宮内さんのおはなしR その十四の十 (反則版)   投稿者:AIAUS 投稿日:7月14日(金)01時22分
エピローグ

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:Total−Side

あいつがいなくなっても、やはり日常は戻ってきた。
父さんと母さんはすごく悲しんでいたけど、もうどうしようもない。
あいつは、どこにもいないんだ。
俺が馬鹿だった。
もしも、あいつを一人にしなかったら。
もっと、あいつを大事にしていたなら。
きっと、あいつは死なずに済んだんだ。
だから、あいつのことをまだ、俺は忘れられない。


放課後。
俺は校舎裏に呼び出されていた。
「あの、私・・・矢島先輩のことが好きです!」
あいつがいなくなってから、よく言われるようになった言葉。
あいつがいなくなる前には、夢に見るぐらいに言われたかった言葉。
でも、今は興味がない。

「ごめん。俺、もう無理なんだ」

納得がいかない様子で追いすがる後輩を無視して、俺は家路に着いた。


家に帰り着き、自分の部屋にもどる。
妙に広い部屋だ。
あいつが来る前は、「狭い、狭い」って騒いでいたような気がする。
今は寝るためだけの場所だ。
もう寝よう。
何も考えないで過ぎていく時間が、今の俺には愛おしい。


また日は昇る。
繰り返される日常は、まるで砂を噛むように味気ない。
教室で何も考えずに座っている俺に、宮内が声をかけた。
「あれから、もう三ヶ月も経つんだネ」
「そうだな。まだ三ヶ月しか経っていないんだ」
宮内は俺の顔を覗き込むようにして、心配そうな目を向けた。
「ヤジマ。笑わなくなったネ」
「特に笑うようなこともないからな」
「悲しむのは・・・あの子なんだヨ」

わかっている。
あいつが最後にかけてくれた言葉は、おそらく正しいのだろう。
でも、俺は忘れられない。
どうして、忘れることができるだろうか。


公園のベンチ。
俺が部活に疲れて座っていると、隣りに藤田が座ってきた。
「よお。元気出せよ、矢島」
「・・・無理だろ」
藤田は何も言わずに、俺の横に座っている。
「もしも、俺がおまえの立場だったら、やっぱり落ち込んでいると
思う。でも、そのまま一生過ごすわけにもいかねえだろ?」
「・・・おまえだったら、いつ立ち直れる?」
藤田が何も答えないので、俺はベンチから立った。
「矢島・・・」
「心配かけてワリぃ。でも、もう駄目なんだよ」
そう。
もう駄目だろう。


河原に座ってみる。
吹き抜ける風が気持ちいい。
夏祭りの時は、あの川の中に飛び込んだっけ。
・・・あの時、あいつは楽しそうだったな。

フワリ。

突然、俺の横で穏やかな香が舞った。

「私も座っていい?」

風になびいているのは、ゆるやかに流れるウェーブのロングヘアー。

「玲奈さん?」

何か答える前に、玲奈さんは体を預けるようにして、俺の横に腰を下ろした。

しばらく、何も話さない時間が続く。
不意に、玲奈さんが口を開いた。
「まだ私のこと、名前で呼んでくれるんだね・・・」
「どうして? 玲奈さんは玲奈さんでしょう」
俺の言葉に、玲奈さんは少しためらってから、つぶやくように言った。
「だって、私は矢島君にひどいことを言ったのよ?」
「ひどいことをしていたのは俺でしょう。玲奈さんは悪くない」
そう。玲奈さんは悪くない。
悪いのは、俺だけだった。

「・・・正直、マルチちゃんに嫉妬していたのかもしれない。私の家にもいた
のよ。矢島君の家にいたのと同じ、人の心を持ったHM−12Gが」

HM−12G。
マルチの姉妹が玲奈さんの家にいたのか。
玲奈さんの言葉は続く。
「「姉さん、姉さん」と甘えていてくれた弟は家のマルチちゃんに取られて、
大好きな人もやっぱり別のマルチちゃんに取られて・・・私、憎んでいたのかも
しれない」
「・・・自分を責めなくてもいいですよ」
「それは矢島君も、だよ」
玲奈さんの言葉が胸に響く。

もしかしたら、この人と一緒なら、俺はやり直せるのかもしれない。

でも、やはり俺はあいつを忘れられない。
俺があいつのことを忘れたら、あいつは生まれてきた意味を失うんじゃないか?
そう考えると、目頭が熱くなってきた。

「ヤジマスキー。男が泣いていいのは、財布を落とした時とギャルゲーが発売日に
買えなかった時だけじゃよー」

「えっ!?」
聞き慣れた声。聞きたかった声が耳に響く。
俺はすぐさま後ろを振り返った。
そこにいたのは、変な覆面をかぶっているけど、間違いなく、あいつ。

「マルチっ!」

俺は自分でも信じられないくらい自然に、あいつに駆け寄ってその体を
抱きしめていた。
「ぎにゃー! わしはマルチじゃなくて、謎の覆面女、「ミスターX」なんじゃよー!」
ああ、確かに覆面に「X」って書いてあるな。でも、女で「ミスターX」はないだろ。
「馬鹿野郎。こんな覆面、はやく取っちまえよ」

バサッ!

覆面を剥ぐと、そこには会いたかった顔があった。
耳に付いた白いアンテナ。変な年寄り口調。間違いなく、俺のマルチだ。
「よかった・・・無事なら早く言えよ。どんなに辛かったか」
「矢島・・・」
俺はマルチを抱きかかえると、三ヶ月振りに笑って言った。
「さあ、家に帰ろう。父さんや母さんも喜ぶ。泣き出すんじゃねえかな?」
嬉しそうに言う俺に、マルチは言いにくそうな感じで答えた。
「駄目じゃよ。わしがいると、矢島が玲奈と仲良くできんのじゃよ」

「どうして?」

俺とマルチの再会を見てハンカチで涙を拭って喜んでいてくれた玲奈さんが、
涙を浮かべた顔を優しい微笑みに変えて、マルチに聞いた。
マルチは答えにくそうに指遊びを繰り返した後、もごもごとはっきりしない口調で言う。

「・・・じゃって、玲奈と矢島が仲良くなったら、わしは馬鹿やって邪魔するじゃろうし、
わしと矢島が仲良くなったら、玲奈は面白くないじゃろうし・・・」

「俺はおまえと馬鹿やっていたいぞ。いつもみたいに」
「私もマルチちゃんと一緒に、馬鹿やってみたいな」
俺の腕の中にいたマルチが、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに体を小さくする。
「ははは。照れてるよ、こいつ」
「かわいいわ」
そして、マルチを抱きかかえたままの俺の手を、玲奈さんの小さな手がそっと握った。

「矢島君。私達、きっと上手くやっていけるわよね」
「俺は自信がありますよ」
「ぎにゃー! あんたら、人の頭越しでチューは止めなされ、チューは!」

マルチの騒がしい声も、今は風が草を鳴らす心地のよい音のように聞こえた。



その様子を遠くから見ている、中年の男性が二人。
「Gシリーズは全て、元のオーナーの所へ帰還っと。これでいいんだね、釣谷君?」
「はい。それが一番、彼女達にとって幸せだと思いますから」
「しかし、うまくやったもんだねえ。「掃除」とか「炊事」とかの作業プログラムだけ消去
させて、全て消去したように見せかけたんだろ?」
「僕も山路のことを信用していませんでしたから」
「あらかじめ対策は練っておいたってことか。やるもんだね」
「「感情」や「体験」さえ残しておけば、個体の人格を再生することは可能でした。
この結果、長瀬さんが生かして下さい」
釣谷の言葉に、長瀬の顔が引き締まった。

「やはり、君一人で責任を取るつもりかい?」
「もちろんです」
言いにくそうな長瀬の言葉に、釣谷は平然と答えた。

「僕の犯した間違いの修正に、彼女達を付き合わせるわけにはいきませんから」
「僕は間違いとは思っていない。もしかしたら、僕も同じことをしていたかもしれないさ」
「長瀬さんは同じことはしませんよ。僕より老獪ですから」
「言うねぇ・・・山路の部下に化けていた「糸」さんが君を連れて来た時には、青白くなって
いたのに」
「刑務所暮らしは体力が必要ですからね。鍛えているんですよ」
自然に出てくる言葉に、長瀬は辛そうに顔をしかめた。
「叙情酌量の余地があるって、あのアンパンみたいな顔した刑事さんも言っていた。もしよかったら、
僕が裁判の費用を出したっていい」
「御厚意だけ受け取っておきます。僕には反省の時間が必要なんですよ」
「確かに、三人の命が失われたし、テロリストの資金獲得の協力をすることになってしまったのは
事実だ。でも、全てが君の責任というわけではないだろう?」
「僕の部下達のことですか? ああ、あいつらは格安でお譲りします。長瀬さんのところで使って
やってください」
「そりゃあ、メイドロボの技術者は不足しているけどね。僕は君ともう一度、仕事がしてみたいんだ」
「失われたのは、三人の命と一人の魂。罰せられるのが山路だけっていうのは不公平でしょう?」
釣谷の説得をあきらめた長瀬は、草原でじゃれ合って笑い転げている矢島達三人を見て、いつもの
ように微笑んだ。

「新しい社会か・・・早く来るといいねえ」
「僕らで実現できますよ、きっと」
「うん。楽しみに待っている」

そして、長瀬と釣谷は別れた。一人は研究所に、もう一人は警察署に。
行く場所は違えど、志は同じである。
道はきっと、再び混じり合うだろう。


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おまけ

「ミート固焼きパン?」
「ぎにゃにゃ? お姉様から教えてもらった通りに作ったのに? なんで、ミートスパゲッティ
が民族料理風の謎の物体になるんじゃろうか?」
「玲奈さんにこんなもの食わせられないよ。もう一回、作り直し」
「おいっす。今度は標準データでやってみるんじゃよ。喫茶店なのになぜかレトルトカレーという
感じの味になっちまいますが、我慢してくれくれー」
「矢島君。私が作ろうか?」


ブウルオォォォン!
白いキャデラックが唸りを上げて、花山家の屋敷から出ていく。
「たっ、大将! あたい病み上がりなんだから、もうちょっと優しくお願いしますよ!?」
後部座席で地震のように揺られながら、花山カヲルのマルチ、HM−12G−7マルチネスが
悲鳴を上げる。
「・・・うるせえ。早くズラかるんだ」
驚いたことに、日本最強の喧嘩師の花山カヲルが冷や汗をかいている。
「でも、玲奈さんが昼御飯を作ってくれるんじゃ・・・矢島さんのヤジマルチが料理を
失敗したから、代わりに作るって」
「・・・姉貴の作った弁当な。学校では毒弁当って呼ばれていたんだ」
「へっ?」
「・・・俺がここまでデカくなった理由、聞きたいか?」
マルチネスは得体の知れない恐怖を感じて、ブルブルと首を横に振った。
「大丈夫ですかね、矢島さん?」
「・・・姉貴の連れてきた男だ。死にはしねえさ。それに、カタキのヤサに一人で殴り込みを
かける度胸が気に入った。きっと姉貴と似合いの夫婦になるぜ」
「玲奈さんの見立てですからね。間違いはないでしょう」
花山カヲル15歳。
白いキャデラックを運転しながら、姉・玲奈の幸せを祈る、ハートフルなヤクザであった。


「・・・こっ、これは!?」
「なんか紫色なんじゃが・・・あっ、色が変わった!?」
「さあ、食べてね」
この時ばかりは、優しい玲奈の笑顔が悪魔のそれに見えたと、後に矢島は語ったという。


                              (Total−Side End)     
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続き物、これにて終了です。
かなりの実験作として、今回の「ヤジマルチ」を書きました。
試したいことを全て試したので、次回からは通常の「宮内話」に戻ります。
もしも、「ヤジマルチ」がまた読みたいという方がいらっしゃいましたら、
いつでもリクエストにてお応えしますので、メールしてみて下さい。

感想、苦情、リクエストなどがございましたら、
aiaus@urban.ne.jp
まで、お気軽にどうぞ。

ではでは。