東鳩ラン外伝/シャドウエッジ Episode-2 投稿者:AIAUS 投稿日:3月12日(月)16時04分
>>>>>[Hoi! 見たか、聞いたか? 教団のGuardianがぶっ殺されたって話]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[ネットはその話で持ち切りですわね。誰が殺したのか、ではなくて、どうやって殺したのか、
が話題になっていますけど]<<<<<
--Kozuka

>>>>>[調べてみましたが、「教団」のGuardianに殺されたRunnnerは多いですからね。弱点を
知っておいて損はないでしょう]<<<<<
--Hyakko

>>>>>[死ぬだけでこれだけ大騒ぎしてもらえるんなら、こいつらの方が俺達よりマシかもな]<<<<<
--Murasame

>>>>>[今日はなんだか弱気だな、Samurai?]<<<<<
--Rage-Horn

>>>>>[マシな方だったビズメイトが死んだ。それだけだ]<<<<<
--Murasame

>>>>>[落ち込むなよ。Runnerにとっちゃ、飯を食うのと同じくらいに当たり前のことだぜ?]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[そうだ。そんなことでは死神に魅入られるぞ」<<<<<
--Flame-Hammer

>>>>>[Dwarfの爺さん、お久しぶり。クリッター狩りはどうだったい?]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[Insectが裏で絡んでいやがったよ。クリッターごと、焼き殺したがな]<<<<<
--Flame-Hammer

>>>>>[Watch your back. Shoot straight. Conserse ammo. And never, ever, cut a deal with a dragon.]<<<<<
--Murasame

>>>>>[Murasame-sama?]<<<<<
--Kozuka

>>>>>[悪い。今日はノリがよくないな。早めに抜ける]<<<<<
--Murasame

>>>>>[Murasame、元気がなかったな……]<<<<<
--Black-Clock

>>>>>[いいビズメイトだったんでしょうね、きっと]<<<<<
--Hyakko

>>>>>[ごめんなさい。私も早めに抜けさせてもらいます]<<<<<
--Kozuka

>>>>>[人が武勇伝を聞かせようとわざわざ帰ってきたのに、随分と湿っぽくしてくれるじゃないか]<<<<<
--Flame-Hammer

>>>>>[俺が聞こう。Old-Dwarf]<<<<<
--Rage-Horn

>>>>>[ふん。年寄りの話は長いぞ?]<<<<<
--Flame-Hammer



  Chatting from"NET-TENGOKU#674"(??:??:??/03-12-XX) 

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   「東鳩ラン外伝/シャドウエッジ」


 Episode-02「予感」


 早朝、作業台の椅子にもたれかかって寝ていた芳晴は、部屋に鳴り響くコール音で起こされることになった。
「……ふぁい、城戸ですが?」
「寝ぼけるな、芳晴。昨夜の巡回中、アレクと史恵の二人が何者かに襲われて殺害された。そのことについて
集会が開かれる。アルテー様も出席なさるからな。いますぐアークタワーに向かえ。以上だ」
 テレビ電話の画面に黒人女ガーディアン・スタンザの顔が出ていた時間は5秒。しかし、教祖の名前は
それだけで芳晴の脳から誘眠物質を追い払ったようであった。幸せそうにベッドで寝ているコリンの毛布を引き剥がすと、
寝ぼけ顔のオデコを指で弾く。
「おい、コリン。大変なことになったぞ、早く起きろ」
「ふにゃ?」
「ふにゃ、じゃないっ!」
 コリンを叩き起こした芳晴は、教団の僧衣を羽織り、彼女を連れて、急いでアークタワーに向かった。


 円錐状に伸びる巨大建造物アークタワーの中で最大の大きさを持つ、一階の大広間。
 その場所に、「教団」で治安維持を目的に働いているガーディアン、エンジェル、魔法使い、傭兵、警官などが
集まっていた。
 整然と並ぶ戦士達の先頭にいるのは、司祭と呼ばれる「教団」の幹部である。
 「教団」の階級は教祖アルテーを頂点とするピラミッド構造で、教祖に委任されてセクションの管理を任される者は
全て「司祭」と呼ばれる。司祭にも管理しているセクションの大小や職種により権力の大きさが異なるのだが、
「神の名の下では、全員が等しく同じ存在である」との教祖アルテーの理念から、名称だけは全て「司祭」で統一されている。
 その中でも大きな勢力を持っている司祭は、「教団」創設時から教祖アルテーの片腕として働いている老ストリートメイジの
パジェントリー、「教団」のサイバーウェア、武器、車両などの装備関連の開発を一手に任されている天才テクノロジストの
佐野誠司、ノンサイバーの警官を含むガーディアン、エンジェル以外の治安要員を管理している熟練マーセナリーの尾河秀樹、
パジェントリーの弟子で対外交渉を任されている女メイジのエルスペスール、の四人である。
 芳晴とコリンは、背広姿でステッキを着いた老紳士パジェントリーの後ろで、教祖アルテーがアークタワーの最上階にある
「聖殿」から降臨してくるのを待っていた。コリンは自分の前にいる芳晴の背中をつついて、何か話し掛けている。
(ねえ、アレクと史恵が殺されたって、本当なの?)
(俺もスタンザから聞いただけだから、くわしいことはわかんないよ……でも、みんなが集まっているってことは、本当なんだろうな)
(……そっか。史恵とは来週、一緒に遊びに行く約束していたのに……なんか悔しいね)
(わかっている。チャンスがあったら、俺が二人の仇を討つよ。だから、今は静かにしていろよ)
(子供扱いしないでよね……イタッ!)
(アルテー様が降臨なされた。口を閉じていろ)
(……後で仕返ししちゃる)
 芳晴に足を踏みつけられたコリンは恨みがましい目で彼を見ていたが、自分達が子供の頃から
信望している教祖アルテーが姿を現わしたので、すぐに厳粛な顔つきになった。

 アルテーは、普段どおり白地に青い紋様の入った「教団」の僧衣を着ていた。ディアブロを
駆逐した戦いから二十年以上が経過しているが、彼女の陶磁器のように白い肌は少しも輝きを失っていない。
そして、際立って整った美しい顔はあどけない少女のようにも、苦難に耐えてきた母親のようにも感じることが
できた。彼女を信じ、彼女のために命を賭けて戦うことをためらわない者達で埋め尽くされた大広間では、
そこかしこで感嘆の溜め息が聞こえる。
 彼女が玉座に座したところで、昨日、「ディアブロ解放地区」で発生した事件についての説明が始まった。
 空中に立体映像が現れ、昨夜、アレクと史恵が巡回していたルート505の情報が表示される。
 そして、「二人がどのように殺されたのか」について、佐野司祭からのくわしい説明があった。

「魔法による攻撃だと思われますが、Aクラス・ガーディアンのアレクとシティシャーマンの史恵がほとんど
抵抗した様子もなく殺害されています。しかも、じっくりと時間をかけて。協定を破って、貴族クラスの
ディアブロが解放地区に入ってきた可能性が……」
「異議あり。確かに由々しき事態だとは思うが、何事も決めつけて行動してはいかんよ」
 白衣の研究者姿で黙々と説明を続ける佐野に、老紳士パジェントリーが意見した。説明を途中で遮られた佐野は、
露骨に不快そうな表情を見せて、パジェントリーに言い返す。
「パジェントリー司祭。殺されたのは、あなたの部下なのですよ。もっと緊張してもらいたいですな」
「私とて復讐の権利ぐらいは主張するがね。そのためにアルテー様の御意志に背きたくはない」
 教祖の名前が出て、興奮しかけていた佐野司祭も口ごもった。そこに、アルテーの鈴のような、澄みきった声が響いた。
「かまいません。佐野司祭、説明を続けてください。確かに、私はディアブロとの戦いは望んではいませんが、
今は情報を整理するべきです」
「御意」
「御心のままに」
 パジェントリーと佐野の二人はアルテーに頭を下げた。そして、再び、佐野の説明は続いていく。

 ディアブロ解放地区で、ガーディアンのアレクとシティシャーマンの史恵の二人が惨殺された。
 教団最精鋭のガーディアンが、何の抵抗もすることができずに殺されたのは、今回が初めてである。
 大広間に集まった者達の中でも勘の鋭い者は、何かの波乱が起きることを予感していた。


 アークタワー最上階、教祖アルテーの居室である「聖殿」と呼ばれる場所。
 芳晴とコリンはカチカチになって、その群青と純白で彩られた部屋にいた。部屋といっても、アークタワー最上階の
スペースを全て使用しているので、相当な広さがある。二人が緊張して固まっているのは、自分達が幼い頃から信望して
止まない教祖アルテーが、すぐ目の前の椅子に座っているからである。
「……パジェントリー、他に気付いたことはありませんか?」
「通常規定どおりに巡回の任務を終えた後、各自のベッドに帰宅しました。アレクと史恵の定期連絡もきちんと入って
きましたよ。推定死亡時間を過ぎた後も、二人の声でね」
 石のように固まった芳晴とコリンの前では、パジェントリーが普段どおりの口調でアルテーと話している。「教団」
創設時からアルテーのために働いている老紳士にとっては、この「聖殿」での一時も風変わりなティータイムに過ぎないようだ。
「そうなると、やはり魔法を使える者達の行動ということになりますね。佐野は「貴族」が侵入してきた可能性を
指摘していましたが、あなたはどう思いますか、パジェントリー」
「現場の形跡を見ると、多人数ではなく、極めて少人数、もしくは単独で襲撃が行われたようですから、妥当な
判断だと思います。しかし、彼らが今さら協約を破る理由があるのでしょうか?」
「私達がHIROSHIMAを治めるようになってから、長い時間が経ちました。その間に、彼らも思うところができた
のかもしれません。そうならないように、尽力してきたつもりなのですけれど」
「「貴族」達は単独でこのような暴挙に出るような愚か者ではないと、この老骨の勘が語っております。しばらく、
この件は私に任せてもらえませんでしょうか?」
「わかりました、パジェントリー。佐野は熱心な信者ですが、まだ慈悲の心を学び終えていないようです。どうか、
彼らに罪を犯させないでください」
「御意」
 話が終わったところで、アルテーのサファイアのような瞳が芳晴とコリンを見つめた。
「あなた方にも申し訳のないことをしてしまいました。共に頑張ってきた仲間を失うのはどんなにつらいことか、
私にもわかります」
 アルテーが謝罪の意味をこめて頭を下げたので、あわてて芳晴とコリンはエビのように体を前に倒した。
「うわぁ!」
 ゴチン。
 勢いよく礼をし過ぎて、コリンは「聖殿」の青い絨毯に額をぶつけてしまう。
「ばっ、馬鹿。なにやってんだよ、アルテー様の前でっ!」
「そっ、そっ、そっ、そんなこと言われてもー」
 パジェントリーは皺の浮かんだ顔に、「しょうがない奴らだ」と言わんばかりの苦笑を浮かべた。
「「もっ、申し訳ありませんっ!」」
「いいのですよ、そんなに謝らなくても。パジェントリーも、昔はあなた達みたいでしたもの」
「お待ちください。それは最高機密のはずですよ、アルテー様」
「あら、いけない。フフフ」
 信じられない、という顔で自分を見る芳晴とコリンの視線を咳払いで追い払うと、パジェントリーはアルテーに言った。
「現状では、警戒を強める以外に対策の打ちようがありません。尾河司祭と連携を取って、ディアブロ解放地区周辺の
警備を強化します。アルテー様は佐野司祭と彼のメンバー達への抑えをお願いします」
「わかりました。後手に回ってしまうことになりますが、それが妥当な策だと思います……芳晴、コリン」
「「はっ、はいっ!」」
「あなた達を危険な目に会わせている私が言えた義理ではありませんが、頼りにしています。HIROSIMAの平和を
守ってください」
 謙虚な言葉の下に隠された教祖の強い意志に、芳晴とコリンは力一杯敬礼することで答えた。


 ジャックイン用のジャックから、データの波が流れ込んでくる。
 今、コリンは地面を歩く人間ではなく、電子空間を飛翔する天使であった。
 背中には二枚の翼。
 コリンの肉体は自分の部屋にいるが、脳は仮想現実で描かれた空間を飛んでいる自分を知覚している。
 彼女がおこなっているのは、マトリクスと呼ばれる世界規模のネットワークへのダイブである。
デッカーとして改造された脳は、「マトリクス投影型生体工学接合装置」、通称サイバーデッキと呼ばれる装置を通して、
直接、電脳空間へと侵入することを可能としているのだ。
 コリンは背中に生えた翼をはためかせると、目的への場所へと急いだ。
「ありゃ? なんで、サイバースペースに車が走っているの?」
 空を飛んでいる自分の足下で、緑色の車、フォードRX-21が走っている。もちろん、電子空間上なので、デッカーは自分を
どんな姿にでも描くことができるのだが、「車型のデッカー」なんていうものは見たことがない。
 好奇心に駆られたコリンは急いでいることも忘れて、電子空間を疾走しているスポーツカーの屋根に飛び乗った。
「ギニャ? あんた、誰ですか?」
 変なイントネーションだが、スポーツカーは少女の声でコリンに返事を返す。
「あんたこそ誰よ。ここらじゃ見ない顔だけど。新顔?」
「わしはここらへんをドライブしているだけなんじゃよ。あんた、ヤクザか何かですか?」
「あっ、あんたねっ! あたしの背中に生えている二枚の翼が見えないの!?」
「屋根の上にいるから、わかんないんじゃよー。翼が生えている? もしかして、コスプレってやつですか?
結構、いい年していそうなのに」
「腹立つー! マトリクスの中にいるのに、死角なんかあるわけないでしょうが!」
「もちろん、わかって言っているんじゃよー。エンジェルのおばちゃん、バハハーイ」
「人をおばちゃん呼ばわりして逃げる気? この悪ガキ……ゲホッ、ゲホッ!」
 ボフッ。
 突然、RX-21の車体が煙に包まれる。
 コリンが<減速>を受けている間に、奇妙な調子で喋るフォードRX-21は行方をくらませてしまった。

 「教団」は「面会場」を電子空間上にも設置している。
 コリンはその「面会場」で、ユンナに先ほどあったことの文句を言っていた。
「……って、ことがあったのよ。本当に、最近の子供って躾悪いんだからー」
「エンジェルに<減速>をかける? ただのデッカーじゃないわね、そいつ」
「うーん……やばそうなことをしている様子はなかったけど。昨日の事件と関係があるのかな?」
「シャドウランナーかもしれないってこと?」
「うん。アレクと史恵をあんな目に会わせられるなんて、普通の犯罪者じゃないだろうし」
 コリンの言葉を聞いて、ユンナはしばらく思案にふける。
「いや、違うわね。彼らがやったのであれば、死体を残すようなヘマはしないはずだもの」
「それじゃ、やっぱり佐野司祭の言うとおりなのかなぁ」
「覚悟はしておいた方がいいでしょうね」
 そう言ったユンナの口調は楽しげだったが、目は笑っていなかった。


 場所は変わって。
 ここはHIROSHIMAにある「わたわた屋」という名前の食堂。代理食しかおいていない庶民向けの店だが、
店主が調理方法にこだわっているので、街ではかなりの人気店である。
 そこで、芳晴はエビルと一緒に食事を取っていた。
「すまないな、いつも飯をおごってもらって。これで二十回目だ」
「そんなの気にしなくていいですよ。俺、エビルさんと御飯を食べるの楽しいですから」
「そうか。そう言ってくれると助かる」
 エビルは大豆で作られた焼肉に箸をつけながら、赤い瞳で芳晴の顔を見た。
「芳晴。今朝、珍しく遅刻してきたが、なにかあったのか?」
「ニュースで、「教団」のガーディアンが殺害されたっていうのがあったでしょ? あれで集会があったんですよ。
俺は現場近くで仕事をしていて、殺されたのがその時にチームを組んでいた人だったから、余分に呼び出されちゃって」
「ディアブロ解放地区であったことか」
「いっ、いや。エビルさんは気にしなくてもいいんですよ。真面目に働いているんだし」
 エビルの赤い瞳の輝きを気遣いながら、芳晴は言葉を続ける。
「アルテー様は、「神の下ではあらゆる人間が平等な存在だ」っておっしゃっています。いつまでも昔のことに
こだわっていちゃ駄目だって。俺もそう思いますよ。そりゃ、中には「ディアブロなんか嫌い」って言う人も
いますけど、ちゃんと説得してみせます。だから、エビルさんが気に病まないでください。俺も悲しくなっちゃいますよ」
「……そうだな。きっと、私の父と母も、芳晴のような考えだったのだろうな」
 エビルはディアブロの父親と人間の母親の間に産まれたハーフである。HIROSIMAでは確かにディアブロは差別の対象であったが、
「教団」の教義に服して労働する限りにおいては、市民権(SIN)を得ることもできる。エビルの父親はエビルの母親に恋をして、
森から出てきた。そして、その結果として彼女が産まれたのである。
 エビルはしばらく黙々と焼肉を食べていたが、食べ終わった後、思い切った様子で芳晴に尋ねてきた。
「芳晴。おまえは私達、ディアブロに仲間を殺されて悔しいとは思わないのか?」
「厳しい質問ですね」
 苦笑する芳晴に、エビルは思わず目を伏せる。
「そりゃ、もちろん仲間が殺されれば悔しいです。修行が足りない俺なんかは仇を取ってやろうと思ってしまう。でも、
俺だって、誰も傷つけずに生きてきたわけじゃない。だったら、俺に仲間を殺された人達も、俺を殺してやりたいって
思うでしょうね。でも、きっとそれじゃ駄目なんですよ」
「駄目、なのか?」
「はい。本当に戦いを終わらせるには、相手を許すか、もしくは皆殺しにするしかない。それなら、俺は許すことを
選びたいです。俺だって、許して欲しいですからね」
「そうか……きっと、それは正しい考え方なのだろうな」
「あはは。アルテー様の受け売りなんですけどね。さて、それじゃ、そろそろ出ましょうか。途中まで送りますよ」
「ああ、よろしく頼む」
 芳晴はエビルの食べた分と彼女が持ち帰る「おみやげ」分のクレッドを支払うと、彼女を連れて「わたわた屋」を
後にした。


「えー。いらんかにゃー。かわいい、かわいいアクセサリー、いらんかにゃー」
 エキゾチックと呼ばれる生体アクセサリーを埋め込んだ少女が、道端に広げられた露店で、愛想よく
アクセサリーを売っている。どうやら、「猫」のつもりらしい。ジーンズの穴から出された細い尻尾が
ピョコピョコと動き、道行く人の目を奪っている。
「あのね。お姉ちゃんのつけている、ネコさんの耳が欲しいの」
「これは売りモンじゃないにゃりん。代わりに、このネコマークのブローチはどうにゃろか?」
「うーん。それじゃ、これ頂戴」
「まいどありー。また来てにゃー」
「はい、まいどー」
 そうやって、露店から去っていくお客の少女にダルそうにお礼の言葉を贈ったのは、商売熱心に
働いている猫少女の横で寝転んでいる、野球帽をかぶった少女だった。
「こらっ、イビル! 少しは、おまえも手伝うにゃ!」
「うるせーな、たま。あたいは夜行性なんだよ。昼はおまえの働く時間だ」
「ふざけんにゃー! 昨日の夜は、昼間働くって言ってたじゃにゃーか」
「ちっ! 猫のくせに覚えてやんの」
「あいかわらずだな、おまえたち」
 道端の露店で喧嘩をしている二人の少女、イビルと、たまの喧嘩を止めたのは、お持ち帰り弁当を下げた
エビルだった。食べ物を見て、二人はすぐにおとなしくなる。
「なんだ、イビルか。今日はやけに早く……おい、石像野郎が横にいるぞ。話はそいつを追い返してからだ」
 エビルの横に芳晴を見つけて、イビルは威嚇するように右手を突き出した。
「やめるにゃりん。おまえのキャットフードなんか食いたくにゃーぞ」
「イビル。芳晴はおまえが知っているような連中とは違うんだ。これで、説明は五十七回目だぞ」
「ちっ!おまえらしくないぞ、エビル。なに甘いこと言ってんだっ!」
 舌打ちして断固、芳晴の存在を拒否するイビルに見て、エビルはすまなさそうに目で芳晴に合図をした。
「それじゃ、今日はここで。イビルさん、今度は、あなたにも飯をおごりますよ」
「だれが、石像野郎の飯なんか食うかよっ!」
「弁当はしっかり食うくせに、なにを言っているにゃん」
 一人でいきり立つイビルに、たまは冷静につっこんでいた。


 画用紙に赤い絵の具をぶち撒けると、その画用紙には赤い模様ができる。
 シュンッ! シュンッ!
 白いレザースーツとマントに身を固めた少女は、今、自分の着ている服にそういう模様を
描き続けていた。
「たっ、助けてくれ! 俺たちゃ、なにも知らねえんだっ! はっ、はひゃあ!」
 グサリ。
 少女の周りを踊るように舞っている数十本の剣のうちの一振りが、命乞いをしているスクワッターの腹に
突き刺さった。
 ズブ、ズブ、ズブ。
 命を確実に奪うために、剣の刃は深く男の腹に潜り込み、中にある臓物を引き裂く。
 ブシャッ!
 男の断末魔と共に、赤い血が少女の着ている白いレザースーツの上に散った。
 赤い液体は少女の髪の上にも散っていく。その髪も、また白い。
「……終わり?」
 なにも感情を浮かべないままで、殺戮を終えた少女は自分の後ろにいる、深く白いフードを被った男に尋ねた。
「そのようだ。次のブロックに向かう」
 埃とゴミに塗れたスラムは、今、死体置き場と化している。
 ルート505と呼ばれた場所を覆っているのは、虐殺という狂気である。
 遠くでまた一つ、ディアブロの断末魔が響いた。


「……こちら、タイザンです。「ゴミ掃除」は終了。あのウジェナークという司祭、とても使えますよ。
本人は動きませんが、連れている小娘がいい。七枝那美とか言いましたか? ウィルの奴みたいに暴走する
ことがないなら、ずっと動かしてもらいたいですね」
「そうか、実験結果は良好だったか。ご苦労。作戦終了後は、見つからないように帰れ。まだ、私が全権を
掌握するには時間がかかるからな」
「了解。心配なさらずとも、生きている目撃者なんぞいませんから」
 ブツン。
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 Glossary of Slang 

l011.ビズメイト…………仕事仲間。ランナーの間では戦友、契約関係者、これから裏切る予定の人などを表す。
l017.クリッター…………覚醒種と呼ばれる超常生物。人間に有害なもの(ウェンディゴ、ハーピー)も多数存在しており、
それらには政府から賞金が出ている。
l019.Insect……………「昆虫」をトーテムに持つシャーマンのこと。くわしくは述べないが、人類の宿敵。
l021.Watch your back. Shoot straight. Conserse ammo. And never, ever, cut a deal with a dragon.
…………………………「油断するな。迷わず撃て。弾を切らすな。ドラゴンに手を出すな」
ランナーであれば誰でも知っている、有名なストリートの警句。影に潜んで生きるランナーが心に置くべきことを
端的に述べている。
l061.マーセナリー………契約によって雇われる兵士、傭兵のこと。従軍歴を持っている者が大半で、報酬さえ払えば
主義主張とは関係なく武力を提供してくれる頼れる存在。ただし、報酬を払えなかった場合は最悪の敵となる。
l062.メイジ………………シャーマンが自然と同調することで魔法を使うのであれば、メイジは複雑な理論体型を
基にして魔法を使う。シャーマンよりも確実性があるため、企業が雇う魔法使いはほとんどがメイジである。
l143.代理食……………覚醒によって耕地として使える土地の数が減少してしまったため、現在は「大豆」などを原料に
つかった「同じ味がする贋作料理」の技術が進んでいる。「代理食」とは、その技術によって作られた食事のことを差す。
特に都市では、本物の材料を使ったものは高級レストランなどでなければ食べることができない。
l183.石像野郎…………教団のサイバー化戦士 Guardian のことを言っている。イビルは典型的なディアブロの少女なので、
芳晴たち「教団」の人間にはいい感情を持っていない。
l185.キャットフード………俗語では、「ランナーを無力化するために必要な兵員の数」という意味。たとえば、
「あのSamuraiは30キャットフードぐらいだな」というと、そのSamuraiを無力化(ミンチ)にするには、
30人以上の兵力が必要ということになる。
 ここでは、「おまえ(イビル)が芳晴と戦っても、一瞬で殺されてしまうだけだから止めておけ」ぐらいの
意味であろう。
 

http://www.urban.ne.jp/home/aiaus/