HIROSHIMAは平和になり、一層活気に満ちた街になりつつある。
 だが、人形として繰られていた少女、那美は、その光を浴びることもできないまま、この作り物の世界で年老いていくのだろうか?
「……悲しまなくていい、ヨシハル」
 自分の目の前にいる青年が何を考えているのかを察したのか、那美は芳晴の目を見て言った。
「……ここは静かで寂しいけれど、私を鎖でつなぐ人はいない」
 那美を繋ぐ鎖はなくなった。だが、未だ、彼女に自由はない。
 芳晴は、そのことが悲しかった。
「……それに、ヨシハルが来てくれる。それが、何よりも嬉しいから」
「那美。ごめんな」
 彼女に本物の日の光が当たるまで。
 せめて、それまでは自分が日の光でいよう。
 芳晴は、那美の頭を胸に抱いたまま、彼女の小さな体に自分の体温が移るのを待っている。
「……大丈夫、大丈夫だよ、ヨシハル」
 那美は心地よさそうに目をつぶったまま、芳晴にささやき続けていた。


 アークタワー最上階、「聖殿」。
 アルテーの居室である青尽くめの部屋に、黒装束の男がいる。
 ニンジャ・アーティスト、フェザーだった。
「依頼内容は全て終了。報酬の振込みも確認したでござる」
「ありがとうございます、フェザーさん。おかげで、HIROSHIMAもようやく一歩を踏み出すことができました」
「聖女というのも、なかなか疲れるものでござるな。では、またのご依頼をお待ちしているでござる」
 フェザーはアルテーに一礼して「聖殿」を出て行こうとしたが、何かに気付いてカタナに手をかけた。
「待って下さい。その方は客人です」
「その女、殺気に満ちている。だが、あなたがそうおっしゃるのなら、俺はこのまま去ろう」
 フェザーはカタナにかけていた手を下ろすと、そのまま「聖殿」から出て行った。
 「聖殿」の青ずくめの壁。
 そこに、霞が晴れるかのように、時間をかけて輪郭を整えながら、紫の髪をした女性、ルミラが現れた。

「随分と舐められたものね。警備装置も、私の侵入に合わせて眠らせておいたでしょう?」
「あなたを追い払う必要はありませんから」
 アルテーは椅子に腰掛けながら、自分に銃を突きつけているルミラの言った。
「むしろ、どうして、もっと早く来てくれなかったのか、不思議に思っていたのです」
「あんたに鉛弾をブチ込めるほど、暇じゃなかったのよ」
 ルミラの顔は、憎悪と怒り、そして、それ以外の何かの感情が入り混じって、複雑な表情を形成していた。
「父様を殺し、ディアブロをスラムに押し込め、「教団」を思うがままに操り……さぞ、いい気分だったでしょうね」
「あなたの父デュラルは、あまりにも急ぎ過ぎていました。私達ディアブロが昆虫と同程度に危険視されていた当時、あのまま人間との和解を
果たしていれば、現在以上のメガコーポの干渉があったでしょう」
「理屈は聞きたくないわ。父様の命も、反動勢力の野心も、企業の損得勘定でさえも、あなたからすれば、操り人形の一つに過ぎないんでしょう?」
 アルテーは、静かに自分の瞳に手を当てる。そして、アイカバーを外して、ルミラに赤い瞳を見せた。
 それは、まごうことなく、「教団」の教祖アルテーがディアブロであることを示していた。
「いまさら、なんのつもりよ」
 ディアブロの証拠を憎んでいた女アルテーが自ら示したことに、ルミラは困惑している。
「私の役目は終わりました。デュラルの描いていた夢、人間とディアブロの共存は果たされました。まだ、多くの課題が残されていますが、私が育てた子供達と
あなたが育てた子供達は、それらを乗り越えていけるでしょう」
 ルミラの指が、銃のトリガーにかかる。

 そのまま、いくらかの時間が過ぎた。
 ルミラもアルテーも、彫像のように動こうとはしない。

「……やめた」
 突きつけた銃を下ろし、ルミラはアルテーに背中を向ける。
「私を裁いてはくれないのですか、ルミラ?」
 悲しみのこもった声が、ルミラの尖った耳を揺らす。
「どうせ、私に撃ち殺されることだって予測のうちなんでしょう? 操られるのはごめんよ」
「ごめんなさい、ルミラ。でも、私には選ぶことしかできなかった」

「わかっているわ、母さん」
 背中を向けたままで響く、ルミラの声。

「ルミラ……」
 アルテーの手が、去っていくルミラを止めようと空中に差し出された。
 だが、そのまま、彼女の体が前に踏み出されることはなかった。
 アルテーは再び、青いアイカバーを自分の赤い瞳にはめる。
 聖女として、HIROSHIMAを導くために。


 人気のないストリートの一角。
 コリンは、時計を気にしながらパートナーがやってくるのを待っている。
「こぉら、芳晴。五分の遅刻だよ」
「悪い。遅れちまった」
「融合のおかげで、ディアブロと喧嘩をしなくてよくなったけど、まだHIROSHIMAには悪い奴がたくさんいるんだから。
ガーディアンのあんたまで平和ボケしちゃだめよ」
 カプッ。
「ひいっ」
 芳晴に説教をしていたコリンの肩を、誰かが背中から噛んでいる。
「見回りの手伝いに来た。芳晴、コリン」
 コリンの肩を優しく噛んでいたのは、エビルであった。
 コリンは背中のエビルを振り払い、自分の肩の噛み傷に息を吹きかけながら、あせり気味にまくしたてる。
「やっ、やめてってば。いきなり噛むのっ! っていうか、ことわってからも禁止! 芳晴と一緒にいたいのなら、あたし、
今日の見回り休むからさ。ね、エビルさん?」
「芳晴と、コリンの手伝いをしに来たんだ」
「芳晴〜。なんとかしてよぉ」
 涙目になっているコリンのおでこを、芳晴は笑いながら指で弾く。
「これも融合ってやつだ。理解しろよ」
「あんたは抵抗ないでしょうけどさっ……って、だから、あたしを噛まないでってば、エビルさんっ!?」
 人気のないストリートが、三人の声で騒がしくなる。

 嵐が通り過ぎ、HIROSHIMAの夜は騒がしくなった。
 望むべき平和が来たのか、それともそれが仮初めの安楽なのか、まだ誰にもわからない。
 だが、変革の時代が来たことだけは、HIROSHIMAに住む人間、ディアブロ、メタヒューマン全てが気付いていた。
 よどんでいた空気が、風に押し流されていく。
 新しいストリートが生まれようとしていた。
 そこに出来る光と影は、また別の物語を生み出すだろう。


   「東鳩ラン外伝/シャドウエッジ」

          THE END.
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 Glossary of Slang 

l005.Deckhead………Simsence中毒者のこと。ここでいうSimsenceとはメディアよりは、麻薬という意味に近い。
l034.Joytoy…………サイバーウェアによって、顧客の満足を高めている娼婦、愛人のこと。
ここでは、単純に「愛人」「ペット」という意味。
l302.昆虫……………虫のトーテムのこと。人類の敵。


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