宮内さんのおはなしR その十五 投稿者:AIAUS 投稿日:8月13日(日)23時01分
「アタシね、ヒロユキのことが好きなの」

そう言って、妹のヘレンは家族と一緒の帰国を断った。
日本という国に、ヘレンが一人で残る。
それは別に構わない。
好きな人ができて、少しでもその人の近くにいたい。
人間として自然の感情で、かえって嬉しいくらいだ。
しかし、問題なのは妹の決心ではなくて、決心をさせた人物ヒロユキの方にある。
はたして、彼は妹の未来をまかせてもいいくらいの人物なのだろうか?
大いに疑問が残るところである。

「これでいいはずよね・・・よし、受信チェックOK」

私は星の形のマスコットを握りしめると、妹の部屋のドアをノックした。


ジジ・・ジジジ・・・。
「・・・でネ、シンディがヒロユキにこれをプレゼントしたいんだッテ」
「・・・なんだ、こりゃ? ヒトデか?」

「星よ、星! 星条旗の星!」
ヘッドホンから聞こえる声に思わず反論してしまい、私は顔を赤らめた。

ヒロユキ。

藤田浩之は妹の意中の人だ。
今、ヘレンが浩之に渡している「星」型のマスコットの中には、私が仕掛けた盗聴器が入っている。
ヒロユキのプライバシーを大いに犯しているとは思うけど、この身辺調査は妹を思ってのことだ。
父さん、母さん、私、弟のミッキーの四人は、仕事の都合でアメリカに帰国する。もしも、
ヘレンが本当に一人で日本に残るのであれば、妹の安全はヒロユキにまかせるしかない。
父さんや母さんはヒロユキのことを信頼しているし、ミッキーは本当の兄のように思っている。
私も彼のことは嫌いではないが、妹を任せるのであれば、確かな保証が欲しい。

ジジ・・ジジジ・・・。
「レミィの姉さんって、本当に美人だよな。レミィがアイドルなら、シンディさんはトップモデル
って感じだぜ」
「えへへ・・・照れちゃいマース!」
「美人姉妹ってとこだよな」
「美人姉妹? ビジンシマーイ!」

ヘレンは「美人姉妹」の発音が気に入ったのか、しきりにそれを連呼しているようだ。ヒロユキは
笑ってそれに答えている。
トップモデル・・・美人姉妹か・・・。
私は「浩之くん採点ノート」に、「+3」と書き込むことにした。
(注:あまり、公平なものではないようです)。


ジジ・・ジジジ・・・。
「ねえねえ、ヒロ。カラオケつき合ってくんない?」
「馬鹿言うな。三日前につき合ったばっかだろうが」
「そこをなんとか! 志保ちゃんのお願い! 新曲が入ったみたいなのよ」
「一人で歌ってろよ」
「ギャラリーがいないと盛り上がんないでしょ?」
「しょうがねえなあ・・・」

帰り道でヘレンと別れたヒロユキは、友人である女の子、長岡志保と接触したようだ。気が知れた
関係らしく、軽口で喋り合っている。しかし、ヘレンに重大な決心をさせておきながら、別の女性と
二人っきりでカラオケに行くというのは感心できない。
私は「浩之くん採点ノート」に、「−1」と書き込むことにした。

ジジ・・ジジジ・・・。
「離れることなんかでき〜な〜い」
「・・・一人で何曲歌ってんだ、コラ」

同感である。
カラオケボックスに入ってから一時間あまり。ほとんど志保一人で歌っている。
私も音楽は嫌いではないが、同じ人物の同じ歌ばかり聴かされては気が滅入ってしまう。

「あれ、シンディ? 誰の歌を聴いているノ?」

ドキーンっ!
私はびっくりして、椅子から30cmぐらい飛び上がってしまった。
後ろにいたのはヘレン。不思議そうに首をかしげて、私の顔を見ている。
「いっ、いえ。友達の妹がオーデション受けるから聴いてみて、って頼まれたの。何でもないのよ」
「フーン? 友達の歌とよく似ているから、ビックリしたヨ。御飯だって」
びっくりしたのは私も一緒だ。
盗聴器を机にしまうと、私は食事を取るために一階に降りることにした。


食事後のひととき。
「ヘレン、本当に日本に一人で残るの?」
ミッキーが不満そうな声でヘレンに尋ねた。
「ウン。アタシ、ヒロユキの側にいたいの」
「ヒロユキ兄ちゃんと一緒に、アメリカに来ればいいのに・・・」
それも一つの解決案だ。ただ、日本の文化では未成年が親元を離れて外国で暮らすのは難しいだろう。
日本人は留学生であっても、同じ日本人同士で固まっていることが多い。文化交流をしに来たはず
の留学生が、なぜ小さな日本を外国で作りたがるのか、不思議に思ったことがあるくらいだ。
「ヒロユキがハイスクールを卒業したら、一緒にアメリカに戻るカラ。それまで我慢して、ミッキー」
愛おしそうにミッキーの頭を撫でるヘレンと、おとなしく撫でられているミッキー。
珍しい光景だ。
「藤田さんが来たら、また賑やかになりますねぇ」
「ソウダナ。一度、ヒロユキ、ト、「ダックハント」ニ行ッテミタイト思ッテイタンダ」
いつの間にか、我が家族の間ではヒロユキが婿入りすることが決定している。
長男だから、難しいと思うのだけど・・・。
それ以前に、ヒロユキはヘレンとどこまで関係を持つつもりなのだろうか?
万が一、妹を遊び相手としか考えていないようならば、私は姉としてヘレンをアメリカに連れ帰る
義務がある。
それが彼女のためだ。


翌朝。
私は有給休暇を取って、今日一日をヒロユキの調査に当てることにした。

ジジ・・ジジジ・・・。
ZZZ・・・ZZZ・・・。

まだ寝ている。
学校に定時に行こうとしているのならば、もう起床していなくてはいけない時間のはずだ。

「浩之ちゃ〜ん、浩之ちゃん! 起きてよ〜」

音が遠くから反響して聞こえるということは、家の外から呼びかけられた声だろうか?
間延びした呑気そうな声が、ヒロユキにかけられている。

ジジ・・ジジジ・・・。

ガバッ!

「げっ! もう、こんな時間じゃねえか!」

ドタドタドタドタ!!
バクバクバクバク!!
ガシュガシュガス!!
ザザザザザザザザ!!
フキフキフキフキ!!

バタンッ!!

「よお、あかり。待たせたな」
起床してから玄関に出るまで、120秒フラット。
食事と身支度もしたことを考えると、驚異的な数字だ。

「もう十分、早く起きればいいのに」

まったく同感である。
私は「浩之くん採点ノート」に、「−1」と書き込むことにした。


学校にて。

ジジ・・ジジジ・・・。
ZZZ・・・ZZZ・・・。

ヒロユキは終日寝ている。
何のために学校に通っているのだろうか? 学校で寝るくらいなら、家でしっかりと寝て授業を
受けた方がいいと思うのだけど。
私は「浩之くん採点ノート」に、「−1」と書き込むことにした。


一日潰してわかったのは、ヒロユキという少年が非常に怠惰な性格であるということだけだった。
「困ったわね・・・ヘレンもこんな人がパートナーだったら困るでしょうに」
まともに付けた採点によれば、ヒロユキにはマイナス面しか見あたらない。
「レミィ」と彼が呼ぶ私の妹、ヘレンと接している時も、「あかり」や「志保」と接している時も、
彼の言動に違いは見られない。
もしもヘレンが一方的にヒロユキに好意を寄せているだけならば、私は彼女の願いを邪魔しなくては
いけない。


夜遅く。

トントン。
「ドーゾ、入ってクダサイ」

ヘレンの部屋の扉をノックすると、いつもの元気のよい声で返事してくれた。
「ドウシタのデスカ、シンディ?」
「今日はなんだか眠りづらくて・・・少し、話でもしない?」
「いいデスヨ、喜んで」
私とヘレンは、久しぶりにベッドで座って話をすることになった。

「ねえ? どうして、浩之君を好きになったの?」
「ヒロユキだからデス」

ズルッ!
単純明快な言葉に、私はベッドから滑り落ちそうになった。

「いっ、いや、だから・・・あるじゃない? 声が好きだとか、優しいところが好きだとか、
たくましいところが好きだとか、頼りがいがあるとか?」
「アタシはヒロユキがヒロユキだから、好きなんデス」
さっぱりわからない。

「ねえ、だから浩之君のこういうところが好きだとか、そういうのはないの?」
「えーっと、そうデスネ・・・」
懸命のインタビューにも関わらず、私が得た情報は妹のノロケ話だけだった。
・・・ただ、ヒロユキのことを話す時の妹の笑顔は、本当に嬉しそうで、それだけは鮮明に
記憶に残ることになった。


翌日。
今日は祭日である。
ヘレンがヒロユキに夢中になる理由がわからない私は、盗聴器に頼らずに自分の目で確かめる
ことにした。
しかし、日本の夏って、どうしてこんなに暑いのかしら?
私は暑さで朦朧とする頭を気力で振るい起こしながら、まるで池の中を泳ぐ鯉のように悠然と街を
ぶらつくヒロユキの後を追った。

本屋。
漫画ばかり立ち読みしている、「−1」。

ゲームセンター。
生活費を設計に入れているのだろうか、「−1」。

ヤックナルド。
運動しないのにカロリー取りすぎ、「−1」。

・・・追跡しているのが空しくなってきた。
ヘレンにはヒロユキのことをあきらめてもらって、一緒にアメリカに帰ってもらったほうがいいの
かしら?
しかしなぜか、私の歩みは止まらなかった。
もしかすると、自分が納得できる姿をヒロユキは見せてくれるかもしれない。
そう思っていたのだろうか。


街のアーケード街。
街路樹に風船が引っかかって、その下で子供が泣いている。
「ちょっと待っていろよ、坊主」
ヒロユキはそう言うと、まるでそうすることが当たり前のように、街路樹をするすると登り始めた。
まわりの人はそれを見て笑っているが、ヒロユキは気にした様子は見せない。
「ほら、おまえのだろ?」
「うん! ありがとう、お兄ちゃん!」
とびきりの笑顔を見せて、風船を持って走っていく子供。

「正義のヒーロー、子供の風船を救う、ってところね」

私はいつのまにか、今まで尾行していたはずのヒロユキに声をかけていた。


「ははは・・・やだなぁ。見てたんですか、シンディさん」
知り合いに見られたことが恥ずかしいらしく、浩之は照れ笑いをしている。
「ええ。木登り上手ね、浩之君」
「子供の頃、レミィと木登りして遊んでいましたから」
「よく覚えているわね、十年も前のことなのに」

「レミィとの思い出ですから」
全く自然に出てきた、浩之の言葉。

「合格」

私の言葉に、ヒロユキは不思議そうに首をかしげる。
「えっ、何がですか?」
「すぐにわかることよ、ヒロユキ」
やっぱりわからないのか、ヒロユキはずっと首をかしげていた。


暑い思いしてよかった・・・。
新しく弟になる少年のことを認めることができた。
彼はきっと、ヘレンのいいパートナーになるだろう。

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おまけ

浩之・レミィ夫妻の結婚式当日。

「なんですって!? ヘレンがもう三ヶ月? 聞いていないわよ、浩之君!」
「いや、逐一お知らせすることでもないから・・・」
「シンディ姉ちゃん、小姑みたいだよ」
ゴンッ!
「What!? シンディがミッキーを殴りマシタ。びっくりデス!?」
姉の心配を余所に、兄弟達は幸せに過ごしているようだった。  

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すいません、takatakaさん。
大変お待たせしました。
リクエストしていただいた、「シンディSS」です。

感想、苦情、リクエストなどがございましたら、
aiaus@urban.ne.jp
まで、お気軽にどうぞ。

ではでは。