”too hard”last chapter 投稿者:AIAUS 投稿日:9月17日(日)00時25分
豪華客船オリアナ。
テロリストによって占拠された後、爆散。
人質は軍の特殊部隊の活躍によって救出されたものの、クルスガワ・グループの総帥夫妻は
テロリストに拉致される。

このニュースは、財政難に苦しみながらも特殊部隊と腕利きの傭兵部隊を派遣した国家首脳達を
悲嘆させることになったが、その二週間後には喜ばしいニュースが沈鬱な空気を全て
吹き飛ばすことになった。


諜報部と軍の超人的な働きにより、クルスガワ・グループの総帥夫妻の救出に成功。
リーダーは惜しくも逃したものの、「ロボット狩り」を主張するテロリストのメンバーを
殲滅した。
クルスガワ・グループはこれに感謝し、大規模な投資と援助を約束。

世界に名立たるクルスガワ・グループが絡んだ事件とはいえ、わずか14日の間に
専門的テログループが壊滅の憂き目に遭う、というのは非常識な事態である。


「随分とおかしな話だな。アレクという男は、脅威度が高いはずなんだが・・・」
傭兵ネットを扱っている会社の社長は、一面全体に華々しく載っている記事を見ながら
首をかしげた。まがりなりにも一流と呼ばれるテロリストのアジトを短時間に特定して
殲滅させてしまうなどという離れ業は、この業界に長くいる彼でも聞いたことがない。
あらかじめ内偵していたのかと関連組織に「あたり」を入れてみたが、そのような情報は
どこもつかんでいなかった。
「何分、今は情報が速い時代ですから」
そう言って意味ありげな笑いを浮かべているのは、傭兵ネットの管理を一手にまかされている
バーナード。
「何か知っているのかね?」
怪訝そうな顔で社長が聞くと、バーナードは本当に愉快そうに言った。
「クルスガワ・グループのロボットの頭に組み込んでいる「余計な装置」が活躍した
っていうわけですよ」
バーナードの仕事はプログラムの管理だが、本来の専門はロボット工学である。傭兵に
なるロボットの数が増加し続けている今、彼のような人間は傭兵ネットに欠かせない
ものとなっていた。
「「余計な装置」・・・監視されていた、ということかね?」
「クルスガワ・グループを襲う時には、クルスガワのロボットを使うな、ということでしょうね」
バーナードは大のロボット好きである。自宅には自作を含め、14体のロボットを所持している。
そんな彼にとって、ロボットの導きによってロボット狩りをするテロリストが全滅したという事件は、
痛快で喜ばしいことのようだ。
バーナードの話につきあう気がなくなった社長は、手元の端末から本日の業務報告を呼び出した。
「ヒロユキ・フジタに報酬の送金は完了。今回の仕事で、一気にランクが七位に上がったか・・・」
「ラッキーセブンですね」
「傭兵という仕事の歴史に残るような離れ業だったからな」
バーナードの戯れ言は取り合わずに、社長は端末から呼び出された報告に目を通して続ける。
「・・・ところで、身元調査はきちんとおこなってくれよ。掃除屋が傭兵達の中をうろついていると
いうのは、信用の面で好ましくない。下手をすれば、このヒロユキ・フジタも名簿から削除される
ところだったのだからな」
無論、社長が心配しているのはヒロユキ・フジタ個人ではなく、高額で取引される人気商品のことである。
「始末された掃除屋、レミィ・ミヤウチから足取りを追っていますので、同系列の連中は排除できる
と思いますが・・・なにぶん、わいて出てくるものですからねえ」
「取っても取ってもなくならないのは、バグ取りと同じことか?」
「ははは・・・一本取られましたね」
何か覚えでもあるのか、バーナードは冷や汗をかいている。
その様子を見て満足した社長は、報告書を引き続き確認した。
「んっ? なんだね、この捜索依頼というのは?」
「ヒロユキ・フジタに個人的に会いたいという依頼者がおりまして。断りつづけているのですが、
なかなか諦めてくれません」
「無視しておきたまえ。なにか、問題でもあるのかね?」
「はあ、それがですね。クルスガワ・グループの総帥の娘さんがですね・・・」
社長とバーナードの話は続いている。
二人はまだ、この事件が世界の在り方を変えるものになったということを知らない。



駆け足で時代が流れて、三年の月日が経った。
ここはあるビルの一室。
苦々しげな顔でテレビを眺めているのは、テロリストのアレクとその部下達である。
テレビに映っているのは、白い法衣を着た老人と背広を着た紳士。
二人で一枚の書類を持って、誇らしげにそれを掲げている。

その書類に書かれているのは、「ロボット人権宣言」。

一定以上の人工知能を持つロボットに対して、限定的ではあるが人間と同じ権利を
認めるということを記した文書である。
「ロボット狩り」というテロが蔓延するに従って、これを嫌う人々が人種差別と同じ
過ちを繰り返すまいと運動を開始。わずか三年にして、国連や宗教界を頷かせるに
至ったのである。
そんな「人間の尊厳に対する冒涜」を許すまいとアレク達は活動を続けたのだが、
ほとんどの作戦はまるであらかじめ知られていたかのような正確さで妨害されていた。
アレクはあらゆる経路を疑い、二重スパイの嫌疑がかかった者達の粛清まで行ったので
あるが、今回もまた同じように妨害されてしまった。
アレクと志を同じくするテロ組織は全て検挙されるか抹殺され、残っている「狩猟者」は
極少数である。
「ちくしょう、なんてことだ!」
テレビを見ながら舌打ちする部下を見て、アレクは冷たい視線を送った。

こいつもまた、スパイなのかもしれないな。

そう思ってから、空しげに首を横に振る。
もしも舌打ちした男がスパイなら、とっくに見破っているはずなのだ。
それほどまでに、アレクの周辺には無能な者達しか残っていなかった。
もはや、なにを疑っていいのかわからないほどにまで粛清を繰り返した。
だが、まだ妨害は止まない。

「お茶をお持ちしました」

笑顔など浮かべることのないメイドロボットが、アレク達に紅茶を持ってきた。
その動作は機械的で、人間にはない冷たさとぎこちなさを感じさせる。
まさに、道具である。

そう。本来なら、ロボットはこうした使い方のみが許されるはずなのだ。

アレクは気に入りのアッサム紅茶を飲みながら、テレビの中で拍手をしている群集達に
軽蔑の視線を向ける。
その冷たい視線が、メイドロボットの姿を捉えた。
「おい、貴様。なぜ、まだ部屋にいるんだ?」
「もう少しお待ちください。データの送信には、まだ時間がかかりますので」
「ふん。旧型め」
メイドロボットの言葉をサービスデータの受信だと受け取ったアレクは、気にとめる
ことをやめた。
メイドロボットがお辞儀をしてから、部屋を去っていく。
アレクも部下達も反応はしない。

紅茶を飲み終わったアレクは、新しい作戦を思案し始めた。

「ロボット人権宣言」など関係ない。
世界中の「ラフ」達を消滅させてしまえば、そんな宣言など紙切れに過ぎなくなる。

そのためにはどうしたらいいのか。
答を導き出すために、彼の冷徹な頭脳は計算を開始する。

だが、その冷徹な頭脳は、突然襲ってきた爆風と破片によって、粉々に砕かれることになった。


鼓膜を裂くような爆音。
ビルの一部から炎が噴き出した。
歩いている通行人は驚いた表情で、突然起こった爆発騒ぎを眺めている。

「ヒュー! 凄い爆風。ちょっと火薬が多すぎたんじゃないの?」
その騒ぎを、スピッツという名の古めかしいオープンカーから見物しているのは、ブロンドを
長く伸ばした女性。大きめなサングラスをしているので顔はわからないが、かなり若いようだ。
「最後の仕事だからな。ちょっと派手に仕掛けてみた」
その言葉に、スピッツの運転席から答えたのは、無愛想な表情の日本人の男性。
「最後の仕事かぁ・・・その割には、ずいぶん簡単だったね」
「世界中に協力者がいるからな」
目つきの悪い男は、サングラスをかけた女性の膝の上にあるノートパソコンを慣れた手つきで
いじる。

「お役に立てましたでしょうか?」

ディスプレイの中で「微笑んでいる」のは、先程アレク達に紅茶を運んでいたメイドロボット。
「ありがとうよ。これで俺達の仕事は終わりだ」
「失業されたのですか?」
真面目な顔で問い返してくるメイドロボットに、男は思わず吹き出しそうになる。
「そういうことじゃなくてだな・・・まあ、いいや。また縁があったらな」
「はい。ヒロユキ・フジタ様。またいつか、お会いしましょう」
ブツン・・・。
メイドロボットのお辞儀に合わせるようにして、ディスプレイの画像が消えた。

ヒロユキ・フジタ。
彼はまだ、カウンターテロの専門家として活躍している。

「まさか、自分が使っている「道具」が情報を流しているなんて思わなかったんでしょうね。
あいつら」
「まさに、自業自得ってやつだな」
浩之はスピッツのキーを回して、爆発事故で騒がしくなっている場所から離れることにした。
隣りに乗っているサングラスの女性の長い髪が風になびき、太陽の光を反射して金色に輝いている。

スピッツが走る街中では、メイドロボに手を引かれている子供が露天売りのお菓子をせがんでいたり、
お腹が大きくなった女性をいたわるようにして歩いている姿が目に入った。
たった三年の間に、こうした光景は当たり前のものとして受け入れられるようになった。
世界は変わりつつある。
ロボットに対する差別が、人種差別の転化にすぎないと気づいた人々の努力によって。


「で、これからどうするの、ヒロユキ? 稼ぎはほとんど人権団体の人達にあげちゃったんでしょ?
残っているのは、このオンボロ車だけ。お先真っ暗ってやつよ」
そんなことを言いながらも、スピッツの助手席に乗っているサングラスの女性の表情は明るい。
浩之は運転しながら、チラリと隣の女性の膝の上にのっているノートパソコンに目を移した。
「これから先、人間が関わる戦争なんてなくなっちまうかもしれないからな。なにしろ、ウォーマニア
だった女が、パソコンナード(オタクの意)になっちまう時代だものな」
「ナードって言わないでよ。相変わらず口が悪いんだから」
頬を膨らませながらも、サングラスの女性は明るく笑っている。


「なあ、いつまで、俺につきまとうつもりだ?」
運転を続けながら、浩之がいつもの疑問を口にした。
この三年の間に、何回も繰り返した問いかけ。

「ん〜、どうしてあの時、私を殺さなかったのか教えてもらうまでかな?」
そう言いながら、助手席の女性はサングラスを外して、横から浩之の顔をのぞき込んだ。
三年前に撃たなかった掃除屋の女性、レミィ・ミヤウチの青い瞳を横目で見た浩之の頬に、
珍しく朱が登った。
「そんなこと言えるか」
「残念。お別れできると思ったのに」
余裕の表情で笑いながら、レミィは気持ちよさそうに金色の髪をなびかせて、風を受けている。
浩之の中では、すでにレミィの疑問に対する答えが出ている。

(引き金を引こうとした時にレミィの瞳に浮かんだ輝きが、妻やマルチのそれと重なったから)

もう人を愛することなどないと思っていた。
このまま復讐を続けて、いつかは肉の塊になって死ぬのだと思っていた。
だが、現実はいつも予想外のドラマを用意している。

妻は許してくれるだろうか。
マルチは許してくれるだろうか。
いまさら、俺に幸せになる権利などあるのだろうか。

この三年間、ずっとそのことばかりを考えていた。
しかし、変わっていく世界の姿を見ているうちに、自分の心も変わっていくことに浩之は気づく
ようになった。





あの雨の日のことを覚えている。
憎しみも覚えている。

ただ、雨はいつまでも降りつづけるものではないのだろう。






浩之は煙草を取り出そうして、右手でポケットをまさぐった。
「はい、どうぞ」
慣れた手つきで浩之のポケットから煙草を取り出したレミィが、ライターに火をつける。

ボッ・・・。

煙草に火がともり、白煙が後ろへと流れていく。



「ロボット人権宣言」が国連によって採決された翌日、傭兵ネットから「ヒロユキ・フジタ」の
名前は削除された。






        too hard last chapter





               
                the end
  


---------------------------------------------------------------------------------------------
DEEPBLUEさんとの共同作品、「too hard」最終章です。

今回の反省:後攻、めちゃ不利!(笑)

DEEPBLUEさんの描いた世界観に終始引きずられてしまいました。
氏の意向に沿ったラストにしたつもりですが、はたしてどうだか(汗)

感想、苦情、リクエスト、競作の申し込みなどがございましたら、
aiaus@urban.ne.jp
までお気軽にお願いします。