宮内さんのおはなしR その十四の七 (反則版)   投稿者:AIAUS 投稿日:7月10日(月)23時03分
前回までのあらすじ

:女の子にモテたい矢島君。いつもHM−12マルチにそそのかされて、とんで
もない目に会ってしまいます。エクストリームの女王にフクロにされたり、警察に捕まったり、
顔面チクタクバンバンのヤクザさんにファーストキスを奪われたりと、ろくなこと
がありません。
ところで、矢島君の住んでいる街に事件が起きました。
それはメイドロボの関係者にとって、とてもショッキングなものでした。

(今回は、Cool−Sideを先にお送りします)

                                            (本編へ)          
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:Cool−Side もしくは、冷たい論理

「馬鹿な。HM−12が人を殺したって?」

長瀬は刑事の説明に驚いて、思わず叫んでしまった。
「しかしですね。状況から見ると、部屋にいたメイドロボが犯行を行ったとしか
思えないのですよ」
丸顔の刑事はクーラーがかかっている部屋にも関わらず、忙しそうに汗を拭き
ながら説明を繰り返した。
刑事が見せた写真には、凄惨な殺人現場の写真が写っている。殺されたのは若い
男性三人で、全員、体をメッタ刺しにされている。
いつも涼しい顔をしている長瀬も、さすがに顔をしかめた。
「・・・あまり、気持ちのいいものではありませんね。素人の僕にこんな写真を
見せてもいいのですか?」
不快さを露わにした長瀬の言葉にも、刑事はひるむ様子を見せない。
「なんらかの手がかりになるのではないか、との思いで、失礼を承知で現場写真を
公開しているんです。何かお気づきになりませんかね?」
敬語を使ってはいても有無を言わせない刑事の様子に、長瀬は鼻白んだ。
「そう言われましてもねえ・・・それで、部屋にいたHM−12はどこにいるんです?」
「犯行が行われた直後、その雑居ビルの屋上から飛び降りて壊れています」
「・・・HM−12が三人を殺した後、自殺したとおっしゃる?」
「有り体に言えば」
長瀬は確かに、HMX−12プロトタイプ・マルチの開発に携わった。しかし、その
量産型であるHM−12マルチにはノータッチである。HM−12には長瀬の開発した
「感情回路」が搭載されていない。つまり、長瀬の作りたかった「人間のパートナー
としてのメイドロボ」ではなく、「純粋なロボット」としてHM−12は作られたのだ。
そういうわけで長瀬は、正直に言って迷惑に感じていた。
「僕にではなく、HM−12の開発チームに聞いた方がいいのでは? 何者かによって
ハッキングを受けた可能性の方が高いですよ」
プログラムの不正改造を示唆した長瀬の言葉に、刑事はこう答えた。

「捜査の手はもちろん、HM−12を開発したチームにも回っています。何者かが
HM−12のプログラムに侵入して、「人を殺した後に自壊せよ」という仕事を実行
させたのではないか、とね。しかしね、長瀬さん。私はもっと別な見方をしているんですよ」

人の良さそうな丸顔の刑事の目が怜悧に光る。
「HM−12の中にあるのはプログラムで、「意志」ではない。もしも、HM−12によって
人が死んだとしても、それは「事故」であって、「事件」ではない。長瀬さんはそう
思っていますね?」
刑事の言葉に、長瀬は静かにうなずいた。
「しかし、あなたの開発した「感情回路」を搭載した機械は、人間の意志を模倣できる。
そうですね?」
「・・・模倣ではありませんが、プログラムではないことも確かです」
やや気分を害した様子で、長瀬は刑事の言葉に答えた。
それを聞いて、刑事は再び殺人現場の写真を示す。

「人間の死体っていうのは面白いものでしてね。喋るんですよ。どうやって、自分達が
殺されたのか・・・この死体は全て、「逆手で持った包丁」で刺し殺されています。
メイドロボは、包丁を逆手で持つようにプログラムされますかね?」

逆手。
それは、普通はしない包丁の持ち方である。
実際、裁判においても順手で刺した事件と逆手で刺した事件では、後者の方が殺意が
大きいと判断されることが多い。
もしも刑事の話が本当ならば、部屋にいたHM−12は普通のメイドロボではない
ことになる。
長瀬が黙っているので、刑事はさらに言葉を続けた。
「この部屋にいたメイドロボが刺したという事は、既に鑑識で証明されているんです。
飛び降り自殺の現場にも、三人の血がついた包丁がありましたからね。で、私は
「彼女」が誰かに命令されて三人を殺したのではなく、自分の意志で殺したのでは
ないか? と思ったのです」
「・・・動機はあるんですか?」
その言葉に力はない。

「自壊したHM−12の体には多数の打撲や火傷、擦過傷、切り傷があり、体内から
は三人の精液が採取されました。しかも、三人は「彼女」の正式なマスターでは
なかったようです」

ダンッ!!
長瀬の拳が、机を激しく叩いた。
その顔は温厚な技術者ではなく、激怒する父親のそれである。
刑事はそれを見てもひるむことなく、冷静に言葉を続けた。
「御気分を害されたようですが、続けさせてもらいます。私はね、こう考えているんですよ。
何者かが、あなたのように「人間の感情を再現する回路」というものを作ったのではないか?
そして、それは不完全な装置で、人を傷つける可能性があるのではないか? とね」
「私が何か知っていると?」
まだ怒りで顔が紅潮している長瀬は、刑事の言葉に苛立たしそうに答えた。

「いえ。長瀬さんはシロでしょう。しかし、あなただけが「感情回路」の開発に携わったわけ
ではない。そうですね?」
「・・・確かに、心当たりはあります」
「捜査に協力していただけますね?」
不承不承、長瀬はその言葉にうなずいたのだった。



「大変です! ロストしていたG−20が、殺人事件を起こしました!」
駆け込んできた職員の言葉に、研究室の人間全員が驚愕して立ち上がった。

「馬鹿な!? [GHOST]には攻撃性を抑制するプログラムが入っているはずだ」
「いや、[GHOST]は成長するからな。誘拐された先で、深刻な障害が発生した
のかも知れない」
「[GHOST]計画はどうなる? ここで世間に公開されたら、今までの苦労が
水の泡だ」
「それよりも俺達の安全だよ。研究所はどうなるんだ?」

口々に叫ぶ連中の姿が、釣谷にはまるでマネキン人形の群のように見えた。
「なんで・・・こんなことになったんだ?」
彼に向かって微笑むHM−12G−20の姿が、釣谷の脳裏に浮かぶ。


[GHOST]計画。
それは人間の感情や思考、判断をコンピューターによって再現することを
目標とした計画である。
すでに社会には人間型のロボットが普及しており、特に人間に代わって
家事や介護を行うロボット、メイドロボの数は爆発的に増えている。
これまでのような「Aという課題に対してBという解答を行う」という
データ判断型のロボットではなく、「Aという課題に対して、自分で判断
してCという解答を行う」自律判断型のロボットが市場に求められるように
なってきているのだ。
感情回路の研究は、メイドロボを扱う各社で積極的に行われているが、
それはあくまで人間にとって心地よい反応を導き出すためのプログラムで
あって、本当の意味で「魂」と言えるものを作った技術者はいない。
唯一の成功例と言えるのが、来栖川の技術者である長瀬源五郎が率いる
チームが開発した感情回路であるが、これはコストの問題から商品化が
見送られてしまった。
釣谷は来栖川で長瀬の直属の部下として研究を手伝い、特に感情回路の
基礎理論の設計については貢献した人物である。
トップがHMX−12によって萌芽を見た感情回路の研究の取りやめを
決定した時、彼は来栖川に激しく失望した。

「どうして、新しい社会の在り方を否定するような真似をするのか?」

上司であり師匠でもある長瀬と論議を重ねたが、納得できる答えを
得ることはできなかった。
その後、釣谷は来栖川を辞職し、独自の人脈から感情回路の開発を進めた。
自分と同じように研究中止に不満を持った者、感情回路の将来性に興味を
持った者・・・一番の悩みは資金面だったが、それは山路が捜してきた
スポンサーがバックアップしてくれたおかげで、なんとか解決することができた。

[GHOST]は釣谷が開発した、本格的な感情回路である。
素体である[GHOST]は基本的な受け答えのプログラムを組み入れた後、
人間と生活を共にすることによって、その機能を発展させていくことができる。
つまり、人間と同じように成長することが可能なのだ。
釣谷達は[GHOST]を20体のHM−12に搭載し、ランダムに各家庭にばらまいた。
それはHMX−12の成長に、ある一人の少年が非常な重要な役割を果たした
という事実があったからである。
もしも、自分が世に放ったG−ナンバーズにも同じ出会いがあれば、
[GHOST]はより完成に近づくだろう。
この実験が企画された時、企業に努める技術者としては失格なのだろうが、
嬉しくなって長瀬に[GHOST]計画のことを話してしまった。

「彼女達こそ、新しい社会に必要な存在になるはずですよ」

勢い込む釣谷の言葉に、長瀬はいつものように微笑みを返しただけだったが、
その時の釣谷は喜びに満たされていて、その微笑みの裏にあるものがわからなかった。
未来に貢献できる。
その喜びは余りにも大きかったから。



未来。
そう。彼女達に未来を与えるために、自分は実験に参加したはずだった。

だが、結果は最悪の形で出てしまった。
人間三人の殺害。そして、自殺。
茫然自失している釣谷の肩に、山路の手が乗る。

「なあに。やりなおせばいいのさ。死んだのは、女をさらってマワしてしまう
ようなクズ三人だろう? この事件さえ隠し通せれば、[GHOST]計画は
続行できるさ」

場違いなくらいに明るい声に、研究所の喧噪が止まった。
山路はニヤリと笑って、大袈裟なポーズで宣言した。

「今、世間に放っている[GHOST]シリーズを全て回収する。警察が動き
出す前に終わらせてしまうぞ」

その言葉にうなずく一同。
釣谷は山路の手の重みを肩に感じながら、何も答えることができなかった。


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:Fan−Side もしくは、狂おしき誤ち

エアコンが壊れた。
ただでさえ暑いのに、横で堀江由衣さんの声で騒いでいる奴がいるので、
余計に暑苦しい。
「今日は暑いにゃー。車のボンネットの上で、目玉焼きが焼けそうですよ。
裸足でボンネットの上に乗って、ファイアータップダンスという感じですか?
その上でレスリングをしたら、ファイアープロレスリング?」
団扇をパタパタさせて暑がっているマルチに、俺はつっこみを入れた。
「誰がやるんだよ、そんなこと」
「秘境の蛮族とかがやっていたりせんじゃろうか。成人の儀式の日に焼けた鉄板
の上で殴り合うとか。負けた方は鉄板の上で土下座じゃよー・・・ぎにゃー!」
自分で言った言葉に怖くなったのか、マルチは顔を押さえて怖がる。
「このまま、わしとヤジマスキーはこんがり焼かれてしまうのじゃよー。ああ、
建国の志を半ばにして、我ここで火刑に処せられる・・・ミディアムでよろしいですか?」
俺はステーキじゃねえっつーのに・・・まあ、この部屋にいたら、そのうち
焼き肉になっちまうかもな。
仕方がない。ちょっと出かけてみるか・・・。

「おい、マルチ。買い物に行くぞ」
「おおっ! ついに我が王国もミサイル防衛計画が発動するのじゃよ。そう
じゃなー・・・アンチミサイルミサイルは直撃型がおすすめですよ?」
「ミサイルじゃなくて、CDを買いに行くんだ。ほら、さっさと着替えろ」
「ぎにゃー! 脱がしちゃ嫌ぁー!」
変に暴れるマルチを着替えさせると、俺達はCDを買いに街へ出かけた。

「ヤジマスキー。あの変に顔が黒い人達は、外国力士じゃろうか? いや、
ガイア、マッシュ、オルテガといったところですか?」
セーラー服というよりは、ドムみたいな格好の太ったガングロ三人娘。
それを指差して叫ぶマルチを、俺は慌てて黙らせた。
・・・よし、気づかれなかったみたいだな。
「痛いにゃー・・・国王をグーで殴るのは内乱罪じゃよ、ヤジマスキー?」
「馬鹿野郎。失礼なことばっかり言うからだ」
「失礼じゃなくて事実じゃよ。あれで背中にヒートサーベル、腰にジャイアント
バズを搭載したら、アムロだって大苦戦じゃよ? マチルダさーん!!」
「だから、人前で言うなって・・・あれ?」
CDショップに入った俺は、白いブラウスを着た玲奈さんを見つけた。

ウェーブのかかったロングヘアー。
白いブラウスを着た玲奈さんは、まるで深窓のお嬢様のように見える。
で、CDショップのどこにいたかというと、何故か演歌コーナー。
「カラオケでコブシをきかせたりするんじゃろうか?」
それは嫌だなあ、と思いながら、俺は玲奈さんに声をかけた。

「こんにちは、玲奈さん」
「あっ、矢島君・・・こんにちは」

今日の玲奈さんは、なんだか元気がないみたいだ。
「フラレナオンになったかにゃー?」
俺はマルチにヘッドロックをかけて黙らせると、玲奈さんに質問してみた。
「演歌とか、よく聞くんですか?」
玲奈さんは、やっぱり元気がない様子で軽く首を横に振った。
「私はあまり聞かないの。弟が好きだから」
「なるほど。弟さんが演歌好きなんですね」
「そう。好きなの」
・・・会話が続かない。
いつもの玲奈さんだったら、色々と話をふってきてくれるし、俺の話
にも合わせてくれるんだけど、今日は機嫌が悪いみたいだ。
こうなったら思い切って・・・。
「あー、えっと。玲奈さん、あのですね」
「何? 矢島君」
「えー、ですから、いわゆるひとつのですね」
「ミスタージャイアンツかにゃー?」
マルチの脳天にチョップをかました俺は、咳払いを一つしてから玲奈さんに言った。

「お茶でも飲みに行きませんか?」

目を丸くして、俺の顔を見る玲奈さん。真っ先に吹き出すマルチ。
「ププゥー。二十年前の誘い方じゃよー。古典派ラブコミニストですか?」
俺はマルチに制裁を加えようとしたが、玲奈さんは俺の手を引いて、それを止めた。
そして、にっこりと笑って、こう言ってくれたんだ。

「いいよ。行こうか」

おおっ、お誘いに成功してしまった!
「奇跡じゃ・・・ヤジマスキーがナオンにもてるとは。予言書に書かれていたとおり、
今年で人類は終わってしまうのか。シェルターに避難するのじゃよー」
また変なことを言って、マルチは俺達から離れていく。
・・・あれ? 店から出ちまうつもりか?
「おっ、おい。一緒に行こうぜ?」
俺はマルチを引き留めようとした手を伸ばしたが、玲奈さんがそれを止めた。
「あの子なりに気を使ってくれたのよ。ほら、早く行こう?」
玲奈さんに促されて、俺は近くの喫茶店に場所を移すことにした。

玲奈さんが頼んだのは、冷たいミックスジュース。俺はブラックコーヒーを頼んだ。
空いているせいか、すぐに注文したものはやってくる。
・・・こうして顔を向かい合わせて座っていると、なんかドキドキしてくるな。
でも、高まった俺の胸に浴びせられた玲奈さんの言葉は予想外のものだった。

「矢島君は、こういうの慣れているんだよね」

えっ?
「俺、あまりそういう経験はないですけど」
あまり、というか、全くないと言ってもいいだろう。悲しいことに。
「私は矢島君が初めてだよ。一緒に喫茶店に入るの」
「なんか嬉しいなぁ、それって」
玲奈さんはミックスジュースで喉を潤してから、ぽつりと言う。
「他の子にも、そういうセリフを言うの?」
「いっ、言わないっすよ、とんでもない」
というか、言いたくても言えない。いつもフラれるか逃げられるかの
どちらかしかなかったから。
まともに話せる女の人って、玲奈さんと母さんぐらいしかいなかった。
そう、玲奈さんは俺と普通に接してくれた、唯一の女の子だ。

「矢島君と初めて会ったのは、中学の生徒会だったよね」

いきなり、玲奈さんが昔のことを話し始めた。
「えっと・・・俺が体育委員で、玲奈さんが生徒会の書記でしたっけ?」
「私はよく覚えているよ。矢島君が1−Cの体育委員。私は生徒会の書記。
重い資料を運ぶのを、いつも手伝ってくれたよね」
そう。俺と玲奈さんが知り合ったのは、中学校の時。
あの頃の玲奈さんは今よりも華奢な体で、触ったら折れてしまいそうな、
そういう印象を受ける人だった。
「・・・そう言えば、あの頃は眼鏡をかけていましたよね? なんか、
こういう感じの丸いやつ」
俺は人差し指と親指で丸を作って言ってみた。
「うん・・・今はコンタクトにしているけど、あの頃はみんなの視線が
怖かったから」
「わりと人見知りしてましたね。俺が「手伝いましょうか?」って声を
かけたら、慌てて逃げ出した」
「それから、すぐに転んじゃったんだよね・・・」

これはよく覚えている。
初めて会った時の玲奈さんは暗い影を背負った女の子で、放っておけない
タイプだった。今ではすっかり変わってしまっているが、あの頃の玲奈
さんは側にいないと、そのままどこかに消えてしまいそうな、そういう
女の子だった。
・・・思えば、付き合うとか好きだとかいう関係ではなかったけれど、
俺が唯一、真剣な気持ちで接した女性だったかもしれない。

「で、こういう事件もありましたよね?」
「ええ。あの時も矢島君が側にいてくれて、嬉しかった」

俺と玲奈さんはしばらく、中学校の思い出を話し続けた。
懐かしい話ばかりだったけれど、玲奈さんは笑ってくれない。
何か、思いつめているようだった。
うーん・・・いつもの玲奈さんとは様子が違うな。

「ねえ、矢島君。私は矢島君のことが好きだよ」

ゴホッ!
何気なく言われた告白に、俺はびっくりして咳きこんでしまった。
はあ?
玲奈さんみたいに素敵な女性が、俺のことが好きだって?
確かに俺は玲奈さんに憧れていたし、何度も告白しようとした(ちなみに
八回で、全て失敗)し、玲奈さんに好きだって言われる都合のいい夢を
何度も見たことがあるけど・・・。
実際に「好きだ」と言われると、頭が混乱して何も答えられなくなってしまう。
びっくりして何も答えられなくなった俺に、玲奈さんは寂しそうに告げた。

「でも、矢島君は私のこと、好きじゃないよね」

それは違う。俺は玲奈さんのことが好きだ。
「・・・ちょ、ちょっと待って下さい!」
玲奈さんは慌てる俺を手で制して、静かな声で言った。

「私は矢島君じゃないと駄目なの。でも、矢島君は私でなくてもいい。
そうだよね?」
「そっ、そんなことないです! 俺は玲奈さんのことが・・・」
「だったら、どうして他の女の子に声をかけるの?」

玲奈さんの言葉が、俺の胸に冷たく突き刺さる。
だってそれは、玲奈さんが俺のことなんか本気で相手にしてくれるなんて
思わなかったから・・・。

「私、知っているの。矢島君が誰に声をかけたか? 街で何をしている
のか? ・・・ごめんなさい、もっと優しく話すつもりだったけど。
お金は私が払っておくね・・・さようなら、矢島君」

・・・待ってくれ、玲奈さん!
他の男なら、こんな時にどうするのだろうか?
彼女を引きとめる言葉が思いつくのだろうか?

カラン、カラン・・・。
 
俺は何も言えずに、玲奈さんの背中を見送ることしかできなかった。


「ヤジマスキー。どうじゃった? ナオンはゲットできたかにゃー?」
脳天気なマルチの言葉が、やけに苛立たしかった。
「やっぱりふられましたか。くじけなくていいんじゃよ。まだ、いくらも
策はありますからのう」
そうか、こいつが俺をそそのかしたから・・・。
違う! マルチのせいじゃない。
でも、このまま話していたら、絶対にこいつを傷つけちまいそうだ。
俺は側に近寄ろうとするマルチを手で押しやると、暗い感情を押し殺した
声で言った。

「わりぃ。今、おまえと話したくねえ」

「えっ・・・矢島?」 
「話したくねえんだ。すまないが、先に家に帰ってくれないか?」
「どうしたんじゃ?」
「早く行けったら!!」
「うっ・・・」

多分、マルチは傷ついたのだろう。あいつが俺を「矢島」と呼ぶのは、
真剣な時だけだから。
でも、その時の俺には、逃げるように去っていくマルチを気遣ってやる
余裕はなかったんだ。


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 :Preview−Side

「ねえ、ヒロユキ。あの子、ヤジマの家のマルチじゃない?」
「ああ・・・あれ、なんだ? あのおっさん達? マルチを囲んでいる
みたいだけど」
「ヒロユキ。心配だから、何をしているのか聞いてみようヨ」

ブロロロ・・・。

「Kidnap!」
                                                            
                                                                        (つづく)
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ではでは。