宮内さんのおはなしR その十八 投稿者:AIAUS 投稿日:9月6日(水)22時01分
クスクスクスクス・・・。

電波の中では、瑠璃子さんはとても明るい。
よく話すし、よく笑う。
普段は人形のように動かない瑠璃子さん。
でも、いろんなことを感じて、いろんなことを考えている。
当たり前のことなんだろうけど、僕にはそれが嬉しい。

僕も他の人達には、人形だと思われているに違いないから。



夕方の公園。
長瀬祐介はいつものように、彼の能力である「電波」を使って、同じ能力者である瑠璃子と会話を
楽しんでいた。

>>>長瀬ちゃん。ヒマワリは黄色いの。黄色いのがたくさんあるの。黄色がたくさん広がって、
世界に広がっていくんだよ<<<
>>>黄色はいいよね。見ているとドキドキしてくる。瑠璃子さんはヒマワリが好きなの?<<<
>>>うん。とても好き<<<

自分の部屋にいるはずの瑠璃子。
だが、祐介には目の前で手を広げて踊っている瑠璃子が見える。
舞姫の瑠璃子が踊っている舞台は、一面黄色のヒマワリ畑だ。

>>>僕は夕日の前にいる瑠璃子さんも好きだよ<<<

これは本音だ。
全てが赤で彩られた世界の前にたたずむ瑠璃子。
その髪も、肌も、眼も、鼻も、口も、爪も全て、綺麗で鈍い赤に染まる。
その時の瑠璃子は、祐介の知っているものの中で一番美しかった。

(赤い髪・・・いつも僕の側にいる、赤い髪の女の子)

>>>あっ、長瀬ちゃん。今、さおりんのことを考えた?<<<
>>>ちっ、違うよ・・・<<<
>>>本当に?<<<
>>>ごめん。嘘ついてた<<<

電波の中では嘘は無意味だ。自分の思い、考えたことはそのまま、話している相手に流れてしまう。
電波は人によって強弱があるから、電波の強い人が弱い人に命令したりすることはできるけれども、
今のように電波の波長を合わせて会話している時は、相手の考えもこちらの考えも筒抜けになって
しまい、嘘をつくことはできない。

>>>ぎにゃ? 混線したですか?<<<

(えっ? 誰?)
突然入ってきた変なしゃべり方をする女の子の声に、祐介と瑠璃子は驚きを感じた。
なぜなら、この街に能力者は自分達以外いなかったからだ。

>>>そこの幼稚園児。ここがどこなのか教えるのじゃよ。歩道橋の下で屈み込んで、わしのパンツを
覗いていたことは言わないでおくから<<<

しばしの沈黙。

>>>長瀬ちゃん、パンツ覗いたの?<<<
軽蔑するような、瑠璃子の声。
>>>わー! わー! 違う、そんなことはしてないよっ!<<<

>>>長瀬ちゃん、嘘ついた<<<
電波の中で嘘はつけない。
瑠璃子は祐介に言い訳させないで、そのまま電波を切断してしまった。

>>>・・・お姉ちゃん、誰?<<<
少し怒ったような祐介の声。
>>>矢島の家で働くメイドロボ、HM−12Gマルチじゃよ。人が名乗ったら、自分も名乗るもん
じゃぞ、幼稚園児。名乗らないと、初期ネームの「ゲレゲレ」などという名前で世界を救う冒険に
出るはめになるんじゃよ<<<
>>>長瀬祐介<<<

祐介はそれだけ名乗ると、矢島家のメイドロボ、マルチとの電波を切断した。



翌日。
矢島の家で働くメイドロボ、HM−12Gマルチは、いつものように夕食の材料をそろえに商店街に
買い物に来ていた。
「そこにいるのは、ヤジマルチさんですか?」
彼女に後ろから声をかけてきたのは、マルチの先行機であるHM−13セリオ。
ある理由から、マルチはセリオのことを苦手にしている。
「セリオお姉さま? まだお帰りではないのですか?」
「はい。今日はサテライトサービスに混線があったため、調査しているところです」

混線?

いやな予感がして、マルチはセリオから距離を取ろうとする。だが、しかし・・・。
トトト・・・。
体が勝手に動いて、マルチの体がセリオに抱きつくようにして密着した。
「かっ、体が動かんですよ? 助けて、ラジコンボーイっ!?」

>>>ラジコンボーイって誰?<<<
>>>あんたのことですよ! 何をするんですか、長瀬祐介っ! セリオお姉さまはデンジャーなの
ですよ、デンジャー! どれくらいデンジャーかと言うと、ニャンコの前にカツオブシを置くくらいに
デンジャーなのですよ!<<<
>>>だったら、お姉ちゃんがカツオブシだね<<<

サワサワサワ・・・。
祐介の声が響くと同時に、マルチの手が勝手に動いて、セリオの敏感な個所を撫でた。
「・・・マルチさん」
赤い顔で、ジィっとマルチの顔を見つめるセリオ。
「なっ、なにか誤解しとるんじゃないじゃろうか・・・今、動いたのは確かにわしの右手ですが、
動かしたのは祐介であって、わしではないですよ? 言ってみれば、わしガンダム、祐介アムロと
いう関係であって、わしは全然、白い悪魔ではないですよ?」
「照れなくてもいいのです。さあ、行きましょう」
まるで恋人にするようにして、セリオがマルチの腰を抱きかかえる。
指差す場所は、ホテル街。
「ギニャー!!」

>>>がんばってね、お姉ちゃん<<<

祐介はそう言って電波を切ったが、マルチがそれに気づくことはなかった。



数日後。
メイドロボに仕返しをしたことなど既に忘れて、祐介は沙織と公園で遊んでいた。
「祐く〜ん、まだトンネルできてない?」
「うん。まだできていないよ、沙織ちゃん」
「あ〜、さおりんだってば〜」
トンネルに腕を通していた沙織は、頬をふくらませて抗議した。
彼女のことは「さおりん」と呼ぶように、祐介と沙織の間には約束してあるからだ。
「うん。わかっているよ、さおりん」
微笑んで答えた祐介に向かって、いきなり沙織が抱きついてきた。

「えへへ〜、祐くん大好きっ!」

沙織の直球での好意の表し方に、祐介は照れくさいまでも悪い気はしていない。

>>>ほほお、お熱いことじゃなぁ<<<

ギクッ!
最悪のタイミングで飛んできた電波に、祐介は思わず身を硬くする。

>>>お姉ちゃん、大丈夫だったの?<<<
>>>危うく、お子様にはお届けできない場面を恨み言で告げなければならなくなるところ
じゃったよ。言ってみれば、ミサトさんのあえぎ声が聞こえない地方版エバンゲリオンといった
ところですか?<<<

すすす・・・。
いつの間にか、祐介の腕が沙織の体をきつく抱きしめている。
「!・・・!!!・・・!!」
言葉も口にすることができない。
必死になって体にまとわりつく電波の粒子を振りほどこうとするが、マルチの電波は非常に数が多くて
振りほどけなかった。

「祐くん?」

いつもと違う祐介の態度に、沙織が不思議そうな顔をしている。
だが、心地が良いのか、沙織はそのまま身を預けるようにして目をつぶった。
そして、小さな声でつぶやく。

「ねえ、祐くん? 沙織をお嫁さんにしてくれる?」
コクコクコク。

三回ほど祐介はうなずいたが、操作しているのはマルチである。

>>>ひっ、ひどいじゃないか! なんてことをするんだよっ!<<<
>>>ギャラリーも用意しておいたのじゃよー<<<

気づくと、すぐそばに三人ほど近所の高校生のお兄さん、お姉さん方がいた。

「OH! 今時のBoy&Girlは積極的ネ」
「やるなあ、祐介」
「いいなあ。浩之ちゃんもあれくらい素直だったら、かわいかったのに」

微笑ましい一場面を見るような表情で、三人ともニコニコと笑っている。
だが・・・。

>>>長瀬ちゃん、嘘つき<<<

瑠璃子にその場面を見られていた祐介にとっては、立派な修羅場だったといふ。



木枯らしが吹く空き地。
破れた学ランで身を固めたマルチが、高下駄を履いて入ってくる。
「待たせたんじゃよ、幼稚園児の長瀬くん」
「よく来たね、お姉ちゃん」
二人とも、電波ではなく、言葉を使って話している。
「やはり、漢同士というものは拳で決着をつけるもんなんじゃよ。ラオウの拳の大きさは反則じゃと
思うが・・・」
「お姉ちゃんは女だし、ロボットだろ?」
「祐介は幼稚園児じゃろが」
にらみ合う二人。

そして、そのままどちらが動くともなく、時間だけが過ぎていく。

「そろそろ行くよ、お姉ちゃん」
「望むところじゃよ」
先に動いたのは祐介だったが・・・。

キンコンカンコーン、キンコンカンコーン。

遠くでベルが鳴る。
「なんじゃ、もう5時か。帰る時間なんじゃよ」
「そうだね。今度に持ち越しだね」
「勝つのはわしなんじゃよ。もう決定。指切った」
「僕だって切ったもんね。お姉ちゃんには負けないよーだ!」

かくして、お子様二人の戦いは、決着が着くことなく幕が降りたのだった。

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おまけ

クスン、クスン・・・。
「セリオ、何泣いてんの?」
「綾香様・・・マルチさんが、私と一緒に行ってくれないのです」
「どこに?」
「言ったら、ついて来てくれますか?」
「別にいいけど?」

教訓:安請け合いは止めよふ。

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ALMさんからリクエストしていただいた、「ヤジマルチと祐介」SSです。
いかかだったでしょうか?

感想、苦情、リクエストなどがございましたら、
aiaus@urban.ne.jp
まで、お気軽にお願いします。

ではでは

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わかりにくいSSのための、わかりやすい解答。

Q:雫のキャラクターが幼稚園児になっているのですが?
A:「宮内さんのおはなし」の中では、祐介、瑠璃子、沙織は、幼稚園児になっております。
  わかりにくいと思いますが、小さな祐介や瑠璃子をイメージしながら読んでいただければ
  幸いです。

Q:矢島のマルチ、ヤジマルチってなに?
A:拙作、「宮内さんのおはなし その14」という連作の中で、メインで活躍していたキャラクター
  です。もし読みたいという方がいらっしゃいましたら、メールにてお知らせ下さい。
  すぐにお送りします。