宮内さんのおはなし その三十六 投稿者:AIAUS 投稿日:9月27日(水)00時13分
「ねえ、ねえ。祐君! 早く泳ごうよぉー!」
「駄目だよ、沙織ちゃん。準備体操してからじゃないと、危ないよ」
「そうだね」

プールサイドで三人の子供、沙織、祐介、瑠璃子が、水着姿ではしゃいでいる。
ここは市営の屋内プール。広い設備と一年中使える温水プールがあり、料金も安いので、市の設備
の中では人気が高い。
今日は子供料金が安くなるサービスデイで、祐介達の他、たくさんの子供達がプールを利用している
ようだ。

「いいねえ、実にほほえましいねえ」

その様子を細い目をさらに細めて眺めているのは、TD大学医学部で医者になるための勉強を
している、水着姿の月島拓也。月島沙織の実兄である。

「なんで、あんたまでついてくんのよ?」

恍惚の表情で水着姿の子供達を眺めている月島を軽蔑の表情で見ているのは、祐介と沙織の家の
近所に住んでいる女子高校生の藍原瑞穂。
瑞穂は、祐介と沙織がプールに行きたいというから、保護者として二人についてきたのだ。
まさか、月島が一緒に来るとは思わなかったらしい。

「ひどいなあ。僕は瑠璃子の保護者なんだよ?」
「あんたは守る方じゃなくて、襲う方でしょうが」

「いっちに、いっちに」(×3)

殺伐とした空気が漂う保護者二人の横では、子供達三人が手足を伸ばして、一生懸命に準備体操
をしていた。


「ジークナオンっ! これで地球の制海権は、我が国が握ったも同じことなんじゃよ。そうじゃな、
ヤジマスキー?」

右手を高々と天に掲げ、誇らしそうに宣言しているのは、耳にアンテナがついた緑色の髪の女の子。
HM−12G−7、矢島マルチである。レモン色の水着を着せてもらったことが、余程嬉しいらしい。

「はしゃぐのはいいけど、プールサイドで走るなよ? 転んだら危ないからな」
「そうよ、マルチちゃん。怪我しないでね」

競泳用の海パンで現れたのは矢島で、その腕に寄り添っているのはウェーブがかかったロングヘアー
の女性、花山玲奈である。パレオを付けているので、今日はあまり泳ぐつもりはないようだ。

「わかっているんじゃよ。この日のために、プールでの作法をばっちりマスターしてきたんじゃから。
わしはもう家元ですよ、家元?」

矢島と玲奈の心配に手を振って応えると、マルチはそのまま子供用プールの中へと入る。

「あっ、準備体操・・・」
「あいつには必要ないみたいですよ? 冷たい方が調子がいいみたいだし」

矢島は玲奈にそう言うと、そのままプール脇のベンチに腰を降ろした。

「矢島君、泳がないの?」
「保護者ですからね。マルチが泳ぎ疲れるまでは、ここで待っているつもりですよ」
「泳げない私に、気を使わなくてもいいんだよ?」
「はは。やっぱり、玲奈さんにはかなわないや」

矢島と玲奈はプール脇のベンチに座り、談笑している。
そして祐介達も、子供用プールの中で遊んでいた。


「祐君! それっ、それっ!」
沙織は元気いっぱいに、祐介に水を浴びせかけて遊んでいる。
「やったな・・・ほら、捕まえた!」
祐介は潜水して沙織の後ろに回り、その腰を腕に抱える。
「わー、きゃあ! つかまっちゃった!?」
「そーれ!」
「わー、やめて! くすぐらないで! きゃはははっ!」
楽しそうに遊んでいる、沙織と祐介。

その頃、瑠璃子はプールの底に潜り、未知との遭遇をしていた。

>>>あんた誰ですか?<<<
>>>電波が使えるの? <<<

ヒラメのようにプールの底に張り付いている瑠璃子の前にいるのは、同じようにプールの底で
腹ばいになっているマルチである。
マルチは不思議そうな顔をして、無表情な瑠璃子の顔をながめている。

>>>変な人なんじゃよ。なんで、プールの底にへばりついているんでしょうか?<<<
>>>これが落ち着くの。水に包まれていると安心できるから<<<
>>>水に包まれていると安心できるということは、火に包まれていると不安なんでしょうか?
そりゃあ、ケツに火が着いて安心している奴はいないと思うんじゃが、心頭滅却すれば火もまた
涼しいと言うんじゃよ。言うなれば、夏コミ会場三日目といったところでしょうか?<<<
>>>よくわからない<<<

息が苦しくなったのか、瑠璃子はマルチを置いて、水面へと浮上した。
「瑠璃子さん、三分以上は潜水しない方がいいよ? 瑞穂お姉ちゃんが心配するから」
「うん。わかった」
「そうじゃよ? 潜水よりも、祐介のように平泳ぎをしている婦女子の後ろを追尾した方が面白い
んじゃなかろうか?」
「ちょ、ちょっと待て! 僕はそんなことしてないよ!」
「・・・見てたよ」
無表情なままで、瑠璃子がポツリと言う。

「違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、
瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、
瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、
瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、
瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、
瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、
瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、
瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ、瑠璃子さん違うんだ」

「あーん! 祐君が壊れちゃったぁ!」
同じフレーズを繰り返す祐介にしがみついて、沙織が泣き出してしまった。


「へー。ついに、矢島君も彼女ができたんだ? おめでとう」
瑞穂は生徒会で会計をしているので、部活をしている矢島とは面識があった。
瑞穂がベンチに座っている矢島と玲奈に声をかけると、二人は照れくさそうに微笑む。
「藍原さんも彼氏ができたんだね。男嫌いって噂だったから、少し意外だよ」
瑞穂の横にいる月島に挨拶しながら、矢島が言った。

「・・・!!」

その言葉を聞いて、瑞穂は顔をしかめ、口を固く引き結んでいる。
つまり、露骨に嫌な顔をしている。

「いやあ。照れるなぁ・・・グハァ!」

月島は笑いながらドサクサ紛れに瑞穂の肩に手を置こうとして、肘鉄を食らっている。

「いい、矢島君? これは私の彼氏なんかじゃないの。それだけはわかって」

矢島は黙って、瑞穂の言葉にうなずいた。


「おーい! そろそろプールから上がれよぉ」
「はーい!」(×4)

矢島に声をかけられて、マルチ、祐介、沙織、瑠璃子の四人がプールから上がってくる。
瑞穂は大きなタオルを取り出すと、沙織の体を拭いてやった。

「僕も拭くのを手伝おう」
「あんたは祐君!」

月島は追い払われるようにしてタオルを渡されると、いかにも残念そうに肩を落としながら、
祐介の体を拭き始めた。
「ああ、残念だなあ。せっかく、水で濡れた小さな体の感触を楽しもうと思っていたのに」
「・・・あいかわらずだね、拓也お兄ちゃん」
「まあね・・・しかし、祐君。君もなかなか感触がいいね」
「拓也お兄ちゃん?」

「はっ!?」

自分が言ってしまった言葉に気が付き、拓也は周りのみんなを見る。

「あんた・・・小さかったら、性別関係ないの?」
「ちっ、違う! そんなことはない! さすがに、そのぐらいの理性はある!」
「嘘ついちゃ駄目だよ、お兄ちゃん」
瑞穂に体を吹いてもらいながら、ポツリと瑠璃子が言う。

「違うんだ、瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、
瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、
瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、
瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、
瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、
瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ、瑠璃子違うんだ」

「あーん! 拓也お兄ちゃんが壊れちゃったよぉ!」
沙織はまたまた、泣き出してしまった。


「マルチちゃん、泳げるんだね。ロボットなのに水に浮くんだ?」
マルチの体を拭き終わった玲奈は、タオルをしまいながら、矢島に尋ねた。
「風呂でも浮くぐらいですからねえ。中に「浮き」でも入っているんじゃないでしょうか」
「お風呂で浮くって・・・矢島君、マルチちゃんと一緒にお風呂に入っているの?」
「んっ? あいつ、家事をしているでしょ? 結構汚れるから、毎日、俺が風呂で洗っていますよ」
「そう・・・毎日、マルチちゃんと一緒にお風呂に入っているんだ」


バシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウ!!!


鋭い水切り音を上げて、矢島はプール底に突き刺さった。
それを青い顔で見ているのは瑞穂達。
「何かあったの、みんな?」
振り返って、穏やかな微笑みを浮かべる玲奈の言葉に一同は、ブンブンと首を横に振って答えたので
あった。



翌日。
浩之の机の向こう側に、包帯姿の矢島が座っている。
「玲奈さんったら、ひどいんだぜ。マルチを風呂で洗ってやっているだけなのに」
「なっ、なにぃ! 矢島、おまえ、マルチと一緒に風呂に入っているのか!?」
「んっ? だって、他に洗う場所がないだろ?」
「違う! 場所が問題なんじゃない! マルチと一緒に、っていうのが問題なんだ!」
「はあ?」
「うらやましいって、俺は言っているんだよ!」
なぜか力んでいる浩之の言葉に、矢島は首をかしげる。
「あいつはロボットなんだぜ? しかも、子供だろ?」

「ばっ、馬鹿野郎! マルチって言ったらな、胸はレミィみたいに垂れてなくて引き締まっていてな、
腰はあかりと比べたら、枝と幹くらいに違うんだ。しかも、尻も委員長みたいにバランスが悪いまでに
大きくなくてな、こう、手のひらサイズで・・・」

「アタシ、垂れてないヨ。ヒロユキ」
「浩之ちゃん。私、幹なの?」
「尻がでかくて悪いんか、藤田君」


バシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウ!!!


鋭い風切り音を上げて、浩之は校庭に突き刺さった。
それを青い顔で見ているのは、クラス一同。
「クッション(プールの水)があっただけ、俺は幸せだったのかな?」
矢島は、校庭に斜めに突き刺さって足首だけ出ている浩之の姿を見ながら、独り言を言った。

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おまけ

「浅えな・・・」
「子供用のプールですから」
「俺もあっち(大人用プール)に入りてえ」
「兄貴が入ると、水がほとんど外に出ちゃいますから」
ちょっとブルーな、花山カヲルとマルチネスであった。

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このたび、SS専門HP「物書きの物置小屋」を開設いたしました。
「なんで、矢島がマルチを持っているんだ?」
「どうして、祐介が子供なの?」
などの疑問を持った方、SSに興味がある方は、ぜひ御立ち寄り下さい。

感想、苦情、リクエストなどがございましたら、
aiaus@urban.ne.jp
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ではでは。

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