宮内さんのおはなし その四十の弐(反則版) 投稿者:AIAUS 投稿日:1月2日(火)00時01分
 ほんの30年前から急激に勢力を伸ばし始めたことで有名な政財界の新興勢力、天城グループ。
 ここは、その天城グループの若き会長である天城忠義(あまぎただよし)が全世界に散る傘下の
企業へ指示を飛ばす、本社ビルである。60階の巨大なビルの最上階に位置する会長室では、真剣な
表情で二人の実業家が、複雑な経済の取り引きに対しての綿密なプランを練っていた。

「これでゾフォース社に関しての懸案事項は解決する。それで、今後の展開だが……」
 威厳のある顔をした筋骨たくましい大柄な男性が、直立不動の姿勢で今後の事業計画について
具体的な意見を述べている。
 それを革張りの椅子に座って聞いているのは、父親の後を継いで天城グループの会長となった
青年、天城忠義。
 トントントン……。
「東ヨーロッパ系の企業統合体からの反撃が予想されるから、ここは一度、守勢に回るべきだ。
やつらは技術があるが、資金力がない。ある程度干からびさせてから有利な条件を持ち出せば、
こちらの都合のいいように動いてくれるはずだ」
 トントントン……。
 天城忠義は目の前で経済戦略を話している年上の義弟、菊池孝博(きくちたかひろ)の顔を見ながら、
気が乗らない様子で、万年筆の先でいらなくなった書類を叩いていた。
「……なにか言いたいことがあるのか、天城?」
 一通りの報告が終わった軍人体型の男、菊地孝博は、自分より10歳以上も年下の義理の兄の顔を
感情のこもらない目で見つめた。
 天城は深い溜め息をついた後、明らかに菊地をとがめる口調で話を切り出した。
「昨日、また真紀子から電話があったよ」
「そうか。兄妹仲がよくて、結構なことだ」
「夫婦仲もいい方がいいんじゃないか?」
 真紀子とは、天城忠義の妹であり、菊池孝博の妻でもある。
 菊地孝博は無表情を保ったままで、天城の質問には答えようとしない。
「真紀子はまだ十九歳だ。なぜ、もう少し優しくしてやれないんだ?」
「それは、天城グループ会長としての質問なのか?」
 先代の天城会長の時代から天城グループに仕えている菊地は、強気な姿勢を崩そうとはしない。
「天城真紀子の兄としての、当たり前の質問だ。妹は僕達みたいな割り切った考え方はできないんだ。
なぜ、そんなこともわかってやれない?」
「私は、私ができる限り、あいつが望む通りにしてきた。このことについては文句を言われたくはない」
「それだけじゃ駄目なんだよ……」
 頭を抱える天城を見て、菊池の目尻が少しだけ、困惑を示すかのように下がった。
 ゴホン。
 菊地は咳払いをした後、腕時計で時間を確認するジェスチャーを行ってから、話を終わらせることにした。
「その件については、いずれ正式な場所で話し合おう。それで、東欧州企業統合体への対策プランは、
私の立案通りでいいのか?」
 天城は頭を抱えていた手を下ろし、目の前で堅く組むと、先ほどとはうって変わって冷酷な表情を作る。
「駄目だ。こちらが守勢に回る必要などない。すでに、彼等の中の下位グループに対して交渉を行い、
切り崩しを開始させている。ほころびが生まれた瞬間に、一気に攻勢を仕掛けるつもりだ……しかし、
先ほど提案されたプランは隠れ蓑にいいな。水面上で進めていてくれ」
 平然と陰謀を宣言する天城に、初めて菊地の表情に笑みが生まれる。
「仕事に関しては情はいらないというわけだな?」
「もちろんだ」
「実に頼もしい限りだ。わかった。こちらでは計画どおりにプランを進めておく。今度も、派手な騒ぎに
なりそうで、実に楽しみだよ」
 天城は黙ってうなずくと、部屋から退出する菊地のことは無視して、中断していた仕事の処理に取り掛かった。


「うう〜。いきなり寒くなったな」
 矢島はコート姿で、首を縮め、背を丸めて歩いている。
 横で元気いっぱいに手を振り、胸を張って歩いているのは、矢島のメイドロボであるヤジマルチ。
「気温が低いくらい、別になんともないですよ。そんなことを言っていたら、南極基地のタロとジロに笑われる
んじゃよ。ところで、犬ってどうやって笑うんじゃろうか? ワンホホ?」
「知るか。おまえ、暑いのは苦手なのに、寒いのは全然平気なんだな。やっぱり、CPUのせいなのか?」
「HMX−12マルチお姉さまは、寒いのも苦手みたいですよ? この前、藤田ボンクラーノフのベッドに
潜り込んで暖まったと言っておりましたので」
 少し離れてその会話を聞いていた神岸あかりが、笑顔のまま家路を急ぎ始めている。
「哀れな……また入院か」
 知り合いの末路に同情しつつ、矢島は白い息を吐いた。
「公園で休んでいかないか? 暖かいものが飲みたくなった」
「ビールですか?」
「暖めたビールなんか飲めるかっ!?」
「世の中には、暖めたビールでカップラーメンを作って食べる剛の者もいるんじゃよ。愛されて150万ヒット
……ギニャー、ギャラクシージュースっ!!」
 ヤジマルチのこめかみをギリギリと親指で締め付けながら、矢島は公園への道を急いだ。

  
「ほら、ポカリ。これなら飲んでも大丈夫なんだろ」
 ヤジマルチに青い缶ジュースを渡した後、矢島は暖かい缶コーヒーに口をつける。
「別に、わしは公園の水でもいいんじゃけど。世の中には、池の水や海の水でカップラーメンを作って食べる
剛の者もいるんじゃし」
「……よく死なないな、その人」
「ありがたくいただきますですじゃ。これで今夜はオネショ確定」
「すんなよ。おまえの布団干すのは俺なんだから」
 ベンチに座って休んでいると、前から赤ん坊を抱いた女性が、ゆっくりとした歩調で歩いてきた。

「……もしかして、ヤジマルチお姉さん?」

 赤ん坊を抱いて、黄色いセーターに身を包んでいる女性は、白いアンテナを両耳につけていた。
「ギニャ? マママルチ(ごっつう読みにくい)? あんた、外国へ嫁入りしたんじゃなかったんですか?」
「なんだよ、妹さんか? 俺にも紹介してくれよ」
 肘で自分をつつく矢島の要望に、ヤジマルチはすぐに答えた。
「わしの妹のHM−12G−10で、通称マママルチ。子育てができるようにプログラムされていて、外国の
実業家にもらわれていったはずなんじゃけど」
「私のマスターである孝博さんのことですか? 確かに、以前は天城のドイツ支社にお勤めでしたが、今は
日本に帰っておりますよ」
「それじゃあ、あんたの胸で抱きかかえている赤子は、孝博さんと一緒に作ったんですか?」
 ボッ、と音がして、マママルチの顔が真っ赤に染まる。
「そそそそそそそそそうじゃなくて」
「ロボットでも赤ん坊が作れるのか?」
「わしにそういう機能があるとは聞いとらんのじゃけど、マママルチにならあるかもしれんのじゃよ」
「ふ〜ん。いろいろな機能の持ち主がいるんだな、GHOSTって」

「あああああああああありませんっ! 子作りの機能なんてっ!」
「フッ、フェ……」
 自分を抱きかかえているマママルチが急に大きな声を出したので、赤ん坊はびっくりして泣き出しそうに
なった。
「あら、あら、あら。ごめんね、勇樹君。ほおら、大丈夫ですよぉ」
 マママルチが赤ん坊をあやしている姿を見て、矢島は感心した顔でうなずいた。
「うん、しっかり者の妹さんだ。姉さんのハカマルチもそうだったが、うっかり者のおまえにはもったいない」
「ううっ。余計なお世話なんじゃよ。RB−79の分際で」
「形式番号でいってもわかるんだよ。誰がボールだ、こらっ!」
「ギニャー! ワイヤーで戦えば、ジオンの女パイロットと仲良くなれて、かなりお薦めなのにっ!」
 矢島とヤジマルチが遊んでいる間に、マママルチは二人が座っているベンチに一緒に座り、自分の着ている
セーターの裾をまくりあげた。

 ポロリ。

 純正のHM−12より若干大きめの乳房が、矢島の目の前に出てくる。
「いっ、いきなり何?」
「勇樹君にオッパイをあげるんですよ。私の胸部は、そのための授乳機能がついていますから」
「おっぱいは〜赤ちゃんのためにあるんやで〜♪ ヤジマスキーのためとは違うんやで〜♪」
 横で囃したてるヤジマルチの頭をヘッドロックすると、少し頬を赤くした矢島はマママルチの胸から目を
そらして話を続けようとした。
「えっと、その……」 
 しかし、矢島は、マママルチの丸みを帯びた胸のことが気になって、なかなか話が切り出せないでいる。
「哺乳瓶と同じですよ。私の胸の中のタンクに入っているのは、普通の新生児用ミルクですから」
 恥ずかしがっている矢島を不思議に思ったのか、マママルチは自分の機能の説明をした。
「正直に言うんじゃよ、ヤジマスキー。わしにも吸わせてくださいって」
 バコンッ!

「ギニャー……すごく柔らかいんじゃな。それに、すごく暖かいですじゃ」
「落とすなよ、マルチ。他所様の子供なんだからな」
「それに、この頬っぺたの感触が……女殺しになる素質バッチリですよ。わし、もうメロメロ」
「おおおおおおおおおおんな殺しって……」
 マママルチに勇樹を抱かせてもらったヤジマルチは、初めて赤ん坊を抱く体験に喜んでいる。矢島は心配
そうに見ているが、マママルチは落ち着いたものだ。やはり、姉のことを信頼しているのだろう。

 キャッ、キャッ!!
「ほおら、面白い顔じゃよー。ヤジマスキーの真似」
「だれが面白い顔だよ」
 百面相をして赤ん坊を喜ばせているヤジマルチと、いちいちそれに突っ込みを入れる矢島。 
 マママルチは優しく微笑んで、それを見つめた後、左手につけた腕時計に目をやった。
「あら、そろそろ帰らなきゃ。お名残惜しいですが、また今度、勇樹君と遊んであげてください」
 ヤジマルチから赤ん坊を受け取り、優しく抱きとめると、マママルチはペコリと頭を下げ、公園から去って
いった。その姿を羨ましそうに見ているヤジマルチ。
「ヤジマスキー。お願いがあるんじゃが?」 
「なんだ? お年玉はもうやったはずだけど」

「そうじゃなくて、わしも赤ちゃん欲しいんじゃよ」

 ブフー!
 缶コーヒーをすすっていた矢島は、口に含んでいた分を勢いよく外に吹き出してしまった。
「玲奈と一緒に、チャチャっと作ってくれんじゃろうか?」
「でっ、できるか! そんなことっ!」
「わしとでもいいから」
 矢島は心底困った顔をした後、途方にくれて空を見上げた。
 そんなことは意に介さずに、ヤジマルチは話しつづける。

「ところで、赤ちゃんってどうやって作るんですか? 牛みたいにクローンで増えるっていうのはわかるん
じゃけど。なんで、クローンなのに二人いるんじゃろうか? ウルトラマンAの原理ということですか?」

「……今度、玲奈さんに教えてもらえ。俺から教えたら、きっと怒られる」
 そう言う矢島の声は、疲れているように聞こえた。


 菊地は日本での自分の住処であるマンションに帰り着くと、胸ポケットから鍵を取り出した。
 ガチャリ。
 扉を開け、部屋へと入る。
「おかえりなさい、孝博さん」
 軍人のような強面の菊池を迎えたのは、華やぐような明るい少女の声。
 彼の妻、真紀子ではなく、マママルチだ。
 菊地の遅い帰宅に合わせて暖かい食事を準備していたのか、エプロンをつけたままの姿だ。
「勇樹は寝ているのか?」
「はい。いい子にして眠っていますよ」
 ベビーベッドで天使のような寝顔で眠りについている勇樹を、菊池は長い間見つめていた。
普段は肉食獣をイメージさせるような精悍な瞳も、この時ばかりは優しい光をたたえている。
 マママルチは孝博のために用意した食事をテーブルに並べ、彼が椅子に着くのを待っている。
「何か、変わったことはなかったか?」
「はい。今日、私の姉に会いました。元気にやっているようです」
「そうか……」
 菊地は特に興味がないようであったが、食事をしながら会話を続ける。
「後は、奥さんからお電話がありました」
「どう言っていた?」
「一度、会って話し合いたいそうです」
「時間がない、と伝えろ。離婚調停のことに関しては弁護士に相談してくれ、と言っておけ」
「……孝博さん」
 何か言いたげなマママルチの視線は無視して、菊地は食事を続ける。

「フッ、フェ……」

 勇樹の泣き声を聞きつけて、菊池の箸が止まる。
「あら、あら、あら。勇樹君もお腹がすいているのね。ごめん、ごめん。今、あげますから」
 ベビーベッドで泣き出そうとしていた勇樹を抱き上げて、マママルチはいつものようにオッパイ
をあげようと服の裾をまくり上げた。

「やめろ。私の前では、哺乳瓶を使えと言っているだろう」
「えっ?」
 
 菊地は勇樹をマママルチから取り上げ、強い口調で注意した。
「ビエエエエエエエエエエ!!」
 ごはんを目の前で取り上げられた勇樹は、火が着いたように泣き出し始める。
「わっ、たっ、とっ……すまん、頼む」
 菊地は大きな体には似合わない気弱な声で、自分が抱きかかえた勇樹を、マママルチの腕の中に
もどした。
「はい、はい。ほ〜ら、怖くないですよ、勇樹君。パパは怒ってないですからね」
 ピタ。
 マママルチに抱きとめられて安心したのか、勇樹はすぐに泣き止み、不思議そうな顔で菊地の顔を
その小さな目で見上げた。
「見事なものだ……真紀子とは大違いだな」
「私は子供を育てるために作られましたから。真紀子さんはまだ、赤ん坊の扱いに慣れていないだけ
ですよ」
「……とりあえず、勇樹には哺乳瓶でミルクをやってくれ。後は、おまえに任す」 
 柄にもなく慌てたことを恥じているのか、菊地はプイと顔をそむけ、自分の寝室へと入っていった。
 チュ、チュ、チュ、チュ……。
 赤ん坊が哺乳瓶からミルクを吸う音が、マンションの一室に響いている。


 数日後の公園。
 品のいい、おとなしそうなロングヘアーの若い女性が、ベンチで静かに座っている。
「お待たせしました、真紀子さん」
「よかった……来てくれたんだ。お願い、勇樹を抱かせて」
「はい。ほおら、勇樹君。お母さんだよお」
「アウ?」
 真紀子、菊池の妻であり、勇樹の実の母に抱きとめられて、勇樹はしばらく不思議そうな顔をした
後、自分の頭を真紀子の胸に預けた。
「……孝博さんは元気にやっている?」
「お仕事は忙しいようですが、調子はいいみたいですよ」
「そう、やっぱり……」
 真紀子は肩を落とし、涙を溜めた目で自分の腕の中の勇樹の顔を見つめた。
「ねえ、マママルチ。私達、どこで間違ってしまったのかしら?」
 勇樹の顔から目を離さないままで、真紀子はマママルチに心の内を打ち明けた。
「私には、よくわかりません。でも、お二人は一緒にいるべきだと思うんです。勇樹君のためにも」
「そうなのかしら? あの人がそんなことを望んでいるとは思えないけど」
 自嘲するように微笑む真紀子に、マママルチは思い切って言ってみることにした。
「ああああああああああの、真紀子さん。お願いがありますっ!」 
「えっ?」


 菊地は日本での自分の住処であるマンションに帰り着くと、胸ポケットから鍵を取り出した。
 ガチャリ。
 扉を開け、部屋へと入る。
「おかえりなさい、孝博さん」
「おっ、おかえりなさい……」
 マママルチの声に引き続いて、菊池の予想していなかった声が響いた。
 離婚調停中のはずの妻、真紀子である。
「なんのつもりだ? 話なら、弁護士に頼めと……」
「待って下さい! 真紀子さんに来てもらったのは、ちゃんと理由があるんです!」
 懇願するようなマママルチの言葉に押されて、菊池はやむなく、自分の寝室に入るのを諦めた。
 
 リビングにあったもの。
 それは、母親から乳をもらって安らいでいる自分の息子の姿。
 
 菊地はほころびそうになる顔をあわてて強面に作り変えて、かなり離れた位置に腰を下ろした。
「孝博さんが、私のおっぱいをあげてはいけないとおっしゃられましたから、代わりに真紀子さん
に頼んだんです」
 孝博は黙って、真紀子と勇樹の姿を見ている。
「ああああああああああの、同じ成分でも哺乳瓶と乳房ではですね、赤ちゃんに与える安心の度合いが
ですね」
 取り繕うために言葉を続けようとするマママルチを、孝博は手で制した。
「それでいいのか?」
 真紀子は何も言わずに、勇樹に乳を含ませたままでコクリとうなずいた。
 ブワッ!
 マママルチが横で、溢れんばかりに涙を流している。
 菊地は照れくささと恥ずかしさで崩れそうになる表情を直すのに必死で、大分あとになって、そのこと
に気付いたようだった。


 ほんの30年前から急激に勢力を伸ばし始めたことで有名な政財界の新興勢力、天城グループ。
 ここは、その天城グループの若き会長である天城忠義が全世界に散る傘下の企業へ指示を飛ばす、
本社ビルある。60階の巨大なビルの最上階に位置する会長室では、真剣な表情で二人の実業家が、
複雑な経済の取り引きに対しての、綿密なプランを練っているところである。 
 
「予想より遥かに早く、切り崩しが効果を現し始めた。どうも、こちらが思っているほど一枚岩の
集団ではなかったようだ。これに乗じて……」
 菊地は、天城が自分の顔を見て嬉しそうに笑っているのに気付いて、言葉を止めた。
「妻のことか? 質問したいことがあるなら、手早く済ませてくれ」
「いいや。昨日、真紀子から電話があったよ。事情はわかっている」
「それなら、私の顔を見て笑うのは止めてくれ」
「無理だよ。几帳面な菊地にしては珍しいミスをするものだと、笑っているところだから」
「なんのことだ?」
「まだ弁護士に連絡していないだろう?」
 菊地は、しまった! という顔をして、急いで胸ポケットから携帯電話を取り出した。

「……菊地だ。悪いが、例の依頼はキャンセルさせてもらう」
「はい、承知いたしました。そのように取り計らっておきます」
「随分と手際がいいな?」
「もちろん。そのために、調停を引き伸ばしていたのですから」
「なっ!?」
「御用の際は、また当事務所を御利用ください、菊地様」
 ガチャリ。
 菊地は大きな顔を赤くして、携帯電話をしまった。

「どうした、菊池? 珍しい顔をして」
「世の中、おせっかいな奴ばかりだ。そう思っただけだ」
「世界中どこだって、母親と赤ん坊には優しいんだよ。さあ、仕事を続けよう」
 天城は妹と義理の弟の関係が修復されたことを心の中で喜びながら、目の前の報告書に目を落とした。


 天城家といえば代々続く昔からの名家で、この界隈でその名前を知らない者はいない。急逝した父の後を
継ぎ、新しい天城家の当主となった天城忠義。彼はその若さに似合わぬ辣腕を振るい、父の側近達を安心させる
と共に、政権交代をもくろんでいた不埒な輩を戦々恐々とさせていた。ここは、その天城忠義の私室。

「忠義ぼっちゃま。お茶が入りましたよ」
 メイド長の久江が、忠義専属のメイドであるHM−13セリオを連れて、部屋の中に入ってきた。
「ああ、久江ばあちゃんか。今、真紀子から電話があったよ。二人目が出来たってさ」
「まあ、それはおめでたい。夫婦仲がよくて結構なことです。一時はどうなるかと思いましたもの。
ねえ、セリオさん?」
「はい。久江様も私も、とても心配しておりました」
「そうか。ありがとう、セリオ」
 忠義に微笑まれて、赤いアンテナを耳に付けたセリオは恥ずかしそうに顔を下に向けた。

「ところで、ぼっちゃま。わたくし、真紀子様のことよりも、ぼっちゃま自身のことが心配でなりません。
まだ、嫁をもらう気にならないのですか?」
「まだ早いよ。やらなきゃいけない仕事がたくさんあるんだから」
「ですから、お世継ぎを得ることも立派な天城家当主の御仕事でございます。ほら、ここにまた、来栖川家から
次女、綾香様の御写真が送られてきておりますから……」
「い・や・だ」
「ゾフォース社との提携で、天城家も私設部隊を持つことができるようになりました。これで、ぼっちゃまの
ご懸念も解消されたと久江は思っております」
「僕はおしとやかな女性がいいんだ。頭突きで瓦を五十枚も割るような人はお断りっ!」
「いいお話ですのに……いっそのこと、セリオさんが子供を産めれば、久江の心配もすぐになくなりましょうに」
「変なことばっかり言わないでよ、久江ばあちゃんっ!」

(長瀬主任にお願いしてみようかな?)

 赤耳セリオは、忠義と久江の会話を聞きながら、密かにそんなことを考えていた。


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(その頃の宮内さん)

「ヒロユキ。あ〜んシテ、あ〜ん」
 シャリ、シャリ、シャリ。
 浩之はレミィに切ってもらったリンゴを食べているが、表情は暗い。
「おいしくナイ? アタシの切ったリンゴ?」
「……鉄の味しかしねえ」 
 あかりに半殺しにされ病院送りになった浩之は、病室の窓から外を見ながら、寂しげにつぶやいた。
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※本作品に登場する「天城忠義」、「赤耳セリオ」は、「宮内さんのおはなし その二十九」に登場した
 キャラクターです。
※宮内さんのおはなし、ヤジマルチってなに? と思われた方は、下記のサイトを御訪問ください。


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