東鳩ラン外伝/シャドウエッジ Episode-3 投稿者:AIAUS 投稿日:3月13日(火)12時58分
>>>>>>[Hoi! 教団がついに、Trash-Runをディアブロにかましやがったぜ!]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[ガーディアン殺しは単独犯行だったのでは?]<<<<<
--Hyakko

>>>>>[「教団」は、そう思わなかったっていうことさ。巻き添えになった連中には気の毒だがな]<<<<<
--Murasame

>>>>>[硝煙の臭いがする。Business-Timeだ]<<<<<
--Rage-Horn

>>>>>[だれがクレッドを払うのよ? HIROSHIMAにある企業は、全て「教団」の傘下なのよ?]<<<<<
--Tokihime

>>>>>[Yakはいますもの。何かのビズはございますわ]<<<<<
--Kozuka

>>>>>[俺達はRunnerだ。戦争や革命は範囲外だぜ]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[Right! Fumigationやっている場所に飛び込むなんて真似するのは、Trogぐらいよ?]<<<<<
--Tokihime

>>>>>[同感だ。Insectと同じくらい質の悪いZone'sの喧嘩に顔を突っ込む必要はない]<<<<<
--Flame-Hammer

>>>>>[私は行きますわ。何かが起こる予感がするんです]<<<<<
--Kozuka

>>>>>[Ninja-ArtistのFeatherに会いたいだけだろ?]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[Fuh? レスが来ねえ。本気でHIROSIMAに行っちまったのかよ、Kozukaの奴]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[出遅れた。俺も行ってくる]<<<<<
--Rage-Horn

>>>>>[Giniya! MurasameやBlack-Clockは、こっちに来ないですか?]<<<<<
--multi

>>>>>[冗談じゃねえ。Shredderに手を突っ込む馬鹿がいるかよ?]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[儲けられる公算がないからな。交通費も出ないんじゃ行くつもりはないぜ]<<<<<
--Murasame

>>>>>[KANZEROがどんな男なのか、興味はありますけどね]<<<<<
--Hyakko

>>>>>[残念じゃよ。今、ご主人様はFeatherとビズしているのですよ。有名Runnerと出会えるチャンスなんじゃけど]<<<<<
--Multi

>>>>>[Ohps! ピンチじゃないか、Murasame?]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[何がだ?]<<<<<
--Murasame

>>>>>[Fanは大事にしなくちゃ駄目だぜぃ?]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[KozukaはRunnerだ。いちいち口出しなんかするかよ]<<<<<
--Murasame

>>>>>[愛が足りない男だ。人生、楽しまなくちゃ損だぜ?]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[俺の相棒は、その愛とやらのせいで死んだ。なら、そんなものは人生に不必要だ]<<<<<
--Murasame

>>>>>[あー……すまねえ。まだ、ひきずってたんだな]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[いや、こっちも悪かった。愛と言えば、Hyakkoはどうなんだ?]<<<<<
--Murasame

>>>>>[この前、ようやく一緒に食事に行きましたよ。Soykaf飲んで終わりましたが]<<<<<
--Hyakko

>>>>>[四年でSoykafかよ……他の女に乗り換えた方がいいんじゃないか?]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[身持ちが堅すぎる女ってのもね]<<<<<
--Tokihime

>>>>>[いや、ここまで来たら純情を貫き通すべきだろう。Stuffなんざ、何時でもできる]<<<<<
--Murasame

>>>>>[Che……]<<<<<
--Multi

>>>>>[言いかけでも駄目です。チェリーって言うな]<<<<<
--Hyakko

>>>>>[若い者はいいのう……]<<<<<
--Flame-Hammer

>>>>>[Dwarfの爺さんだって、人生を楽しめばいいじゃないか? 枯れるには、まだ早いだろ?]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[オマエさんにはまだわからんだろうが、年齢を重ねるとSlitには興味がなくなるのだよ]<<<<<
--Flame-Hammer

>>>>>[エロジジイ]<<<<<
--Tokihime

>>>>>[いいことを聞いたんじゃよ。待てば、ご主人様を独り占めにできるんじゃな]<<<<<
--Multi

>>>>>[Wa? どういう意味だ?]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[気にしなくてもいいんじゃよ]<<<<<
--Multi

  Chatting from"NET-TENGOKU#674"(??:??:??/03-13-XX) 

-------------------------------------------------------------------------------------------

    「東鳩ラン外伝/シャドウエッジ」



 episode-03「血と焦土」


「なんだよ、なんなんだよ、これはっ!」
 イビルは叫びながら、被っていた野球帽を地面に叩きつけた。
 彼女達ディアブロが暮らしていたストリートのブロック、愛するべきゴミ溜めには累々と屍が並んでいる。女子供の区別なく、
そのブロックにいたディアブロ達全てが、頭や喉、腹を断ち割られて死亡していた。
「レオニダス。生き残っている者を探して。情報を集めなくてはいけないわ」
 地面に拳を打ち付けて泣いているイビルの肩を支えながら、武装したオーク二人に命令を下している女性がいる。彼女の夜の闇のように
冴え渡った濃紫の髪が、まだ血の匂いを運んでいる風で舞っている。
「もう探シタ。ダメだ、一人も生き残ってイナイ。ガーディアン殺しの報復のつもりナンダロウ……徹底的に殺されテイル」
 よく発達した犬歯を持ったホモサピエンス・ロブスタス、オークの戦士は、忌々しそうに虐殺が通り過ぎた街を見回した。
「まだ「教団」の関係者とは決まって……」
「他に、誰がこんなヒドい真似ができるってんだよっ!」
 濃紫の髪の女性の言葉を、イビルは怒りに満ちた声で遮った。その間に、ヘヴィー級のボディアーマーを身に付けた、
別の少女が立ち塞がる。どうやら、濃紫の髪の女性のボディガードのようだ。
「……イビルさん。ルミラ様のお仕事の邪魔をしてはいけません。私と一緒に、殺された皆さんを静かなところに
運びましょう。野ざらしのままでは、あまりにも可哀想ですから」
「畜生、畜生、畜生……」
「ごめん、アレイ。イビルをお願い……たま、なにかわからない?」
 たま、と呼ばれたのは、エキゾティックと呼ばれる生体アクセサリーを身に付けた露店アクセサリー売りの少女だった。
「……薬の匂い? 鋼鉄と流れる血? 目の前を通り過ぎていく水泡?」
 彼女は、血と腐臭にまみれたストリートに残された「なにか」を感じ取っているらしい。ルミラという名の指導者らしき女性は、
眉をひそめて今回の事件に関して思案を続けている。
「メイフェア。あなたはどう思う?」
 ルミラの傍らに立っている女メイジ、メイフェアは、すぐに自分の見解を伝えた。
「報復のゴミ掃除としても、あまりにも行動が早すぎるわ。おそらく、一部の急進派の司祭が独断で行った行動でしょう」
「多分ね。私も、「彼」からは何も聞いていないもの。ここまでやったのも、目撃者を残さないためじゃないかしら」
「ルミラ様……やはり、芳晴たちがやったのですか?」
 震える手を握り締めながら、そう言ったのは、顔面を蒼白にしたエビルだった。あまりの出来事に、いつもは
ポーカーフェイスの赤い瞳が涙で曇っている。
「芳晴? ……あなたが働いている孤児院の同僚のこと? ああ、彼もガーディアンだったわね。どうかしら?
おそらく、何も知らないと思うけど。多分、実行犯は二、三人のはずよ」
「みんなカタナで同じようなやり方で殺されテイル。ルミラ様の言うことは多分、正シイ」
「弾丸じゃなくて、わざわざ刃で。しかも、逃げる時間も与えないほど瞬く間に。ただのゴミ掃除にしては手際がよすぎるわ」
 メイフェアの言葉に、ルミラは黙ってうなずく。
 ルミラは、「教団」がやってきた頃の風景を思い出していた。累々とストリートに転がる屍。有無を言わせないガーディアンたちの
暴力。ほんの二十数年前の光景。
「嵐が吹き荒れるわ、HIROSHIMAに」
 誰に聞かせるということもなく、ルミラはそう呟いた。


 パジェントリーは報告書をにらみつけたまま、机に座って何か考え込んでいる。
 長年、彼にボディガードとして仕えている黒人女ガーディアンのスタンザは、初めて老紳士が怒りに震えている姿を見た。
「完全に先手を打たれたな。尾河にディアブロ解放地区を封鎖させるまでの間を突かれた。本気でやるつもりらしい」
 ブォン。
 パジェントリーのデスクの上に置かれた端末の画面に、彼の愛弟子の姿が映る。「教団」の対外交渉を任されている女メイジ、
エルスペスールだ。いつもは真面目で無表情な彼女の顔が、珍しく赤くなっている。
「パジェントリー師匠。報告書は届きましたか? 大変なことになってしまいました。今、尾河司祭に頼んで、他のディアブロ解放地区の
周りも固めてもらっていますが、スラムにいるディアブロ達は復讐を叫んで集結しつつあります。最悪の場合、本格的な治安維持活動の必要が
出てくるかも知れません」
 急転する事態に、普段は冷静なエルスペスールも興奮してしまっているようだ。
「いや、その心配はない。貴族たちの命令なしには、ディアブロは動かないよ。尾河には現状を維持してもらって、24時間経っても動きがない
ようなら封鎖を解除するように伝えてくれ」
「了解しました。あの、今回の事件は……」
「盗聴されている恐れは常にある。そう教えたはずだな、エルスペスール」
「はっ、はい。失礼しました!」
 パチン。
 端末の画面が消え、エルスペスールの声はパジェントリーの部屋から聞こえなくなった。
「スタンザ。佐野は次に、どういう手を打ってくると思うかね?」
「ディアブロの急進派を焚きつけて抗争を衝突寸前まで持っていくつもりでしょう」
「寸前、というのがポイントだね。苦労知らずの、あの若者らしい手口だ」
 パジェントリーは紅茶に口につけると落ち着いたらしく、きれいに髭が剃られた顎を撫でつけた。
「スタンザ。「彼女」と連絡を取りたい。頼まれてくれるな」
「はい。すでに準備を終えております」
 パジェントリーは満足そうに笑うと、いつものスーツに袖を通した。


「……本日未明、HIROSHIMAのディアブロ解放地区の1ブロックに住んでいる住人113人が、何者かによって殺害されました。
本件は二日前に起こった「教団」関係者殺害事件の報復と見られており、この事件に対して「日本メタヒューマン人権保護団体」は
強い遺憾の意を表明し、正式な抗議文を「教団」に提出した模様です。HIROSHIMA自治区の代表者であるアルテー氏は、この事件に
対しては「調査中であり、コメントすることはできない」、と発言して……」
「やれやれ、ひでえな」
 ピンと空に向かって突き出すように髪の毛を逆立てたレザージャケット姿の青年が、ニュース番組の内容に顔をしかめた。彼が
いるのは、鮮やかな深緑色のフォードRX-21の運転席。シートを横倒しにして、気楽そうに寝転んでいる。彼の名前は矢島。三年前に
東京湾岸レースに参加して活躍したリガーである。
「他の番組に変えるんじゃよ。今、「108身合体ヨクボンガー」をやっているはずじゃから」
 そう喋ったのは、矢島の隣りで彼と同じように倒したシートに寝転んでいるウェーブのかかった髪の女性ではなく、車そのもの、
フォードRX-21「マルチ」であった。車とジャックインによって一体になる電脳ドライバー、リガーにしては珍しく、矢島は愛車に
人工知能を搭載しているのだ。
「あの無理のありすぎる合体場面が素晴らしいんじゃよ。特に、足の部分」
「おまえ、本当にZ級番組にはまっちゃったんだなあ」
「私があげたデータのせいなのかしら」
 呆れたようにつぶやく矢島に、助手席にいるウェーブヘアーの女性がつぶやく。
「「暗黒戦艦モミアゲ」も盛り上がるんじゃよ。特に、あの「モミアゲ波動砲」を発射する場面」
「そうかなぁ……ところで、玲奈さん。迎えの方が来ていますよ」
 フォードRX-21「マルチ」のボディに付けられたマイクから音を拾った矢島は、オフを楽しんでいる隣りの女性に
声をかけた。
「まだ契約期間は残っているはずでしょう。矢島くん、お願いね」
「了解。追いつかれるはずがないとわかっていても、ヤクザとカーチェイスっていうのは気分がいいもんじゃないね」
 1Km先で騒がしいエンジン音が響いている。経験の浅い技術者が馬力だけを上げてチューニングしたことがすぐにわかった。
車種はヤクザ御用達のベンツ。数は四台。挟み撃ちにするらしい。この手は七回目だ。
 彼らの目的は、矢島の隣りにいる女性、花山玲奈を確保すること。
 玲奈はHIROSHIMAのヤクザ・グループ「花山組」の組長の娘である。一ヶ月ほど前に彼女の父親が対立組織に暗殺されて
しまったため、やにわに後継者問題が立ち上がった。政治の道具として利用されることを嫌った彼女は、プロドライバーを
廃業してシャドウランナーとなった矢島に依頼して逃亡を続けている。
「よし、マルチ。とっとと逃げるぞ」
「ぎにゃ。ヨクボンガーより盛り上がりそうにないけど」
 RX-21のトリプルロータリ−エンジンが甲高い爆音を上げて、空気を切り裂く。
 矢島にとっては退屈しのぎにもならない、しかし、ヤクザにとっては命がけのカーチェイスが始まろうとしていた。


 キュキュキュキュキュ!
 ブォン!
「あっぶないなぁ、もう! ここの制限速度、何Kmだと思っているのよっ!」
 タイヤをきしませながら、危険極まりないコーナリングでHIROSHIMAのストリートを駆け抜けて行くベンツに
向かって、コリンは怒鳴り散らした。その横にはいつものように芳晴がいるが、表情はコリンよりも格段に厳しい。
また、今日は「教団」の僧衣ではなくて、漆黒のアーマージャケットを着ている。
「交通担当の警官までディアブロ解放地区の封鎖に動員しちゃったりするから、あんな馬鹿が出てくるのよっ!
ねえ、芳晴。あんたも、そう思うでしょ?」
「ああ、そうだな」
 芳晴はそう言いながら、1ブロック先にあるディアブロ解放地区を見つめていた。
 現在は武装した警官や傭兵が回りを固めており、誰も中に通さない、外に出さない、という警戒態勢を引いている。
 報復が報復を呼ぶ、という事態になりかねない現状では、HIROSIMAの人間とディアブロの両者を隔離するのが一番の
方策なのだ。だが、芳晴にとっては、それはエビルに会いに行くことを邪魔する壁でしかなかった。
「コリン。10秒だけでいい。監視装置に穴を開けられるか?」
「そりゃ、出来るけど……完全に規定違反だよ。ばれたら、ユンナと同じ「清潔な監獄」行きになっちゃう」
「大丈夫だ。おまえには迷惑はかけない」
「そういうことを言っているんじゃなくってさっ……もういい、知らないっ! 勝手に、ディアブロの女のところに
行けばいいでしょ」
「……知っていたのか、エビルさんのこと?」
「あ・の・ね。あたしの仕事を何だと思っているのよ」
 コリンはブツクサと文句を言いながらも、「教団」の建造物に据え付けられている端末からコードを引き出し、
右のコメカミにあるジャックに差し込んだ。
「いい。10秒だけだからね。帰りは知らないよ」
「わかっている」
 コリンはマトリクスを通じて監視装置を管理しているプログラムの中に入り込み、短時間で自己消滅する妨害プログラム
を流し込んだ。普通の者が見た限りでは、「単なる機械の不調」に見えるはずだ。
 監視装置のチカチカと明滅するコンソールの光が暗くなった刹那。
 芳晴は、黒い風となった。

「あれ? なんか、映りが悪くなったなぁ」
「なんだ、故障か?」
「いや、画面にノイズが入るんだけど……おっ、直った、直った」
 警官たちはサブマシンガンを構えて油断なく辺りを警戒していた。しかし、ついている目玉が二つだけでは、
サイバーウェアによってストリートの野獣となった芳晴の動きをとらえることはできない。
 芳晴はほどなくして、封鎖されているディアブロ解放地区に侵入することに成功した。


「まったく。芳晴のやつ、自分勝手なんだから」
 アークタワーの地下にある「清潔な監獄」。コリンはユンナが幽閉されている檻の前で、パートナーの身勝手さについて
文句を言っていた。ユンナは適当にそれを聞き流しながら、コリンが持って来たデータを調べていた。
「ウィルが暴走した時と似ているわね。この殺し方」
「うっ……まあ、その、似ているといえば、似ているけど」
「別に、言葉に詰まらなくてもいいわよ。あの人が罪もない民間人を虐殺したのは確かだから」
 ユンナにはウィルという名前のパートナーであり、恋人がいる。いや、正確に言えば、いた。彼は芳晴と同じ、Sランク・ガーディアンで
あったが、ある事件で突然Fuse、暴走を起こし、民間人16人と仲間のガーディアン、エンジェル、魔法使い6人を殺傷した。サイバーウェアの
暴走による事件とはいえ、ウィルの犯した罪は重く、彼は現在、アークタワー最深部にある「煉獄」と呼ばれる拘束施設に幽閉されている。
「ウィルの件は「事故」だもの。一緒にしちゃ可哀想だよ」
「私があなた達を「売ろう」としたのは事故じゃないわ。結局、似た者同士だったのよ、私達」
「そんなこと……ないよ」
 ユンナは恋人であるウィルの釈放を求めて、機密情報を人質として「教団」を脅迫した。その件は「神経の衰弱のため」と解釈され、
彼女は「清潔な牢獄」に監禁されるだけで済んだ。だが、ユンナ本人は「私は自分の都合のために、仲間を企業に売り渡そうとした」
と解釈している。ユンナの友人であるコリンは、「違うということを納得させる」ために足しげく彼女の下に通っているが、未だに
効果は現れていない。


 ドサッ、ドサッ。
「すまねえ。森まで運んでやれりゃいいんだけど……」
 空き地に掘られた穴に仲間の死体を運んだイビルは、自分の手で灯した炎で彼らを葬った。
 <発火>の魔法で燃やされていく幾つもの死体達。黒く焼け焦げ、折れ曲がっていく死体を見て、イビルは血が出る程に
唇を噛み締めた。男、女、子供、老人、赤ん坊……見境なく、全てが急所を大型の刃物で貫かれて死んでいる。
 彼らは悪意や殺意でもって殺されたのではない。明白な目的をもって、挑発のために「利用」されたのだ。
 そんなことはイビルにもわかっている。
 だが、自分の胸に沸き起こる憎悪の暗き炎は、容易に消すことができそうになかった。
「これで終わりダ」
「レオニダス……なんで、こいつらが死ななきゃならねえんだ。ゴミ溜めみたいなストリートに住んで、垢まみれの服を着て
暮らしていたけどよ……それでも、精一杯生きていたのによ」
「あまり深く考え込むナ。ルミナ様が心配スル」
「だってよ、だってよぉ!」
 オークの戦士は、怒りに身を焦がすディアブロの少女の赤い瞳を、じっと見つめた。
「嵐が来ル。誰も避けることができない嵐が来ル。怒りさえも、その前では無意味ニナル」
 レオニダスの言葉はイビルにはわからなかった。だが、彼もまた怒りに震えていることは、彼女にも
感じ取ることができた。


 荒廃した街の風景。
 赤い絵の具でペインティングされた、崩れたビルの壁。
 そこかしこで上がっている、死体を焼いた黒い煙。
 芳晴は封鎖されたディアブロ解放地区の中を、身を隠しながら歩いていた。
 このブロックで何者かによる虐殺が行われたことは明白な事実で、ディアブロ達の怨嗟の声が体に染み込むような
思いがする。こうした状況の中で、彼らに憎まれている「教団」の人間である自分が解放地区に入るのは危険極まりない
行動であることはわかっていた。しかし、今はそんなことよりもエビルの身が心配である。
「……っ!?」
 ストリートを吹く黒い風と化した芳晴は、何者かの気配を感じて立ち止まった。
「!?」
 芳晴が感じた気配もまた、芳晴に気付いたらしい。
 黒い風と白い風が、荒廃したストリートで交差する。
「ガーディアン?」
 芳晴は、目の前にいる白いレザースーツと外套をつけた少女を見て、そうつぶやいた。
 ブゥオン!
 その0.1秒後、何もない空間から現れた長剣が芳晴の首筋に斬りかかった。
 必殺の一撃をかわした芳晴に、少女が驚きの声を上げる。
「……避けた?」
「待て。俺もガーディアン、「教団」の人間だ」
 自分の右前方、崩れかけたビルの壁越しに聞こえてくる声に、白装束の少女は身構える。
「……私は、あなたを知らない。だから、信用できない」
「待て、那美。彼はパジェントリー司祭の配下、Sランク・ガーディアンの城戸芳晴。我々の味方だ」
 そう少女に言ったのは、いつの間にか少女の後ろに現れた、目深に白い白外套を羽織った男だった。身に付けている紋章から、
彼が司祭だということがわかる。
「……ヨシハル? 味方?」
「そうだ、味方だ。排除する必要はない」
「あなたは?」
「アルテー様の教えに従う「教団」の一信者。名前はウジェーナク。職務は司祭ということになっている。
彼女は七枝那美。君と同じSランク・ガーディアンだ」
「ウジェーナク司祭? ……新しく就任された方ですか」
 芳晴は丁寧な言葉使いで質問しながら、手にした愛銃「SABAKI」のグリップの感触を確かめた。
「そうだ。今は、犯罪現場の検証に向かった帰りだ。君も、パジェントリー司祭に頼まれたのだろう」
 不気味な白装束の男ウジェーナクは、親しげな様子で話しかけながら、壁越しに隠れている芳晴のところまで無警戒な様子で
歩いてくる。芳晴は仕方なく、「SABAKI」をホルスターにしまった。
「殺された数は百名余。ほとんどが推奨就労時間にも働いていないスクワッターばかりだ。タレコミ屋がメディアに流し込んだ
情報とほとんど変わらない。無駄足だったな」
「………」
 ウジェーナク司祭に七枝那美という名前で紹介された白いレザースーツの少女は、未だに、芳晴を警戒していた。黒い瞳が、
芳晴の動きを油断なく見張っている。
「調査結果については、あとで私からパジェントリー司祭にデータを送ろう。これ以上、我々が封鎖区域で目に付く振る舞いを
するのはまずい」
「いっ、いや、しかし……」
 まだ目的を果たしていない、エビルに会い、彼女の無事を確認していないので、芳晴はためらったが、ウジェーナクの白いフードの
奥で光る瞳が、続くはずの言葉を奪った。
「今回の事件に関しては、「教団」の人々もディアブロの人々も心を痛めている。だからこそ、刺激するような真似は極力避けなくては
いけない。わかってもらえるね」
 言葉面は穏やかだが、有無を言わせないウジェーナクの様子に、芳晴は渋々うなずく。
「よし。では、光差す場所に帰ろうか。ここは薄暗くて、あまり気分がいい場所じゃない」
 そのウジェーナク司祭の何気ない一言に、芳晴はわずかな悪意を感じた。


 星の光も見えないような、濃密な闇に覆われた夜。
 バキバキバキ。
 ボーンレイジング処理をされた骨が引き裂かれ、白い破片が道路に飛び散っていた。
「がはぁああ!! ……はっ、はやく逃げろっ」
 中学生くらいの少年に踏みつけられ動けなくなった巨漢のガーディアンが、細かく引きちぎられながら
精一杯の大声で、腰を抜かしている通行人の女性にむかって叫んだ。
「ひいっ!」
 パンクスタイルの露出度の高い格好をした彼女は、真っ青になりながら夜道を逃げていく。
「自分の命よりも一般人の安全かい。泣かせるね、番犬」
「ぐぐ……おまえが、アレク達を殺したんだな」
 自分の体重の3倍はありそうなヘヴィー級のサイバー化戦士を片足で踏みつけているのは、赤い瞳をしたディアブロの少年
だった。少年はにっこりと笑いながら、パンクスタイルの女性が逃げていった方向へ手を向けて、指を鳴らした。
 ボッ!
 ちょうど人間の頭の高さと同じような場所に火が灯り、先ほどの女性の声にならない断末魔の声が聞こえる。
「かっ、関係ない人間まで殺すのか、貴様はっ!」
「貴様じゃない。僕の名前はカンツェロ」
「カンツェロ?」
 少年は微笑んだままうなずくと、小さな手を巨漢ガーディアンの体にかざす。
 ボッ!
 断末魔の絶叫と少年の笑い声が、夜の闇に響いた。

 その夜。
 ディアブロ解放地区を封鎖したのにも関わらず、十五人の人間が殺された。
 その中には「教団」に直接の関係がない一般人が五名も含まれており、HIROSIMAに住む人々全体を恐怖に包むことになった。
そして、この事件が単なる突発的な殺人事件ではなく、今後も延々と続くかもしれない無差別テロの幕開けであることを人々は
知ることになった。
 事件があった翌朝、「教団」の警備部に、「KANZERO」というサインで、正式な犯行声明が出されたからである。
-----------------------------------------------------------------------------------------------
 Glossary of Slang 

l001.Trash-Run……………企業や政府組織の管理下にないエリアに対して行われる報復的な攻撃、いわゆる手入れ。
俗にゴミ掃除と呼ばれることがある。こうした報復措置は対象組織に脅威を感じさせることを目的としているため、
徹底したものになることが多い。
l007.Business-Time………仕事時。シャドウランナーは自分達が行う非合法活動をBusinessと称していることから。
l009.クレッド…………………クレッドスティックの略称。ここでは、報酬の意味。クレッドスティックとは、
プラスチックで出来た円錐形の棒のことで、身分証明証、鍵、クレジットカードなどの機能を併せ持ったもののこと。
シャドウランナーの報酬は「支払い保証済みクレッドスティック」によって支払われることが多いため、報酬のことを
「クレッド」と称している。
l011.Yak……………………ヤクザの略称。構成員、もしくは組織全体のことを示す。
l011.ビズ……………………ビジネスの略称。
l015.Fumigation……………燻蒸。何者も生き残らないような徹底した攻撃。殲滅。
l015.Trog…………………オーク、トロールに対する非情に侮蔑的な呼称。穴居人(troglodyte)が語源。
l017.Insect…………………昆虫精霊、もしくは昆虫精霊をトーテムとするシャーマンのことを示す。彼らは人間、
メタヒューマンを宿主として増殖する寄生体であり、邪悪な勢力である。
l017.Zone's…………………ゾーン化現象によって変異覚醒した者達、ディアブロやHIROSHIMAの森に棲息している
クリッターのことを示す。しかしながら、一般的にはディアブロを封じ込めている「教団」の人々もZone'sと呼ばれている。
特異な存在である彼らは、どちらも忌み嫌われているのであろう。
l020.Ninja-Artist……………Artistは特別に秀でているプロの暗殺者の意味であるが、ここでは「凄いんだけど、忍者の
コスプレをしている変なRunner」の意。
l028.Shredder………………粉砕機。ミニガン、オートキャノンという意味もある。
l053.Soykaf…………………大豆によって作られたコーヒーのこと。安価。この時代には一般的に飲まれている。コーヒー豆から作る
本物のコーヒーは高級品である。
l059.Stuff……………………恋人関係、もしくはそうではない男女、時には男男か女女で行われる行為のこと。
l063.チェリー…………………未経験者に対する蔑称。
l069.Slit………………………割れ目、裂け目の意味。
l174.リガー……………………Rigger。ジャックインによって電脳空間と一体化するデッカーから派生した職業で、
リガーはジャックインを通じて車両、航空機、艦船などと一体化する。その時、車両に搭載されたカメラはリガーの目となり、
咆哮するラムジェットエンジンはリガーの猛る心臓となる。車両一体型リガーは愛車をミサイル、マシンガンなどで武装している
場合がほとんどであり、ストリートで最も危険な存在の一つとなっている。
l317.ボーンレイジング…………骨と骨をワイヤーやプラスチックでつないで補強し、骨格全体の耐久力を高める手術のこと。
重装備を行うことが多い重量級サイボーグが好んで施術されている。


http://www.urban.ne.jp/home/aiaus/