宮内さんのおはなし その四十の壱(反則版) 投稿者:AIAUS 投稿日:1月1日(月)04時00分
今日は元旦。
 一年の始まりの日であり、人々が新しい年の訪れを祝う日。
 ここ、大江神社でもまた、新年の行事である初参りを行うために、多くの参拝客が訪れている。
 赤い鳥居の下を晴れやかな着物を着た人々がたくさん通っていく。
 赤、白、黄、茶、蒼……艶やかな日本を象徴する色の数々。
 その中でも、一際目立つ色が参拝客の列の中にあった。
 髪の毛が、緑色なのである。
 そして、その目立つ頭をさらに特徴づけるように、耳のところに白いアンテナがついている。
 水色の着物を着て、元気に飛び跳ねるように歩いている姿はまさしく人間の少女の姿だが、ロボット
関係にくわしい者が見れば、それが来栖川製のメイドロボであるということがわかるだろう。
 彼女の名前は、矢島マルチ。
 親しい者達の間では、ヤジマルチと呼ばれている。 

「ここなの? マルチちゃんのお姉さんが働いている神社って?」
 しっとりとした紫色の晴れ着を着た大人びた顔の少女が、ウェーブのかかった長い髪をなびかせながら、
疲れた声で言った。
「生まれたのは同時なんじゃけど、開発番号がわしより若いですから、お姉さんというわけなんですよ。
マルチお姉さまやセリオお姉さまとは意味が違うんじゃけど、しっかり者ですよ?」
 それとは正反対の元気いっぱいな、だが独特のイントネーションの声で答えるのはヤジマルチ。
「おまえはうっかり者だけどな」
 ぜえぜえと息を切らしながら突っ込むのは、ヤジマルチのマスターの矢島である。
「ギニャ! まだ気にしておるんですか? ほんのちょっと、道を間違えただけですよ。そう……
振り出しから四コマ目くらいで」
「全然違うっていうんだ、それは」
「矢島君、ごめんね。重いの?」
 紫色の着物を着た少女は、自分を背負っている矢島を気遣って、心配そうな声をかける。
「いっ、いえ。これぐらい、全然なんともないですよ。草履の鼻緒が切れたんだから、仕方ないですって。
ほら、早く登りましょう」
「でも……」
「ここの階段は、全部できっかり三千段あることで有名なんじゃよ。ガッツだぜ、タカさんだぜ、ヤジマスキー」
「……わざと道を間違えたんなら、おまえのお年玉なし」
「ギニャー!! そっ、それはあんまりなんですじゃ。日々、奴隷のようにこき使われ、飯も食べさせてもらえん
と頑張っているのにですよ?」
 ザワザワ。
 回りの人々が白い目で矢島を見始める。
「ちっ、違いますっ! こいつはロボットなんです! ほら、耳のところにアンテナがついているでしょう?」
「これはただの突起物なんじゃよ」
「フォローになってねええええええ!!!」
 矢島は逃げるようにして、あわてて大江神社の長い長い階段を登り始めた。

「おまえな、メイドロボのことを知らない人だっているんだからな? 迂闊なことを言うんじゃないっ!」
「事実なんじゃよ。この前も、泣いて嫌がるわしを無理やり裸にして、いろんなところを擦りまくったばかりですじゃ」
「本当なの……矢島君?」
「ちっ、違いますよ!? あれは、こいつがペンキ塗りたてのベンチに座って……くっ、首を締めないで、玲奈さん」
 背負っている玲奈の細い指がやんわりと自分の首にあてがわれたので、矢島は冷や汗をかいた。

「あのぅ、お正月ですから、喧嘩はよろしくないと思いますよ?」

 柔らかい声が、三人のいつものドタバタ騒ぎをたしなめた。
 その声の主は、巫女が着る赤い行燈袴を着ていることを除けばヤジマルチそっくりの、白いアンテナを
耳に付けた少女であった。
「ハカマルチお姉さんっ!」
「はい、G−7。あまり遅いから、お迎えにきましたよ」
 喜びいっぱいの顔で、久しぶりに出会えた姉妹に抱きついてきたマルチを受け止めながら、ハカマルチと
呼ばれた少女は、矢島と玲奈に丁寧に頭を下げた。
「はじめまして。私は大江神社で巫女として働いている者で、ハカマルチと申します」
「こっ、こちらこそ、よろしくお願いします」
「はじめまして。私は花山玲奈と申す者です」
 育っている環境の違いか、泡を食っている矢島と違い、玲奈は礼儀正しくお辞儀を返す。
「あらあら、草履の鼻緒が切れたんですね。お貸しください、すぐにお直しいたしますから」
「はい。申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」
 丁寧な淑女二人のやりとりに、呆気に取られている矢島とヤジマルチの二人。
「なんか……おまえと同じプログラムとは思えないくらい、よくできたお姉さんだな?」
「ヤジマスキーこそ、玲奈に釣り合っておらんですよ。ガンダムで言うと、ノイエジール対ボールぐらい」
 二人がお互いの頬をつねり合っているうちに、玲奈の草履の鼻緒は修理できたらしい。

「よかった……少し、残念な気もするけど」
「えっ?」
 悪戯っぽく笑う玲奈に、顔を赤らめる矢島。
 ハカマルチはそれを見て、おだやかに微笑んでいる。そして、優しい声でヤジマルチに話し掛けた。
「いいマスタ−に出会えたようね、G−7」
「ハカマルチのご主人は、どんな方なんですじゃ?」
「素晴らしい方よ。でも、矢島さんがいなかったら、私達は全員デリートされていたはず。だから、G−7の
マスターの方が素晴らしいと思うわ」
「でも……お年玉くれんかもしれんですじゃ」
「ふふっ。それなら、いい子にしていなさい、G−7……いいえ、ヤジマルチ」

 長い階段を登った後、参拝客でごった返す神社にたどり着いた矢島と玲奈は、賽銭箱に小銭を投げ入れ、
静かに手を合わせている。ヤジマルチも横で、見よう見真似をしながら、神妙な顔で願い事をしていた。


 ハカマルチは境内に戻り、他のバイト巫女達と一緒になって、忙しそうに神社の仕事をこなしている。
矢島と玲奈は世間話をしながら、その様子をずっと見守っていた。
「マルチちゃんって、どの子もよく働くのね。矢島君のマルチちゃんも、弟のマルチネスも、藤田君のマルチちゃんも」
「藤田のマルチは、掃除以外は苦手みたいですよ。うちのマルチは何でもできますけど、悪戯がひどい」
「学習型じゃから、開発者やマスターによって個性が出るのは当たり前なんじゃよ」
「GHOSTっていうのか、確か、おまえやハカマルチに入っているプログラムの名前。同じ
プログラムを使っているんなら、性格も似てくると思うんだがな」
「GHOSTシリーズにも、いろんな奴がいるんじゃよ。子供じみた性格もいれば、大人びた性格も
いる。働き者もいれば、怠け者もいる。人間と変わらんですよ」
「そうよね。マルチちゃん達は人間と変わらないわ」
 玲奈はそう言って、マルチの頭を愛しそうに抱き寄せた。

「おおっ、おおっ。この子が、おまえの妹なのかい?」

 そこに声をかけてきたのは、杖をついた老人の神主であった。


「この方が私のマスターである、大江剛(つよし)さんです」
「こっちがうちの宿六、マルチノゲボク=ヤジマスキーなん……ギニャッ!」
 矢島に頭をポカンと殴られて、ヤジマルチは涙目で抗議をする。
「いい加減、下の名前をつけるんじゃよ。紹介しにくさ、ペーパーボーイ・クラスですよ?」
「矢島です。よろしくお願いします」
「花山玲奈と申します。よろしくお願いします」
 暗黙の事項を破るヤジマルチの言葉を無視して、淡々と自己紹介が済んでいく。
「この子がうちに来てくれて、とても助かっているんだよ。家に寄り付かなかった息子達も、神社が
明るくなったと顔を見せてくれるようになりましてね」
「俺の家は騒がしくなりましたね。明るくなったのは確かなんですけど」
 笑い合いながら、HM−12−Gのマスター同士の会話が進んでいく。

「他のみんなは元気にしているじゃろうか……」
「連絡がつかない子もいるみたいですね。でも、きっと元気で暮らしていると思うわ」
「もう、あんなことは起きないですよね?」
「わからない……人間には良い人もいれば、悪い人もいるから」
「大丈夫よ。矢島君も私も、あなた達の味方だもの」
 心配そうな顔をしているメイドロボ二人に、玲奈は力強い言葉を捧げた。
「だから、心配しないで。あなた達が人間を大事に思っているように、あなた達を大事に思う人も
きっといるから」
 玲奈の言葉に、ハカマルチは静かに頭を下げる。
「矢島の大事な人があんたで、本当によかったんじゃよ」
 マルチは玲奈に抱きついて頬をすり寄せ、感謝の意を示した。

 新年の大江神社。
 新らしい空気が、ようやく訪れてきた21世紀を包もうとしていた。

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(その頃の宮内さん)

 新年の藤田家。場所は浩之の部屋。
「ヒロユキ〜。これ、どうやって結べばいいのかな?」
「俺にそんなこと言われてもわかんねえぞ」
「やっぱり、アカリを呼んで聞いた方が……」
「駄目っ! 絶対に誤解されて殺されるっ! 却下っ!」
 ほどいてしまった晴れ着の帯に悪戦苦闘中。
 後に浩之は、新年の挨拶に来た晴れ着姿のあかりに見つかり、簀巻きにされて冬の川に流されることになった。

 合唱。

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※本作品に登場する「ハカマルチ」は、水方さんのアイデアを基にして創作されました。
 水方さん、ありがとうございます。
※ヤジマルチってなに? と思われた方は、下記のサイトを御訪問ください。


http://www.urban.ne.jp/home/aiaus/