”too hard” chapter-2 投稿者:AIAUS 投稿日:8月18日(金)00時21分
”too hard” chapter-2




 「この日のことを、私の一番大事な部分に記憶しておきます」




 俺は「あの日」のことを忘れ始めている。
 ただ、憎しみだけが純化していく。
 雨が降る度に、俺の心は黒に染まっていく。





     too hard




「・・・以上により、説明を終わります」

正規軍から派遣された(書類上は傭兵達が正規軍の中に派遣されたことになっている)兵士の数は
二十三人。二十人の特殊部隊、若い佐官と通信兵、衛生兵だった。
最初に予想していた事態と違い、傭兵達は面食らった。

「ファーストエイド(絆創膏)をもらったのは有り難いけどね」

レミィの声に傭兵達から失笑がもれる。戦場よりも士官学校や基地で過ごした正規兵達を馬鹿に
しているのだ。
作戦の最終説明を終えた佐官達三人は、傭兵達の笑い声を無視してCP(指揮所)に戻った。
彼らの姿が消えると、傭兵達は支給された装備のチェックを始める。
その顔には、すでに笑みはない。
正規の隊員達も馴れ合いは不要と思っているのか、彼らから離れた場所で作戦の再確認をしていた。


人質達が捕らわれている豪華客船「オリアナ」の構造は三層に分かれている。
甲板、および艦橋を含む上部デッキ。
客室、および艦内施設を含む中部デッキ。
倉庫、および空調設備、船体動揺防止設備などを備えた下部デッキ。

問題なのは、人質達がどこに捕らわれているのか? ということであった。
テロリスト達が艦橋周辺に多くの人員を配置していることは、無人偵察機による航空写真からの
情報でわかった。
しかし、人質達の姿が一人も見えない。

救出すべき人質はどこにいるのか?

セオリーで考えれば、倉庫にまとめて放り込んでおくのが妥当だろう。
明るく開けた場所に集団で人間を閉じこめておくと、そのうち脱走や外部との通信などを試みる
人間が出てくる。かといって、個別に部屋に閉じこめておくと、見張りに多くの人員を割り振ら
なければならなくなる。
暗い場所に縛って放り込む。
これが昔ながらの人質を確保する方法なのだ。

かといって万一、テロリストが人質を分散して確保していると事態は難しくなる。
捕らわれている人質の中には経済界のVIPが多く含まれている。
「一人の犠牲も許されない」
人道的以前に、この国の将来を左右しかねない問題なのだ。
「船を沈めて、後で人質だけ救えばいいんじゃない?」
「そんな作戦だったら、俺達は必要ないだろう?」
すでに自分の準備を整えたレミィは、軍から支給されたMP5サブマシンガンの調整に時間が
かかっている浩之の横で軽口を叩いていた。

「でも、人質がどこにいるかわからないからって、「手分けして捜せ」っていう作戦は無茶よね」

派遣された士官が指揮所で頭を悩ませて思いついた作戦は、三ブロックに同時に制圧チームを投入
してテロリストを排除するというものであった。
「テロリスト15人に対して、こちらは正規の特殊部隊込みで倍の30人。しかも、軍の正規装備
を支給してくれる。何の文句がある?」
MP5に付いた大型フラッシュライトのバランスが気にくわないのか、浩之は盛んにMP5の上部
をいじっている。
「でも、上部ブロックに半分の15人を回してしまうんでしょう? 下部ブロックで倉庫廻りをする
わたし達としては嬉しくないわ」

テロリストの数が最も多く集中している上部ブロックには戦力の半数である15人を、客室によって
細かく分けられているため苦戦が予想される中部ブロックには10人を、不意打ちが成功しやすいと
思われる下部ブロックには5人を投入することになっている。
まさしくセオリー通りではあるが、少ない人数のチームに入れられる立場としては不安も残るだろう。
しかも、5人のうち一人はロボット、二人は実力が未知数の正規兵である。

「その5人の中に俺がいる。心配するな」

自信でもなく、傲慢でもなく、ただ当たり前の事実として言葉を告げた浩之は、大型フラッシュ
ライトを装着したMP5を宙にかざした。ようやくバランスが合ったのか、小さな笑みが頬に浮かぶ。
「凄い自信・・・大丈夫なのかしら?」
肩をすくめてみせるレミィに、浩之は答えなかった。

「準備が終わりましたら、ボートに乗って下さい。他の隊員二人はすでに搭乗しています」

セリオの声が、戦場へ渡る合図になった。


特殊部隊が使用する黒塗りの制音エンジン付きボート。
上空からヘリで降下する部隊と比べれば、ずいぶんと地味な部隊だ。
だが、ボートに乗った5人は厳しい訓練を積んだ強者であり、こうした作戦の場数も踏んでいる。
明け方の暗い海の上。激しく揺れるボートの上であっても、表情を乱す者は誰もいない。


                    *


浩之たちの作戦は、以上の四つの手順に分けられる。

1:豪華客船「オリアナ」の側面に取り付いた後、爆薬によって進入路を開ける。

爆薬を設置し、これで船体に穴を開ける役目はセリオにまかされている。
彼女の背中のディバックには必要な量だけTNT火薬(TNT爆薬は抗水性が高く、水中でも爆発
させることが可能。今回のような洋上での任務に適している)が入れられており、電子頭脳には
「オリアナ」に爆薬を仕掛けるポイントが入力されている。
製造コストが人間の兵士よりも安いとは言え、維持や管理にコストがかかり、戦力的にも不安な要素
を抱えるロボットが戦場で普及したのは、このような工作任務で活躍したからである。

2:「オリアナ」に進入した後、テロリストはサーチ&キル、人質は人命優先で救出。

矛盾した命令のように聞こえるが、これを実現することができなければカウンターテロ部隊とは
言えない。流れ弾が「当たってしまった」、やむなくテロリストごと「撃ってしまった」という
言い訳はゆるされないのである。
この困難な作戦を成功させるために、カウンターテロ部隊は多くの時間を費やして訓練するので
ある。傭兵ネットのランキングの上位にカウンターテロ専門の者が多く含まれるのも、このこと
に起因している。

3:人質を全員救出、テロリストは全員排除する。その後、上部、中部デッキにいるチームと
  合流する。

進入路から脱出しないのは、人質が35名と大勢のため。
そのため、テロリストには全員、「無力化」してもらう必要がある。
合流するのは、再探索で万一隠れているテロリストにも「無力化」してもらうためである。

4:上空から来る迎えのヘリボーン部隊により、「オリアナ」から脱出。

排除が完了しているのに「オリアナ」から35人もの人質を連れて脱出する必要があるのは、
テロリスト達が爆薬などを仕掛けていた場合の危険を避けるためである。
テロリストの中には、過激な原理主義者たちのように、自分の命すらも軽んじる者達がいるのだから。


この困難な作戦を成し遂げるために浩之たちに与えられた装備は、正規の特殊部隊が使用するもの
となんら変わらないものであった。

各人にMP5サブマシンガン、抗弾ケブラーベスト、ガスマスク・ゴーグル付き防護ヘルメット、
スタン・ガスなどの各種グレネードが与えられている。
小隊単位ではアサルトライフルHK−93、ボディバンカー、人質が負傷した場合に備えての医療
キットなど。

傭兵に対しては破格の扱いだと言えるが、事態の深刻さに備えてというよりはむしろ、「正規軍が
助けれくれた」と人質に思わせるもくろみが強いのだろう。
傭兵達はもちろん、雇い主のそういった混み入った事情を知っている。
作戦に参加した傭兵達10名は全て、ハンドガンなどの細々とした装備だけ自分のものを使って、
他の装備は全て、雇い主が「プレゼント」してくれたものにしている。
ただ変わり者の日本人だけが、背中にショットガンM870を背負っていた。

「Hey、ジャップ。その竿は邪魔なんじゃないか? おまえの小さなモノの代わりに、金髪の彼女を
喜ばすのにはうってつけだと思うけどな」
正規兵の下らないジョークに、浩之はただ笑みだけを返した。
日本人が使う「アイソワライ」などではなく、戦場を心待ちにしている笑いだ。
正規兵二人の顔に一様、緊張の色が走る。
「背中から撃たれたくなかったら、口を開かない方がいいみたいね」
軽口を叩いた兵士は浩之の不気味さに打たれ、レミィの忠告に従うことにした。


CLIK,CLIK。
明け方の暗い視界の中。波に揺られるボートの上で、セリオはほぼ一分ジャストで爆薬の設置作業を
完了させた。ボートはヘリボーン部隊が到着するまで、「オリアナ」から少し離れた海面を漂う。

「弾は込めた。時計は合わせた。後は道が開くのを待つだけか」
ボートの上で、誰かがつぶやいた。

WHUMP,WHUMP,WHUMP・・・。
人間にはまだ聞こえない、かすかなヘリのローター音をセリオの耳が捕らえる。

「爆破」
セリオの声と共に、爆薬に火が入れられた。

Dann!! Dann!!
巨人が金属の壁を拳で打ち抜いたような音がして、オリアナの船体に四角い穴が開く。
すでにボートを近くに寄せていた浩之達5名は、すぐに船体にボートを固定してから船体の中に
進入した。


進入したのは機関室。
豪華客船を動かす巨大な機関がうなりを上げ、侵入者達の存在をテロリストから覆い隠していた。
素早く倉庫に向かう傭兵たち。

「・・・GO!」

一瞬のうちに二名の見張り役のテロリストが穴だらけになって「無力化」した。
倉庫にいたのは、船員9名と比較的「価格が低そうな」人質11名。
目の前で人が殺されたショックで口をきけない者もいたが、大半は助けられたという安堵感から
脱力した表情を見せている。
「大丈夫ですか。我々はあなた達を助けに来た、軍隊の特殊部隊です」
「命令」を忘れていなかった正規兵二人は、しきりに人質達に「宣伝」を繰り返している。
変装したテロリストが人質に紛れ込んでいる場合もある。
励ますふりをしながら一応のボディチェックを全員に試みたが、やはりそういう罠は仕掛けられて
いない。
倉庫の人質達が重要視されていない証拠だ。

「やはり、大事な人質は手元に置いているみたいね。どうする? 上の人達にまかせちゃおうか?」
そんなつもりは毛頭ない様子で、レミィが余裕の笑みを浮かべた。
「そういうわけにはいかねえだろ。セリオ、ここの確保を頼むぞ」
「はい。了解しました」
返事も待たずに、浩之とレミィ、正規兵二人は倉庫から出て、階段を駆け上がっていく。


TATATATAT!
TATATATAT!
TATATATAT!

頭上で聞こえる、規則的なサブマシンガンMP5の発射音。

BRATATATA!

それまで返事として聞こえていたサブマシンガンVz61の音はだんだん途切れ途切れになり、
弱々しくなり、ついには途絶えた。

「Congraturation! 中部ブロックも楽勝だったみたいね」
「テロリスト3名の排除を確認。これより、人質の救助にむかいます」
ピッ。
「正規の兵士って、うるおいがないね」
なぜか残念そうな表情で通信機を切るレミィに、浩之は上に向かえ、とハンドシグナルを送る
ことで答えた。


浩之達は階段を登り、通信機で連絡を取り合いながら、中部ブロックの人質の捜索を手伝う
ことになった。
残りの人質は現地人3名を含む20人。「価格が高そうな」人質は日本人の方が多かったという
わけだ。

「くっ、くっそぉ!! 撃てるもんなら、撃ってみやがれ!」
恐怖を誤魔化すかのような悪態。
中部ブロックの隊員達に追われ、人質を抱えたまま逃げているテロリストが発している言葉だ。
通路をまっすぐ、浩之達の方へと走ってくる。
「Hey! そこでストップよ!」
ベレッタ92を構えたレミィが、テロリストの頭に狙いを定めながら叫んだ。
抱えられている人質は、ハイスクールの生徒ぐらいの年齢で赤いドレスを着ている。
銃撃にさらされた恐怖のあまり、声も出ないようだ。

その人質を見て、正規兵の一人が悲鳴を上げた。
「あれは・・・クルスガワグループの御息女、アヤカさんです!」
来栖川綾香。
セリオのようなロボットを扱うロボット産業の大手、クルスガワロボテクス社を含む巨大企業を
いくつも参加に納めるクルスガワ一族の「御令嬢」である。
流行の格闘技であるエクストリーム大会の女性チャンピオンでもあり、彼女をロストしてしまえば、
多大な損失を国家に与えることは必然であった。

「大丈夫! 一発でノックダウンさせるから!」
浩之達に通路をふさがれていることに気づいたテロリストは、恐怖と興奮が入り交じった表情で
立ち止まり、サブマシンガンVz61を綾香の頭に突きつけたまま、自分に銃口を構えるレミィに
向き直った。
「いいぜ、撃っても。こんな美人と心中できるなら、惜しくはねえさ」
Vz61のトリガーはすでにひかれようとしていた。

BRAM!!

「What!?」
「なっ、なんだ!」
「ひぃっ!」

ベレッタのものとはとても思えないような爆音が一発響く。
見ると、テロリストの頭はなくなっていた。
「・・・あっ、ああっ・・・」
首なしの男に抱えられる格好になった綾香は、そのまま気絶してしまった。


                    *


中部ブロック、下部ブロックのチームは救出した人質を確認し、比較的堅牢と思われるVIP用の
客室に彼等を移動させた。
わずかばかりだが、落ち着いた空気が船内に流れる。

「ショットガンの早撃ちって初めて見たわ。お嬢様に当たったら、どうするつもりだったの?」
「綾香は日本人で女だから、あのゴツいテロリストとは頭の位地が違うだろ。それに、ちゃんと
テロリストの頭上50cmを狙って撃ったぞ」
「呆れた・・・自信家だって思ったら、ラッキーガイだったわけね」
「俺が撃っていなかったら、綾香嬢様が首なし人間になっていたさ」
ショットガンの弾、散弾は拡散する。
故に、人質を抱えたテロリストへの射撃など論外なのであるが、場慣れた浩之には関係がないようだ。
散弾がどの距離でどれだけ拡散するのか覚えているので、テロリストの頭だけを「排除」することが
できたのである。
「使い慣れた武器が一番ということですね」
倉庫から人質と一緒に移動してきたセリオが、浩之の離れ業をレミィから聞いて感想を述べた。
「そういうことだ」
背中のショットガンM870を誇らしげに見る浩之。
それを見て微笑むセリオ。呆れるレミィ。尊敬と羨望のまなざしを向ける正規兵達。
傭兵達だけは無関心だったが、それはまだ上部ブロックで戦闘が行われているからである。
時折聞こえる銃撃の音。悲鳴。爆音。
加勢してやりたいところだが、うかつに飛び込むと同士討ちの可能性がある。
今、通信担当の兵士がどこに上がったらいいのか、連絡を取っているところだ。

「このまま上部ブロックの連中だけで済ませてくれれば、楽なんだけどな」
「そういうわけにもいかないでしょ? まだ、9人ばかし残っているじゃない」

KAT,KAT,KAT!

浩之とレミィの会話に、ヒールが床を踏む音が割り込んだ。
戦場では場違いだが、豪華客船の床に響くには実にふさわしい音だ。
音高くヒールを鳴らして浩之の前まで歩いてきたのは、船上パーティの華だった来栖川綾香その人
である。顔は来ている赤いドレスと同じように紅潮し、吊り上がった目で浩之をにらんでいる。

PAN!

高い音を立てて、浩之の頬が鳴った。
突然、綾香が浩之に平手打ちを見舞ったのである。
「おいっ・・・」
見とがめた傭兵の一人が綾香に声をかけるが、ハイティーンの娘とは思えないほどの燃えるような
怒りの眼差しを向けられて、荒くれ者は言葉を失う。
「なんのつもりだよ、いきなり」
赤くなった頬をさすりながら、浩之は綾香に日本語で聞き返した。
「あんた、私ごとテロリストを撃ち殺そうとしたでしょう!!」
「一緒に撃ち殺した方がよかったのか?」
「くっ!」
再び振り上げられた右手を、浩之の左手がつかまえた。
「汚れた下着はレミィに取り替えてもらっただろ? お礼ぐらい言ってもらいたいぜ」
「こっ、殺す!」
「無理だよ、お嬢様には」
「くうぅぅっ・・・」
くやし涙をにじませる綾香を、彼女のお付きの者らしき日本人二人が左右から抱きかかえるように
して連れていった。

「ねえ、あの子、何て言っていたの?」
綾香も浩之も早口の日本語で話していたので、レミィ達にはわからなかったようだ。
「王子様、助けてくれてありがとう、って言ったのさ」
「ずいぶん、ヒネくれた王子様よね」
レミィの大袈裟な身振りに兵士達は笑顔を浮かべた。
その刹那。

「上部ブロック・チーム、全滅ですっ!」

通信機を操作していた兵士が、凶報を告げた。

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DEEPBLUEさんとの共作、「too hard」の二話目をお送りします。
この作品はDEEPBLUEさんと僕が交互に話を進めていく連載もので、全四回の予定になって
おります。

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