>>>>>[Hoi! 愛しいKozukaから何か連絡があったかい、色男?]<<<<< --Black-Clock >>>>>[いや、今日は来てないな。いつもは夜討ち朝駆けで連絡が入りつづけるんだが]<<<<< --Murasame >>>>>[いくら彼女でも、ビズの最中に連絡を取り続けるような真似はしないでしょう]<<<<< --Hyakko >>>>>[あいつは俺達みたいなRoninじゃなくて、ただのフリージャーナリストだ。姿を隠す必要なんて ないはずなんだがな]<<<<< --Murasame >>>>>[Giniya! 何か心配事ですか?]<<<<< --Multi >>>>>[Kozukaから連絡がないからおかしいなって話してたんだよ。そういや、Rage-Hornの奴も見ねえな]<<<<< --Black-Clock >>>>>[わしの方も何も連絡もらっていないんじゃよ。ご主人様に頼んで、調べてもらうべきなんじゃろか]<<<<< --Multi >>>>>[お節介過ぎるんじゃない? もしも、Kozukaが自分から隠れたのなら、ベッドルームをサーチライトで 照らすような真似だと思うんだけど]<<<<< --Tokihime >>>>>[嫌な予感がするな]<<<<< --Flame-Hammer >>>>>[変なこと言うなよ、ドワーフの爺さん。Kozukaは変わり者だけどよ、Rage-HornがBody-Guardなんだぜ]<<<<< --Black-Clock >>>>>[そのRage-Hornからも連絡が来ない。おかしいとは思わないか?]<<<<< --Flame-Hammer >>>>>[お話しの最中、ごめんなさい。ここにMurasameっていうSamuraiがいるかしら?]<<<<< --Yunna >>>>>[Yah! 性悪狐女とか悪ガキじゃなくて、クールな美女の登場だ!]<<<<< --Black-Clock >>>>>[だれが性悪女よ、Third-Rate!]<<<<< --Tokihime >>>>>[悪ガキっていうのは、わしのことですか? Hyakkoのことですか?]<<<<< --Multi >>>>>[どうしても僕と喧嘩したいみたいですね、Multi?]<<<<< --Hyakko >>>>>[騒がしくてすまない。俺がMurasameだ]<<<<< --Murasame >>>>>[KozukaっていうRepoと恋人の?]<<<<< --Yunna >>>>>[本人がそう思い込んでいるだけだ。俺は知らない]<<<<< --Murasame >>>>>[二人の関係を詮索するつもりはないわ。彼女から、何か聞いていない? どんな些細なことでもいいの]<<<<< --Yunna >>>>>[Wa? Kozukaに何かあったのか?]<<<<< --Black-Clock >>>>>[愉快な知らせじゃなさそうね……]<<<<< --Tokihime >>>>>[そうよ。彼女は殺されたわ]<<<<< --Yunna >>>>>[Giniya!?]<<<<< --Multi >>>>>[あいつはHIROSHIMAにいたはず。なら、あんたは「教団」のエンジェルか何かか。それなら話すことはない。失せろ]<<<<< --Murasame >>>>>[待て、Murasame。事情を知ったとしても、こちらにリスクはないぞ]<<<<< --Flame-Hammer >>>>>[知りすぎたから消された……ということですか?]<<<<< --Hyakko >>>>>[それを今から調べなくてはいけないの。お願いだから、Kozukaのために答えて。彼女が何を知り、何を突き止めたのか。 それさえ知ることができれば、私達はHIROSHIMAで起ころうとしている争いを止めることができるわ]<<<<< --Yunna >>>>>[知ったことじゃねえ]<<<<< --Murasame >>>>>[おい、Murasame! そりゃ、あんまりじゃ……]<<<<< --Black-Clock >>>>>[Runnerとしては妥当な判断だ]<<<<< --Flame-Hammer >>>>>[そう……ごめんなさい。騒がしてしまったわね。それじゃ]<<<<< --Yunna >>>>>[Rage-Hornも殺されてしまったのですかね?]<<<<< --Hyakko >>>>>[おい、Multi。今から、俺もHIROSHIMAに向かう。手配を頼めるか? SIN-Lessの俺が潜伏できるような場所が欲しい]<<<<< --Murasame >>>>>[なに馬鹿なこと言っているのよ。仇討ちなんてRunnerのすることじゃないわよっ!]<<<<< --Tokihime >>>>>[そりゃそうだ。ところでMulti、大の男二人でも潜伏できるような場所でも構わねえか?]<<<<< --Black-Clock >>>>>[三人ですよ。僕もKANZEROには興味がありますからね。お供させてもらいます]<<<<< --Hyakko >>>>>[クレッドなんざ払えねえぞ]<<<<< --Murasame >>>>>[わかったんじゃよ。ご主人様が使い捨てたベッドでよければ、用意しておくんじゃよ]<<<<< --Multi >>>>>[あんた達、なに皆でとち狂っているのよっ! あんなBlue-Moon-Landに、Shadow-Talkで知り合っただけの 女の仇討ちにいくなんて正気の沙汰じゃないわよっ! Flame-Hammer、あんたも止めてよっ!]<<<<< --Tokihime >>>>>[わしは一緒に行くつもりはない。だが、仇討ちの成功を祈っている。行ってこい]<<<<< --Flame-Hammer >>>>>[ありがとうよ、ドワーフの爺さん]<<<<< --Murasame >>>>>[落ち合う場所はMultiに決めてもらうか。またアサクラのWorst-Foodの世話になりそうだぜ]<<<<< --Black-Clock >>>>>[僕はSoykafも飲めなくなりそうですよ]<<<<< --Hyakko >>>>>[この馬鹿野郎どもめ]<<<<< --Murasame >>>>>[Black-Clock! Murasame! Hyakko! 冗談は止めなさいよっ!]<<<<< --Tokihime >>>>>[レスが来ない。どうやら、行ってしまったようじゃの]<<<<< --Flame-Hammer >>>>>[みんな、大馬鹿野郎よ……]<<<<< --Tokihime Chatting from"NET-TENGOKU#674"(??:??:??/03-22-XX) ------------------------------------------------------------------------------------------------- 「東鳩ラン外伝/シャドウエッジ」 episode-07「陰謀」 ビー! ビー! ビー! 緊急コールの音が、早朝の芳晴の部屋に鳴り響く。 「芳晴……芳晴。起きろ、呼ばれているぞ」 隣りで寝ていたエビルが、芳晴を起こそうとして彼の体を揺すっている。 「ふえっ?」 「ふえっ、じゃない。急いでいるようだ。早く起きろ」 「はっ、はいっ!」 ようやく目を覚ました芳晴は、緊急コール音を発しつづけている端末の前に立った。 「遅いっ、芳晴! 何分コールしたと思ってんのよっ!」 画面の中に現れたのは、コリンだった。 「なんだ、コリンか。まだ寝ていてもおかしくない時間だろ?」 「馬鹿言わないで。いつものくだらない用事じゃないんだから」 幼馴染がモニターに映ったので安心しかけた芳晴を、コリンが真面目な顔で注意した。 「昨夜、カンツェロがタイザンと那美に倒されたわ」 芳晴はしばらく沈黙した後、嬉しそうにうなずいた。 「いい知らせじゃないか。これで、もうテロは起こらない。時間をかければ、ディアブロとの和解もできるさ」 「確かに、いい知らせよ。それだけならね。で、カンツェロが死ぬ間際に、自分がテロを起こした原因はパジェントリー司祭と あんたにあるって話したって、タイザンが報告しているわ」 「えっ、なんだって?」 「併せて、スクワッター殺しがあった直後に、事件現場近くでウジェーナク司祭とガーディアンの七枝那美が、あんたの姿を 見たって報告している。パジェントリー司祭はすでに拘束されたわ。とにかく、あんたも早く身を隠しなさいっ!」 芳晴の顔から血の気が引く。確かに、自分は事件が起きた日にディアブロ解放地区へ行ったが、それはエビルの無事を 確認するためだった。スクワッター殺しをした覚えなどない。 「待て。スクワッター達を殺したのは刃物の使い手のはずだ。芳晴の武器は拳銃だろう?」 話を聞いていたエビルが、急変する事態に思わず横から口を挟んだ。 「……!?」 モニター越しにコリンの絶句する顔が見える。エビルの格好はシャツ一枚だけだから、当然だろう。 「あっ、えっと、そのな、コリン。これには色々とわけがあって……」 「芳晴は無実だ。それはディアブロである私がよく知っている」 エビルはしどろもどろになる芳晴に構わずに、コリンに言いつづけた。 「ディアブロ解放地区で「仲間狩り」が始まったって話があったけど、その関係?」 妙に冷めた目のコリンに、芳晴は黙ってうなずいた。 「……わかった。芳晴。エビルさんを連れて、このままHIROSHIMAから離れなさい」 「おっ、おい。待ってくれ。いきなり逃げろって言われても……」 「逃走経路からチケットまで、全部、こっちで準備しておくわ。時間がないの、芳晴。そっちにも拘束のための ガーディアンが行くかもしれない。仲間同士で殺し合うつもり?」 「でも、おまえだけ残して逃げるわけにも……」 ためらう芳晴の服の袖を、エビルが不安そうにつかんだ。 それを見たコリンが、優しげに微笑む。 「芳晴。そういうセリフはね。彼女にだけ言ってあげるものなのよ。あたしのことはいいから、必要なものを 持ったら、今から指示する場所へ向かって。もう準備は済んだから」 「コリン……」 心配そうに自分を見る芳晴の視線を無視して、コリンはエビルの赤い瞳を見つめた。 「エビルさん……だよね。いきなりで悪いんだけど、そいつのことヨロシク。優し過ぎるところが欠点だけど、 真面目に働くやつだから。きっと、あんたとも上手く暮らしていけると思う」 「……コリン。あなたはどうするつもりだ?」 「Bクラスでも、あたしは’天使’だもん。HIROSHIMAに嵐が吹く時に、逃げ出すわけにはいかないわ」 「なら、俺も……」 「芳晴っ!」 スピーカーが割れるような大声で、コリンは芳晴を怒鳴った。 「……0か1か。どっちか一つしか選ぶことはできないの。エビルさんを守りたいのなら、このまま HIROSHIMAから離れなさい」 「コリン……」 「バイバイ、芳晴」 ブツン。 端末の画面が消える。芳晴は呆然として、消えた画面を見つめ続けていた。 「なぜ、パジェントリー司祭が拘束されなくてはいけない?」 教団の警察、傭兵部隊の管理を行っている尾河司祭が、外渉役のエルスペスール司祭に 食ってかかっている。 「容疑がかかったので、事情を聞くために留まってもらっているだけです。私だって 困惑しているんですよ」 エルスペスールは激怒している尾河をなだめようと言葉を尽くしていたが、戦場暮らしが 長い彼を口車だけで抑えるのは不可能だった。 「やめておけ、尾河司祭。法廷でのパジェントリー司祭の立場が悪くなるぞ」 怒り狂っている尾河に冷たい口調で話し掛けたのは、ウジェーナク司祭だった。 「配下のガーディアンが大物を倒したから、強気になっているのか?」 尾河はウジェーナクの頭ほどもある義手の拳を握り締めて、彼をにらみつける。 だが、ウジェーナクは少しも動じずに、尾河に言い返した。 「今回の事件は、あまりにも不可解な部分が多すぎる。誰かが裏で糸を引いていたと考えれば、納得いくだろう」 「パジェントリー司祭は、そんな手は使わんっ!」 「判断するのは法廷とアルテー様だ。ここで暴れたところで意味はない」 「……くそっ!」 尾河が去っていくのを見届けると、エルスペスールは安心して尻餅をついた。 「助かりました……尾河司祭って、怒ると手がつけられなくなるから」 「佐野司祭が急いでいるようだ。早く、舞台の準備を始めろ」 「はっ、はいっ!」 ウジェーナクはあわてて走っていくエルスペスールの後ろ姿を見て、少しだけ口を歪めた。 コリンが指定した場所は、リニアトレインの駅だった。 まだ、厳戒態勢が引かれていないのか、旅装姿の芳晴とコリンを怪しむ者はいない。 「……芳晴。まだ悩んでいるのか?」 「いいえ。多分、コリンの言っていることは正しいんです。いつもそうだった。俺は真面目ぶっていて、 あいつはだらしない。でも、肝心のところで助けられるのは、いつも俺だったんです。今回だって……」 「芳晴。私は……」 何かを言いかけるエビル。 「ちょっといいですか、お二人とも」 それを止めたのは、三人組のHIROSHIMAの警官だった。 「なんでしょうか?」 「いいえ、たいした用事ではないんです。事件が起こったので、HIROSHIMAから出る人々のチェックをしていましてね」 芳晴の額に冷や汗が浮かんだ。悩むことに時間を取られ過ぎて、行動を致命的なまでに遅らせてしまった。 芳晴の部屋に向かったガーディアンの連絡を受けた治安部隊が、戒厳令を引いたに違いない。 何かを唱えようとするエビルを、芳晴が止めた。 この三人の警官を倒すことは容易い。芳晴の力ならば、素手で数秒もかからないだろう。だが、彼らが倒れたが最後、 警官やガーディアンの群れがどこまでも執拗に自分達をを追いまわすだろう。 片方しか選べないって、こういうことか……。 芳晴は自分の甘さを悔いた。 刹那。 ドグワァアアアアアン!! ロッカールームの方で、何かが爆発した。近くにいた乗客の悲鳴。 「なんだ?」 「爆発が起きたぞ?」 「急げっ!」 警官達は芳晴を置いて、爆発が起きたロッカールームへと走っていく。そして、誰かが後ろからエビルの肩を叩く。 「おまたせ。ところでエビル。この可愛い男の子、あなたの彼氏?」 後ろにいたのは紫の長髪の女性、ルミラだった。 コリンとユンナ。 二人がいるのは地下街の建造物の一つ。以前、ユンナがベッドの一つとして確保していた場所である。 パジェントリー司祭が拘束されたことを察知したコリンは、深夜のうちにアークタワーに幽閉されているユンナを 外へと連れ出し、地下街に潜伏した。コリンとユンナは軽口を叩き合いながら、混乱状態に移行しつつあるHIROSHIMAの 情報を探し続けている。 「ロッカールームで爆弾テロが発生。警官が騒いでいるわね」 「予定なら、芳晴達はもう逃げているはずだから問題ないと思う……うん」 「事態の展開が早すぎるわね。カンツェロの騒ぎでHIROSHIMAに来ているマスコミを、佐野司祭がかき集めている。 何か、仕組むつもりね」 「昨日、アークタワーに忍び込んだレポが一人殺されたのも、そうなのかな? 平時なら、捕まえて閉じ込めておくだけなのに」 ユンナはケーブルをこめかみのジャックに差したままで、コリンの方を振り向いた。 「私みたいにね」 「自虐的なのって、よくないと思うな〜」 コリンは嫌そうな顔をしているが、ユンナは楽しそうに笑っていた。 「脱獄囚とその共犯なんだから、暗いのが当たり前だと思うけど」 「いつでも自分で出られたくせに、なんで、そういうこと言うかな」 「法廷が、あなたの主張を受け入れてくれることを祈るわ」 困った顔をしているコリンに、涼しい顔のユンナ。 「なんか、いつもより明るいよね。やっぱり、牢屋より外の方がいいの?」 「私が明るいのは、男のことが吹っ切れたからよ。あんたはまだ、引きずっているみたいだけど」 「ううっ……そりゃ、そう簡単にはいかないよぉ」 「一緒に逃げればよかったのに。ディアブロの女の子に遠慮したの?」 「芳晴があの人のことを好きなら、あたしの居場所はないもん……こうするのが一番いいんだよ」 「女性の思考よね。そういうのは」 「ふえ?」 不思議そうな顔をするコリン。ユンナは、駅とは逆方向に走っていく芳晴の姿をモニターで 見ながら、楽しそうにクスクスと笑っていた。 ルミラはエビルと芳晴を連れて、裏路地を歩いている。すでに場所はディアブロ解放地区の中。 警察が追いかけてくる可能性は低い。 「「教団」のガーディアン……それもSランク!?」 目を丸くするルミラ。芳晴は居心地悪げに辺りを見回した。 「芳晴は私を守ってくれた。だから、信じて欲しい……」 滅多に見ないエビルの懇願するような視線を受けて、ルミラはこめかみを掻く。 「心配しなくても、魂の色でわかるわよ。嘘をついてないことぐらいはね」 「ありがとうございます、ルミラさん」 芳晴は形式ばった口調で礼を言った。 「ところで、あなた。ねえ、エビルのどこが好きになったの?」 緊張した状況の中で妙な質問をされて、芳晴は慌てる。エビルは溜め息をついて、自分のリーダーの悪癖を制した。 「ルミラ様。そういう話は後でもできる。早く、身を隠しましょう」 「でも、森まで遠いわよ。時間つぶしにはいい話題だと思うんだけど」 「森!? 芳晴を森に連れて行くつもりですか?」 ルミラはエビルの赤い瞳を見つめながら、何でもなさそうにうなづいた。 「だって、もう血の受け入れは済んだんでしょう? それなら、問題ないわ」 「あっ……うっ……」 「血の受け入れって、これのことですか?」 芳晴は不思議に思って、昨夜、エビルに噛み裂かれた指をルミラに見せた。 「馬鹿っ!」 なぜか顔を真っ赤にしたエビルが、芳晴の頭を叩く。 「えっ、えっ? 俺、なにか変なことをしました?」 エビルは頬を赤く染めたままで芳晴をにらんでいる。 「噛まれた跡を人に見せるのはね、ディアブロにとってはマナー違反なのよ」 ルミラは楽しそうに笑っている。 「そうなんですか、エビルさん?」 「聞くな」 耳まで赤くなったエビルは、一人で裏路地を突き進んでいく。 「まっ、待って下さいよ、エビルさん。知らなかったんだから、しょうがないじゃないですかぁ」 慌ててエビルを追う芳晴。ルミラは微笑みながら、その様子を眺めていた。 アークタワー一階の大広間。 佐野司祭に呼び集められたマスコミ関係者が立ち並ぶ中で、外渉役のエルスペスール司祭から、 「今回の事件の顛末」が語られている。 エルスペスールの後ろに座っているのは、カンツェロを倒したガーディアン、タイザンと七枝那美、 そして、彼らの直属の上司である佐野司祭とウジェーナク司祭である。 事件の発端は、パジェントリー司祭配下のSランク・ガーディアン城戸芳晴による無差別なディアブロの殺害にあり、 ディアブロの少年カンツェロはそれに対する報復として、今回の連続ガーディアン殺傷事件を起こした。これは、 Sランク・ガーディアンのタイザンがカンツェロ少年を仕留めた時に、少年が死ぬ間際に言い残したことである。 卑劣にも、城戸芳晴はカンツェロ少年の凶行を抑えるために、全く無関係のスクワッター百余人を殺害したが、 それによってカンツェロ少年の行動が止まることはなかった。 現在、パジェントリー司祭を拘束して尋問中であるが、実行犯である城戸芳晴は逃亡中であり、「教団」で行方を追っている。 説明を終えたエルスペスール司祭に対して、記者達が次々と質問を続けていく。 「しかしですね。テロリストが死ぬ間際に残した言葉を、鵜呑みにするのは軽率ではないでしょうか?」 「許されない罪を犯したとはいえ、カンツェロは少年でした。彼が残した言葉を疑うのは忍びないことです」 「カンツェロ少年の遺言を聞いたのは、そこにいるタイザン氏と七枝嬢だけですか? ボイスレコーダーなどの記録は残っていない?」 「「教団」のガーディアンは純粋な自衛用ですから、余分な機能はついておりません。しかし、神に仕える者は嘘など申しませんよ」 「パジェントリー司祭のコメントは聞けますか?」 「現在、専門機関による尋問が行われておりますので、インタビューはその後になります」 「城戸容疑者の足取りはつかめていない?」 「現在、捜査中です」 流れるように続いていく言葉のつらなり。 那美は得意そうに胸を張っているタイザンの横で、うつむいていた。 ……違う。 ……スクワッターを殺したのは、私と横でいやらしく笑っているタイザン。 ……命令したのは、パジェントリー司祭ではなくて、ウジェーナク司祭。 ……芳晴は悪くない。 ……みんな、嘘をついている。 ……なのに、どうして、私は声を出せないの? ……違う、って叫びたい。 ……でも、声が出せない。 沈んでいる那美を、佐野司祭は満足げに観察していた。ウジェーナクによるコントロールは、完全に那美を抑制している。 これで、今まで実現が難しかった洗脳技術も完成したことが証明された。高度なサイバー化技術と有り余る実験材料、 そして、それらを守る屈強の兵士達。 「教団」に仕えてから夢見るようになった王国が、もうすぐ現実のものとなる。 佐野は大声で笑い出したくなる衝動を堪えながら、エルスペスールの饒舌な説明に耳を傾けていた。 アークタワー最上階の「聖殿」。 アルテーはそこにある端末から、一階で行われている茶番劇を眺めている。 「ようやく動き始めましたね」 「はい。予想よりも時間がかかりましたが、概ね予定通りです」 アルテーの言葉に答えたのは、アークタワーの地下で尋問を受けているはずのパジェントリーだった。 「私は、昔からあなたに苦労を押しつけてばかりいますね。この身の力のなさを不甲斐なく思います」 「勿体無きお言葉です、アルテー様。私もスタンザに迷惑をかけてばかりいます。今回で 終わりになればいいのですが」 「そうですね。これで最後にしたいものです」 そう言ったアルテーの瞳は、深い悲しみに沈んでいた。 トリプルロータリーエンジンが咆哮を上げている。 緑色のフォードRX-21の運転席から顔を覗かせているのは、矢島だった。 車外に立つフェザーから、仕事の説明を受けている。 「なるほど。俺は「教団」の機甲化部隊を引き付けて逃げ回ればいいんだな」 「別に、撃ち落としても構わんでござるよ。臨機応変でお願いするでござる」 「ギニャ! そんなにミサイル積んでないですよ。それに、ヘリコプターは怖いんじゃよー」 「心配無用。動くのは矢島殿とマルチ殿だけではござらぬから。計画どおりに頼むでござる」 矢島はフェザーの言葉を聞いて、鼻の頭を掻いた。 「随分と剛毅な金の使い方だな。俺の他にもリガーを雇っているってことか?」 「雇った、というわけではござらぬ。結果として、こちらのために動いてくれるだけで候」 「まあ、フェザーさんの頼みじゃ仕方ないわな」 矢島はジャックをつなぎながら、指を鳴らしてみせた。 「ギニャー。仕方ないですじゃ。わしは矢島の言いなりになるしかないんじゃから」 「マルチ殿にはあとで、拙者の忍者コレクションを送るでござる」 「あんたの写真集なんて、ぜんぜん駄目ですよ?」 「ぬぬっ、なかなか鋭いでござるな、マルチ殿」 「図星ですかっ!?」 マルチとフェザーのやり取りが、矢島の耳からではなく、フォードRX-21の車体についた集音マイクから 聞こえるようになった。それにあわせて、心臓の鼓動も胸からではなく、エンジンから響くようになる。 「……マルチ。そろそろ行くぞ」 「了解ですじゃ。フェザーのおっちゃん、バイナラー」 タイヤから煙を吹き上げながら、矢島の操るフォードRX-21がストリートを疾走していく。 フェザーはそれを見送った後、ある人物の個人端末に連絡を入れた。 HIROSHIMAは混乱していた。 カンツェロ事件の突然の幕切れ。意外すぎる犯人像。 パジェントリー司祭と芳晴という人物を知っている者達は沈黙を守っているが、何も知らない者達はエルスペスールが モニター越しに話す言葉を素直に信じている。中には、芳晴を一刻も早く捕えようと独自に動き出すガーディアン達もいた。 ディアブロ解放地区でも、その「凶悪犯:城戸芳晴」の女であるエビルがいなくなったことで、一部のディアブロ達が 騒いでいた。彼らはまだ、他の者達、ルミラやメイフェア、アレイ、イビル、たま、などが姿を消していることに気付いていない。 「弾を用意しておくベキダナ」 レオニダスは騒ぎ立てる連中を放っておいて、戦う準備を整えていた。 ディアブロ達が潜む、HIROSHIMAの森。 芳晴はエビルとルミラに連れられて、「教団」の中では禁忌とされていた場所に足を踏み入れていた。 「うにゃん? いつも弁当くれる兄ちゃんにゃりん」 ディアブロの隠れ里で待っていたのは、エビルの友人であるイビルとたま。後は、見たことのない魔法使い風の女性と 可愛らしい顔には不似合いなボディアーマーをつけている少女。 「ルミラ様。人間をこの場所に入れていいのか?」 「まだ噛み傷が足りないみたいよ、エビル?」 「ルミラ様っ!」 いつもは冷静なはずのエビルが怒っている。 イビルは芳晴の指先に小さな噛み跡を見つけて、頬を赤く染めた。 「そっ、そういうことなら文句はねえよ、うん。はっ、ははは……」 気まずそうにエビルから視線を外すイビルに、たまが尋ねた。 「随分と物わかりがいいにゃ? 何かあったのかにゃ?」 「あたい、人間だから、ディアブロだからっていうのは止めたんだよ。どっちも変わりゃしねえんだもの」 「でも、浪漫ですわ。「教団」のガーディアンと愛し合うなんて。きっと、多くの苦難を乗り越えて、お二人は’結ばれた’のでしょうね」 ボディアーマー姿の少女が、うっとりとした顔で空を見上げて言う。 ゴンッ! 少女の被っているヘルメットが、エビルに殴られて派手な音を立てた。 「いった〜い! 何をなさるんですの、エビルさん?」 「その話題は禁止らしいわよ、アレイ」 「メイフェアさんは憧れないのですか? とても素敵なことだと思うのですけれども」 「恥ずかしいと思う年頃なのよ、色々とね」 魔法使いの女性、メイフェアが、ボディアーマーを来た少女、アレイをたしなめる。 「あなたは人間……ですよね?」 芳晴の質問にメイフェアはうなずいた。 「「教団」にだって、メタヒューマンの信者はいるでしょ? それと同じことよ、芳晴くん」 「俺は……大丈夫だと思いますか?」 「エビルの血を飲んだんでしょう? なら、なにも問題はないわ。あなたは身内よ」 メイフェアがうなずき、他の者達も当然のように首を縦に振った。 「このまま森に隠れていれば、事件はいずれ風化するわ。あなたは心配せずに、ディアブロとして生きていけばいい。昔の私みたいにね」 芳晴は胸に疑問を抱き続けていたが、今はルミラ達に従うことにしたのだった。 そして、一週間が過ぎた。 森の中には情報はは入ってこない。 「教団」の僧衣を脱いだ芳晴は、ディアブロの民族衣装に着替え、穏やかな日々を過ごしている。 「芳晴。飯ができた。降りて来い」 エビルに呼ばれた芳晴は木造の階段を降りて、一階のエビルが待つ部屋へと向かう。 エビルと同じ屋根の下での、平和な生活。 確かに、自分はこういう生活を望んでいた。 だが、何か間違っている気がする。 「……どうした、芳晴。また、味付けを間違ってしまったか?」 スプーンを持ったまま、何か考え込んでいる芳晴に、エビルが心配して声を掛けた。 「いっ、いえ、なんでもないです。美味しくできてますよ」 「そうか、それならいい」 エビルは少し微笑んだ後、食事を続けた。 大切な人と一緒に、穏やかな生活を続ける。 他に、何を望むというのだろうか? 俺は、何をしたいのだろうか? 芳晴は胸に残る悩みを抱えたまま、ディアブロの集落の仕事を手伝うため、新居から出た。 ゴトンッ、ゴトンッ! 派手な音を立てて、切り倒された木の束が転がる。 「芳晴さん、お疲れ様でした〜。これだけあれば、十分だと思いますわ」 自分の胴体よりも太い材木を軽々と抱え上げながら、アレイは嬉しそうに言う。対して、芳晴はゼエゼエと荒い息を吐いている。 「すっ、すごく力持ちですね、アレイさん。俺、ガーディアンのはずなのに、全然かなわないです」 「そんなことないですよ、芳晴さん。普通なら、みんな途中で倒れてしまいますもの」 芳晴は額に冷や汗をかきながら、引き摺って運ぶために材木にロープをかけた。 「芳晴さんとエビルさんに子供ができたら、また木を倒さなくてはなりませんね。今の家では手狭でしょうし」 「あっ、あはは……そうですよね、ええ」 そこまで先のことを考えていなかった芳晴は、アレイに適当な相槌を打つ。 そして、この一週間、ずっと気になっていることをアレイに聞いた。 「ところで、その……街がどうなっているか、御存知ありませんか?」 アレイは時々、ルミラのボディガードとして一緒に森の外へ出ている。彼女なら、何か知っているかもしれない。 「佐野司祭が、事件の真相について一生懸命に語っています。街のディアブロ達もそれを信じ込んでいますわ。普段、「教団」を 毛嫌いしているのに、こういう時だけは素直に信じてしまう。理解できませんわね」 「やはり、俺が犯人にされたままなんですね……」 「この森にいる人達は、みんな、そんなことは信じていませんもの。心配なさる必要はございませんわ」 アレイの丁寧な言葉が、今の芳晴にはありがたい。 だが、安全な場所にいるのは、自分ひとりだけなのだ。 「この森はいい所だと思います。みなさん、自然と調和して暮らしてらっしゃいますし」 「最初は、こんなに暮らしやすくなかったんですよ。私たちの先祖が森と話し合い、ようやく手にした場所なんです」 「あの……では、なぜディアブロの方々は街に出るのでしょうか? HIROSHIMAにある、みなさんの場所は解放地区という 名前ですが、実際にはとても住み難い場所だと思います」 芳晴の質問を聞いたアレイは、何も言わずに自分の左手のカバーを外した。 そこに見えたのは、プラスチックと金属、電子回路と配線で構成された、作り物の腕。 「昔、私が産まれた頃、森の川に毒が流されたことがありました。母親がその水を飲んでしまったため、 私は手足を失って産まれてきたんです」 「……毒?」 「珍しいことではありませんわ。「教団」の施設から運ばれてきた廃棄物が森に捨てられる。何も知らない私達が それに触れて被害を受ける。昔からよくあることでした」 「……」 芳晴はアレイに答えられなかった。そんな事があるとは、聞いたこともなかったからだ。 「私に機械で出来た手足を与えてくれたのは、お優しいデュラル様。ルミラ様のお父様ですわ。「教団」との和平を 唱えられていた方で、見返りもなしに、私を助けてくださいました。「教団」の親ディアブロ派の技術者に話をつけて、 色々としてくださって……私の手足は「教団」の技術で作られたんです」 「アレイさんは……僕達を恨んでいますか?」 アレイは芳晴の質問に首を振った。 「難しいですわ。私から手足を奪ったのが「教団」なら、新しい手足を与えてくれたのも「教団」。嫌いな人もいれば、 好きな人もいる。それが一番、正しい答えでしょうね」 「僕は何も知らなかった……どうして、あなた方が森から出てくるかわからないまま、トリガーを引いていました」 「仕方ありませんわ。私もルミラ様のお考え全てを知っているわけではありませんもの。どこでも似たようなものです」 「アレイさん……」 「悩んではいけませんわ、芳晴さん。大丈夫、森はあなたを受け入れてくださいましたもの」 アレイの言葉にうなずくように、木々がざわめく。だが、芳晴はまだ、何かを心に残しているようだった。 暗い森の中にそびえた高い木々の上から、ディアブロの貴族達の声が聞こえる。 「この若者が、新しい我らの仲間か」 「「教団」の信者だと聞いているが?」 「そう。元「教団」のガーディアン、それもSランク。少し風変わりですね」 貴族の一人に、ルミラが堂々と答える。 「城戸芳晴です。よろしくお願いします」 芳晴も臆せずに、木々の上にいる貴族達に挨拶をした。 「似ているな」 「うむ、似ている。あの女の側で戦っていた、勇敢な男に」 「名前は確か、パジェントリーと言ったか?」 聞き慣れた名前を聞いて、芳晴の動きが止まった。 「パジェントリー司祭を御存知なのですか?」 「知っている」 「我らは知っている」 「敵ながら、尊敬に値する男だった。我らが諸ともに死すべきことよりも、森へと落ち延びることを選んだのは、あの男のためだ」 「よい男であった。我らは皆、好敵手としてパジェントリーのことを尊敬していた」 「今は、つまらぬ男に捕らわれている。忌むべきことだ」 芳晴はパジェントリーが拘束されていることを思い出して、うつむいた。 「エビルはよい若者を伴侶に選んだ。ルミラよ、よい子供を育てたな」 「まだ、そんなに年を取ったつもりはないんですけど……」 不満そうなルミラの言葉を聞いて、貴族達が笑う。 「よい。年若くても強き母になる女はいる」 「そうとも。我らは強く賢い子が一族に産まれることを望んでいる。芳晴とエビルは、その願いを適えてくれるだろう」 「それもまた、おまえの父親が望み、おまえも望む道に繋がるやもしれん」 ルミラは礼をして、貴族達が木々の中へ去っていくのを見送った。芳晴はまだ、うつむいている。 顔を赤くしているイビル。たまはすでに酔いつぶれて、大股を広げて寝転がっている。 「ペース速過ぎんだよ、弱いくせに」 「ぶにゃ〜ん……いい気持ちにゃ〜」 「風邪を引くといけないから」 芳晴が毛布をかけると、たまは本格的にイビキをかき始めた。 「面倒見いいよな、あんた。孤児院で働いていたって?」 「ええ。そこで育って、そのまま働いてって感じなんですけど。他にできる仕事もありませんから」 「ガーディアンっていうのは、もっと乱暴でガサツな連中だと思っていたんだけどな。あんたが特別なのか?」 「確かに、芳晴は優しい」 酔って、少し目が据わっているエビルが、イビルの言葉を認めた。 「俺が特別なわけじゃないです。確かに、ガーディアンの一部には暴力で物事を解決しようとする者達もいますが、 ほとんどはアルテー様の教えを守っている人ばかりです。俺と同じように」 「言っていることが正しいのはわかるんだけどさ。やっぱり、尼さんの唱える経文だけじゃ、世の中うまくいかないんだよ」 イビルの言葉に、芳晴がうなずく。 「そうですね……この森に住んで、いろんなことがわかりました。俺はディアブロの方々が受けていた苦渋を知らなかった」 「多分、あんたが尊敬するアルテー様も御存知ないんだろうなあ。中に入った奴が好き放題なことをする。どんな組織でも あることさ」 「俺は……」 「悩むなよ。今はエビルのことだけ考えろ。噛まれ足りないんじゃねえか?」 イビルはそこまで言って大きく笑おうとしたのだが、 ゴンッ! エビルに頭を殴られて、言葉を失ってしまった。渾身のパンチである。コブが出来ているかもしれない。 「いって〜! 本気で殴んなよ、エビルっ!」 「そういう話を芳晴にするな」 「別に、隠すようなもんじゃないだろ」 エビルとイビルが仲良く喧嘩をしている。 芳晴は二人を見ながら、こんなことを考えていた。 今、自分は幸せなのだろう。 そう、自分だけは。 だが、アルテー様は自分一人が幸せになる道を教えてくれたのだろうか? 今の自分は、何かを間違えている。 連日、アークタワーの一階で開かれる記者会見の場。 エルスペスールの度重なる情報操作により、すでに「城戸芳晴=スクワッター殺しの犯人」という図式は完成しつつあった。 これを受けて、パジェントリーさえ引きずり落としてしまえば「教団」の全権は佐野のものである。 アルテーはしばらく神輿として抱えておいて、機会を見て始末してしまえばいい。 佐野は深い満足を感じながら、記者達の前に座っていた。 「……違う」 その時、佐野の横で、少女の呟きが聞こえた。 ----------------------------------------------------------------------------------------------- Glossary of Slang l007.Ronin……………浪人。フリーランスの暗殺者、傭兵の意味。 l015.Thx………………Thank youのくだけた言い方。ネット用語。http://www.urban.ne.jp/home/aiaus/