宮内さんのおはなし その四十の六(反則版)  投稿者:AIAUS 投稿日:1月9日(火)03時52分
 法曹界では企業間トラブルの処理に強いことで知られている佐久間重徳は、連日、仕事に追われていた。
 昨今の不況に重なって、次々と明らかになる企業による不祥事の数々。被害を被るのは消費者だけでは
ない。その不祥事を起こした企業と契約をしていた別の企業もまた、無視できない損失を被るのである。
佐久間重徳はその豊富なキャリアと知識を生かして、予想外のトラブルに困惑している企業を助けるために
奔走し続けていた。

 そんな輝かしい活躍の陰で、寂しげに溜め息をついている者がいる。

 四階建ての豪邸の屋上で、年の頃15,6歳くらいの少女が寂しげに星空を見つめている。
 彼女の名前は佐久間清香。
 佐久間重徳の長女で、敏腕弁護士の娘として何不自由のない暮らしを続けていた。家族は父と母の他に、
年の離れた兄が二人。幼い頃は運動が得意な兄二人に混じって、男の子と一緒に遊んでいたりもしていた。
 しかし、清香が中学一年の頃、兄二人が他県の大学に進学し、母がボランティア・グループの会長を任される
ようになってから、彼女は一人で家に取り残されることが多くなった。活発だった性格も徐々に内向的に
なっていき、クラスメイトからは「お嬢様」として特別扱いされるようになった。清香自身はそんなことは
全く望んでおらず、昔のように活発に振る舞いたいと思っているのだが、周囲の環境がそれを許してくれなかった。
 弁護士の娘、清楚で美しい外見、西音寺女子学院というお嬢様学校に所属していること。
「おしとやかなお嬢様」
 それは清香にとっては押し付けられた義務であったが、回りの人間から見れば、ごく自然のことだったのだから。

 夜の空に、星が流れている。
 一人ぼっちで空を眺めている清香は、満たされない思いを星に託した。
 清香の可憐な唇から、白い息が小さく姿を現す。
 家族と一緒にいられること、友達と一緒に笑い合えること、そして……。
 最後の願い事を言い終える前に、「それ」は姿を現した。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。

 夜の空から、赤い「それ」が落ちてくる。
「……赤い流れ星?」
 できれば彗星と言って欲しいところだが、彗星というには規模が小さいので仕方あるまい。
 赤い流れ星が、豪邸の屋上で願い事をしていた清香の頭上へ、どんどん近づいてくる。
「もしかして……ここに落ちてくるの?」
 清香は逃げるかどうか悩んでいたが、自分へと迫ってくる赤い流れ星の輝きに魅せられて、動くことができない。
キラキラと光る粒子をバラ撒きながら、赤い流星は清香の家をかすめるようにして、その庭へと落着していく。
「えっ、人?」
 赤い流星が屋上の側を通った瞬間、清香は見た。
 透明な皮膜に包まれて、赤ん坊のように体を丸めて眠っている人間の姿を。

 ドスンッ!

 隕石が庭に落ちた。
 その割には、あまりにも小さな音を立てて。
 清香は轟音を予想して耳を塞いでいたが、音の小ささを不思議に思い、急いで流星が落下したと
思われる庭の植え込みへと走っていった。

 シュウゥゥ……。

 何かが焦げるような臭い。
「何だろう、これ? ビニールかな……キャア!」
 臭いの元である赤い皮膜を指先で摘み上げようとした清香は、その皮膜のあまりの熱さに驚いて
指を離した。赤くなった指先をフーフーと吹いて冷ましながら、植え込みの木々に引っかかり、
散らばっている皮膜の欠片を観察した。
 そして、その皮膜の欠片の散らばりの中心に、大きな穴が開いている。
 クレーターというよりは、ドリルで開けたような人工的な、不自然な形の穴。
 清香が井戸のように見える穴を覗き込んでみると、その中で、赤い光の線が走った。
 左から右へと移動する赤い光点。
 ブウォン!
 同時に、なにか鈍い音が響く。
「誰か、そこにいるの?」
 不思議に思った清香が懐中電灯で穴の中を照らしてみると、そこには緑色の髪をした少女がいた。
耳には白いアンテナを付け、レーシングスーツのように肌にぴったりとくっつく、緑色で厚手の
ボディスーツを着ている。  
 光っているのは、その赤いボディスーツを着ている少女の目だった。
 左から右へと動く赤い光点が、上下左右に舞い踊って四文字のアルファベットを描いた。 
 H/E/L/P.
「助けて欲しいの?」
 同じように左から右へと赤い光点が動き、今度は三文字のアルファベットを描く。
 Y/E/S.
「わかった。待っていてね、今、シャベルを持ってくるから」
 ザク、ザクッ……。
 清香は素早く倉庫からシャベルを持ってくると、か細い手足には似合わない力強さで、穴を掘り
始めた。

「……ふぅー、疲れた。こんなに運動をしたのって久しぶり。あっ、土がついているね。大丈夫?」
 N/O/ P/L/O/B/L/E/M.
「そんなことないわ。ほら、こっちで汚れを落としましょう」
 T/H/A/N/K/ Y/O/U.
 風変わりな訪問の仕方をした珍しい来客は、興奮気味の清香に引っ張られるようにして、緑色の
髪やボディスーツに付いた土ぼこりを払われていった。


 清香に薦められて風呂にまで入らされた少女は、清香のお気に入りである白いレースの寝巻きを
着せられて、ソファーに座っている。表情は無表情のままで全く変わらないが、二つの目の上を左
から右へと走る赤い光点は、落ち着かないかのように動き続けている。
「あなた、もしかして宇宙人さんなの?」
 N/O.
「それなら……女スパイとか?」
 N/O.
 I/ A/M/ R/O/B/O/T.
 自分がロボットだと宣言した少女は、それを証明してみせるように自分の右手首を取り外した。
外見に寄らず太い金属製の骨格の回りにまとわりつく赤や青のコードが、彼女が機械で出来ている
ことを知らせていた。
「ええっ!? ロボットなの? 凄い、全然、そんな風に見えないわ」
 T/H/A/N/K/ Y/O/U.
 大げさに手を合わせて驚く清香に、緑色の髪の少女は無表情のまま、文字通り目で答えた。
「私の名前は佐久間清香。あなたの名前は?」
 H/M/−/1/2/G/6/ Z/A/K/U/M/U/L/T/I.

 それが、佐久間清香とザクマルチの、初めての出会いだった。


「いってきまーす!」
 低血圧が原因で寝坊してしまった清香は、慌てて家を飛び出して学校へ行こうとしているところだった。
 S/T/O/P.
「なっ、なに、ザクマルチちゃん? 私、すごく急いでいるの」
 清香は口にパンをくわえて足踏みまでしているので、急いでいるのはすぐにわかった。
 Y/O/U/R  L/U/N/C/H/ B/O/X.
 ザクマルチの両目に左から右へ赤い光線が走り、その右手はかわいらしい子猫の柄のハンカチで包まれた
お弁当を差し出している。
「いけない、いけない。お弁当を忘れるところだったわ。ありがとう、マルチ」
 お弁当を鞄に入れて駆け出していく清香。
 その様子に、数ヶ月前のオドオドした影はない。
 ザクマルチは清香が登校していくのを玄関から見届けると、日課である掃除へと取り掛かった。

「おまえが家に来てくれたおかげで、すっかり清香が明るくなったなぁ」
 久しぶりに休みが取れた佐久間重徳は、ソファーに座って煙草の煙をくゆらせながら、そう言った。
 T/H/A/N/K/ Y/O/U.
「しかし、未だにおまえの正体がわからない。清香の話を聞くと、空から落ちてきたそうだが……
友人の家で働いているHM―12とは違うみたいだな」
 I/ A/M/ G/H/O/S/T.
「まあ、別におまえが何者かなんてことは構わないんだ。私にとっては、清香の笑顔が一番大事なもの
だからね」
 M/E T/O/O.
 そのザクマルチの言葉を見て、佐久間重徳は嬉しそうに笑みを浮かべた。


 ここは市民体育館。
 今日は高校生とバスケ部と社会人のバスケチームの親善試合が開かれていた。
 ピピーッ!
「そこまで! 試合終了っ!」
 最後にボールを持っていたのは、背の高い体を汗だくにした高校生の少年。髪が天に向かって突き出す
ように尖っているのが特徴的だ。背番号の上には「YAZIMA」と名前が書いてある。
「お疲れ様ですっ! 大活躍でしたね、矢島先輩っ!」
「サンキュー。今日は体調が良かったからさ、いけると思ってたんだ」
 バスケファンの女子高校生に囲まれた矢島は、爽やかな笑顔を振り撒きながら、差し出される
タオルや飲み物を受け取っていた。
 最近の矢島は、玲奈という彼女ができてから性格が落ち着いたためか、やたらと女の子にもてる。
本来、矢島は背が高くて、男前であり、誠実である。つい数ヶ月前までは、早く彼女が欲しいという焦りから
極端な行動が目立ち、女の子には警戒されるか、面白がられるかしていたが、今では、急成長の人気株として
注目されている。
 清香も実は、そんなミーハーな女の子の一人だった。
「矢島先輩っ……最後のダンクシュート、とても素敵でした。まるで、背中に翼が生えているみたいに見えて。
私、感動してしまいました」
「ははは、ありがとう。自分のことながら、あれは出来すぎたシュートだったよ」
 矢島は謙遜と愛想笑いをしているつもりなのだが、回りを囲んでいる少女達にはとても魅惑的な笑顔に
見えるようだ。あまり調子に乗っていると玲奈が怒り出すので、矢島は女の子の輪をかきわけるようにして
更衣室へと走っていった。
  
 清香は友人の少女と体育館入口の階段に座って、矢島のことについて喋っている。
「格好いいよね、矢島先輩」
「ええ。あんなに活躍したのに、ぜんぜん自慢に思っていないんだもの。素敵だよね……」
「矢島先輩って彼女いるのかな?」
「さあ? でも、きっといると思うわ。あんなに素敵な人なんですもの」
 矢島のことをよく知っている人間が聞いたら吹き出しそうなセリフだが、話している当人達は
いたって本気である。話題は、今日の試合での矢島の活躍のことから、彼女の有無へと移ったようだ。
「緑色の髪をした背の低い女の子と一緒に歩いているのを見たことがあるけど、あの子は違うよね?」
「多分、その子はメイドロボだと思うわ。私の家にも一人いるもの」
 清香はそう言うと、パスケースの中からザクマルチの写真を取り出す。
「ああ、そう。この子と全く同じ顔。ひえ〜、すごいね。矢島先輩の家ってメイドロボが買えるくらい
お金持ちなんだ? もしかして、うまくいけば玉の輿ってやつ? あはは、清香はそんなの関係ないか。
清香のお父さん、お金持ちだもんね」
「お金持ちでなくてもメイドロボと一緒に暮らせるわよ。だって、私はマルチを掘り出して見つけたんだもの」
「へっ?」
 訳がわからない、という表情をする友人に、清香はクスクス笑った。
「さあ、もう帰りましょう。暗くなってしまうわ」
「うんっ!」
 寺女の制服を着た清香と友人は、家に帰る時にも矢島の話をしていた。

 試合が終わった翌日の商店街。
「ギニャー……せっかく安売りじゃと思ってスーパーに行ったのに、オバン軍団のせいで何も買えんかったですよ」
「ハゲタカみたいだったな、実際」
「今度行く時は、装甲車に乗っていくんじゃよ。それぐらいしないと、あの突進は防げんですよ。まるで、
新春相撲部屋大会みたいな有り様じゃったんじゃから」
「装甲車乗っ取られたりしてな。アハハ」
「有り得ないことじゃないから笑えんのですよ。う〜ん、陸ではなくて空から攻めるべきなんじゃろうか? 爆撃で
スーパーの天井から穴を開けてから降下猟兵部隊を……」
 矢島は、真剣にスーパーでの争奪戦に勝利するための作戦を練っているヤジマルチと一緒に、
特にすることもなく商店街をブラついていた。そこに、本屋へ小説を買いに来ていた清香が通りかかる。
「あっ……矢島先輩!?」
「えっ? えっと、誰だったっけ?」
「佐久間です。西音寺女子学院の佐久間清香。昨日、矢島先輩の応援に行かせてもらいました」
 白いブラウスを着た清香は、白い頬を赤く染めて矢島に自己紹介をした。
「昨日、みんなと一緒にいた女の子だね。ありがとう。応援、嬉しかったよ」
「はっ、はいっ!」
 矢島と清香が話している横では、ヤジマルチが面白くなさそうな顔をして、その様子を見ている。
「ヤジマスキー。そろそろ帰るんじゃよ。あんまりデレデレして鼻の下を伸ばしていると、玲奈に
怒られるんじゃよ」
「これぐらいで玲奈さんが怒るわけないだろ。なんだ、おまえ、ヤキモチ焼いてんのか?」
「ギャワ!? わしがヤジマスキーにそんなもん焼くわけないんじゃよー。あくまで、ヤジマスキーの
ことを思って……」
「嘘つけ、意地っ張り」
 矢島にツンツンとオデコをつつかれたヤジマルチは、風船のように頬を膨らませて怒っている。
 仲良く喧嘩している矢島とヤジマルチに反して、清香の表情は暗く陰っていた。
「あっ……あの、玲奈さんって、矢島さんの彼女ですか?」

「ああ、そうだよ。花山玲奈さんっていって、少し前から付き合い始めたんだ」
 平然と、当たり前のことのように言う矢島。

「バカッ! ヤジマスキー! そのセリフは大チョンボ……」
 ヤジマルチが言い終わらないうちに、清香はショックを受けた顔のまま矢島達から走って離れていった。
「あっ、あれ? 俺、何か変なこと言ったかな?」
「このボケー! 乙女回路の代わりに変な伸びたり縮んだりするもんが付いているから、そんなことも
わからんのじゃよ。あの清香とかいう娘、おまえのことが好きだったんですよ」
「そっ、そうなの?」
「彼女が出来てもMNOとしての本質は変わらんのですか……家に戻って、特訓のやり直し! ひかり
おばさんに手取り足取り腰取り教えてもらうんじゃよー!!」
「あの人、スペースバンパイア(古い)みたいだからヤダーッ!」
 矢島とヤジマルチはまだ遊んでいる。
 一方、逃げ出した清香の瞳には、薄く涙が光っていた。


 コン、コン。
「何、マルチちゃん?」
 T/E/A.
「いらない……独りにしていて」
 W/H/Y?
「今、誰とも話したくないの。お願いだから、部屋から出て行って」
 K/I/Y/O/K/A?
 バタン!
 ザクマルチを無理に押し出した清香は、ベッドに突っ伏して涙を流している。
 ただのファンのつもりだったのに、それまで話したことも無い人のことなのに、なぜこんなに
涙が出るんだろう?
 それが初めての失恋であることに清香が気付いたのは、涙が乾ききった後のことであった。

 ザク、ザクッ……。
 ザクマルチはいつものように表情を変えないまま、自分が数ヶ月前に落着した穴を掘り崩している。
 カンッ!
 シャベルの刃が金属質の音を立てて止まった。
 人間の独り言にあたるのか、誰もいない植え込みの奥で、ザクマルチの二つの目の上に左から右へと
赤い光点が走る。
 M/Y A/R/M/S.
 金属製のカプセルを掘り出したザクマルチは、手馴れた様子でカプセルを開け、中にある道具を取り
出した。自分のマスターである清香を悲しませた対象を排除するために。


 翌日。
 矢島とその友人達が通う学校。
「おい、藤田。おまえのメイドロボが変な格好をして、校門の前で待っているぞ」
「はあ? 俺のメイドロボって、もしかしてマルチのことか?」
「よくわからんけど、怒っているみたいだったぞ。目なんか赤く光らせちゃってな。他の連中が
怖がっているみたいだから、早く行って謝ってやれよ。どうせまた、変なことでもしたんじゃないか?」
「知らねえって……マルチが怒る? 珍しいというか、想像できねえな、そんなこと」
 藤田浩之は不思議に思いながら、下校する生徒で賑わう放課後の校門へと歩いていった。
 そこにいたのは……。

 緑色のフリッツヘルメットを被り、体に密着した緑色のボディスーツの上に、やはり緑色の分厚い装甲板を
付けたマルチの姿。重い装甲版を支えるためなのか、胴体の中央と関節の各部に動力を伝えるためらしき
蛇腹のパイプが通っている。
「なっ、なんだ? マルチ、なんて格好しているんだ?」
 ジャキっ!
 マルチは浩之の顔を見ても、いつものような微笑みを浮かべることはなく、無表情なままで手に持っていた
ドラム給弾式のマシンガンの銃口を、浩之の頭に向けた。
 A/R/E/ Y/O/U/ Y/A/Z/I/M/A?
「へっ?」
 英語が苦手な浩之は、いきなりマルチの目に浮かんだ赤色の横文字に戸惑う。
 ボス、ボス、ボス!!
 マシンガンのバースト射撃が、浩之の足下のグラウンドに丸い弾痕を穿つ。
 A/R/E/ Y/O/U/ Y/A/Z/I/M/A?
「ちょ、ちょっとタンマ!」
「違うヨ、ヒロユキはヤジマじゃないヨ!」
 浩之のピンチを救ったのは、彼のガールフレンドのレミィの言葉だった。
 その言葉を聞いた武装マルチはドラム給弾式のマシンガンを、校門近くにいた別の男子生徒に向け、同じ
質問を繰り返している。
「ちっ、違うよっ!」
「俺じゃない。俺はあんなに、頭とがってない!」
「俺がフラれた数は五人。桁が一個違うよぉ〜」
 散発的に起こる銃声と男子生徒達の悲鳴。
「なんだ、何の騒ぎだ?」
 騒ぎを聞きつけて、当の矢島本人も校門の前にやってきた。部活の最中なのか、ウェアを着たままである。
そして、その胸には大きく「YAZIMA」と書かれていた。
 ブラタタタタタタタタッ!
「うひょお!」
 銃口から射撃炎が飛び散り、砕け散ったガラスが輝きながら舞うように地面へと飛び散る。
 矢島は変な悲鳴を上げながらも、奇跡的にマシンガンの横連射を回避していた。
「だっ、誰だ、おまえ? マルチじゃねえな?」
 HMX―12マルチは、人間のために働くことを喜びとする性格のメイドロボットである。少なくとも、
人間に危害を加えるようなプログラムはされていない。
 H/M/−/1/2/G/6/ Z/A/K/U/M/U/L/T/I.
 無表情な目の中で左から右へと光る赤い光点が、彼女の名前を告げる。
 HM―12G―6ザクマルチ。
 緑色のボディスーツと分厚い装甲板、蛇腹式の動力パイプに包まれた今の姿こそ、彼女の真の姿である。

 ブラタタタタタタタタッ!
「うっ、やっ、たっ!」
 物理的にどうなっているのかはわからないが、飛んだりしゃがんだりしながら矢島は綺麗にマシンガンの
連射をかわしている。とばっちりを被るのは、木の陰に隠れて野次馬をしている別の生徒達や学校の建物。
「矢島くんっ!」
 たまりかねた教師の一人が、矢島に向かって叫んだ。

「狙っているのは君一人みたいだから、どこか別の場所に逃げなさいっ!(ひでえ)」

「そっ、そんな薄情な……」
 矢島は同情を求めるように回りの生徒達を見たが、全員がそろいもそろって首を縦に振っている(ひでえ)。
「はやく行けよ、矢島」
「ガラス掃除するの大変なんだから。あっち行って死んで」
「あなたの犠牲は三日ぐらいは覚えておきます」
 無茶苦茶な言われようである。
「あとで覚えていろよ、薄情モン共ーっ!」
 矢島は漢泣きに泣きながら、穴だらけの校舎を後にして走っていった。


 バガンッ!
 矢島の頭上で、ザクマルチの投げたクラッカーが大きな破裂音を立てて爆発した。
 クラッカーと言っても、お祭りで「パン!」と鳴らすような可愛いものではない。空中で爆発してブロック状
の鋼片を撒き散らす凶悪な代物である。
「ひょえええっ!」
 叫んで避けられるようなものではないはずなのだが、矢島はなぜか傷一つなく爆発の中から出てきた。
 ザクマルチはクラッカーでの「破壊」を諦めると、腰に付けていたバズーカ砲を肩に構えた。
 丸い照準器の奥で、赤く光る目が矢島の背中を捉える……。

「やめるんじゃよ、ザクマルチお姉さんっ!」

 突如響くヤジマルチの声に、ザクマルチはバズーカを構えたまま、そっちの方を向いた。
 カチッ!
 バスンッ! シュルルルルルルル〜……ドガンッ!
「ギニャー!!」
 大の字に手足を広げて吹っ飛ばされるヤジマルチ。物理的にどうなっているのかはわからないが、
吹っ飛ばされたヤジマルチは、まだバズーカを構えているザクマルチの足下へと落下した。
「なっ、なにするんじゃよ〜! ザクマルチお姉さんっ!」
 S/O/R/R/Y.
 ザクマルチは表情こそ変えないものの、ペコリと頭を下げる。
 その間に、矢島はバスケで鍛えた健脚で遥か遠くへと逃げていった。
「わしを心配するとか、思いやるとか、代わりに俺を撃てとか、そういう態度はないんですかー!」
 ヤジマルチの言葉に、矢島は「GOOD―BYE」と言わんばかりの爽やかな笑みを浮かべて走り去っていく。
「ギニャー! あんた、それでもご主人様ですかぁー!」
 B/A/D G/U/Y.
「あー、いかんです。あんな宿六でも、わしのご主人様なんですじゃ。できれば、撃ち殺さんでくだされー!」
 ヤジマルチはザクマルチの腰を抱いて必死に止めるが、動力パイプで強化されたザクマルチの腕は易々と
ヤジマルチの手を振りほどいた。そして、ザクマルチは逃亡する矢島を追っていった。
「妹の言うことくらい、少しは聞くんじゃよーっ!」
 ヤジマルチの怒声が聞こえる。
 ザクマルチはそれを無視して、ボディスーツに付けた分厚い装甲板を揺らしながら走っていく。
 清香を泣かせるもの、清香から笑顔を奪うものは許さない。
 彼女を突き動かしているのは、そのことだけだった。

 ブゥオン!
 赤い光芒が垂直に落ちてくる。
「あちっ! 洒落になんねえぞ、これっ!」
 矢島は赤熱したヒートホークの一撃を紙一重でかわしながら、近くを通り過ぎた刃の熱さに悲鳴を上げた。
 K/I/L/L.
「冗談じゃねえって!」
 ザクマルチに足払いをかけて体勢を崩させた矢島は、助けになりそうな人物を見つけて、そちらの
方へと走っていった。
「来栖川綾香さーんっ!」
 
「えっ? 誰か、私のこと呼んだ?」
「あちらの方から走ってくる矢島さんの声です」
 道端をトコトコ歩いて下校していた綾香とセリオの二人目掛けて、矢島が凄い勢いで走ってくる。
「なに、なに、なんなの? また、痴漢するつもりなの?」
 咄嗟に矢島撃退のために構えを取る綾香であったが、矢島は綾香を身構える無視して、猛スピードで
横を走り抜けていく。
「足止め、よろしくお願いしまーすっ!」
「へっ? 足止めって……」
 ブゥオン!
 赤い光芒が、垂直に綾香の頭目掛けて落ちてきた。

 ガイン!

「……いったぁーい! いきなり何すんのよ、この子っ!」
 ザクマルチは信じられないといった様子で、無表情なまま赤熱したヒートホークとタンコブで済んでいる
綾香の頭を見比べている。ザクマルチが使っているヒートホークは、戦車の装甲板でも焼き切れるはずなのだが。
「HM−12のカスタムタイプのようですが……あなたは誰ですか?」
 H/M/−/1/2/G/6/ Z/A/K/U/M/U/L/T/I.
「GHOSTシリーズ……なぜ、人間を襲うのですか? 人外魔境の綾香様でなければ、あなたは殺人者に
なっています」
「そういう言い方ってないんじゃない?(戦車より石頭な女子高生・談)」
 珍しく厳しい口調でとがめるセリオに対して、ザクマルチは赤い光線をセリオの網膜に投射して答える。
 K/I/Y/O/K/A.
 それに対して、セリオもまた、ザクマルチと同じように目から光線を出して返事をした。
 Y/O/U/R/ M/A/S/T/E/R?
 ザクマルチはコクリとうなずき、再び矢島を追おうとする。
「待ちなさい、ザクマルチ。あなたに矢島さんを傷つけさせるわけにはいきません」
 その前に立ち塞がる……ではなくて、立ち塞がる代わりに綾香を背中から押すセリオ。
「うわったった! なによ、セリオっ……って、きょわっ!」
 ブゥオン!
 再び自分の頭に振り下ろされてきたヒートホークの一撃を、持ち前の反射神経で避けると、綾香は
不敵に笑ってファイティング・ポーズを取る。
「……足止めしてくれってことね、要するに」
「はい。綾香様、今から私が、ザクマルチのマスターである清香という人を連れてきます。それまで、
持ちこたえてください」
「了解。久しぶりに手強そうな相手よねっ!」
 ヒートホークを振り回す音と爆音が、ゴングとなって道端のリングに響いた。


「おい、大丈夫か、マルチ」
「あっ、ヤジマスキー。なんで、こんなところブラブラ歩いているんじゃよ? わしはザクマルチ
お姉さんがあんたを三枚に下ろしていないかと心配で心配で……」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
 綾香にザクマルチを押し付けて無事に安全圏まで逃げてきた矢島は、ヤジマルチに耳打ちした。
「ザクマルチお姉さんの弱点ですか……電気が切れたら止まりますですじゃ」
「いや、もうちょっと手早く止められる方法はないのか?」
「わしらにとって一番大切なのはマスターじゃから、マスターの命令があれば止まると思うんじゃけど。
でも、ザクマルチのマスターって誰じゃろ? コズン?」
「弱ったな……いくらエクストリーム・チャンピオンでもロボット相手じゃ荷が重いだろうし。
長瀬さんとかに聞けないか?」
「個人情報は、たとえ管理者でも公開できんことになっているんじゃよ。花山カヲルさんじゃダメですか?」
「あの人なら止められるだろうけど、手加減とか苦手そうだしなあ……一応、おまえのお姉さんなんだろ?」
「ギニャ……矢島が優しいのは嬉しいんじゃけど、今はあんたの身が心配ですよ。ザクマルチお姉さんは
諦めることを知らない人ですから」

「矢島さんっ! ヤジマルチさんっ!」

 そうやって話している二人のところへ、セリオが走ってきた。
 限界まで速度を上げていたのか、止まった途端に背中にある排熱用ダクトから白い煙を噴き出す。
「セリオお姉さま……どうしたんですじゃ、そんなに急いで?」
「清香という女性の名前に心当たりはありませんか? ザクマルチさんのマスターの名前です」
「「ああっ!?」」
 矢島とヤジマルチは顔を見合わせ、驚いた声を上げた。  


 フシュー、フシュー。
 ザクマルチの背中にある排熱用ダクトが、機体がオーバーヒート直前であることを示すかのように
白い噴煙を吐き続けている。綾香に蹴られてボコボコになってしまった装甲板は切り離したので、
ボディスーツだけの身軽な姿だ。クラッカーやマシンガンも弾切れになってしまったので、今の
ザクマルチの武器は右手で赤熱しているヒートホークだけである。
「ふふっ、もうそろそろ限界かしら?」
 余裕の笑みを浮かべてはいるものの、綾香も限界が近かった。体力もそうだが、ザクマルチの
ヒートホークに焼き切られた服はボロボロになって、体に引っかかっている布がかろうじて綾香の
体を覆い隠しているだけに過ぎなくなってしまったからだ。
「あんまり大技ばかり繰り出していると、全裸で家に帰ることになりそうね、これは……」
 恥じらいよりも格闘家としての本能が先に立っているのか、それでも綾香は嬉しそうに微笑んで
いた。ザクマルチがヒートホークを構え、突進してくる。
「もらったっ!」
 綾香は突進してくるザクマルチに対して、首を狙ってカウンターで空中回し蹴りを放つ。
 ザクマルチはヒートホークを捨てて綾香の蹴り足を受け流すと、最光度で目の中の光点を光らせた。
「くっ!?」
 突然の目つぶしにひるむ綾香。
 ザクマルチは体勢を低くし、綾香の腹にショルダータックルを命中させる。
「げほっ!」
 勝った、と、ザクマルチは思った。しかし、綾香は不敵に笑ったまま、ザクマルチのボディスーツで
覆われた肩をつかんでいる。
「悪いわね。後輩でこの技が得意な子がいるのよ。そんなに簡単に倒れたりはしないわっ!」
 綾香の肘打ちがザクマルチの顎に入ろうとしていた……。

「もう止めて、マルチっ!」

 ズルっ!
 いきなり声をかけられて声の方向へ振り向くザクマルチ。目標を見失ってバランスを崩した綾香は、
そのまま回転して地面へと転がる。
 ビリっ!
 最後まで健気に主人の体を覆い隠していた西音寺女子学院の制服は、無残に破れてしまった。
「新年からパイモロとは大胆じゃな、綾香さん」
「いい目の保養になります」
「ほえ? ……キャアアアア!! いっ、今まで、何やっていたのよ、ヤジマルチ、セリオっ!」
 矢島の目を両手で覆い隠しながらやってきたヤジマルチは、傍らにセリオと見知らぬ寺女の一年生らしき
少女を連れていた。
「おい、見えないんだけど……綾香さんのオッパイ」
「見なくていいっ!」
 綾香にザクマルチが切り離した装甲板を顔に投げつけられた矢島はそのまま轟沈し、立っているのは
綾香、ヤジマルチ、セリオ、ザクマルチと残り一人だけになった。
 最後の一人は、佐久間清香である。
「どうして……こんなことしたの?」
 K/I/Y/O/K/A?
「こんなにボロボロになって……私が勝手に舞い上がって、勝手に落ち込んだだけなのにっ! 
どうして、マルチがこんなにつらい思いしているのっ!?」
 D/O/N’/T/ C/R/Y.
「馬鹿っ! 誰のために泣いていると思っているのよっ!」
 自分にすがりついて泣く清香に戸惑うザクマルチ。
 セリオは拾ってきたダンボールを綾香に渡している。
「もうちょっと、マシなものはないの?」
「ありません」   
「そうだっ! セリオの服を私が借りるっていうのはどう?」
「冗談じゃありません」
 綾香とセリオが喧嘩している横で、ザクマルチが気絶している矢島の頭をゴインと殴った。
「このボンクラも悪いんじゃよ。後でよく言い聞かせておくから、今回は許してくだされ」
 ヤジマルチはペコリと頭を下げてから、矢島を別の場所へと引き摺っていく。
「私達も帰ろうか……マルチ」
 Y/E/S.
 手を繋いで帰る清香とザクマルチを夕日が照らす。
 その影では、綾香とセリオが服を奪い合って醜い争いをしていた。
  

 ザク、ザク……。
 装備を金属製のカプセルにしまったザクマルチは、元通りにそれを植え込みの中にある穴の中へ
埋めなおした。
「もう、あんな危ないことはしないでね。今度からは私も、あなたを部屋から追い出したりはしないから」
 Y/E/S.
 ザクマルチの二つの目の上で、赤い光点が左から右へと走る。
 その時の彼女は、少し微笑んでるように清香には見えた。

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(その頃の宮内さん)

「WHAT? アヤカ、セリオ、なんで二人でダンボールに包まって歩いているの?」
「セリオがおとなしく服を貸さなかったから」
「違います。綾香様が私の服を破ったからです」
「なんですって!」
 ベリ。
「「きゃあああああ!!」」
 綾香が暴れたせいで、二人のダンボール板まで破けた。
 合唱。

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