宮内さんのおはなし その三十九 投稿者:AIAUS 投稿日:12月31日(日)18時21分
 年末に残した行事、それは大掃除。
 俺は一年の間に溜まったゴミやホコリをきれいにしようと、一人で悪戦苦闘していた。
 オヤジとオフクロはどうしたって?

「浩之、家のことはおまえに任せたぞ」
「せっかく当たったんだから。我慢するだけで親孝行できるなんて、幸せ者よ」

 という言葉を残して、商店街の年末の福引で当たった温泉旅行に二人で出発してしまった。ペア旅行
なので、俺は除外ということらしい。
 まあ、うるさくなくていいか……。
 新年を汚れた部屋で迎えたくなかった俺は、一人寂しく大掃除を始めることにしたのだった。


「俺の部屋はよし。一階もよし。台所もよし……問題はリビングだな。大きい家具が多いから、一人で
は動かすのはつらいし。雅史でも呼んでみるか?」
 そう思った俺は、さっそく雅史に電話をしたのだけれど、あいつは出てこなかった。予想通り、家族
一緒にどこかへ行っているようだった。
 初雪が降ったから、スキーにでも行っているのか?
「家族仲がよくて羨ましいぜ」
 佐藤家とは違い、息子が愛されていない藤田家の長男である俺は、ヒガミの入った独り言を言いながら、
ゴミの分別にかかった。

 ピンポーン!

「浩之さーんっ! いらっしゃいますかー!」
 この声は……マルチ?
 良いタイミングで訪れてきてくれた客の声に喜びながら、俺は玄関に向かったのだった。


「研究所の大掃除が終わったので、浩之さんの家にもお手伝いに参りました」
 マルチは汚れても大丈夫な服を着て、背中には掃除用具らしきものが入ったリュックを背負っている。
まさしく準備万端というやつだ。
「助かるぜ。ちょうど大掃除の最中だったんだ。さっそく手伝ってくれ」
「はいっ! 喜んでっ!」
 俺の大掃除を手伝えることがたまらなく嬉しい。そういう顔で、マルチは微笑んでくれた。

「まだ始めたばかりなんですね。早めに来て良かったです」
 俺的には、すでに大掃除終了間近という感じだったんだが……。
「それでは、手早くやっちゃいますね〜」
 普通の時ならばいざ知らず、掃除に関してはマルチはプロフェッショナルだ。
『私は掃除のために生まれてきました』
 そんな感じで、マルチの懇切丁寧でありながら迅速な作業は続く。
 玄関、リビング、台所、階段といった家のあらゆるところの汚れが拭き取られ、ゴミ袋の中に収まって
いく光景は壮観だとさえ思えた。

「ふぅ。終わりましたです」

 マルチは額の汗を拭うと、何かを期待するような眼差しで俺の顔を見る。
「ありがとうな、マルチ」
「……………………」
 オレが頭を撫でると、マルチは赤くなった頬に両手を添えて、うっとりとした目になった。
  
 ピンポーン!

 んっ?
 ……誰だ、これからからがいいところなのに。
 ガチャ。
 俺がドアを開けると、そこにはリュックサックを背負ったシンディさんと、なぜか「ごめんネ、ヒロユキ」
といった感じのポーズで、俺に両手を合わせているレミィの姿があった。


「まだ全然、片付いていないのね。早めに来てよかったわ」
 リュックサックの中に入れていた清掃器具を出しながら、シンディさんはそう言った。
「おっ、お言葉ですが、浩之さんの家はもう私が掃除しましたっ!」
 珍しく強気な口調のマルチを前にして、シンディさんはアルコールを含ませた布で、マルチが拭いたばかり
のテレビの上を軽く拭いた。
 白い布が、わずかに黒くなる。
「濡らした雑巾で拭いただけでは駄目よ。一年間の汚れを落とす、言わば総力戦なんだから」
「あううう……」
 掃除に関してはマルチもプライドがあるらしい。マルチは涙の溜まった目で、シンディさんの顔を見ている。

「もしかして……毎年、こうなのか?」
「あはは……ごめんネ、ヒロユキ。アタシがヒロユキの家に遊びに行くっていったら、「大掃除を手伝いにいく
つもりなのね。私に任せなさい」って、シンディが言い出しちゃって」
 シンディさんは容姿端麗で知的な美女だが、一つだけ欠点がある。
 異常な潔癖症なのだ。
 物が片付いていない、ホコリが溜まっている、という環境は彼女にとって、「悪」らしい。
「……だから、こういう微小な汚れが、病気の原因になることだってあるのよ」
「そっ、そうなんですか!?」
 マルチ、現在、シンディさんによって洗脳中。
「本当の掃除というものを、私が教えてあげるわ。学習しなさい、HMX−12」
「はっ、はいですっ!」
 俺とレミィは顔をつきあわせて、「しょうがないね」という意味を込めて、苦笑し合った。 


「いらないものは捨てる。これが掃除の基本。わかるわね」
「はっ、はい! では、浩之さんのベッドの下にあった『乳モンデミン・マガジン』1〜12月号はまとめて
から捨てておきますっ!」
 おっ、俺が定期購読しているアダルト雑誌がっ!
「ヒロユキ……」
「しっ、仕方ないんだっ! 男の場合っ!」
 横で軽蔑したような目で見るレミィに言い訳をしながら、俺はシンディさんとマルチの掃除の行方を見守って
いる。マルチの掃除を「おそうじ」と形容するのであれば、シンディさんの掃除はまさしく「Clean」。
家の中には塵一つの存在さえ許さない、徹底した作業だと言える。 
 二人は汚れの除去と殺菌の役目を果たすアルコールを含ませた布で、家の隅々まで磨いている。

「台所の棚を動かして、後ろにある汚れも取っておきたいわね……藤田君、レミィ。出番よ」

 モデル並のたおやかな姿を三角巾と割烹着で包んだシンディさんが、することもなくソファーで
座っていた俺とレミィを呼んだ。

 グググ……。
「だっ、大丈夫か、レミィ?」
「けっ、結構つらいヨ……早く動かして、ヒロユキ」
 俺とレミィは顔を真っ赤にして、家の中で最大の家具である食器棚を移動させていた。
 そんな時だった、奴が姿を現したのは。

 ガサガサガサ……。

「なんの音だ?」
「What?」
 何かが動くような音がしたので、俺とレミィは動かしている途中の食器棚を降ろして、
足元を見た。

「Nooooo!!!!! Deviiiiiiil!!!!」
 ダンッ、ダンッ、ダンッ!

 シンディさんの絶叫と共に響く銃声。俺とレミィの足先2cmに開く床の穴。
「おっ、おわあ!!」
「シっ、シンディ? 落ち着いてクダサーイ!」
 その手に光るのは銀色に輝く競技用拳銃、コルトセンチメーターマスター。
 そして、シンディさんはわなわなと震えながら、部屋の隅を指差した。
「そっ、そこにBlack Devilが……」
 ひょうきん族? さんまさん? 

 いいえ、ゴキブリです。

 奴は俺達を嘲笑うかのように一瞬、姿を現した後、冷蔵庫の裏へと隠れていった。
 チャキ!
 シンディさんは迷うことなく、冷蔵庫ごとゴキブリを撃ち抜こうとする。
「たっ、たんまっ! 冷蔵庫を撃たれちゃたらまんっ!」
 俺はあわててシンディさんを止めた。
「なっ、なんて不衛生な家なの……悪魔の巣窟になっているなんて」
「シンディ?」
「そうよ、そうだわ。ここは悪魔の巣窟、デビルハウス。燃やそう、燃やすしかないわ。
聖なる炎で、人類の敵をこの世界から駆逐するのよ……」
 物騒なことを言い始めたシンディさんをなだめるのに、俺達は小一時間を要した。


「では、今から『第一次害虫駆除作戦』を開始します」
 白い防護服に身を包んでいるシンディさん。顔にはガスマスク。
 そんなに嫌なら、逃げればいいと思うんだが……。
「駄目。駄目なの。あの悪魔がこれから先、増殖を続けていくなんて。あまつさえ、それが妹のボーイ
フレンドの家なんて、とても耐えられないわ。そうよ、これは聖戦なの。藤田くん、わかってくれるわね?」
 シンディさんの目は、完全にすわっている。俺は諦め気味でうなずくことにした。

 『第一次害虫駆除作戦』 
 方法:殺虫剤を直接、対象に掛ける。
 結果:対象がすばやく、効果を得ることができなかった。

「意外に素早いわ……魔界からエネルギーを得ているのかしら?」
 シンディさんが先輩のようなことを言い始めた。レミィは両手を左右に広げて、「処置なし」という様子で
首を左右に振り、溜め息をついている。
「こうなったら、もう家ごと燃やすしか……駄目?」
「駄目です。勘弁してください」
 首をかわいらしく傾けて聞いてくるシンディさんのお願いを却下して、俺は次の作戦を提案した。

 『第二次害虫駆除作戦』
 方法:ロボットであるマルチに、直接、素手でつかまえてもらう。

「いやぁああああああ!! そんなの、絶対に嫌ですぅぅぅぅぅぅう!!」
「駄目か、やっぱり」
「その前に、この子に捕まえられるの?」
「ゴキブリって、新聞紙か何かで叩こうとすると逆に向かってくることがあるから、いけると思うんですが」
「かっ、顔にとまったらどうするんですかぁ!?」
「そりゃ、そのまま素手で……」
「いやぁああああああ!! そんなの、絶対に嫌ですぅぅぅぅぅぅう!!」

 結果:あまりにも精巧に作られた感情回路の妨害により、実行前に却下。

 『第三次害虫駆除作戦』
 方法:バルサンを焚いて、家ごと殺虫剤を撒く。
 結果:初めから、こうすりゃよかった。
 
 シンディさんは暴れるので外に出てもらったままで、俺達は悶絶して倒れている
ゴキブリの死体を袋の中に入れていった。結構いるんだな、今まで一匹も見たこと
なかったのに。
「アメリカの家でゴキブリが見つかった時は、街ごと燃やされるところデシタ……」
 ゴキブリの死体をつめた袋の口をとじている俺に、レミィは青ざめた顔で言う。
「危ねえ……新年を野宿ですごすところだったのか」
「Yes.これからは気をつけてクダサイ」
 そんな俺達の横で、マルチは悲しそうに食器棚を見ていた。
「あうぅ。このお皿、もう一回、拭き直しですか?」
「「あっ!?」」 

忠告:バルサンを焚く時は、皿、コップなどはビニール袋などでカバーしておくか、外に出しておきましょう。

「とほほ……」
「穴を掘って、また埋めるような作業ですぅ……」
「すごい量ね。やっぱり、手伝いに来てよかったわ」
「だれのせいで、すごいことになったんデスカ」
 結局、大掃除は夜までかかっちまったとさ。

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 おまけ

「今日は、藤田君の家で酷い目にあったわ……」
「シンディが、酷い目にあわせたと思うんデスガ……」
「レミィ。何か言った?」
「なんでもないデス」

 ガサガサガサ……。

「Nooooo!!!!! Deviiiiiiil!!!!」
 ダンッ、ダンッ、ダンッ!
(以下、繰り返し)


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