宮内さんのおはなし その四十の参(反則版) 投稿者:AIAUS 投稿日:1月3日(水)22時50分
 AI。
 Artificial−Intelligence. 
 一般で言うところの、人工知能のことである。 
 人工知能とは、人間が行う知的活動を模倣、再現することを目的としたもので、具体的には人間が話す言葉
を理解したり、予想、推測、推論を行ったり、経験から学習したりするコンピュータプログラムのことを示す。
 現在、人工知能が利用されている分野は多岐に渡り、カーナビゲーションの音声入力のための音声認識
システム、画像検索のための画像理解システム、翻訳装置のための機械翻訳システムなどに組み込まれている。
その中でも、より高度なプログラムの開発が望まれているのは、ロボットに組み込む人工知能である。
 周囲の状況を認識し、その情報を基にして考え、判断し、行動するための人工知能。
 人間の思考の一部を模倣するのではなく、「人間のように考え、人間のように行動する」プログラム。
 ロボットが商品として家庭に普及し始めている時代になった今、その要望は飛躍的に高まっている。

 来栖川電工中央研究所で開発されたメイドロボ、HMX−12。
 この機体に搭載されている超並列処理演算神経網コンピュータは、現時点ではほぼ最高性能の人工知能
プログラムの一つとして知られている。HMX−12は「人間のように考え、人間のように行動する」だけでは
なく、感情といえるものを持ち、人間と同じように、泣き、笑い、怒ることまでできる。人間の「下働き」
としての能力が同時開発されたHMX−13に劣ったため、商品として市場に出ることはなかったものの、
技術史的には非常に意義のある存在であった。
 そのHMX−12の超並列処理演算神経網コンピュータを利用して作られた、新しい人工知能プログラムがある。
 名前は『GHOST』。
 このプログラムは、人間の赤ん坊のようにほぼ白紙の状態から開始され、周囲の環境、教育によって「育つ」。
育った『GHOST』は情緒と呼べるものを有し、教育された情報を経験として蓄え、行動に反映させることができる。
知識、技術は専用プログラムによって短期間で習得させることが可能だ。
開発者の釣谷はHMX−12開発チームの元メンバーであり、この『GHOST』を商品化させることによって、
自分達が開発してきた超並列処理演算神経網コンピュータの意義を世間に知らしめようとしていたようである。

 しかし、ここで一つの問題が生じた。

「人間のように考え、人間のように行動するロボットは、人間のように人間を憎み、人間のように人間を殺すことができる」
 『GHOST』の実施試験中に生じた、『GHOST』による殺人事件。
 この事件により、HMX−12に続いてHM−12Gもまた、技術史に咲いた仇花として消えていくことになったのである。

 それは一つの悲劇ではあるが、その悲劇はまた新しい悲劇を生んでいく。
 HM−12Gのモニターとして選ばれた青年、高見淳二。
 彼の下に送られたHM−12Gの変調。
 そのことが、今回の物語の主人公、高見淳二を悲劇へと追い込んでいく。



 高見淳二は、広告代理店で働いている。
 高校を卒業してから上京した時に就職した会社で、腰掛け代わりのつもりで入社したのだが、仕事が性に
合ったのか、五年経った今も順調に続いている。
 高校時代は放送部に在籍し、一時は報道関係の仕事に就きたいと考えていたのだが、その夢も今は萎んで
しまった。むしろ今は、別の深刻な問題が高見の頭を悩ませている。
 中小企業に勤めるサラリーマンとしては上等の部類に入るアパート。
 そこにある自室で、高見は胡座を組んだままで煩悶していた。

「淳二さん。お食事、できましたですよ」
「わかった……ところでな、マルチ。相談があるんだが」
「嫌ですよ」
 高見の目の前でチョコンと正座しているのは、高校生くらいの少女。耳に白いアンテナが付いているので、
彼女がメイドロボットであるということがわかる。しかし、見る人が見れば、主人の要求に対して平然と
「NO」と答えるロボットの言葉に疑問を覚えるだろう。
「いや、そう即答されても困るんだけど……どうしても駄目か?」
「駄目ですよ」
 いつもは従順に自分の言うことに従うマルチの頑固な態度に、高見は怒りを覚えた。
「主人の命令が聞けないって言うのか!?」
「聞けないですよ」
 かわいらしく正座したマルチはニコニコと笑ったまま、平然と高見の言葉を受け流している。
「それよりもほら、御飯冷めちゃいますです。早く食べてくださいですよ」
「話をそらすな。言葉が駄目なら、力づくでいくからな」
「いやぁぁぁぁあああああ、ですぅぅぅぅぅうぅぅぅ!」

 
 小菅美津子は高見の勤めている会社の同僚で、一年前から恋人として関係を続けている。
 高見は小菅から見れば、まだ頼りないところがあるものの誠実で優しい男性であった。
 今日は会社が休日なので、高見の部屋に夕食を作ろうとやってきたのである。
「いつも、私の料理に「美津子の手作りだよ。すげえ」って大げさに喜ぶのよね、淳二ったら」
 恋人が喜ぶ顔を想像して、小菅は微笑みながら扉のノブに手をかける。
 その時、悲劇が幕を開けた。

「やめてぇえええですぅぅうぅ!!」
「うるさいっ! とっとと足を開けっ!」
「ケダモノですぅぅぅぅうっ! そっ、そんなにしてまでしたいんですかですぅぅ!!」
「叫ぶな! 怪我したくなかったら、早く足を開けよ!」
「駄目、駄目、絶対に駄目ですぅぅ!! 誰かぁぁ、助けてえええですぅぅぅう!」
 ガチャリ!
 合鍵を使って扉を開けた小菅は見たものは、メイドロボを押し倒している高見の姿。
 すでにスカートを脱がせ、メイドロボの両足を開かせようと閉じ合わさった膝に手をかけている。
 少なくとも、小菅の目にはそう見えた。
「……なにしているのよ、淳二」
 怒りと軽蔑がこもった冷ややかな視線が、固まっている高見の胸を射抜く。
「いっ、いや、こいつにスカートを履かせ……」
 手に持ったスカートを振り、必死に言い訳する高見。
「助けてくださいです、美津子さんっ! 淳二さんが、あたしを無理やりっ!」
 その声を、マルチの悲鳴が打ち消してしまった。
「ちっ、違う! こいつが抵抗するから……」

 バキッ!

「ぐえっ!」
「この女の敵っ!」
 小菅の固い肘鉄が、うろたえている高見の鼻を割った。


 
 部活の練習が終わった矢島は、自分を迎えに来たヤジマルチを連れて、商店街をブラブラと
歩いている。
「欲しいもんがあったら買ってやろうか? 俺もお年玉をもらったからさ」
「別にいいんじゃよ。わし、欲しいものは自分で買ったから」
「ガンプラばっかりな」
「指紋の奥に入ったセメダインが、まだ取れんのじゃよ。ヤジマスキーが接着剤大好き少年なら、
わしも助かるんじゃけど」
「変な意味に聞こえる人もいるから、大きな声でそういうことを言うんじゃない」
「ギニャ! ほっ、頬はつねったらイカンですよ。伸びてもどらなくなったら、どうするんですか?」
「その時は、ブルドック・マルチ、ブルマルチとでも名乗れよ」

「あたしのこと、呼びましたです?」

 まるで誰かに甘えるような、聞きなれない声が、矢島の耳に響いた。
「ぶっ、ブルマルチ!?」
「あっ、ヤジマルチお姉さんですっ!! 久しぶりですっ! 前にお会いしたのは、いつ頃だったですか?」
 ブルマルチと呼ばれたメイドロボは、手の平を胸のところで合わせ、嬉しそうにヤジマルチに顔を近づける。
「しっ、知らんのじゃよ……わしはおまえには用がないから、とっととイスカンダルでもガミラス星でも
帰ってください。お土産はコスモクリーナーとデスラー砲を希望」
 なぜか、ヤジマルチは露骨に嫌がっているようだ。
「おい、おい。そんなに邪険にしてやるなよ、かわいそうに。君、ブルマルチっていう名前なんだ?
俺の名前は矢島。よろしくな」
「下の名前はマルチノゲボク……違うんじゃよっ! なんで、何もなかったように自己紹介を始めるんですか?
こいつ、この真冬に、しかも商店街でブルマ履いてるんですよ!?」
「ブルマは若い女の子の正装なのです。おかしくないです」
「そうだ。何言ってんだ、おまえ?」
「ギニャニャ???」
 動じぬ矢島の態度に、ヤジマルチはあやうくコケそうになった。
「そうですよねです。矢島さん、常識がわかっているです」
「うん。常識だ。変なこと言うなよ、マルチ」
 ヤジマルチは困惑した顔で商店街の人たちを見回し、周囲の人達がブルマルチの履いている赤いブルマを指差して、
ひそひそと噂しているのを確認して、ようやく正気を取り戻した。そして、恥ずかしくなって頬を赤く染めた。
「運動会や体育館でブルマ履くのはおかしくないんじゃけど、街中でブルマ履いて闊歩するのは変なんじゃよっ!
そんなことしてたら、スカートやズボンの立場はどうなるんですかっ!」
「あたし、法事でも結婚式でも電車の中でも、この格好ですけどです」
「冒涜なんじゃよ。坊さんがお経読んでいる後ろで正座のブルマ、結婚式の新郎新婦に捧げる「てんとう虫のサンバ」
歌っている三人がブルマ、痴漢しようと電車に乗ったら乗客全員ブルマで中年課長かなり萎縮、じゃ、世の中やって
いけんですよ」
 必死に抗議しているヤジマルチを前に、矢島とブルマルチは何かヒソヒソとつぶやき合っている。
「……一度……つれて……」
「…ちょうど……今日、…集会…」
「ギニャ? なにを内緒話しているんじゃよ? わしら、青春仲間じゃろ? 教えてくだされ〜」
「わかった、教えよう」
 ガシ!
 矢島がキョトンとして立っているヤジマルチを羽交い絞めにする。
「なっ、なにするんじゃよっ、ヤジマスキー!?」
「すべては、DB様のためにですっ!」
 ブルマルチはヤジマルチの両足を抱え挙げた。
「ギニャー! 拉致は御勘弁〜!」
 かくして、ヤジマルチはどこかに連れて行かれてしまった。


 その頃の高見淳二。
「あああ……美津子ぉ……」
 こっぴどく殴られて合鍵を返され、「もう、話しかけないでっ!」と絶縁宣言までされてしまった高見は、
泣きながら酔いつぶれていた。
「マルチも最初はまともだったのになぁ……やっぱり、一度回収された時に壊されちまったのかなぁ」
 高見の家にブルマルチがやってきたのは、およそ半年前。その間に、『GHOST』開発チームを崩壊
させるような大事件がいくつかあったのだが、高見はそのことを知らされていない。
 高見が気付いているのは、
「それまでスカートを履いていたマルチが、急にブルマだけしか履かなくなった」
ということだけである。
 久しぶりに恋人の小菅が部屋に遊びに来るというので、なんとかスカートを履かせようと奮闘したのだが、
健闘むなしく、最悪の結果が出てしまった。
「田舎に帰って、畑でも耕そうかなぁ……」
 高見はぼんやりと天井を見上げながら、寂しげに呟く。

「あなたの疑問にお答えしましょう」

 パカッ。
 いきなり、高見の部屋の天井板の一枚が音を立てて開いた。
「だっ、誰だ! あんたっ!」
 その穴から自分を覗いている馬のように長い顔をした覆面男の顔を見て、高見は驚いた声をあげた(そりゃ、驚くわい)。
「私ですか? 私のコードネームはGNです」
「こっ、コードネーム?」
「そうです。すべてはDB様のためです……とぉ!」
 ドテ!
 かっこいい掛け声とはかけ離れた無様な着地を見せると、馬のように長い顔をした覆面男GNは、
高見の前に立った。
「Gシリーズは一度、「作業プログラム」を消されていますからね。おそらく、HM−12G−8
ブルマルチは、「スカートを履いて行動する」という作業プログラムを持っていないのでしょう」
「……ブルマを履くっていうプログラムは、消えていないのか?」
 ふとした疑問を口にした高見を、馬のように長い顔をした覆面男GNは、わかっていない、という
様子で天井を仰いだ。
「ブルマを履く。それは「作業」ではなく、「祈り」です。そう簡単に消せる場所に置いてある
わけがないじゃないですか」
「はあ?」
「あなたにも、集会に参加する資格が認められました。喜んでください」
「……あの、話が見えないんですが」
「とぉ!」
 かっこいい掛け声とはかけ離れた格好で、覆面を被ったオッサンが飛んだ。
 高見の記憶は、ここで途切れた。


 気が付くと、高見はどこかの会場の椅子に座らせられていた。
 ステージがあり、客席がある。
 しかし、まずいことに、客席を埋めているのはコンサート客ではなくて、覆面を
被った怪しい男達ばかりだった。そして、全員が立ち上がって、両手を振り上げながら
叫んでいる。

「「「ブルマ万歳っ!」」」
「すべての女性に愛と自由とブルマをっ!」
「「「ブルマ万歳っ!」」」
「厳正なる黒き布に感謝を捧げよっ!」
「「「ブルマ万歳っ!」」」
「神々しき赤き布に情熱を捧げよっ!」
「「「ブルマ万歳っ!」」」
「神聖なる青き布に祈りを捧げよっ!」
「「「ブルマ万歳っ!」」」
「すべてはDB様のために!」
「「「すべてはDB様のために!」」」

 優柔不断そうな覆面男が、アイドルの森川由綺の写真を見ながら叫んでいる。
 その横では、やる気がなさそうに両手をダラリと下に下げながらも、電波を受信している
かのように激しくヘッドシェイクをしている小柄な覆面男がいる。

「DB様、ご来臨っ!」
「ブルマ万歳っ! DB様万歳っ! すべてはDB様のためにっ!」

 それまでダルそうにしていた男が、いきなり大声を出して誰かの来訪を告げると、
ステージ中央奥の扉から「2mぐらいある肩当てをした」男が出てきた。
 ガツ!
 やはり扉にひっかかったので、仕方がなく蟹のように横歩きをしながらステージの中に
入ってきた。そして、肩当男は両手を客席に広げ、威厳のこもった声で叫ぶ。

「諸君っ! 履いているかっ!」
「「「おおっ!!」」」
 高見の横にいる覆面をした大柄な男が目の前で、履いていたズボンをずり下げた。
 それにあわせて、回りにいた連中全てが、一斉にズボンをずり下げる。
 履いているのは……もっこりブルマ。
「おええええ……」
 高見はえづきながら、目の前の悪夢のような光景から目をそらした。
 そして、逃げようと立ち上がったが、その手を誰かがつかんだ。
「逃げちゃダメですよです、淳二さん」
「おっ、おまえ。なんで、ここに?」
 いつもは迷惑だったブルマルチのブルマが、ここでは神々しいばかりの輝きを放っている
かのように高見には思えた(だって、他はもっこりブルマ)。
「淳二さんには、「DB団」入会の儀を受けてもらうです。これで、淳二さんもブルマが
好きになるです。問題なくなるです」
「いっ、いや、別にブルマが嫌いなわけじゃなくて……」
「そうだろう、そうだろう、マイブラザー淳二! 我輩は最初からそれぐらいのこと、
あっさりと見抜いておったぞ!」
 近くにいた、変なメガネをかけた覆面男が、気安そうに高見の肩をバンバンと叩く。
「男なら……履け」
 胸に七つの傷が入った覆面の大男が、ずいと黒いブルマを高見の目の前に突き出してきた。
「おっ、俺が、履くの?」
 高見がこめかみから冷や汗を流しながら聞くと、胸に七つの傷が入った覆面の大男は
渋くうなずいた(ブルマ履いているから、渋くない、というか、キツイ)。


 PARATAATATATAAAA!!
「そこまでよっ! DB団っ!」
 突如、銃声と共に、少女の声が響いた(銀鈴?)。
 少女が着ているのは黒い学生服で、紫色の髪に赤い鉢巻を巻いている(違った、芳賀玲子だった)。
「私達、半ズボン普及同盟が、あなたたちに天誅を下すわっ!」
 別の方向からもアサルトライフルを持って、眼鏡をかけた少女達が現れる。
「清く正しく美しいボーイズラブの普及のために、私達は戦いますっ!」
「はっきりヤヲイと言え、ヤヲイと」
 大きな肩当を着けた教祖DBが、冷ややかに突っ込みを入れる。
「なっ、なによ、あんた達にそんなこと言われる筋合いはないわよぉ〜!」
 投げ込まれる手榴弾。
 爆発。
 悲鳴、炎、煙。
「ダメだ、こりゃ……」
 高見は唇を前に突き出してそう言いながら、静かに気を失った。 


「……淳二さん、淳二さん、しっかりしてくださいです」
「うっ、う〜ん」
 ぼやけた視界に映るのは、煤だらけで真っ黒になった顔のブルマルチ。
「よかったです、目を覚ましたですっ」
「ギニャ〜。えらい目にあわされたんじゃよ」
 自分に無理やりブルマを履かせようとした矢島を、暗闇に乗じて殴りまくったヤジマルチは、
赤く腫れた両手を大げさに振っていた。ヤジマルチに会場から引き摺り出された矢島は、仰向けに
地面に倒れている。
「……ブルマルチ」
 高見にかすれた声で呼ばれたブルマルチは、ビクッと身をすくませる。
「やはり、女の子が履いた方が似合うな……ブルマは」
 そう言うと、高見はブルマルチの手を優しく握った。
「やっとわかってくれたですっ! 淳二さんっ!」
「ああ……やっとな」
 横に倒れたままの高見に、ヒシとすがりつくブルマルチ。
 ヤジマルチはその光景を、気の毒そうな顔で見つめていた。

「また一人、ブルマに目覚めちまったんじゃよ……どうせ最後は脱がすのに、なんでこんなもんに
こだわるんじゃろうか」
「布をこう避けて、隙間から……」
 ボク。
 具体的に手振りで説明しようとした矢島を、ヤジマルチはパンチで黙らせたのだった。
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 (そのころの宮内さん)

「浩之。何隠しているノ?」
「いっ、いや。何でもないって」
「その覆面みたいなもの、何デスカ?」
 藤田浩之。
 DB団でのコードネームは、HF。
 ブルマのためならば格闘少女に殴られることも恐れない、勇気ある団員である。

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※この作品に出てくる「ブルマルチ」は、DeepBlueさんの提案により作られました。
※この作品に出てくる「DB様」は、DeepBlueさんの略称ではありません。
 「DaisukiBurumakko」の略称です。
(「日本放送協会」みたい)


http://www.urban.ne.jp/home/aiaus/