宮内さんのおはなしR その十七 投稿者:AIAUS 投稿日:8月21日(月)23時36分
私の名前は、HMX−13セリオ。
来栖川電工によって作られた、新型のメイドロボです。
姉であるマルチさんはよく、お世話になっている藤田さんに恩返しがしたいと言って、藤田さんの家
に訪問されます。
マルチさんが得意としているのはお掃除。
彼女のやり方は「気配りが行き届いている」ということで、私が行う清掃よりも評価が高いようです。
私はより良いメイドロボになるため、マルチさんと一緒に藤田さんの家に行くことにしました。

「よお、マルチとセリオじゃねえか。家に上がれよ」
「はい、お邪魔しますぅ」
「失礼します」

藤田さんの部屋に入ると、ジーンズ姿のレミィさんがいました。
「Oh! マルチ。久しぶりネ。セリオも元気にしていたノ?」
「はい、お会いできて嬉しいですっ!」
「私は正常に活動しています。レミィさんもお元気でしたか?」
「アハハ、二人とも変わらないネ。嬉しいヨ」
八重歯をニパッと見せて笑うレミィさん。

(人間の方々に笑っていただくと、とても幸せな気分になるじゃないですか)

最近になって、マルチさんのこの言葉が理解できるようになりました。
今の私はこの言葉、この表情が、とても嬉しいのです。

「それでは早速、お掃除にかからせていただきますっ!」
鉢巻きを縛り、モップを持って胸を張るマルチさん。
いつもは頼りなくて不安に思うことも多いのですが、こんな時は姉である彼女を頼もしく思います。
「私もお手伝いします」
私とマルチさんはすぐに、藤田さんの家の清掃に取りかかりました。
藤田さんは定期的に清掃をする習慣がないのか、家の中のいろんなところが汚れています。
私とマルチさんは見落としがないように気を付けながら、藤田さんの家をきれいにしていきました。

「ネエ、ヒロユキ。アタシも二人を手伝いたいヨ」
「駄目だ。そう言ってこの前、マルチが運んでいた皿三十枚を全滅させただろ?」
「ウウッ、アタシが掃除がウマくならなくて困るのはヒロユキなんだよ?」
「どういう意味だ、そりゃ?」 

センサーに藤田さんとレミィさんの声をとらえながら、私は台所周辺の清掃を終えました。
ピー、ピー。
いけない。作業時間が長すぎたのか、バッテリーの警告音が鳴っています。
私もマルチさんも予備バッテリーである燃料電池によって活動を続けることもできますが、予備
バッテリーはあくまで予備であって、充電が可能な状況である時はメインバッテリーを充電する
ように教えられています。
「すいません、藤田さん。バッテリーの充電を行いたいのですが」
「ああ、いいぜ。ちょっと待っていろよ」
慣れた手つきで、私の端末であるノートパソコンを操作する藤田さん。
マルチさんもこうして、毎回藤田さんに充電を手伝ってもらっているのでしょう。
「ほら、ここに座っていろよ」
私は藤田さんにうながされるままにソファーに座ると、充電のための待機状態に入りました。
「おい、マルチ。おまえもそろそろ充電しないとヤバいんじゃねえのか」
「いえ、まだ予備バッテリーがあるから大丈夫です。後もう少しで廊下のワックス掛けが終わります
から、それが終わったら私も充電させてもらいます」
「頑張り屋さんだネ、マルチ」
「はい! ありがとうございますぅ!」
キュッ! キュッ!
そうして、マルチさんの掛けるモップの音を聞きながら、私は眠りにつきました。


私は30分ほどで充電を終え、待機状態から覚醒しました。
「はうぅ、はうぅ・・・すびばせえぇぇん」
藤田さんの家の廊下で、泣きながら謝っているのはHMX−12マルチさん。
「ほら、いいからもう泣くなって。レミィ、そこの雑巾取ってくれ」
困ったような顔で廊下を拭いているのは藤田さんとレミィさん。

・・・何があったのでしょうか?

さっきまでマルチさんが拭いている廊下を見ると、辺り一面に水がこぼれていました。
「何かお手伝いできることがありますか?」
私がそう聞くと、レミィさんは浩之さんと一緒に廊下にこぼれた水を雑巾で拭きながら、
「ハイ、浩之。ここはアタシ達がキレイにしておくから、セリオはマルチのショーツを替えて
あげてクダサイ」
と言いました。
どうやら、燃料電池から出た水をタンクに貯め過ぎて、廊下に排出してしまったようです。
「はい、わかりました。マルチさん、こちらに来て下さい」
「はうぅ、はうぅ・・・」
マルチさんはまだ泣き止みません。
私はマルチさんをお風呂場まで連れていって、用意しておいた替えの下着に履き替えさせました。
「せっかくワックスを貼ったのに、残念でしたね」
「うううっ・・・私って、どうしていつもこうなるんですか?」
下着に足を通しながら、マルチさんは私に聞いてきます。
「燃料電池に切り替わる前に、充電を行えば問題がなかったのではないでしょうか?」
「でも、後少しでワックス掛けが終わりそうだったんです」
「作業を急ぐ必要性はなかったのでは?」
私が疑問を口にすると、マルチさんは少しうつむいて答えました。
「えっ、だってその・・・浩之さんと少しでも長くお話していたいじゃないですか」
「わかりません。マルチさんは藤田さんの家に、情報の交換ではなくて清掃に来たのではないの
ですか?」
「そっ、それはそうなんですけど・・・」
その後、マルチさんと話したのですが、私に理解できる解答をいただくことはできませんでした。


そんなことのあった日の後日。
私は学校の帰り道、おばあさんの荷物を運ぶのを手伝ってあげました。
「おや、おや。すまないねえ。何か冷たいものをあげるから、家にお入り」
「いえ、私はロボットですから、飲食することはできないのです」
「はあ?」
おばあさんは私の言っていることが理解できないのか、耳を寄せるようにして私に聞いてきました。
何度か説明を試みたのですが、おばあさんは私のことを「変わった耳飾りをつけた良い所のお嬢さん」
だと思っているようです。
おばあさんの好意を無駄にしないために、私はおばあさんの出した麦茶をいただくことにしました。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ。
「おお、やはり喉が乾いていたんじゃな。ほら、もう一杯おあがり」
タンクの容量は・・・まだ余裕がありますね。
私はおばあさんから渡された麦茶をもう一杯だけいただくと、会釈してからその家を出ました。


タプン、タプン。

不思議な感じがします。
私は普段、燃料電池を使用することがあまりないので、タンクに水を限界まで貯めたことがなかった
のです。
歩くたびに体の中に貯められた液体が揺れて、重心を不安定にしています。

タプン、タプン。

しかし、それ以上に・・・この下腹を襲う強烈な圧迫感はなんなのでしょうか?
切ないような、苦しいような・・・どこかで排水を行うべきなのでしょうか?
ただ、後もう少し歩けば綾香様に呼び出された場所に着くことができます。
排水はその後でもかまわないでしょう。


「セリオー! こっち、こっち!」
汗いっぱいになった綾香様が、私を見て手を振っています。
綾香様の両隣にあるのは・・・巨大な紙袋?
「近所の古本屋で格闘雑誌のまとめ売りしていてね。思い切って買っちゃったの」
はあ、なるほど。
「で、さすがに私一人で運ぶのには重いから、セリオに半分持って欲しいなって思って、TEL
したのよ」
「・・・・・・この巨大な紙袋を、私が運ぶのですか?」
「なによ、嫌なの?」
「いえ、そういうわけではないのですが」
綾香様は得意のジト目とお願い攻撃を私に繰り返しました。
どうすればいいのでしょう?
いいえ、マスターである綾香様の命令に従うこと。
これが私の存在意義のはずです。
それにメインバッテリーにはまだ余裕がありますから。

タプン、タプン、タプン。
ズシッ。
両手にかなりの負担がかかっています。綾香様は軽々と運んでいますが、この紙袋の重量は私の構造
に対しては重すぎるのではないでしょうか?
「あの・・・綾香様?」
「なあに、セリオ? やっぱり、私が全部運ぼうか?」
「いえ、そういうわけではないのですが」

過分に掛けられた荷物の重量、限界いっぱいまで貯められたタンク。
あと一滴でも水が入ってしまうと、タンクは強制的に排水を開始してしまいます。 
ピーピー。
バッテリーの警告音が鳴った時、私は非常事態であることを認識しました。

「すみません、綾香様。少しの間、おそばを離れさせていただきますっ!」
私はダッシュで、綾香様から離れました。
サテライトサービスで周辺の地図を取り出し、近くの公園に排水できる場所があることを確認。
バッテリーが切り替わらない限界の速度で、私は公園へと走ります。

「どうしたの、セリオ?」
「どうしてついてくるんですか、綾香様っ!」

私は思わず叫んでいました。
そんな私の両肩を、綾香様の両手がしっかりとつかまえました。

「ねえ、どうしたの、今日のセリオ? なんか変だよ」
ピーピーピー!
「私、セリオにわがまま言い過ぎた? 不満があるなら言ってよ」
「・・・・・・・」
ピーピーピー!
「わかんないわよ、黙っていたら!」
「・・・あっ」

メインバッテリーからサブバッテリーである燃料電池に切り替え。
タンク、決壊。

プシャー!

私は自分の体から液体が流れ出していくのを感じながら、そのまま気を失いました。



その後日。
「どうしたんですか、セリオさん。顔が赤いですよ?」
「・・・我慢しているんです」
「えっ、何をですか?」
「マルチさんがいつも、藤田さんにお見せしていることをです」
マルチさんは私の言葉がよく理解できないようでした。

トントン。
私は綾香様の部屋の扉を叩きました。
「はーい、開いてるから入って・・・あれ、セリオ? この間はごめんねー。まさか、そういう
理由で急いでいるとは思わなかったから」

ピーピー。

綾香様、お慕い申しております。

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「闇街道さん」からいただいたリクエスト、「セリオ&マルチSS」をお届けします。

「シモネタは俺の魂なんだ」(by.ブリーフブラザーズ)(笑)

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aiaus@urban.ne.jp
までお気軽にどうぞ。

ではでは。