>>>>>[HIRSHIMAは戦争みたいになっているわね。「教団」で内紛が起きているみたい]<<<<< --Tokihime >>>>>[佐野という男が反アルテー側のリーダーのようじゃな。彼女を貶める情報でメディアが一杯じゃ]<<<<< --Flame-Hammer >>>>>[くだらないわ。神様だとか教えだとか言って、結局はメガコーポと変わらないじゃない]<<<<< --Tokihime >>>>>[金と権力。人を動かすのは、いつの時代もこの二つじゃよ]<<<<< --Flame-Hammer >>>>>[そうよね……それが当然なのよね。あたしだって同じなんだし]<<<<< --Tokihime >>>>>[何か不満がありそうじゃな?]<<<<< --Flame-Hammer >>>>>[なんでもない]<<<<< --Tokihime >>>>>[んっ? ついに、教団の機甲化部隊が動き出したようじゃぞ]<<<<< --Flame-Hammer >>>>>[いいかげんにしてよ……]<<<<< --Tokihime Chatting from"NET-TENGOKU#674"(??:??:??/03-24-XX) ------------------------------------------------------------------------------------------------- 「東鳩ラン外伝/シャドウエッジ」 episode-08「戦火」 「……違う、違うよっ! みんな、嘘よっ!」 ウジェーナク司祭の隣りに座っていた那美が、突然、立ち上がって叫んだ。 「芳晴は、誰も殺してなんかいないっ! スクワッターを殺したのは、私とタイザンの二人っ!」 記者達で埋め尽くされた大広間が、沈黙に包まれる。 「ウジェーナクっ! 那美を抑えろっ!」 佐野の叫びを、ウジェーナクは冷笑で返した。 「なぜです?」 「那美は暴走している! 危険だから、早く止めろっ!」 「出来かねます。いつものように、タイザンに始末してもらえばよろしい。一週間前に女レポーターを殺させたように」 ウジェーナクの言葉を聞いて、記者達が騒ぎ始めた。 エルスペスールは青くなって、今にも卒倒しそうな表情をしている。 「……命令したのはウジェーナク司祭。でも、一番悪いのは、この人っ!」 力いっぱい叫ぶ那美が、佐野の生白い顔を指差した。 驚愕に震える佐野の顔を、記者達のカメラのフラッシュが照らす。 バスッ! 「イカレ人形が……」 「あっ……」 タイザンのカタナが、那美の胴体を貫いた。那美はそのまま、血を吐いて床に倒れる。 「馬鹿者っ! 場所を考えろっ!」 「もう遅いですよ、佐野司祭。みんな、バレちまった」 タイザンは呆れたように、両手を広げた。その後ろには、佐野が集めた記者達の山。多くはすでに大広間から出て、 このショッキングなニュースを世間に流そうとしていた。 「こうなったら、力ずくで「教団」を手に入れるしかないです。なあに、逆らいそうな奴は、もう始末済みですから。 簡単なことですよ」 佐野は歯軋りをした。 タイザンの言うことにも一理あるが、そのような乱暴な手段は佐野の、何より彼のスポンサーの望むところではない。 佐野はきれいな手段で「教団」を手中に収めるつもりだったのだから。 だが、もう狂った時計の歯車は回りだしてしまった。 もはや、クーデターという手段でしか、事態は収められそうにない。 佐野は愉快げに笑っているウジェーナクをにらんで、言った。 「答えろ、ウジェーナク。なぜ、那美のコントロールを解いた?」 「那美は真実を叫びたがっていた。当然の処置です」 「……私に逆らえば、どうなるかはわかっていたはずだ」 「命を握ったぐらいで、人を自由にできると思い込む。そういう考え方自体、苦労知らずの証拠なのだよ」 ポンッ! コミカルな音を立てて、ウジェーナクの頭部が弾け飛ぶ。強力な能力者であるウジェーナクを見つけた時に、 佐野が彼の脳皮質に埋め込んだ小型爆弾が爆発したのだ。 頭部を無くしたウジェーナクの胴体は、そのまま前のめりに床に倒れる。 だが、佐野には、最後までウジェーナクが自分を嘲り笑っているように思えた。 「時間なんじゃよ。予定通りじゃな」 「OK。今日は最高のレースになりそうだな」 甲高い音を高らかに、トリプルロータリーエンジンが振るえている。久しぶりに全開で回ることができる喜びに 雄叫びをあげているようだ。 最高の報酬とスリルを求めてなった仕事。 その始まりに、矢島とフォードRX-21は歓喜の声を上げていた。 「コイツの故郷でのRunning、"MAZDA"の名前を継ぐ物の声を高らかに鳴らしてやろうぜ、マルチ!」 「わしはKURUSUGAWA製じゃよ?」 「おまえはな。だけどコイツは、コイツのエンジンは………」 アクセルをより深く踏み込むたびに咆哮を上げる3つのロータリーとタービン。 「このHIROSHIMAで生み出されたんだよ!」 矢島の乗るRX-21、その心臓はかつてHIROSHIMAを本拠としていたが、フォードによって買収され、一企業の 系列となったコープの生んだ忘れ形見が搭載されていた。 ”MAZDA”「Type-R35B」。 3つのロータリーと強制給排気タービンが付いた、3.5リッターのレース用トリプルロータリーエンジンが 生み出すサウンドに酔いしれながら、矢島のRX-21はHIROSHIMAの街を駆け抜けて行く。 「爆弾テロ? こんな時にか?」 「爆弾ではありません。正体不明の車両が暴れていますっ!」 「警察は何をしている? 平常の治安維持は、尾河司祭の役目だろうがっ!」 「尾河司祭は沈黙を守っています。不可解なことに、尾河司祭管轄の施設は一つも壊されていません」 「……まさか、こちらが謀られたのか?」 佐野司祭配下のガーディアン達が、不測の事態にざわめき立つ。 マスコミをアークタワーから追い出し、「聖殿」にいるアルテーを人質として臨戦体勢を整えたはいいものの、すぐさま 戦闘が起きるとは思っていなかった。ガーディアンのリーダー役のタイザンが、那美の血で濡れたカタナを振り回して叫ぶ。 「リガー達は、ハエを追い払いに向かえっ! このままでは、アークタワーが孤立しちまうぞっ!」 正体不明の車両が潰しているのは、教団の通信関連の施設ばかりである。明らかに、計画的なサボタージュだった。 「了解しましたっ!」 タイザンの命令を受けて、車両リガー、ヘリコリガーが謎の車両を潰しに向かう。 「おまえ達は尾河司祭の部隊を制圧しに行け。ノンサイバーの連中がほとんどだ。恐れることはねえ」 「なっ、仲間を撃つんですか?」 気弱な発言をするガーディアンの一人を、タイザンがにらむ。 「今まで甘い蜜を吸ってきたのを忘れるな。佐野司祭が倒れれば、次に裁かれるのは俺達なんだ。煉獄に行きたいのか?」 「りょ、了解しました……」 タイザンの命令を受けたガーディアン達の一部隊は、ためらいながらも尾河司祭達の部隊が待つ場所へと向かっていった。 「残りの連中は、アークタワーで待機。これから、佐野司祭がどうするか指示を待つ。アルテー様とパジェントリーを 押さえているから、派手なことにはならねえと思うが、血迷った連中が忍び込んでくるかもしれねえ。警戒は怠るなっ!」 「了解っ!」 命令を終えたタイザンは、自ら佐野司祭の護衛に回るべく、彼の研究室へと向かった。 そして、それを追う三つの影。 「大胆な子ね。自分一人で、全部ひっくり返しちゃった」 「那美……死んじゃったのかな」 「タイザンのカタナは急所を外さないわ。遊んでいる時以外はね」 「あの子、芳晴のこと好きだったんだね」 「優しいからね、芳晴くんは」 コリンは唇を噛んだ。自分達の調査が上手く言っていれば、那美は死なずに済んだかもしれない。だが、もう歯車は 回り出してしまった。HIROSHIMAは戦火に包まれるだろう。芳晴がそこで戦わないでいいだけ、まだ幸せなのかもしれない。 「緑色のフォードRX-21が、上手い具合に破壊活動を行ってくれているわ。データを逃がすだけで精一杯みたい。今がチャンスね」 「ケルビムが守る塔に突っ込むつもりなの?」 「あんなの、私から見れば張子の虎の群れよ。Sランク・デッカーっていうものがどういう存在か、よく見ていなさい」 「ユンナはチャンスが来た途端、強気になるんだからぁ」 「あら、これが男をつかまえる秘訣なのよ。知らなかったの?」 「はい、はい。どーせ、あたしは逃げられましたよ〜だ」 軽口を叩きながら、「教団」のエンジェル、コリンとユンナは電子世界マトリクスへと白い翼を広げた。 ビービービー! ヘリコにロックオンされたことを知らせる警報が騒がしく鳴っている。 立体道路を走っている自分の後方、斜め上を飛行している白地のボディに青いラインがペイントされた「教団」の 戦闘ヘリの姿を、矢島は視界に捉えていた。フォードRX-21とジャックインによって一体になった矢島にとっては、 不思議な視界ではない。車体に積まれたカメラは、全て彼の目なのだ。 バシュッ! ヘリから放たれたミサイルを後方機銃で楽に撃墜すると、矢島はさらにスピードを上げた。 「マルチ。これから突っ走るから、ターゲットの破壊はおまえに任すぞ」 「了解いたしました、ご主人様。兵装は全てに使用許可が下されたと判断してよろしいですか?」 普段とは違う、真面目な口調のマルチ。逆に、矢島は普段よりも興奮しているようだ。 「フェザーさんは太っ腹だ。なんでも使え。俺はレースを楽しむことにするよ」 「了解いたしました。ターゲットの破壊を最優先に行動します」 フォードRX-21のタイヤの猛回転に合わせて、コーナーが物凄い勢いで迫ってくる。 だが、矢島はなんでもないように、車体のテールを進行方向とは逆向きにをスライドさせながら立体道路の路面を滑っていった。 コーナーの出口が見えた瞬間、横に滑っていたタイヤが再び回転を始め、フォードRX-21のエンジンが雄叫びを上げる。 ほとんど減速することなく、矢島は90度近いカーブを潜り抜けていく。 戦闘ヘリの乗員から見れば、それはサーカスのようにしか見えなかった。 どう見ても、普通のリガーの操作ではない。 「後続車両部隊、どうした? 追いついていないぞ?」 「エンジンが違う! あっちはフォードRX-21、ハイチューンド・トリプルロータリーエンジンの化け物だ!」 ヘリの乗員は舌打ちした後、機銃で足止めするべく、標的に近寄ろうとした。 パシュ、パシュ! 二つの白煙が車両から上がる。 「ミサイルっ!?」 ヘリの乗員はすぐさま回避行動を取ったが、白煙はヘリを無視して道沿いの建物に向かって突き進んでいく。 乗員がヘリのカメラ越しに見たのは、銀色の回転する円盤のような物体。それらが煙を吹き上げながら、 通信施設へ向かって飛んでいく。 爆音。 もろに爆風を受けたヘリの装甲板がビリビリと震える。 「また一つ、施設がやられた……敵車両はミサイルを積んでいる。ヘリ一機では近寄れない」 「今、前からヴィックスが向かっている。そこまで追い込めっ!」 「戦争かよっ……」 乗員は初めて、自分がしていることに恐怖を覚えた。 「ヘリが撃って来ません。前方に仕掛けがあると予想されます」 「だろうな。後ろから聞こえてくるエンジン音が遠すぎる。いくら車が違うからって、リガーが噛み付いてこないはずがねえ」 「反転されますか?」 マルチの提案を、矢島を笑う。 「リガーが操る車両の群れと、仕掛けと、どっちが危険だ?」 「情報が不確定のため、お答えすることは出来ません」 「だろう? なら、未知の方へ突っ込むべきだぜ」 フォードRX-21が緑色の野獣になって、HIROSHIMAの大型道路を駆け抜けていく。 前方から迫ってきたのは、地雷原でもスパイクでもなく、一台のトレーラーだった。 パパーッ! 派手なクラクションとライトの明滅。 矢島はエンジンを軽く煽らせて、これにやり返す。 「トレーラーのリガーなんて初めてだぜ」 矢島はトレーラーの横を通過しながら、愉快そうに笑った。 ドンッ! 直後に走る、鈍い衝撃。 フォードRX-21にジャックインしている矢島は、みぞおちを殴られたようなショックを感じた。 小型ミサイルを当てたのは、横から現れた四角い飛行物体。前面についたバーニアで飛びながら、矢島を追ってくる。 「ドローン(無人機)多数。あのトレーラーが操っているようです」 マルチは後部機銃でトレーラーの運転席に銃撃を試みたが、そんな攻撃はチタン合金や硬質ガラスには通用しないらしい。 トレーラーはジャックナイフの刃が飛び出るような勢いでUターンし、矢島を追ってくる。 その加速力は、スポーツカーと比較しても遜色ないものだった。 「マルチ。おまえはドローンを潰していろ。俺はトレーラーから逃げる」 「了解いたしました」 マルチの冷静な声にうなづきながら、矢島は加速度を増す。だが、小型軽量のドローンの加速には適わない。 ドンッ! ドンッ! 高速で走りつづけるフォードRX-21の車体に、幾度も衝撃が走る。 マルチがミサイルと機銃で潰しつづけているが、一機潰される度にトレーラーから新しいドローンが二機、射出される始末だ。 衝撃を受ける度に速度は落ちていき、そして、トレーラーの巨体はフォードRX-21を踏み潰そうと、ジワジワと迫ってくる。 矢島は立体道路の中を駆け抜けながら、方策を練った。 前方にはヘアピンカーブ。 減速してしまえば、そこでトレーラーに押しつぶされて終わるだろ。 「マルチ。あそこの壁をミサイルでぶち破れ」 「了解しました。ミサイル、射出」 立体道路のヘアピンカーブを塞いでいる壁が、円盤型ミサイルによって砕かれた。 矢島はアクセルを吹かす。 ヘアピンカーブを無視して、フォードRX-21は立体道路から飛んだ。 「嘘だろっ……?」 トレーラーを操っていたリガー、ヴィックスは目の前の光景を疑った。 HIROSHIMAの主要地区をつなぐ立体道路は、網の目のように複雑に重なり合っている。 しかし、別の路線へ空中を飛んで渡るような芸当は、考えついたこともなかった。 遠く離れた路線へ飛び移り、自分から大きく距離を稼いだ敵リガーは、誇らしげにエンジンを鳴らして去っていく。 「ヴィックス! どうした? 追え!」 「追えるわけないだろ」 指揮官の命令に、ヴィックスは呆れたように答える。 「マーカーじゃわかんねえだろうなあ。いいもの見せてもらったぜ」 ドローンをトレーラー内部に格納し、ジャックを外す。「教団」のガーディアン、ヴィックスは、一生の語り草に なりそうな離れ業を見せてくれた敵リガーに、深い感嘆の念を抱いていた。 「バカ、バカ、バカー! わしは飛行機じゃないんじゃよっ! 車なんじゃよ! 飛ぶの禁止、もちろん潜るのも禁止ですじゃ!」 人工知能でも「恐怖」という感情はあるのか、マルチはいつもの口調に戻って矢島に文句を言い続けている。 「トレーラーに踏み潰される方がよかったか? 緑色だから、ちょうどカエルみたいだろうな」 立体道路から降りた矢島が走っている道路の脇で、突然、銃声が鳴った。 「フェザーさんに雇われた連中かな?」 矢島は何事もなかったかのように、落ち着いた様子である。自分が撃たれるのでなければ、あまり気にならないらしい。 「いや、「教団」の警官みたいですじゃ。ガーディアンを捕まえているみたいなんじゃよ」 「はあ?」 矢島は耳を疑った。 「尾河司祭の部隊を制圧しに行ったガーディアンの一部が、警官に捕縛されました」 「……冗談を言っているのか?」 タイザンの報告に、佐野はいらただしげに答えた。自分が調整したサイバー化戦士達がノンサイバーやストリートドクが 改造したような傭兵に負けるはずがない。確率的に言って、ありえないことだ。 「おそらくは、自分の意志で投降したものと思われます」 「なぜだ? 私が失脚すれば、彼らもまた裁かれるのだぞ?」 「……仲間を撃って本物の地獄に落ちるよりも、アークタワーの煉獄に閉じ込められたい。それが彼らの言い分でしょう」 佐野は激しい頭痛を覚えた。 何もかも上手くいっていたのに、一瞬の間に全てが崩壊していく。 「命を握ったぐらいで、人を自由にできると思い込む。そういう考え方自体、苦労知らずの証拠なのだよ」 ウジェーナクが残した言葉が、再び佐野を嘲り笑った。 その頃、芳晴は「教団」の僧衣を着て、集落の外に立っていた。 一歩踏み出せば、自分はここから出ることになる。自分の力では、もう元には戻れない。 だが、ここで踏み出さなければ、間違いを抱えたままで生き続けなければならないだろう。 カチャリ。 ホルスターに収まった愛銃「SABAKI」が、主人を促すように鳴った。 「芳晴……やはり、行くつもりなのか」 背中からエビルの声を聞いて、芳晴は静かにうなづく。 「すいません、エビルさん……俺は「教団」に育てられたんです。あそこには、俺を守ってくれた人達、守らなければ いけない人達がたくさんいる。今、行かなかったら、俺は一生、卑怯者のままだ」 「なら、私もついていく」 「駄目です。あなたまで危険な目に会わせたくない……」 芳晴は、背中にエビルの体温を感じた。 「芳晴。血を受け入れた意味を考えろ。私と芳晴は、もう一つの魂なんだ」 「エビルさん……」 パチパチパチ 突然、場違いな拍手が届いた。 「いや、奥手とばかり思っていた芳晴が、随分と成長したものだ」 「パジェントリー司祭!?」 にっこり笑って手を叩いていたのは、スーツ姿の老紳士パジェントリーだった。 「そのとおり。はじめまして、お嬢さん。私は「教団」で司祭を務めているパジェントリーという者。 旧友をパーティに誘いに来たのだよ」 「拘束されたはずでは……」 「スタンザに身代わりを頼んだのさ。それよりも芳晴。今、佐野司祭の化けの皮が剥がれてHIROSHIMAが大騒ぎになっている。 おまえは先に森から出て、コリン達を助けろ。彼女達は何かをつかんだようだからね」 「化けの皮?」 不思議に思った芳晴は、パジェントリーに尋ねた。 「スクワッター殺しをやったのは、タイザンと七枝那美だ。那美本人が白状した」 「そんな。那美はそんなことをする子じゃない」 「ウジェーナクに操られていたらしいな。佐野はそういう技術を研究していたらしい」 「それで……那美は?」 「タイザンに、その場で殺された。佐野司祭はアークタワーで篭城しているよ。アルテー様と私に化けたスタンザを人質に取ってね」 冷酷な事実。芳晴は歯を噛み締めた。 「……行きましょうか、エビルさん」 「わかった、芳晴」 エビルは憤りに震える芳晴の腕を手に取り、落ち着かせながら、二人で森の外へと出て行った。 「えげつないわね。敵への憎しみを煽り立てるなんて」 「憎むべき相手なのは確かだよ。私達にとっても、ディアブロにとってもね」 集落の境界にたたずむパジェントリーに話し掛けたのはルミラ。アレイがその横で、パジェントリーの一挙一動を冷静に観察している。 「やめておきなさい、アレイ。この人が本気になったら、あなたじゃ相手にならないから」 「貴族の方々に好敵手と呼ばれていた人ですものね。でも、これが私の仕事ですもの」 パジェントリーはアレイの覚悟に微笑みで答えた後、二十数年前に戦った者達の名前を呼んだ。 「大胆で油断がならない男だと思ってはいたがな」 「ルミラ。おまえの判断は正しいかもしれない。だが、間違っていた時のことは考えなかったのか?」 「随分と老けたな。しかし、眼の輝きは昔と変わらない。嬉しいぞ」 「パーティとは何だ? 多くの同朋を助けた貴様だから、特別に聞いてやろう」 「あっ、あわわわわわ……」 ルミラの横にいたアレイが、腰を抜かした。普段は高い木々の上で暮らしていて、一般のディアブロには 決して姿を見せない貴族達が、こぞってパジェントリーとルミラ達の前に現れたからだ。痩せた長身に赤い瞳、 人形のように整い過ぎていることを除けば、姿は普通のディアブロ達と変わらない。だが、放っている気配の 濃度が全く違っていた。 「アルテー様に黙って、勝手な研究を続け、森に害毒を流し、君たちディアブロを実験材料に使っていた男に 天誅を下しに行く。楽しげなパーティになるとは思わないかね?」 パジェントリーの言葉に応えて、貴族達は一斉に喋りだす。 「それは「教団」の問題ではないのかね?」 「いや、ルミラに入れ知恵されたのだろう。老いとは恐ろしいものだ。現実と夢の区別がつかなくなる」 「しかし、我らを害し続けた者達を、この手で殺せるという選択は、大変魅力的だ」 「待て。その後はどうする? 人間に貸しを作っても仕方がないだろう」 「有害な人がいなくなれば、文句はないわけでしょう?」 取り引きを楽しむかのように、ルミラの目が細くなった。 「父デュラルと同じことを言うつもりか?」 「人と共に暮らせと。それは無理な話だ。人間は我らを理解することはできない」 「待て。芳晴がいる。あの者は「教団」に育てられながらも、見所の多い若者だった」 「たった一人の特例を持って、人間に力を貸せというのか?」 「一人ではない。エビルの母親もいる。そして、その他にも多くの者達がいる。我らの血は拡がることを求めている」 「早計だ。あまりにも危険過ぎる」 「その男が、人形を使っていた本人だとすれば、どうする?」 パジェントリーの言葉で、貴族達は再びざわめきたつ。 「人形……」 「忌むべき者。我らの悲しみの歴史をもたらした者」 「滅ぼさなければならない。それは我らのためであり、彼自身のためでもある」 「戦う理由はあり、得るものもある。どうする?」 「戦おう」 「戦おう。私も、娘の血を受ける若者が欲しい。芳晴のような若者が、まだいるかもしれない」 「高望みが過ぎるのだ。婚期が遅れるぞ」 「ルミラのようにか?」 「そこ、余計なことまで言わないでっ!」 ルミラが注意すると、貴族達は楽しげに笑った。彼らが何かを叫ぶと、その声を聞きつけて、 集落にいたディアブロ達が次々と集まってくる。簡単な説明を受けただけだが、貴族の命令は ディアブロにとって絶対である。みな、否応もなくうなずいていた。 だが、中には、久しぶりに森の外へと出られることを喜んでいる者達もいる。 森は開かれたのだ。 「よお、久しぶり」 「なんで……逃げなかったのよ、馬鹿」 ユンナの隠れ家の中で、芳晴とコリンが再会を複雑な気持ちで迎えている。 それを見ているエビルは、平静な表情のままだ。 「若いのに人間が出来ているわね。私だったら、自分の男があんな雰囲気を別の女と作っていたら、許さないけど」 ユンナの言ったことの意味がわからなかったのか、エビルは不思議そうな顔で彼女の顔を見た。 「コリンは素晴らしい女性だ。だから、芳晴が大事に思うのは無理もない」 ユンナは首を傾げながら、ディアブロについての文化風習を検索しようとした自分の手を止めた。 そんなことをしている場合ではない。デッカーの自分とコリンだけでは不安だったが、Sランク・ガーディアンの 芳晴が救援に来てくれたのであれば、すぐに行動に移ることができる。ならば、少しでも早く事態を収拾に向かわせるべきだ。 「カンツェロの正体がわかったわ」 ユンナの言葉に、部屋が静かになった。 ----------------------------------------------------------------------------------------------- Glossary of Slang l074.MAZDA R35B………かつてHIROSHIAを本拠地としていた自動車メーカー、MAZDA社の生んだ世界最強のロータリーエンジン。 かつてル・マン24時間レースを制覇した時のエンジン"R26B"の血を受け継ぐレース用のエンジンだが、「教団」で生み出された テクノロジーの恩恵を受けて、オリジナルよりも徹底的にチューニングされている。(現実でもMAZDA社はフォード社の傘下企業)。 http://www.urban.ne.jp/home/aiaus/SR-DATA05.htmhttp://www.urban.ne.jp/home/aiaus/