宮内さんのおはなし その三十五 投稿者:AIAUS 投稿日:7月27日(木)00時19分
「暑い、暑い、暑い・・・」

私は今、炎天下の中をひたすら歩いていた。
異常気象というのかしら?
昨日は寒いくらいだったのに、今日は驚くぐらいに暑い。
こんなことなら、セバスに迎えに来てもらえばよかった・・・。
「綾香様。発汗が激しいようですが?」
「馬鹿みたいに暑い中を、テクテク歩いていれば汗ぐらい出るわよ・・・」
私の横で歩いているセリオは涼しい顔。
「ロボットって、暑いのは苦手じゃなかったの?」
私が聞いてみると、セリオは胸元から青いパックをのぞかせる。
「ヒエロン(使い捨て用携帯型冷却パック)を装備しておりますから」
「そんなにいいものがあるなら、私にもよこしなさいよ」
ヒエロンを借りようと思って私が手を伸ばすと、セリオはヒョイと避けた。
「駄目です」
「どうして?」
「一個しかないのです」
「主人の身を思いやるのが、メイドロボの努めでしょう?」
「綾香様が暑くても、私は暑くありません。これは重要です」
セリオは無表情なままで、平然と答える。
・・・どうしてくれよう?
「・・・まあ、それはいいわ。ところで、セリオ?」
「はい。なんでしょうか、綾香様?」
首をかしげて、私の言葉を待つセリオ。

「もらったあぁぁぁ!!」

裂帛の気合いと共に、セリオの胸元に手を伸ばす私。
ヒョイ。
セリオは再び、事も無げに私の一撃を回避した。
「バレバレです、綾香様」
こんな時だけ、にっこりと笑うセリオ。会心の笑みというやつだ。
「あんたねえ・・・主人の窮地を救おうという崇高な精神とかはないの?」
「ヒエロンが涼しくて気持ちいいなあ、という明確な感覚はあります」
セリオは胸元のヒエロンをちらつかせるが、私に渡す様子はない。
やはり、言葉での説得は無理なようね・・・。
ならば、肉体言語ぉぉぉぉ!!
セリオの胸元にあるヒエロンを奪うべく、私は突進を開始する。

ダダダダダダダダ・・・。
チュィィィィィン・・・。

私は屋敷に帰り着くまで、セリオの新型装備、ダッシュローラーの存在に気づかなかった。


「ぜえ、ぜえ、ぜえ・・・」
「綾香様。舌を出したまま床にブッ倒れるのは、人間としてどうかと思います」
「・・・あんたがヒエロンよこさないからでしょぉ?」
「30分間も全力ダッシュで追いかける綾香様にも、問題があると思いますが?」
「ううっ・・・なまじ体力があると、自分の限界がわからなくなってしまうのね」
「何か飲み物を持って来ます」
屋敷の広間で倒れている私をソファーまで運ぶと、セリオは飲み物を取りに厨房まで駆けて行った。
あー、さすがに炎天下に全力ダッシュすると効くわぁ・・・。
葵や好恵なんかは喜んでやっちゃうんだろうけど、私ってマシントレーニングの方が多いから。
こんなに汗だくになったのは久しぶりのような気がする。
・・・あれ?
テーブルを見ると、そこにはアイスティーが置いてあった。
ティーカップはマイセンの普通のやつだし、姉さんが作った薬ってわけでもなさそうね。
誰かが忘れていったのかな?
氷が溶けていないということは、まだ入れたばかり?
広間を見回してみても、ソファーで寝そべっている私以外には誰もいない。
「飲んでもかまわないわよね。このままだと、氷が溶けちゃうし」
自分でもよくわからない理屈を唱えながら、私はアイスティーを飲み干した。

ブワン。

「えっ?」
いきなり揺らぐ視界に、私はパニックを起こす。
「・・・綾香?」
姉さんが広間に入ってきた。
「もしかして・・・また盛ったの?」
「勝手に飲んだのは綾香です」
そう言いながらも、姉さんの唇は嬉しそうに笑っている。

「この魔女ぉぉ!!」

私の声は、次に起きた変化で空しくかき消されることになった。



(ここより視点変更)

・・・困りました。
綾香が乱暴者で困る、と家族のみんなが心配しているから、おとなしくするための薬を作ったはず
でした。コウモリの羽にトカゲの目玉、エーテルにディオスポーションにチューインソウル、ロダ
の実に世界樹の葉・・・調合は間違いなく行われたはずでした。
どうして、こうなってしまったのでしょう?
もう、私一人の手ではどうすることもできません。
だからといって、このまま妹を見捨てるのは姉として失格です。
・・・藤田さんに頼んでみましょう。あの人なら、きっと私にはわからないことに気づいてくれる
はずです。



放課後の校門。
「どうする? 今日はヤクド行っとくか?」
「アタシ、新作の忍者バーガーが食べたいデース!」
「まっずいわよ、あれ。作った人が試食してないでしょ、っていう感じで」
「レミィなら、おいしいと思うかもしれないよ。あの大トロバーガー」
「雅史ちゃん。その忍者バーガーって、ハンバーガーに大トロが入っているの?」 
「ああ。あったかいパンの間に、生あったかい大トロがはさんであるんだ。おごってやるから
食って見ろよ、あかり」
「いやだよぉ、そんなの」
友人達を連れて談笑しながら、校舎から歩いてくる浩之。

クイッ、クイッ・・・。

その袖を引っ張る者がいた。来栖川芹香である。
「おう。どうしたんだ、先輩? 俺達と一緒にヤックに行くかい?」
芹香は首をふるふると横に振ると、妹が置かれた窮状の説明を始めた。

「・・・・・」
「えっ? 綾香が大変なことになったから、俺に助けて欲しい?」
こくんとうなずく芹香に、浩之は慌てて言葉を続けた。
「大変なことって、病気かなにか? いや、来栖川なら治せないような病気はないよな」
「恋の病とかじゃないの? 綾香さんって、そういうことでは悩まないと思うけど」
「Yes! アヤカは好きな相手がいたら、すぐに好きって言うと思うネ」
あかりとレミィの言葉に、いつものように茶々を入れる志保。
「どっちかと言うと、そのまま押し倒しちゃいそうだけどね。払い腰、ドリャーって」
「わはは。かもな・・・グホッ!」
「えっ、どうしたの、ヒロ・・・って、グハァ!」
話を合わせた浩之の体が「く」の字に曲がり、驚いて浩之に駆け寄ろうとした志保が、何かにぶつかった
かの様に勢いよく吹き飛んだ。

何も目には映らない。
しかし、敵意を持った何かがいるのは確かだった。

「What!? 何が起こっているノ?」
「浩之っ! 志保っ! 大丈夫かい!?」
地面に倒れた志保を雅史が、浩之をレミィが助け起こす。ただ、あかりだけは動かずに、芹香の50cm
横を凝視していた。その視線の先にあるのは・・・。

「くまちゃん!」
ドカァ!

あかりのラグビー選手ばりの激しいタックルに、何かが捕まった。
「はっ、離して、神岸さん・・・ぐるぢぃ」
「うわーい、くまちゃんだぁ」
幼児のようなあどけない笑顔で頬ずりするあかり。その頬ずりしているものは、綾香の声で喋るクマの
ヌイグルミだった。


「これが綾香だって?」
「・・・」
こくんと首を縦に振る芹香。一同、絶句する。
なぜなら、そのクマのヌイグルミの大きさは50cmぐらいで、高校二年生の綾香が着グルミとして
入ることは不可能だったからだ。
「あはは・・・来栖川先輩ったら冗談言っちゃって。遠隔操作かなにかで動くロボットでしょ?
コントローラーにマイクが付いていて、綾香が遠くで操っているとか?」
ひきつった笑いの志保。
「・・・」
先輩はふるふると首を横に振り、このヌイグルミが綾香なのだと主張した。
「マジなの?」
「・・・マジです」
「嘘よぉ。志保ちゃんをハメようとしているでしょ? この美貌を妬んで・・・キャー。大ピンチ!」
納得しようとしない志保に、クマのヌイグルミは諦めたように溜め息をついた。
そして、おもむろに自分の背中に手を回す。
「今から証拠を見せるわ」

チー。

クマのヌイグルミの後ろにあるチャックが開き、中から綾香が出てきた。
ただし、大きさは50cmぐらいで、しかも、ヌイグルミの姿だ。クマのヌイグルミの中から、綾香の
ヌイグルミが出てきたことになる。
手の先なんかはグーしかできないから、ジャンケンでは100戦100敗。中に入っているのはパンヤ
だから、お風呂に入ると水を吸って沈んでしまうのだ。
「うわぁお!?」
「あっ、綾香さんが景品のぬいぐるみになっちゃった・・・」
「夜店だったら、shotしてもいいのでショウカ?」
「僕はかわいいと思うけどな」
さすがの志保も驚いて後ずさりし、他のメンバーも青ざめる。
浩之だけは状況が把握できたのか、芹香に対して質問することができた。
「先輩。また、実験が失敗したのか?」
「・・・」
こくこくと二回うなずく。
「なに? 綾香をおしとやかにしようと思ったのに、なぜかヌイグルミになった? もう少しくわしく
説明してくれねえか?」
芹香は、綾香がヌイグルミになった理由を説明し始めた。


「なるほど・・・綾香の乱暴癖を直す薬を作って飲ませたんだ」
「・・・」
こくり、と芹香がうなずく。
「なのに、なぜかヌイグルミになっちまった、と。性格がおとなしくなる薬を飲ませて、なんで
体がヌイグルミになっちまうんだ? えっ? おとなしい綾香をイメージしたら、ヌイグルミ綾香に
なってしまった?」
「・・・」
自分でも原因がわからないのか、不安そうに浩之の顔を見る芹香。
「・・・妹を助けて下さい」
芹香は自分にできる精一杯の大きな声で、妹の窮状を訴える。
「心配すんなって。大体の原因はわかったから。おう、あかり達も手伝ってくれ」
先輩の頭をなでながら笑った浩之の顔は、芹香を安心させるものだった。


床に描かれた魔法陣。
怪しげなオブジェ。
ここはオカルト研究会の部室である。
部室の中にいるのは、藤田浩之と来栖川芹香の二人。そして、藤田浩之の友人である神岸あかり、佐藤
雅史、長岡志保、宮内レミィの四人。加えて、ヌイグルミとなってしまった来栖川綾香の友人である
坂下好恵と松原葵の二人。合計、八人である。(綾香はヌイグルミなので人数としては数えず)

「こっ、このヌイグルミが綾香なの?」
「綾香さん。変わり身の術を覚えたんですか?」
部活中に連れてこられた好恵と葵は、かなりパニックを起こしている。
「別に好きで変わり身しているんじゃないわよ」
綾香はというと、憮然として魔法陣の中央に座り込んでいた。ヌイグルミだから、どうしてもテディ
ベア座りになってしまうのが悲しいらしい。
「・・・ren・・patora・・・」
そのヌイグルミ綾香に対して、芹香は一心不乱に呪文を唱えている。

浩之はあかり達を前にして、説明を始めた。
「要するに、だ。先輩が綾香に飲ませたのは、「自分の存在を他人のイメージに合わせる魔法薬」って
わけだ。綾香に薬を飲ませた後で、先輩が「おとなしい綾香」ってイメージしたら、ヌイグルミになっち
まったみたいだな」
「なるほど。来栖川先輩のイメージする「おとなしいもの」って、ヌイグルミだったってわけね」
志保は早く理解することができたらしい。あかりや雅史達はまだ、首をひねっている。
「えっと・・・つまり、その薬を飲むと、自分の姿が他人が思っている姿に変わっちゃうってこと?」
「みたいだね。まだ、僕は信じられないけど」
「・・・魔法ですから」
芹香は呪文を唱えながら、平然と雅史の言葉に答えた。
「じゃあ、また綾香に薬を飲ませて、アタシ達で「おとなしい綾香」をimageすればいいノ?」
素朴なレミィの疑問。

「だめよ、そんなの!」

場違いな程の大きな声を出したのは、被害者本人である綾香ではなくて、彼女のライバルである好恵。
「綾香は綾香でしょう? 勝手に性格を作り替えるなんて、絶対に許せないわ」
「好恵・・・」
ライバルの意外な言葉に、綾香は感動した面持ちで好恵を見ていた。
「・・・」
逆に、芹香は好恵の言葉を聞いて、落ち込んだようだ。
「まあ、先輩も綾香の将来を心配して薬を作ったんだからさ。でも、坂下の言うとおりだよ。綾香は
綾香のまんまでいいんだ。元に戻してやろうぜ?」
浩之の言葉に、芹香を始めとする一同がうなずいた。

「よし。じゃあ、綾香をヌイグルミから戻す方法を説明するぞ」

1:綾香に薬を飲ませて、存在の確定を不安定にする。
2:二人以上の人間が、綾香の元の姿をイメージして言葉にする。
3:再び存在を確定された綾香は、元の姿に戻る。

「ねえ。どうして、二人以上じゃないといけないの?」
「一人だと、どうしても元の姿とズレるんだってさ。実際、先輩一人だとヌイグルミになっちまった
だろ? よし、坂下に葵ちゃん。綾香を元に戻してやってくれ」
志保の質問に手早く答えて、浩之は好恵と葵を指名した。 
「いつもの綾香をイメージすればいいんでしょう?」
「それなら、綾香さんを一番よく知っている私達にまかせてください」
自信満々の坂下と葵。
「・・・tera・・esta・・・」
二人を魔法陣の前に立たせると、芹香は再び呪文の詠唱を続ける。
ゴク、ゴク、ゴクッ・・・。
「薬、飲んだわよ」
ヌイグルミなので、口のまわりの布に飲んだ薬の色が付いているのが間抜けだが、声だけは真剣な綾香。
「よし。綾香のイメージを頼むぜ。坂下に葵ちゃん」
浩之の声を合図に、二人は綾香の姿をイメージし始めた、

「綾香のイメージっていったら、やっぱり強い女ね」
「そうですよねー。綾香さんは強いです。最近はウエイトトレーニングのおかげで、より筋力アップ
されましたし」
「そうよね。上腕の筋肉の発達はすごいわ。私も頑張らないと」
「はい。私は綾香さんみたいに体重がないから、ウエイトトレーニングをしても、あまり筋肉がつか
ないんです。羨ましいです」
「本当に。綾香って実は、私より体重が重いし・・・」
「・・・elge・・est!」
呪文の詠唱が終わった。


「「「・・・・・・」」」
魔法陣の中にいる「綾香」を見て、絶句している一同。
「よ〜し〜え〜! あ〜お〜い〜!」
頭上から響く、大地を振るわすような低い声。
魔法陣の中にいたのは、全身が鎧のような筋肉で覆われた綾香。腕はあかりの胴体ぐらいあって、
腹筋は六つに分かれている。胸は大胸筋で覆われているため、すでに女性としての兆候はなく、
顔なんか北斗の券の登場人物みたいだ。
風もないのに髪がなびいている姿は、「筋肉番長綾香」の名前にふさわしいだろう。

「元に戻ってよかったじゃない、綾香」
「本当によかったです! これで元の綾香さんですね」
ゴン!
ゴン!
「もう一回、やり直しっ!」
坂下と葵を瞬殺した綾香は、憤然として魔法陣の中に座り直した。


「さっ、さすがにアレはなぁ・・・先輩、まだ儀式は続けられる?」
横目で「筋肉番長綾香」を見ながら、浩之は芹香に聞いてみる。
「・・・」
こくんとうなずいて、肯定の意志を示す芹香。
「よし。次はレミィとあかりが行ってくれ」 
「OK! まかせてクダサイ」
「ええっ! 私が?」
対照的な反応を示しつつ、今度はレミィとあかりが魔法陣の前に立った。

「アヤカのイメージといったら、やっぱり豊かな胸デスネ」
「えっ? えっと、そうなのかな?」
「あの日本人離れしたスタイル。本当に格好良いデス」
「でも、綾香さんって外見だけの人じゃないよ」
「中身はともかく、スタイルはトップクラスだヨ」
「ううっ・・・やっぱり、男の人って胸が大きい女の子が好きなのかな」
「・・・elge・・est!」
呪文の詠唱が終わった。

「・・・やった。戻ったわ!」
「「「・・・・・・」」」
喜んでいる綾香とは対照的に、絶句している一同。
「綾香、その胸・・・?」
「えっ・・・あれ、どうなっているのよ、これ?」
自分の胸元を見下ろして、悲鳴を上げる綾香。
「片方がレミィくらいで、もう片方があかりちゃんくらいになっているよ。チョモランマと
ふもとの平原って感じだね・・・グハッ!」
余計なことを言った雅史が、あかりに殴られて地面に倒れる。
「ていうか、あかりのせいよね、これって?」
志保の冷静なツッコミで、あかりの額に汗が流れた。

「あっ、でも、その綾香さん? 片方の胸をもう片方の胸の位置まで寄せて布で巻けば、ちょうど
元の大きさに・・・」

ゴン!
神岸あかりの撃沈と共に、「バイリンガルおっぱい綾香」は却下されることになった。


「弱ったな・・・今度は雅史とマルチ、「ま」つながりで頼むぜ」
怒っている綾香をなだめながら、浩之は次の二人を指名した。
「僕で力になれるんなら」
「はい! 綾香さんのために頑張りますぅ!」
いい人ブラザーズの二人なら、きっと綾香を「前よりはマシ」にしてくれるだろう。
みんながそう信じていた。

「綾香さんって言ったら、そうだな。僕も強くて格好いいってイメージがあるけど」
「はい。私もそう思いますぅ。この前、佐藤さんからお借りしたロボットさんみたいに、綾香さん
じゃ強くて格好いいです」
「ああ。全部見たの、あのビデオ?」
「はい! 特に2号機さんが格好良かったです」
「そうだよね。あのドリルがいいよね」
「1号機さんの羽や、3号機さんのキャタピラもいいですけど、やっぱり時代はドリルですぅ。
私も今度、長瀬さんにお願いして着けてもらいたいですっ!」
「・・・elge・・est!」
呪文の詠唱が終わった。

魔法陣の中にいたのは・・・手にはドリル、背中には羽、足はキャタピラな綾香がいた。なぜ、
綾香とわかるかと言うと、顔だけは元のままだからだ。某MS少女みたいに。
「「「ゲッ、ゲッター綾香!?」」」

「・・・」

キュラキュラキュラ・・・。
無言で雅史とマルチに近づいていくゲッター綾香。
「すっ、少し落ち着こうよ、綾香さん」
「ぼっ、暴力反対! 人類皆兄弟! ゲッター線は平和利用のために使いましょう!」 

チュイーン!

「・・・次、いくわよ」
ゲッタードリルを食らった雅史とマルチを置いて、一同は儀式を続けることにした。


「志保とセリオでどうだ? 馬鹿と真面目でちょうどバランスが取れるかもしれないし」
「誰が馬鹿よぉ? あんたに言われたくないっつーの!」
「綾香様のことなら、私におまかせ下さい。御誕生から今までの経歴から好きな食べ物、好きなブランド、
果ては今日のパンツの色まで、私が知らないことはありませんから」
一抹の不安を残しつつ、「お笑い&真面目コンビ」は綾香を元に戻す準備を始めた。

「綾香っていったら、かわいい女ってイメージがあるんだけど」
「かわいいっていったら、最近は猫さんと友達になりました」
「ああ。猫もかわいいわよね。そう言えば、綾香って猫っぽくない? 口もネコ口だし」
「綾香様のかわいさは猫さんに匹敵します。あのベッドで丸くなった姿といったら、もう・・・」
「なによ、あんた。もしかして、女の子が好きなの? 本当にネコさん?」
「・・・elge・・est!」
呪文の詠唱が終わった。

「やった! 戻ったぞ!」
「よかったデス!」
部屋に響く、みんなの喜びの声。
元の姿に戻った綾香は、なぜか魔法陣から出ようともせずに、自分の手の平を見つめていた。
「にゃんか、手に肉球が出来ているみたいにゃんだけど・・・」

「「ニャン言葉!?」」

もちろん、頭にはネコ耳。頬には三本の髭付きだ。
「元の綾香様より、グッと魅力的になりましたよ。当社比300%アップです」
なぜか嬉しそうなセリオ。
「そう、そう。筋肉番長やゲッターよりはマシでしょ?」
これから起こることを予想してか、志保は綾香を説得しようとして必死になっている。
バリバリバリ!!

「やりにゃおし!」

「ニャン綾香」は、一部の人に惜しまれながら姿を消すことになった。


「・・・・・・」
芹香は薬瓶を指差して、困った顔をした。
「えっ? あと一回分しかにゃいの?」
まだ頬に三本髭を生やしたままの綾香は、絶望的な声を上げた。
「次で元に戻れる保証はないし、しばらくはネコで我慢した方がいいんじゃない?」
他人事だと思って、適当なことを言う志保。
「そうだね。変な姿になるよりは、新しい薬が出来るまで待った方がいいと思う」
あかりは志保の言葉に同意した。
「どうかな。新しい薬ってどれくらいで完成するの?」
雅史の質問に、芹香は指を一本だけ立てて答えた。
「一ヶ月? ソレは少し長いネ。駄目で元々でチャレンジした方がいいんじゃないノ?」
「いや、また変な姿になるよりは、ネコ娘のままで一ヶ月過ごした方がいいだろう。包帯か何か
巻けば、耳は誤魔化せるんじゃないか?」
レミィの意見に浩之が反論する。葵は何も言わずに、心配そうな顔で綾香を見ていた。

「・・・結局、綾香本人が決めることでしょう?」

もう一回チャレンジするか、ネコ娘の姿のまま一月過ごすか?
終わりそうにない論議に終止符を打ったのは、好恵だった。
「好恵・・・」
「挑戦するんでしょう、綾香?」
全てわかっている。
綾香と好恵はそういう表情で、お互いのまなざしをぶつけている。

「もちろん。私を元に戻してくれるのは好恵しかいにゃいわ」
「・・・・・・」
「もう一人は、浩之にお願いするわね。変なこと想像しないでよ?」
姉の質問にいつもの気軽な調子で答えると、綾香は魔法陣の中央に立ち、ためらうことなく最後の
魔法薬を飲み干した。
浩之と好恵は魔法陣の前に立ち、真剣な表情で綾香の姿をイメージする。

「綾香は・・・強くて、格好良くて、少し寂しがり屋のかわいい女の子だ」
浩之の言葉に静かにうなずき、好恵は自分の言葉を口にする。

「綾香は、男なんかに負けないものを持った、私の大切なライバルよ!」

ネコ娘だった綾香の肉体に変化が始まった。手にあった肉球は手の平の中へ、頭の上にあったネコ耳
は頭の中に収まる。髭も抜けて、綾香の麗貌が元の姿を取り戻す。
「・・・elge・・est!」
かくして、最後の呪文の詠唱が終わった。


「やったぁ! 今度こそ、元の姿に戻ったわよ!」
体中どこを見回しても、おかしなところはない。綾香は元に戻った喜びで、魔法陣の中をクルクルと
回った。だが・・・。

「Jesus・・・」
「うっ、うーん・・・浩之ちゃん、後はよろしく」
「・・・・・・」
口を手で押さえて、青くなった顔で綾香を見ているレミィ。
なぜか、あかりは気を失ってしまった。
「きゃあぁぁぁ! はっ、はやくしまいなさいってば! 猥褻物陳列罪よ、それっ!」
「綾香さん・・・急所が一カ所、増えてしまいましたね」
綾香を指差して大騒ぎしている志保と、よくわからないことを言っている葵。

「えっ? なんで、みんな騒いでいるの?」
「綾香様、下をご覧下さい」
戸惑っている綾香に、セリオは的確なアドバイスをした。

綾香のスカートを突き破らんばかりに、「なにか」がそびえ立っている。
その勇姿はテントやピラミッドに例えるよりは、むしろエッフエル塔に近い。
そんな綾香を見て、なぜか自分のズボンの中身を確認している浩之と雅史。
「どう、浩之? 僕は完敗だよ」
「俺もだ・・・確かに、綾香は男に負けない「もの」を手に入れちまったようだな」
綾香は自分の股間を凝視したまま、固まって動かない。
 
クイッ、クイッ・・・。

「・・・・・・」
「えっ? 妹を助けてくれだって? いや、さすがの俺も「ちぬ付き」はちょっと・・・」
プチッ!
「うわぁぁぁぁぁ!! 責任取りなさいよ、あんた達ぃ!」

「好恵さん、後はまかせました」
「一月経ったら、取りに来ますので」
「Fightだヨ! ヨシエ!」
「じゃあねん。志保ちゃんダーッシュ!」
「あはは。僕も帰らせてもらうね」
好き勝手なことを言って部屋から脱出していく面々。

「ちょ、ちょっと! 落ち着きなさいってば、綾香! 藤田。葵。あんたらも何とか・・・」
自分につかみかかってくる綾香を何とか裁きながら、好恵は二人に助けを求めた。
だが・・・。

「いえ、後は若い二人におまかせしますので」
「葵ちゃんは小さいから、そんな馬並相手だと壊れちゃうだろ。坂下、後はよろしくな」

ギギギ・・・。
「えっ!? 待って、まだ閉めないで! 私も逃げ・・・嫌あぁぁ!! くっつかないで、綾香!
なんか当たってる! 当たってるてばっ!」
「好恵っ! 責任とってよぉ!」
「どうやってぇぇぇぇぇ!!」
バタン!


無情にも扉が閉まったため、部屋の中で何が起こったかはわからない。
だが、我々はそれを知るべきではないのだろう。
世の中には、科学では解明できないことがままあるのだ。
人は無知だからこそ、幸せに生きていけるのかもしれない。

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おまけ

「綾香さん。藤田先輩から、綾香さんにピッタリのトレーニング法を教えてもらいました」
「えっ、一体なに?」
「はい。その名も「金冷法」・・・」

無知も時には、怪我の元になることも覚えておかなければならないだろう。

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感想、苦情、リクエストなどがございましたら、
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まで、お気軽にどうぞ。

ではでは。