宮内さんのおはなしR その十四の五 (反則版)   投稿者:AIAUS 投稿日:7月3日(月)22時46分
前回までのあらすじ

:矢島君のお母さんがメイドロボ関連企業のトラックに轢かれかけました。そして、
企業からお詫びの品として、矢島君の家にメイドロボがやってきました。名前はHM−12、マルチ。
彼女はとっても働き者なので、お父さんとお母さんは大喜びです。
しかし、HM−12マルチには、人には言えない秘密がありました。
なんと、彼女はムーンレイスを装う、ナオン(女性)だけの王国の建国を目指している
王様だったのです!(秘密自称)
モテない矢島君は、今日もマルチに頼って、女の子にモテようと頑張りますが・・・?

                                            (本編へ)          
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:Fan Side or  Utiwa

この前から、マルチの様子がおかしい。
掃除や食事の準備といった、あいつ本来の仕事はきちんとやっているのだが、自分で
ライフワークだと言っていた、「ナオン(女性)だけの王国の建国」は全然やる気なしで、
家の外から出ようともしない。
「今は戒厳令が発布されているんじゃよー。平和維持のためにも、今は待ちプレイに
徹するべきにゃー。相手が飛び込んできたら、サマーで撃墜。失敗して縦ジャンプ小キック」
・・・言っていることは相変わらず理解できないんだが、外出するのを異常に怖がっている
ようだ。

「なんか、あったのか? この前から変だぞ、マルチ」
「外に出たら、キツネさんに捕まってしまうのじゃよ。そして、そのまま地下室へ連れて
行かれて首輪をされて、末永くかわいがられてしまう・・・御従属、おめでとうございます」
さっぱり、わからん。
「防御壁(パンツ)を三重にするべきじゃろうか・・・ヘブンズドアーも絆創膏でシール
(封印)しておくべきかもしれん。いや、セリオお姉様にはそのような小手先は通じぬ。
防御壁や封印を貫通してくる可能性大。やはり、鎖国が一番の国策なのですじゃ、ヤジマスキー」
まあ、こいつとナンパに出かけてもヒドい目に会うだけだから、別にいいんだけど・・・。
んっ?
・・・ちょっと待てよ。

「おい、マルチ。おまえって女が苦手なの?」

話をまとめてみると、うちのマルチは「セリオお姉様」ってのが苦手みたいなんだが、
なんで女が苦手な奴が、「ナオン(女)だけの王国の建国」なんてものを目指すんだ?
女好きだから、「ナオン(女)だけの王国の建国」なんて思いつくんじゃないのか?
俺が聞いてみると、マルチは首をプルプルと横に振った。

「セリオお姉様は苦手。じゃって、変なところばっかり触るんじゃよー。つぷっ、とか、
くちっ、とか音がしたのですよ。サターン版の「きゃんバニ」のごとく、音だけ十八禁」
「でも、おまえは男よりも女の方が好きなんじゃないのか?」
「別に好きじゃないのじゃー。男女平等。女装万歳」

「だったら、なんで「ナオン(女)だけの王国」なんてものを作ろうとしているんだ?」

そう、それがよくわからない。
なんで、女にこだわるんだろうか?
俺がそう質問すると、マルチは答えにくそうにして下を向いた後、口をモゴモゴと
動かし始めた。

「・・・だって、矢島が・・・」

んっ? 俺がどうしたって?
マルチが俺の質問に答える前に、一階から俺を呼ぶ声がした。
「なに、母さん?」
狭い家なので、そんなに大きな声を出さなくても聞こえる。
でも、母さんは大きな声で、俺とマルチを呼んだ。

「マルチちゃんを連れておいでー。あんたも来るんだよ」

ああ、そうか。今日だったよな。
俺は嫌がるマルチの手を引っ張ると、母さんの待つ一階へと降りていった。


母さんが準備していたのは、祭りで着ていく浴衣。
そう。今日は町内の祭りが開催される日なので、マルチのために母さんが準備をして
おいたのだ。
「・・・あっ、ありがとうございます、お母さん」
びっくりしたせいなのか、いつもの機械っぽい演技が消えてしまっているマルチ。
でも、母さんはそれに気づく様子もなく、新しい浴衣を着て喜んでいるマルチを見て嬉しそうに
笑っている・・・さて、そろそろ時間だ。
「じゃあ、母さん。マルチを連れて祭りに行って来るよ」
「はい。行っておいで」
かくして俺とマルチは、「ナオン狩り」とかは抜きで祭りに出かけることにした。


ピーヒャララー、ピーヒャララー。
遠くから祭囃子が聞こえる。
祭りに参加しようと、親子連れや浴衣を着た女の子達も夕暮れの街を歩いている。
俺とマルチも、他人の目からは妹を連れたお兄さんみたいに見えるんだろうか。
なぜか、マルチはさっきから黙りこくって、浴衣の袖に手を隠してモジモジしている。
「なっ、なあ、ヤジマスキー。あのナオンなんかどうじゃよ?」
マルチが指し示したのは、かわいい系の高校生ぐらいの女の子。待ち合わせの時間でも迫っている
のか、ちょっと早足気味。
いつもなら声をかけるかどうかしているとは思うけど・・・。
俺は小走りに駆けていく女の子を放っておいた。

「いいさ。今日はマルチが主役なんだからな」

俺は笑って、マルチの頭を撫でる。
「うにー。そういうわけにはいかんのじゃよー」
「なんでだ?」
マルチはさっきから、遠慮しているというか居心地が悪そうというか、なんかそんな感じだ。
「だって、矢島が・・・」
マルチが俺を「矢島」って呼ぶ時は、なにか真剣なことを話そうとしている時だ。
でも、これから祭りを楽しもうって時に、真面目な話をすることはないよな。
「気にしなくていいって。いつも洗濯とか食事の準備とかで頑張っているだろ。今日はご褒美みたいな
もんだ」
「ぎゃわー・・・」
俺はマルチの手を引いて、祭囃子の中へと歩いていった。


屋台が並ぶ通りの中。
居並ぶ浴衣や着物姿の人たちを、祭囃子が包んでいる。
あー、これこそが祭りだよな。日本人の心だ。
「ヤジマスキー。あの大きな水槽は何じゃよ?」
マルチが興味を示したのは金魚すくい。
艶やかな色をした金魚が、薄く張られた水の中を泳いでいる。
「おっちゃん。五枚くれ」
「あいよ。頑張ってな」
おっちゃんに金を渡して、俺は「あみ」を受け取った。
「紙の「あみ」を破らないように気をつけながら、こうやって金魚をすくうんだ・・・ほいっ!」
中くらいの大きさの黒い出目金が、俺の持っていた「あみ」の上で跳ねている。
俺は素早く、左手に構えた鉢の中に金魚を入れた。
「ほら、やってみな」
俺は自分が持っていたやつと残りの「あみ」をマルチに渡す。
マルチは浴衣の裾がはだけるのを気になるのか、慎重にしゃがみ込んでから「あみ」を振った。
「照準セット。角度調整よし・・・えいっ!」

ビリッ!

水の中に入った「あみ」は無惨にも破れた。
「ぎにゃー・・・もう一回じゃよー。ワンモアトライ。ツーモアトライ。スリーモアトライ。
全部で七回挑戦」

ビリッ! ビリッ! ビリッ!

「かっ、紙が薄すぎるんじゃよ。御主人! ダンボール紙で出来た「あみ」を所望するっ!
「お風呂で読める単語集」の表紙でも可っ!」
それじゃ「金魚すくい」にならないだろ。
料理とか裁縫とかは上手いのに、こういうのは不器用なのな、こいつ。
「ほら、俺も手伝ってやるから、もう一回やってみな」
俺は後ろからマルチの手をつかんだ。
「ぎにゃー! ・・・なっ、何をするんじゃよ、ヤジマスキー」
あん? 何で赤くなっているんだ、こいつ? 
「何って・・・こうするんだよ」

スイッ!

手を取ったまま、マルチがずっと狙っていた大きな赤い金魚をすくった。
「あっ・・・やった。取れたんじゃよー。苦節七分十六秒。決まり手、すくい投げ!」
「ははは。優しい兄ちゃんでよかったな、お嬢ちゃん」
大げさなマルチの喜びように、店のおっちゃんもニコニコと笑っている。
「よかったら、あそこの射的もやってくんな。他の店よりはサービスしてくれるぜ」
俺はおっちゃんに礼を言うと、二匹の金魚が入ったビニール袋を下げたマルチを連れて、
店巡りを続けた。


一時間後。
「いやー、たっぷり遊んだな。祭りなんて中学生ぐらいから行ってなかったけど、
この年でも楽しめるもんだ」
「わしも楽しかったのじゃよー。こんなに楽しんでいいんじゃろうか?」
「ご褒美だって言っただろ? 気にすんなって・・・あっ、そうだ。俺からも何か買って
やろうか?」
使ったのは母さんから預かった金だけで、俺の小遣いは使っていないものな。
こんなに喜んでくれたんだから、俺からも何かマルチにやりたい。
「いっ、いいんじゃよ、そんな。ノーサンキュー。もう持つところがない。過搭載なんじゃよ。
荷物の積みすぎは交通事故の原因になります」
・・・言われてみれば、頭には仮面ライダーのお面。右手には金魚。左手には花火とヨーヨー。
お祭りセット、フル装備ってところだな・・・ああ、あれなら問題ないや。

「おっちゃん。こいつをくれ」
「あいよ。縁起モンだから、ちょっと値が張るよ」
「物がよけりゃ別にかまわないよ」
「そいつは大丈夫。大事にしてくんな。毎年だって使えるぜ」

マルチが好きそうな派手な柄の団扇を買ってきて、浴衣の帯に差してやる。
「うわー。きれいだにゃー・・・ヤジマスキーの財政を圧迫しませんか?」
実は結構きびしい。でも、言う必要はないやな。
「人からプレゼントをもらったらな、ありがとう、って言うんだ。後は何も言わないでいいの」
「えっと・・・ありがとうございます、矢島さん」
「何かしこまってんだ、こいつぅ」
頭をくしゃくしゃと撫でてやると、マルチは目を細めて喜んだ。

「今日のことは忘れないのじゃよ。一番、大事な思い出にするんじゃよ」

大げさだな、マルチは。


もう大分、暗くなった。
俺とマルチは家に帰ろうとして、屋台の中を流れと逆に歩いていた。
そんな俺達の前に現れたのは、浴衣姿の玲奈さん。
ウェーブのかかった長い髪を揺らしながら、なんだか早歩きみたいな感じで歩いてくる。
「あっ、矢島君。こんばんわー」
「玲奈さん、こんばんわー」
「チャットみたいじゃけど、こんばんわー」
一通りの挨拶を交わすが、何だか玲奈さんは慌てているようだ。
「誰か、迷子にでもなったんですか?」
「えっ、どうしてわかったの? うん。弟がいなくなって、みんなで捜しているの」
それは大変だな。玲奈さんの弟というと、小学生くらいかな?
「ヤジマスキー。わしらも探索活動に加わるのじゃよ。Let’s サーチ!
見つけた人には百万円プレゼント」
「えっ、えっと・・・百万円は払えないけど」
いつものマルチの不可思議な言動に、困っている玲奈さん。
「こいつの言うことは気にしなくていいっすから」
「では、代わりに玲奈さんをプレゼント。ラッピングいたしましょうか?」
「えっ、あの、そんな・・・私、困る」
マルチの言うことに、頬を赤らめて恥ずかしがる玲奈さん。ゆっ、浴衣姿だから
攻撃力が高い。いかんっ、暴走してしまいそうだ。
「即日、お持ち帰りOKじゃよー」

浴衣姿の玲奈さん、プレゼント、お持ち帰りOK・・・。
ブツン(リミット・ブレイクの音)。

「うおおおおっ!! 弟さーん! いずこにおわすかー!!」
玲奈さんとマルチを置いて、俺は祭りの喧噪の中を駆け出していた。


しまった・・・玲奈さんの弟の特徴、聞いていなかったよ。
迷子らしい子供は何人か保護したんだけど、全然違う子供ばかりだった。お父さん
お母さんには感謝されたけど、肝心の玲奈さんの弟はさっぱり見つからない。
先に玲奈さんとマルチのところに戻った方がいいな、こりゃ。

「あれ? マルチの奴、あんなところにいやがる」

俺が見つけたのは、夜の川辺にたたずむ浴衣姿のマルチだった。
「おーい。玲奈さんはどうした? 二手に分かれて捜しているのか?」
「あん?」
俺の声に振り向いたのは、確かにHM−12マルチ・・・ただし、目が怖い。
よく見ると、浴衣の柄も微妙に違うような・・・。
「あたいに何か用かい?」
げっ! 何か言葉遣いまで怖い・・・人違い、じゃなくて、マルチ違い?
しかも、なんか関わり合いにならない方がいい世界の人の言葉を使っている?
「いっ、いえ、すいません! ただの人違いです。じゃ!」
慌てて逃げ出そうとする俺の袖を、不良マルチの指がつかんだ。
「待ちなよ。捜しているって、誰のことだい?」
「いや、もう見つかりましたぁ」
「嘘つくんじゃないよ。関係あるかもしれないからさ。言ってみなって」
れっ、玲奈さんやマルチをバイオレンスな世界に巻き込むわけには!
・・・げっ!?

「・・・誰だ」

不良マルチに手を掴まれてジタバタしている俺に声をかけたのは、顔がキズアト
だらけの白いスーツを来たヤクザさんだった。
身の丈は軽く二メートルをオーバーしていて、熊殺しも出来そうな人だ。
Nooooo!!
おっ、俺の命がピンチだっ! 助けて、ウルトラマンっ!
「・・・うちのマルチネスに、何をしている」

ヒョイ。

顔面パッチワークのヤクザさんは俺の首を人差し指と中指で挟むと、まるでワイン
グラスのように軽々と持ち上げた。
「・・・しっ、死ぬ!」
「・・・誰だ」
「やっ、矢島と申しますぅ。頼むから、殺さないでくださいっ」
ヤクザさんは顔色一つ変えずに、俺の顔を見ている。だっ、駄目だ。
殺人マシーンには言葉すら通用しないのか?
そこに響く、不良マルチの優しい言葉。
「花山さん。あたいには何もしていないよ、そいつ」
「・・・そうか」

ボトッ。

げほ、げほ!
あわてて空気を吸い込み、生きていることを神に感謝する俺。
「そっ、それではー!!」
「待ちなよ、あんた」
ひっ、ひえええぇぇ! やっぱり、身ぐるみ剥がされてしまうのですか?
「誰か溺れているみたいなんだけどさ。ついでに助けてやってくんない?」

溺れてる?

俺が川に目を向けると、確かに向こう岸で子供が手足をジタバタさせながら、
川面を浮つ沈みつしていた。
「さっきから溺れているみたいなんだけどさ、あたいって泳げないから」
「早く言えよ、バカ女!」
「なっ!」
俺は不良マルチが何か言い返す前に、すでに川の中に飛び込んでいた。


ザザー。
くそっ、結構流れが速い。
夕べの大雨で流れがきつくなっているみたいだ。これだと、普通に泳げる
ぐらいの奴だったら助けに行けないだろう。
溺れている子供はすでに力尽きかけているのか、沈んでいる時間の方が長い。
急がなきゃ!
俺は子供の頃に通っていたスイミングスクール仕込みのクロールで、夜の川
の中を進んでいった。

「助けに来たぞ!」
「ぐっ、がはっ!」
流れていく子供に追いついて抱え込んだ俺に、それを岸でオロオロと見ていた
浴衣姿のみんなから歓声があがる。
でも、時間がない。かなり水を飲んでいるみたいだから、早く処置をしないと
命に関わる。
ザザー。
俺のいる位置は川の真ん中。距離が一緒なら、坂が緩やかなヤクザさんがいた
方の岸辺の方がいい。
俺は力がなくなってグッタリしている子供を抱え込んで、再び力泳を開始した。

「くっ、くそっ! あともうちょっとなのに!」

川の流れが巻いている。
子供を抱え込んだ俺は、川の流れに押し流されてなかなか岸辺に近づけないで
いた。岸辺にはみんなが集まって、なんとかしようと浮く物とかを投げてくれる
んだが、ここまでは届かない。
もう子供は呼吸もしていないみたいだ。
なんとかしないと・・・。

ぜえっ、ぜえっ・・・。

俺も結構ヤバイ。子供とはいえ人一人を抱え込んだまま、夜の冷たい流れを泳いで
いるんだから当然だ。このままでは、共倒れになっちまうな・・・。
だからって、見捨てるわけには・・・。

ザバンッ!

俺の意識を断ち切ったのは、川が爆発したんじゃないかと思うぐらいの、巨大
な水しぶきだった。


「・・・じまくん! 矢島君!」
誰かが俺を呼んでいる。
「ヤジマスキー! 目を覚ますんじゃよ!」
・・・この声はマルチ?
「お願い! 目を開けてよぉ! こんなの嫌だよ・・・」
・・・ぼやけて見えるのは、玲奈さん?

ゲホッ!

俺のノドから水が溢れ出る。
どうやら俺は、子供を抱えたまま溺れてしまったらしい。
「矢島君っ!」
目を覚まし俺。なんとか体を起こすと、玲奈さんが抱きついてきた。
「よかった・・・死んじゃうかと思った」
「ぎゃわわ・・・領地占有じゃよ。わしの取り付くスペースがないです」
パチパチパチパチ。
俺の周りにいた人達が、安堵した表情で拍手をしてくれた。
「あの子は? 助かったの?」
「ああ。もう救急車を手配したからね。あんたも乗っていきな」
声をかけてきたのは、さっきのヤクザの連れらしき不良マルチ。
「俺、どうして助かったんだ?」
「うちの大将が助けに飛び込んだんだよ。男を見せたね、あんた」
「おまえが早く言ってりゃ、もうちょっと楽だったんだけどな」
「・・・そうだな」
げっ!
俺の言葉に同意したのは、さっきの顔面パッチワークのヤクザさん。
「ぎにゃー。殺しちゃ駄目なんじゃよー。矢島の修理費はエヴァ並なんじゃよ?
アーガマより高いんじゃよ?」
その前になおせない。
「ちえっ。大将が人工呼吸までしてくれたんだからさ。そこら辺は水に
流しなよ。子分の不始末を、親が取ったってことで」
図々しいことを・・・なにっ?

じんこう、こきう?
 
俺は驚愕の表情で周りのみんなを見回した。
「・・・・・・・」
みんな、いたたまれない表情で俺の顔を見ている。
「まさか、初めてってわけでもないだろ? あんたの年で」
不良マルチの言葉が、俺の頭を通り過ぎていく。

おっ、俺のファーストキッスが、こんな顔面チクタクバンバンのおっさんに・・・。

バタッ!
「矢島君っ!」
「ヤジマスキー!」
俺が再び目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。
目を覚まさない方が、幸せだったかもしれない。

ううっ、俺のファーストキッスが・・・。

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:Cool Side or Cool Men

「Gシリーズの実験は順調のようだね」
救急車で運ばれていく青年に付き添うHM−12の様子を見て満足そうな声を
上げたのは、恰幅のいいサラリーマン風の男だった。
「はい。感情回路も安定しているようですし、ちゃんと青年を心配していたみたいです」
それに答えたのは、穏やかな優しい笑顔を浮かべた痩せた男。
「本当によくできた人形だ。たいした商品を作ったな、釣谷」
「山路さん。僕がHM−12に入れたのは「G」という魂です。もう彼女達は人形
じゃありません。
「ああ。そうだったな」
相変わらず付き合いにくい男だ、と思いながら、山路は適当に相づちを打つ。
「特に、G−7の成長は著しいです。これからが楽しみですね」
「そうだな」
俺が楽しみにしているのは、HM−12に搭載した新しい感情回路「GHOST」
の値段がいくらになるか? それだけだ。
そう思いつつも、山路は釣谷の夢見がちの言葉に笑顔で答えていた。


場所は変わり、長瀬主任の研究室。
「藤田君。レミィ君。人格とはどういうものか、説明できるかね?」
コーヒーを片手に高校生する質問にしては、ずいぶんとディープである。
「えっと・・・笑ったりとか、泣いたりとか、そういう喜怒哀楽を表すもん
じゃねえの?」
「Yes! マルチは善いcharacterネ。みんなのために、一生懸命よ」
「キャラクター? レミィ、漫画の話じゃねえぞ」
浩之の言葉に、長瀬は笑って説明を入れる。
「キャラクターっていうのは、英語では「思想の基になるもの」ということ
だからね。レミィ君の言っていることで合っているよ」
「なるほど。マルチは善い性格ってことだな。その人格を扱うのが、
おっさんの研究している感情回路だろ?」
「そう。それでは、感情回路はどうやって作られるのか、わかるかい?」
長瀬の質問に、レミィは素朴な言葉で答える。
「Programじゃないノ? だって、マルチを作ったのは、Mr.ナガセ
でショウ?」
「うーん・・・基を作ったのは僕だよ。でも、それだけでは感情回路ではない
ね。ただのCPUチップだ」
「長瀬のおっさん以外に、誰か作っている人がいるのか?」
「そんなのわからないヨ」
降参した浩之とレミィに、長瀬はにっこりと笑って答えた。

「マルチを作ってくれたのはね、君達なんだよ」

浩之とレミィの目が点になる。
「子供が社会のルールや友達との付き合い方を学ぶのは、どうやってだい?
それは言葉や本からじゃなくて、実際に経験して学ぶことだろう。マルチの
中の感情回路は、君達との接触によって成長していたんだよ。人間だって、
外部からの刺激がなければ感情は育たない。それはCPUに置き換えたって
同じことなんだね」
「でも、あいつは最初から泣いたり笑ったりしていたぜ。俺が掃除を手伝った
ら、すごく大袈裟に感謝してさ。ビックリしたぜ」
「僕らで下積みをさせたからね。一通りのことはできるようにしてから、
君らの学校へ実験に送り出したんだよ。だから正直、これ以上成長するとは
思わなかった」
嬉しそうに目を細める長瀬に、レミィが質問する。

「マルチの何が成長したノ?」

「ゴホン・・・えっと、言っていいのかな? 彼女の前で」
「ごめん。勘弁してくれ、おっさん」
男の直感で危険を感じ取った二人は、レミィの質問を誤魔化すことにしたの
であった。

「ねえ、ヒロユキってば?」

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おまけ

「カヲルさん。そんなに飲むと古傷に響きますよ」
「・・・そんなにヤワじゃねえ」
「お姉さんに言いつけますよ?」
「・・・あと一杯だけだ」
「わかりました・・・って、なんで一気に五本も飲んでいるんですか!
ずるいですよ」
「・・・今日は飲みてえんだ」

花山カヲル十五歳。
子分の不始末を償うためとはいえ、男の矢島相手にファーストキスを
してしまった傷心の夜であった。
                                  
                             (つづく)
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続き物、いかがでしょうか?

感想、苦情、リクエストなどがございましたら、
aiaus@urban.ne.jp
まで、お気軽にどうぞ。

付記:「わかりにくいSSのための、わかりやすい解説」

 Q:レスボス島って、何ですか?(R14の4より)
 A:サッフォーという同性愛の女性詩人が住んでいた、女だけの島
   のことです。