東鳩ラン外伝/シャドウエッジ Episode-6 投稿者:AIAUS 投稿日:3月19日(月)13時17分
>>>>>[Hoi! Whackedなテロリスト、KANZEROの正体がわかったってさ。なんと、ディアブロのガキなんだと]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[信じられないわね。子供が、あたし達Runnerでも苦戦するGuardianを手玉に取れるなんて]<<<<<
--Tokihime

>>>>>[Wizardは外見どおりの年齢とは限りませんよ。誤魔化す方法はいくらでもあります]<<<<<
--Hyakko

>>>>>[メイジっていうのは不自然な連中ね]<<<<<
--Tokihime

>>>>>[そりゃ、おめえは歳取らないから、そういうこと言えるんだろうけどよ]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[健康な者が病人の苦しみを理解することは難しい。そういうことじゃな]<<<<<
--Flame-Hammer

>>>>>[おい、話がずれているぜ。今は老人問題のことじゃなくて、KANZEROのことが話題なんだろ? 実際のところ、
どうなんだ? 爺が子供に化けているだけだって、Hyakkoは思うのか?]<<<<<
--Murasame

>>>>>[いいえ。僕ら錬金術学派ではなくて、ディアブロのことですからね。もしかすると、ディアブロは幼年で
魔法の能力に優れた個体が出てくるのかもしれませんし]<<<<<
--Hyakko

>>>>>[思い上がったガキの先走りかよ]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[強力な魔法を使えるのであれば、充分に脅威です]<<<<<
--Hyakko

>>>>>[そんなもので殺されてはたまらんな]<<<<<
--Flame-Hammer

>>>>>[まったくだ]<<<<<
--Murasame

>>>>>[Murasame-sama? プレゼントは届きまして?]<<<<<
--Kozuka

>>>>>[……どこで、俺のベッドを知りやがったんだ。確かに届いたよ、カタナが一本な]<<<<<
--Murasame

>>>>>[Yah! Samurai-Artistの誕生だぜ! Murasame参上でござる、Nin、Nin!]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[それ、Samuraiと違うよ]<<<<<
--Tokihime

>>>>>[私だと思って大事にして下さいましな。それは現存する数少ない’太刀’ですから]<<<<<
--Kozuka

>>>>>[あのな、こんなもん送られても困るんだよ]<<<<<
--Murasame

>>>>>[おいおい、Murasame。好意とクレッドは素直に受け取るもんだぜ]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[冷やかすな]<<<<<
--Murasame

>>>>>[俺からも頼む。受け取ってやってくれ]<<<<<
--Rage-Horn

>>>>>[Trogのキューピット? 牙の生えた天使って、あまりかわいくないんだけど]<<<<<
--Tokihime

>>>>>[ったく。送り返そうにも、俺はKozukaのベッドを知らねえし。わかったよ、ありがたく受け取るよ]<<<<<
--Murasame

>>>>>[Tenorioはいいねえ。俺もFanから、何か受け取りたいもんだ]<<<<<
--Black-Clcok

>>>>>[何が欲しいのよ]<<<<<
--Tokihime

>>>>>[狐の毛皮が欲しいな、今のところ]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[Mierda!]<<<<<
--Tokihime


   Chatting from"NET-TENGOKU#674"(??:??:??/03-21-XX) 

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   「東鳩ラン外伝/シャドウエッジ」


 episode-06「雨」


 ゴポゴポゴポ……。
 培養槽の中で静かに眠っているのは、ディアブロの少年。
「記憶物質、注入完了しました。新しい人形の完成です」
「よろしい。さすがに十体目ともなると手際がよくなってくるな」
 佐野は研究員の報告に満足そうにうなずいた。
「このところ毎日ですからね。さすが佐野司祭が調整したGuardianです」
「No.44860のことかね? それとも、No.77473のことかね?」
「もちろん両方ですよ」
「これだけ広大な研究施設で、幾多の実験材料に恵まれた。当然の結果だと思うがね」
「いいえ。佐野司祭の才能があってこそです」
 研究員の世辞をまんざらでもない様子で聞きながら、佐野は培養槽の中にいるカンツェロの幼さが残る顔を観察していた。
「…………」
 その様子を、静かに影から見つめる者が一人。
 黒装束の忍者のような格好をした男フェザーは、いつものおどけた様子は微塵も見せずに、佐野が行っている人体実験の
様子を見張っている。目の前で展開する残酷な風景に、フェザーの目は全く動揺の色は見せていなかった。


 退屈なドライブ。
 後ろでベンツのエンジンが咆哮を上げているのが聞こえる。数は六台。
 ハイウェイを吹く風に紛れて、ダダダッとSMGの発射音が聞こえてくるが、矢島の駆るフォードRX-21の
ボディはチタンでできている。拳銃弾が何発当たろうとも関係が無い。ましてや、すでに速度計は200Km/hを
差しているのだ。当たっても傷一つつけられないSMGの弾は、当たる見込みもないのに休みなく発射されている。
 矢島は、この速度で窓からSMGを撃っているHIROSHIMAヤクザに声援を送りたくなった。
「暇な連中なんじゃよ。一体、ベンツを何台持っておるんじゃろうか? 「SEIBU-POLICE」みたいじゃなー」
 RX-21に搭載されている人工知能「マルチ」が試しに後部銃座を黒いベンツの群れに向けると、彼らは慌てて
回避運動を取った。
 ゴンッ、ゴンッ!
 統率が取れていない連中が急制御を加えたので、ベンツの群れはお互いにぶつかり合い、玉突き衝突を起こした。
 その様子はまるで、黒いボールで行われるビリヤード。
 矢島はボディをへこませて小さくなっていくベンツ六台の姿をバックミラーで見ながら、助手席に座っている玲奈に告げた。
「今日は少し、遠めにドライブするぜ」
「どこに行くつもりなの、矢島君? 海岸なんて素敵だと思うけど」
「ギニャ! ボディが錆びるから反対なんじゃよ!」
「おまえのボディ、チタン製だろうが」
 矢島につっこまれてマルチは渋々黙る。人工知能でも「嫉妬」という感情は持ち合わせているらしいが、矢島は
そんなことには微塵も気を払わずにフォードRX-21の鼻先をフェザーに教えてもらった建物がある方角へと向けた。
「いつまでもパッセンジャーシートが寝床じゃかわいそうだろ? お嬢さんをふかふかのベッドに帰してやりたくてね」
「ヤクザの建物を襲うですか? あまり派手なことをすると「教団」の治安維持部隊が出てくるんじゃよ。わし、
対戦車ヘリと追いかけっこは嫌ですよ」
「私が依頼した内容は逃亡を手伝ってもらうだけのはずよ?」
 不思議そうに尋ねる玲奈に、矢島は手を横に振って答える。
「フェザーさんからのビズがあるんでね。こいつはサービスだ。それとも、昔の仲間を撃つのは気が引けるかい?」
「いいえ。無料サービスなら、ありがたく世話になるわ」
「やはり、あんたって怖い女なんじゃよ」
 にっこりと笑っている玲奈を、マルチはそう評した。
 緑色のフォードRX-21が、玲奈を利用しようとするヤクザ・ボスのアジトへと駆けていく。彼が陽気な死神の訪問を
知った頃には玲奈は自由の身になるだろう。

「遺留品の回収を急げ。チリ一つが手掛かりになることだってある」
「わかってますよっ!」
 専属チームが調査を開始する声を聞こえた。
 今夜も辛うじてカンツェロを撃退できた芳晴と那美は、救護車両の中で休んでいる。
「……あまり、感心しないわ」
 紙コップの中のコーンスープをすすりながら、那美は芳晴にそう言った。
「戦い方が? 弾は全部命中したはずだけど」
 那美は真面目な顔で芳晴の顔を見たあと、目をそらした。
「……そうじゃない。ディアブロの女と付き合っていること」
 芳晴は紙コップを持ったまま、顔をしかめた。
「エビルさんのことか。彼女の母親は人間だし、ちゃんとSINを得て「教団」の施設で働いている。問題なんてないはずだ」
「……たとえ、半分が人間でも、ディアブロは血を吸うもの。人間と違うわ」
「その話題はやめよう。「教団」には説教好きな人が多くてね。聞き飽きたよ」
「……あなたのためなのに」
 那美は紙コップの中の白いプールに浮かんでいるコーンの粒を見つめている。芳晴は自分が大人気なかったのではないか、と思った。
「そういえば、いつも君と一緒にいるウジェーナク司祭って、どんな人なんだい? 俺はあまり話したことがないんだけど」
「……あなたにとってのパジェントリー司祭」
 ただの上司、という意味だろうか? 芳晴は首をひねった。
「俺にとっては、パジェントリー司祭は父親代わりだったよ。いつも余裕の笑みを浮かべていて、でも、仕事は一流。
誉めるべき時には誉め、叱るべき時には叱る。そういう人だ。那美にとって、ウジェーナク司祭はどんな人なの?」
「……鎖よ」
 自分の目の前にいる白い髪をした少女が落ち込んでいく様子を見て、芳晴はいたたまれない気分になった。幼馴染のコリンは
彼を優し過ぎる男だと言ったが、それは的確な評価なのだろう。
「そういえば、那美が操っている剣があるだろう。それには名前はついていないの?」
「……名前?」
「そう。たとえば、俺の相棒はこれ。「SABAKI」っていう名前が付いている」
 芳晴はホルスターから愛銃「SABAKI」を取り出すと、一世紀前のガンマン映画の主人公がしたようにトリガーを中心にして
クルクルと銃を回した。そして、大げさな格好で銃を構える。
「那美の相棒には、名前はついていないの?」
「……カツパルゲル」
 那美が何かの名前を口にすると、空中から一振りの長剣が現れた。そして、芳晴の銃がやったように器用に空中をクルクルと
回転する。芳晴は孤児院の子供達を相手にするのと同じ要領で、大げさに喜んでみせた。
「すごいな。カツパルゲルっていう名前か。確かに、強そうな名前だ」
「……タルワール、エペ」
 那美は少しだけ嬉しそうに微笑んで、次々と新しい長剣を召還していく。芳晴は那美が喜んでくれたことが嬉しくて、
時間を忘れて、彼女の相棒の自己紹介に付き合ってやった。

 その頃の救護班。
「おい、なにやっている? もう帰還する時間だぞ」
 恐ろしげに救護車両の中の様子を見ていた隊員二人は、帰還をうながした隊長に自分達の席を譲った。
 中で行われているのは、支える者もいないのに空中を舞っている長剣のショー。それを「教団」のガーディアン二人が
楽しそうに見守っている。隊長はだまって扉を閉めた後、隊員二人に言った。
「危険な任務の志願者はいるか?」
「「嫌でありますっ!」」
 部下達の予想通りの言葉にうなずきながら、隊長は支払済みクレッド・スティックを隊員に投げて渡した。
「それで、みんなが食べるものを買って来い。二時間も待てば終わるだろう」
「了解でありますっ!」
 近くの24時間経営の店に走っていく部下を見守りながら、隊長は帰宅が遅くなることを歎いて、深く深く溜め息をついた。


 情報渦巻く電子世界、マトリクス。
 三角錐を上下に二つ並べた、太い針のような建物。その周りを飛んでいるのは、人の顔と獅子の胴体を持つ天使ケルビム。
背中にある翼で羽ばたきながら、ゆったりと建物の周りを周回している。
 一、二、三……。
 二十を超えた辺りで、コリンはケルビムの数を数えることを止めた。
「あれって、全部ブラックICかなあ」
 コリンはウィルの事件を調べようと思って、佐野司祭のデータベースにアクセスしようとしたのだが、あまりの警戒の厳重さに
計画を断念した。あんな数のケルビムに一斉に襲いかかられたら、悲鳴を上げる暇もなくコリンの脳は焼かれてしまうだろう。
「佐野司祭らしいっていえば、佐野司祭らしいんだけど」
 コリンはブツクサ言いながら、電子世界で彼女の背中に生える羽をはためかせて、ゆっくりと巨大な針状の建物に近づく。
 コリンが近寄ってきたので、建物の周りを飛んでいたケルビムの一匹が話しかけてきた。
「Bクラス・エンジェル、コリンさんですね? ここから先の閲覧は許可が必要です。許可をお持ちでないようでしたら、
申請してからもう一度お越しください」
「ううん。違うの。迷い込んだだけ。ごめんね」
 コリンが軽くてを振って去っていくと、ケルビムは再び建物の周りを回り始めた。
 優秀なエンジェルを何人も作ってきた佐野は、裏切りに対しての対抗策もきちんと準備していたようだ。コリンは軽く舌打ちして、
カンツェロの足跡を探すという情報部本来の仕事へと戻った。

 パチっ。
 こめかみにあるジャックからコードを引き抜き、電子世界から現実世界への帰還を果たしたコリンは、情報部の椅子に背を預けて
次に行うべきことを考えた。
 ウィルの暴走事件がただのサイバーウェアの不調だとは思えない。
 暴走事件の直前、ウィルは何かを探っていた。
 これまでユンナの周囲を幾度もなく当たって調べてみたが、ウィルの恋人である彼女も彼が何をしていたか知らないようだ。
 ウィルが起こした虐殺事件とカンツェロの凶行は共通点があるように思えてならない。
 ウィルの事件はただの暴走で、カンツェロの事件はただのテロなのか?
 いや、きっと背後に何かが隠されている。
 コリンはまだ、なにも納得していなかった。


「家にはいないぞっ? 探せっ!」
「くそっ! やっぱりエビルの奴、スパイだったのかっ!?」
「街から出ているはずがないっ! 虱潰しで探すぞっ!」
 真昼のディアブロ解放地区で騒ぎが起きていた。母親が人間であるエビルが「教団」と通じているのではないか、と疑い始めた連中が、
彼女をなぶりものにしようとして街中を探している。
「……「教団」とやっていることはかわらないわね」
 そう言いながら、ルミナ配下の魔術師メイフェアは地下室に放り込まれていたイビルの縄を解いた。
「あら、あら。女の子の顔を殴るなんて。とんでもない連中ね」
 メイフェアは濡らした布で青黒く晴れ上がったイビルの頬を拭いてやる。
「イチッ! あたいはいいから、エビルはどうなった!?」
 頬の痛みに顔をしかめながら、イビルは友人の安否をメイフェアに尋ねた。
「レオニダスが連絡してくれたおかげで、どこかに隠れることができたわ。今は、彼が血迷った連中を遠くへ、遠くへと導いている。
エビルは大丈夫よ」
「……あたい、あいつらと同じ顔していたんだな。情けねえや」
 落ち込むイビルの肩を、メイフェアがそっと支える。
「まだ、やらなきゃならないことは残っているわ。もっと大きな風が、嵐がHIROSHIMAに吹くから」
 イビルはメイフェアの言葉に、黙ってうなずいた。


 ポツ、ポツ……。
「にゃん? 雨が降り始めたにゃ。困ったにゃりん」
 たまが身に付けているエキゾティックの耳と尻尾が、せわしなく左右に動いた。
「たま、ここでいい。後は自分で逃げられる」
 エビルの赤い髪に小さな水滴がつき始めた。たまはいつも表情を変えない友人の苦境を思って、首を横に振った。
「だめにゃ。おまえ、隠れるところもないにゃりんよ。それが見つかるまでは離れられないにゃ」
「たま。このままでは、お前にも疑いがかかる。レオニダスがみんなの気をそらしている間に戻れ」
 雨音が激しくなってきた。
「どうするつもりにゃん? おまえ、クレッドもそんなに持ってないはずにゃん」
「行くアテはある。たまもよく知っている奴のところだ」
 たまはしばらく考え込んだ後、自分達にいつも弁当をくれる親切な人物の顔を思い起こした。
「……そこまで信じられるにゃりんか?」
「あいつに裏切られるのなら、それでも構わない。だから、問題はない」
 たまは自分の体についた雨粒を払いながら、エビルの赤い瞳を見つめた。彼女は軽率な行動をするような人物ではない。
「わかったにゃん。連絡はいつもの方法で。幸運を祈るにゃ」
 たまはエビルに一礼すると、そのまま彼女を置いて去っていった。エビルは無言で、たまを見送る。
「さて……どうしたものか」
 たまには強気なことを言ったものの、正直、彼が自分をかくまってくれるかどうかわからない。
 母親が人間であるエビルにとって、こういう事態は珍しいことではなかった。何か不都合なことがある度に、無関係なはずの自分が
原因にされてきた。人間でもディアブロでもない中途半端な存在は、虐げられる者達にとっては便利な道具なのだろう。
 はたして、彼もそういった人々と同じなのだろうか。
 そうではないという保証はない。
 イビルとたま、ルミラ、メイフェア、アレイは、何度も裏切られた後にやっと見つけた友人たちだ。
 平然と人を裏切って、なんとも思わない者も世の中にはたくさんいる。
 だが、エビルは彼がそうではないと信じている。
 だから、エビルは芳晴の部屋のドアを叩いた。


 雨音。
 カンツェロを撃退するために、芳晴は毎晩のように夜の街の巡回に繰り出されていたが、今夜は佐野司祭配下のSクラス・ガーディアン、
タイザンが芳晴の代わりに巡回することを希望したため、休みを取れることになった。
 芳晴は作業台で愛銃「SABAKI」の分解整備を行いながら、自分が撃ってきた銃弾の意味について思いをはせていた。
 コン、コンっ。
 誰かが部屋の扉をノックした。この時間に訪ねてくる人物と言えば、芳晴はコリンぐらいしか知らない。しかし、コリンであれば、
ノックなどせずにそのまま鍵を開けて入ってくるはずだった。あの悪癖はいくら注意しても、鍵を変えても直らない。
「コリンか?」
 芳春は端末をつけて部屋の扉についているカメラで、訪問客の顔を確認した。
 そこにいたのは、雨でグショ濡れになったエビルだった。
「エビルさん? どうして、こんな時間に?」
 芳晴はあわてて玄関まで走り、部屋の扉を開けた。
「芳晴……」
 全身濡れネズミになったエビルは、何かを訴えるような目で芳晴を見上げている。
「とにかく、早く中に入ってください」
 芳晴はためらっているエビルの手を引くと、すぐに彼女にタオルを渡して、彼女をシャワールームへと押し込んだ。

 ザーっ……。
 外で降る雨音と、シャワーのお湯がエビルの体を伝って流れる音が不思議な合唱を奏でる。
 芳晴は赤くなる顔を元に戻そうと手の平でピシャピシャ叩きながら、エビルがシャワールームから出てくるのを待った。
「あの、着替え、ここに置いておきます。といっても俺のシャツぐらいしかないですけど」
「構わない。押しかけたのは私なのだから」
 ガラス越しにエビルのシルエットが映る。引き込まれそうになる目を力づくで逆方向へ向けると、芳晴は教祖アルテーに教わった聖句を
唱えながら作業台のところまで戻った。

 なぜ、こんな時間に、俺の部屋にエビルさんがやって来るんだろう?

 芳晴は不埒な想像をしてしまう自分を抑えるのに苦労しながら、そんなことを考えていた。
 ガチャ。
「芳晴、ドライヤーと服を借りた。突然、押しかけた上に、さらに迷惑をかけているな」
「いっ、いえ。そんなことはないですよ。むしろ、嬉しいくらいで……」
 変なことを言ってしまった、と芳晴は頭を抱えた。Yシャツ一枚のエビルは、不思議そうに芳晴を見つめながら、芳晴のベッドへ座った。
エビルの素足に目が行きそうになった芳晴は、再び教祖アルテーの聖句を唱えながら、そこから目を背けた。
「あの、なにかあったんですか?」
「寝ぐらを追い出された。私の母親が人間で、その私が人間と同じ場所で働いていることが不満らしい」
「……ひどい」
 それまで赤くなっていた芳晴の顔が、急に引き締まって戦士の顔になる。ガーディアンの青年、芳晴は、ディアブロの少女、エビルが
受けた仕打ちを聞いて、怒りに震えていた。芳晴の怒気を感じて、エビルはしばらく言葉を止める。
「なぜ、エビルさんが追い出されなきゃいけないんです!? 悪いのはカンツェロ一人のはずでしょう?」
 芳晴の言葉を、エビルは静かに首を横に振って否定した。
「スクワッター殺しの疑いが、’白い魔女’にかかっている。芳晴と一緒に戦っている、白づくめの少女のことだ。百人以上の人間を
刃物だけで殺せる者はガーディアンしか考えられない。彼女は数十本の長剣を魔法で操ってみせるという。みんな、彼女を疑っている。
「那美のことをですか?」
「そうか。芳晴の戦友は那美という名前か。その那美と一緒にカンツェロを追い払っているのが芳晴。芳晴と同じ職場で働き、親しくしているのが私。
だから、そこに何かの関係があると、私を追い出した連中は思ったのだろう」
「そんな滅茶苦茶な理屈が……」
「理屈はいらない。ディアブロは「教団」に抗う術がない。だから、より弱いものを見つけ出して迫害しようとする。昔からあることだ」
「……俺は、認められません」
 芳晴が自分のことで怒ってくれている。エビルはそのことに、不思議な満足感を感じていた。
「二、三日かくまってくれないか。その間にアタリをつけて、他に隠れる場所を見つける」
「他にって……エビルさん。見つからなかったら、どうするつもりなんですか?」
「芳晴に迷惑をかけるわけにはいかない。その時はあきらめ……」
「あきらめるなんて、駄目ですよっ!」
 芳晴は大きな声でエビルの言葉を遮った。いつも静かな光を放っているエビルの赤い目が、わずかにゆらぐ。芳晴は立ち上がってエビルが
座っているベッドまで駆け寄り、彼女の小柄な体を抱き締めた。
「騒ぎが治まるまで、いや、治まらないのならずっと、俺がエビルさんを守ります。だから、そんな気弱なことを言わないでください」
「芳晴……」
 クチュ。
 エビルの白い指に赤い玉が浮かぶ。エビルが自分の歯で自身の指を強く噛んだからだ。
「エビルさん?」
「聞いたことがないか? 私達ディアブロが血を吸う種族であることを」
 白い指先に浮かぶ赤い血の玉を見つめながら、芳晴はうなずいた。
「ええ。しかし、それはディアブロをHMHVVウイルス感染者と誤解させる悪質な噂だと聞いていました」
 芳晴の顔はわずかにとまどいの色を浮かべていた。エビルは言葉を続けるべきかどうかためらった後、芳晴を信じることを選択した。
「私達は食事としての吸血はしない。ただ、愛を確かめ合う時に吸血をする。それも相手の血を吸うだけではなく、自分の血を相手に吸って
もらうのだ。私の母親は父親の血を受け入れることで、私という存在を残した」
「……」
 芳晴は無言で、エビルの指先に浮かぶ赤い血の玉を見つめている。
「芳晴。私を、私の血を受け入れてくれるか?」 
 エビルはゆっくりと、何かに怯えるように指先を芳晴の近づけた。
「……エビルさん」
 芳晴はためらうことなく、自分の指先をエビルの口元へと差し出す。
「芳晴……ありがとう」
 クチュ。
 エビルの犬歯が、芳晴の指の皮を裂いた。そのまま、エビルの小さな舌が芳晴の指先に浮かぶ赤い玉を舐め取る。芳晴も
そうすることがわかっていたかのように、エビルの指先にある赤い玉を舐めた。
 雨はまだ、降り続いている。


 深夜のアークタワー。パジェントリーの執務室。
 デスクワークの合間に、パジェントリーは愛弟子である女メイジ・エルスペスールに連絡を取っていた。
 端末の画面に表示される見慣れた顔に、エルスペスールはいつもの調子で話し掛けている。
「他に、新しい情報は見つかっていないのかね、エルスペスール?」
「はい。今のところは何も。気になることがおありですか、パジェントリー師匠?」
「いや、そうではないが。芳晴と七枝那美のおかげで、カンツェロの撃退には連日、成功している。しかし、あまりにも
上手く行き過ぎていると思ってね。「教団」の頭脳がいくら優秀とはいえ、ここまで犯行場所の予測が当たるものではないだろう」
「人を襲いやすい場所というと特定されてしまいますし、カンツェロ自身が芳晴と那美を狙っている可能性もありますよ?」
「ふむ。なるほどな。怨恨が動機のテロリストであれば、特定の目標に執着することも考えられるか」
「それらしいことを当たっておきますが、別件からも調査を進めた方がよろしいかと思います」
「わかった。では頼むぞ、エルスペスール」
「了解しました……ふぅ」
 エルスペスールは端末の画面に表示されていた老師匠の顔が消えると、緊張から解かれて溜め息をついた。
「どうしましょう? 師匠は気づいてしまったようです」
 不安そうに言うエルスペスールの言葉を、白衣の男が一蹴する。
「ふん。もう遅いさ。今夜にも計画は次の段階に移行する。もうすぐ、HIROSHIMAの全てが私とおまえ、二人のものになるぞ」
「はっ、はい……嬉しいです、佐野司祭」
 佐野は薄く笑いながら、エルスペスールの腕を引き寄せた。


「本当にやる気か? 無謀だ」
 レイジホーンの言葉に、コヅカは首を小さく横に振った。
「もう、覚悟は決めましたの。ムラサメ様に’太刀’も渡せましたし」
「何が、おまえにそこまでさせる? 名誉も金も命と比べれば、意味のないものだ」
「そうですわね……私達メディアの目を、この程度でくらませると思っている人に、現実というものを
わからせてあげたい。そんなところかしら?」
「レポのプライドか? 付き合わされる方はたまったものではないな」
「追加のクレッドは受け取ってくださいましたでしょう?」
 悪戯っぽく微笑むコヅカ。レイジホーンはあきらめたのか、SMGを構えなおした。
 彼らの目の前にそびえるのは白亜の塔、アークタワー。
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 Glossary of Slang 

l001.Whacked …………ラリっているか、頭がイカレるかしている人のこと。
l005.Wizard……………魔法使い。
l031.Samurai-Artist……Artistは優秀な殺し屋の意味。ここでは、「Samuraiのコスプレした奴」ぐらいの意味である。
l031.NIN,NIN……………有名な子供番組「Ninja-Boy:Hattori」の主人公の口癖。
l049.Tenorio……………スペイン語が起源で、「プレイボーイ」「色男」ぐらいの意味。
l055.Mierda………………スペイン語が起源で、「バカタレ」ぐらいの意味。Tokihimeは狐のトーテムを持つシャーマンらしいので、
「狐の毛皮が欲しい」という発言は侮辱に当たる。前にスペイン語起源のスラングを使ったBlack-Clockに対して、同様の言葉で応じたのだろう。
l157.ブラックIC……………サイバーデッキではなく、それを操るデッカーを直接攻撃する防衛プログラム。ブラックICに攻撃されることを俗に、
「脳を焼かれる」と表現している。


http://www.urban.ne.jp/home/aiaus/SR-DATA05.htm

http://www.urban.ne.jp/home/aiaus/