宮内さんのおはなし その三十参(VER1.02) 投稿者:AIAUS 投稿日:6月17日(土)00時08分
カタカタカタカタ・・・。
薄暗い部屋のスクリーンに、漆黒のコンバットドレス(*1)を着た屈強の男達の姿が
投影される。
「ご覧いただいているものが、対テロ特別機動班特別機動部隊(*2)、正式採用の完全
武装装備です」
「隊員15名は全国の支社より選りすぐった精鋭」
「身長180cm以上、体重80kg以上」
「400日間の特別訓練期間中、80kgを割った者は強制的に帰還させられます」
カタカタカタ・・・。
今度は、男達の被っているヘルメットのアップが写る。
「特殊FRP製(*3)のヘルメットは通常隊員のものと比較し、重量は66%も軽く、
その強度は500%を越えています」
「頸部を覆う受打ギブスは、打撃の際の頭部の揺れを一切封じ、脳へのダメージを遮断」
「四肢の防具も耐久テストをクリア。最新の技術で隊員の耐久力を超人的なものにま
で飛躍させております」
カタカタカタ・・・。
スクリーンに、銃身がひどく太い銃器が写し出される。
「最新型のNLW(*4)である打撃弾発射銃を装備。球形鉄鋼弾を六連装で使用。初速
は47m/s。どれ程の威力かと言えば、大リーグの弾丸ライナーを、至近距離で打ち
込まれたことをイメージするのが・・・」

「もういい!」

執事服を着た老人が巨体を揺らし、言葉を遮った。
「つまり・・・そんなありがたい隊員が10名もいながら、たった一人を制圧できな
かったということだな」
老人の言葉に、今まで説明を続けていた関係者一同が気まずそうに下を向く。
「しかし、長瀬様・・・」
「言い訳無用!!」
老人の怒鳴り声に、弁解を続けようとした技術者は再び下を向いた。

「ターゲットの「外出」は今度で何度目だと思う? 世界に誇る来栖川だぞ?」

カタカタカタ・・・。
音の出ないスクリーンに写っているのは、たった一人の相手に藁人形のように打ち
倒されていく。
「・・・・・・・」
そのあまりの凄惨な光景に、息を呑む一同。
「鉄鋼弾の集中砲火を・・・」
「まったく問題に・・・」
白髪の老人は執事服のネクタイを締め直し、告げた。

「もはや、手はない・・・重火器による対応を許可する」

かくして、来栖川の命運を掛けた運命の一日は始まろうとしていた。


休日の朝。
浩之はこざっぱりとした格好に着替え、外出の用意を整えている。
「先輩・・・大切な用事ってなんだろう? どうしても、来て下さいって言っていたけど?」
失礼がない程度にはサマになっている服を選び、挨拶の言葉も暗記した。
いくら、権力や権威に頓着しない浩之とはいえ、世界の来栖川相手では緊張してしまうようだ。

トゥルルルルル・・・・

「はい。もしもし? 藤田ですが?」
「ヒロユキ!? まだ、出かけていないノ?」
名前を名乗らなかったが、浩之はその独特のイントネーションからすぐに相手がわかった。
「レミィ? なんで、今日の約束のことを知っているんだ?」
「アヤカから聞きマシタ。イイ、ヒロユキ? 忠告するカラネ」
電話越しのレミィの声は、いつもとは考えられないくらい真剣な気迫が籠もっている。
「今日、アヤカの家に行ったらダメ。絶対に後悔することになるヨ」
「はあ?」

ブツン!

浩之が聞き返す前に、電話は不自然な音を立てて切れた(*5)。自分からレミィの家
へ電話してみるが、まったくつながらない。
「なんだってんだ?」
浩之はレミィの言葉に、漠然とした不安を感じていた。


「L5。モグラ設置完了。そちら、どうか」
「C4。タカは舞い降りた。準備よろし」
「F2。準備よろし。指示あるまで、待機体勢に入る」
様々な電波が飛び交い、報告が集まる来栖川邸、地下管制室。
執事姿の老人、長瀬ことセバスチャンは、いつもよりもさらに厳しい顔で画面を見つめていた。
「長瀬様。全部隊、配置を完了しました。指示をお願いします」
「ヒリュウ。私はコードネームで呼ばれるはずではないのか?」
「はっ! 失礼しました! セバスチャン!」
画面の中で、軍服姿の男が敬礼する。
「ヒリュウ。ターゲットはただ今、本邸東の窓、P3から逃亡したことが確認されている」
「はっ! こちらでも確認済みであります!」
「よし・・・いいな。今回の作戦には、来栖川家の存亡がかかっているのだ」
「一命に代えましても!」

「全部隊! 行動を開始!」

セバスチャンの号令が響くと、来栖川邸の敷地に展開した部隊が展開を始める。
「これが最後の戦いになればよいがな・・・」
そう言った老執事の目には、深い哀愁が漂っていた。


CRACK! CRACK! CRACK!
BRATATATATATATATAT!!

「あだだだだ!! この私に当てるなんて、今日の部隊は気合いが入っているわね?」
来栖川対テロ部隊陸上部門のターゲットである綾香は、どこまでも広大な来栖川邸の
敷地内を、まるで野生の獣のような速度で疾走していた。
「模擬弾(*6)だって言っても、さすがにこんなに食らったら洒落になんないわよ!」

CRACK! CRACK! CRACK!
BRATATATATATATATAT!!

綾香の行く先、行く先で、執拗な銃撃が繰り返される。
そのくせ、ライフルを構えているはずの兵士達の姿はどこにも見えない。
「やるわね・・・さすがに、今度ばかりは本気ってこと?」
弱気なセリフとは裏腹に、その目は手強い獲物を得て喜ぶ女豹のように輝いている。

・・・カサッ。

「そこね!」
茂みで起こった木の葉の擦れる音の微妙な違いに反応し、綾香が飛びかかる。

BRAAAMM!!

破滅を思わせる爆音。
それはまだ、戦場の序曲にしか過ぎなかったのだ。


CRACK! CRACK! CRACK!
BRATATATATATATATAT!!

「なんなんだよ・・・この有様は?」
銃声が絶え間なく鳴り響いている。
結局、意味がよくわからなかったレミィの忠告よりも先輩との約束を優先させた浩之
は、その決断が正しいものかどうか迷っていた。
ここまで、ほふく前進で進み続けたものの、何者かによって殴り倒されている軍服姿
の男達を見て、ようやく今起こっていることを理解し始めたのだ。

「これは銃弾が木に着弾した跡。このおっさん達が持っている装備は全部、モノホン。
ということは・・・戦場じゃねえか! この場所は!」

敷地中で花火みたいな音がしている時点で、訪問を考えるべきだった。
「くそっ! テロリストか何かか? 先輩が危ねえ!!」
頭を上げて走り出そうとした浩之の右耳の側を、何かがかすめた。

THUMP!

「!!」
浩之はすぐに伏せ、右耳に手を当てる。
「・・・まだ、ついてたぜ」
耳の無事を確認すると、浩之は再びほふく前進を開始した。
どうやら、勢いにまかせての突進は無謀と悟ったらしい。
そのほふく前進をしている浩之の上に突然、黒い影が降ってくる。

ムギュ!

「あら? 浩之じゃない?」
「・・・・・・・」
「なんで、こんなところにいるの? ああ、姉さんに会いに来たのね」
快活な綾香の声。
「いいから、早く顔から足をどけろ」
それに対して、浩之の声は怒っていた。


「ヒリュウ。包囲は完了したか?」
「はっ! 予定時間より遅れましたが、計画通りに作戦は進行しております」
セバスチャンは画面から報告を受けると、重々しくうなずいた。
「ヘリボーン部隊・・・降下!」

MV-22Aオスプレイ(*7)内にて。
緊張した面持ちの面々。その中で、新入りのボブだけは不思議そうな顔で古参の隊員
を見回している。
「Hey,men! なんで、そんなに気むずかしい顔しているんだい? 相手は毛が生えそ
ろったばかりのGirlだろ?」
降下装備を調えた空挺部隊の隊員達は、誰もボブの質問に答えない。
「びびってんのか? おい?」
挑発的な言葉に、隊長であるヒューバートが重い口を開いた。
「いいか、新入り。この下にいるのは、ただの人間の女じゃない」
「What?」
「世界に誇るクルスの対テロ特別機動班特別機動部隊の精鋭10人をたった一人で
ぶちのめし、我々の登場を余儀なくさせた化け物だ」
「じょ、冗談だろ? 隊長さん」
今まで無視を続けていた隊員達の目が、一斉にボブをにらむ。
「この下にいるのは、ライオン並の力を持つ、ライフル弾も通用しない化け物だと思え。
でなければ、おまえの階級は繰り上がることになるぞ」
「・・・Yes,sir」
「よし。降下を開始する」
隊員達はヒューバードの言葉を機に、一斉に降下を始めた。


「くっ! スレッジハンマー(*8)ね! そこまでして、私を捕まえたいの!?」
忌々しげに空をにらみ、吠える綾香。状況を理解していない浩之は、銃声の間隔が
狭まるのに合わせて、命のタイムリミットが近づくのを感じていた。
「・・・もしかして、おまえのせいなのか?」
「別に。お爺様のわがままよ」
綾香は直撃を食らっても平気のようだが、普通の人間の浩之は破片が当たっただけ
でもまずい。このままでは、犠牲者(*9)が出ることは明白であった。
「白旗あげろ、白旗。もうこうなったら、逃げようがねえだろ」
浩之の意見は、この状況では正解だろう。四方は大部隊が塞いで逃亡を防ぎ、空中から
打撃部隊である空挺部隊が降下してくる。
いくら綾香とはいえ、ここまでの重囲を突破できるとは思えなかった。

「いやよ! 絶対にいや!」

普段は考えられない、だだっ子のような綾香の言葉。
「そんなこと言ったってなあ・・・」
低高度で開傘する落下傘の群を見上げながら、浩之はため息をついた。


「ブラックハウンド部隊、完全にターゲットを捕捉しました」
ヒリュウの勇ましい声とは逆に、セバスチャンの声は冷たい。
「捕捉した? この時間で? ・・・人型決戦兵器を起動させろ」
「はっ? ・・・いえ、了解であります!」
ヒリュウはセバスチャンの決定に疑問を抱きながらも、命令に従った。
「そこまで、お嫌なのですか? お嬢様・・・」
そう言ったセバスチャンの顔は、苦渋に満ちたものだった。 

「・・・ブッ、ブラックハウンド部隊、全滅。ターゲットはこちらの包囲を突破しよ
うとしています!」
予想通りの展開に、セバスチャンはむしろ安堵していた。綾香は確実に、包囲の一番
薄い層を突き破ろうとするだろう。
「さて・・・私も出るとするか」
蝶ネクタイを締め直すと、セバスチャンは椅子から立ち上がった。


「うっわー。ひでえな、こりゃ」
全滅した空挺部隊の連中を見て、浩之は悲鳴を上げた。
「何言ってんのよ! 言ってみれば、人さらいなのよ。この人達!」
「命がけの人さらいだな。同情するぜ」
「あんたねえ・・・げっ!?」
浩之と綾香の前に現れたのは、セリオとセバスチャンだった。

「お嬢様! ここまででございますぞ!」
ジャカ!ジャカ!ジャカ!ジャカ!
セリオを中心にするように、隠れていた兵士がライフルを浩之と綾香に向ける。
「どっ、どこに隠れていたんだ?」
あわてふためく浩之とは対照的に、綾香は不敵な笑みを浮かべる。
「これっぽっちの数で、私を押さえられると思っているの、セバス?」
「いえ。兵隊達は保険でございますよ、お嬢様」
綾香とセバスチャンがにらみ合っている。その横で、セリオは無表情のままで立っていた。
そして、最後の武器の使用した。

「AIH兵器(*10)、発動します」
「総員、耳をふさげ!!」

バタバタバタ!!
兵士達は己が分身であるライフルを投げ捨て、両手を耳で押さえる。
ただ、浩之と綾香だけが何が起こるのかわからずにいた。

「--月--日
 今日、浩之とスパーリングをした。
 勝ったのは私だけど、浩之も上達したようだ。
 ところで、スパーリングをした河原でエッチな本を拾った。
 興味があったけど恥ずかしいので、セリオに持って帰ってもらった。
 なんで、河原にはエッチな本が捨ててあるのかしら」
 
先程まで戦火に包まれていた来栖川邸の敷地に、静寂が降りた。
「いやぁぁぁ! なんで、人の日記の中身を知ってんのよ、セリオ!」
「そんなことしていたのか、おまえ・・・」
軽蔑のまなざしで綾香を見る浩之。
「出来心! そう、出来心だったのよ! 信じて、浩之!」
必死に言い訳をする綾香の言葉を遮るようにして、セリオの攻撃は続く。

「--月--日
 エッチビデオを借りようと思ったのだけど、さすがに恥ずかしい。というよりも、
 私はまだ十八歳じゃないし。
 仕方がないので、セリオに借りてきてもらった。カードのデータ書き換えなんて
 簡単なものだし。さて・・・どんなのかしら」

「綾香って・・・エロ?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
セリオの精神攻撃により、その場にうずくまる綾香。
「いまじゃ!!」
セバスチャンのかけ声と共に、一斉に兵士達が綾香の元に殺到する。

「違う! 違うのよ。ちょっとした好奇心だったの、信じて・・・」

綾香は兵士達に取り押さえられるのも構わず、ブツブツと何かをつぶやいている。
「--月--日
 今日、浩之が・・・」
「もうよい! 拘束しろ!」
担当の兵士達が、セリオを拘束して連れていく。
浩之は呆気にとられながら、一連の動作を見守っていた。

綾香が連れて行かれた後。
浩之は自分の側に立ったままのセバスチャンに疑問をぶつけた。
「なあ、なんで綾香を連れていく必要があるんだ? それに、あいつがあんなに嫌が
るなんておかしいぜ」

「小僧。今日は綾香様の見合いの日なのだ」

セバスチャンの言葉に、浩之は血相を変えた。
「・・・ちょっと待てよ。あんなに嫌がってんだぜ」
「仕方がないのだ。これも来栖川のため」
「俺は納得しねえぞ、じいさん。先輩のためならって、俺と先輩が友達になることを
認めたのはあんただろ? なんで、綾香のためを考えてやらねえんだ?」
浩之の言葉に、セバスチャンの顔が曇る。
「先輩のおじいさんびわがままって言っていたよな・・・なら、俺が話してくる!」
「馬鹿者!! 大旦那様に直訴するつもりか!?」
「うるせえ!!!!」
硝煙の臭いがまだ立ちこめる森の中で、にらみ合う二人。
その時、茂みが動いた。

「なんじゃ、騒々しい・・・」
「・・・・・・」

「おっ、大旦那様!」
遊歩道を歩いてきたのは、和服を着た老人と芹香だった。


「浩之さん、どうぞ。「だーじりん」っていうお茶だそうですよ」
メイド服姿のマルチが、調度品の立ち並ぶ荘厳な一室でソファーに座る浩之に紅茶を
持ってきた。その他に部屋にいるのは、綾香とセバスチャン、芹香と彼女の祖父であり、
来栖川の会長である老人。皆一様にソファーに座り、紅茶の香りを楽しんでいる。

「これで、どうやって飲むの?」

綾香だけは五重に手錠と足かせがされているので、例外である。

「藤田君じゃな」
今まで一言も話さなかった老人が、白い髭の中に隠された口を開いた。
「はっ、はい。そうです」
噂は色々聞いていたが、初めて会う芹香の祖父の威厳に圧倒され、浩之にいつもの
勢いはない。だが、正面から老人の目を見返しているのはさすがである。
「今回の見合いの件に関して意見があるようじゃが・・・それはなぜじゃ?」
セバスチャンと芹香、綾香とマルチの視線が、浩之の顔に向く。

「なぜって・・・おかしいじゃないですか? 綾香はまだ高校生ですよ? それを
見合いだなんて。しかも、嫌がっているのを無理に連れ戻すなんて、絶対におかしい」
「コラ! 大旦那様に向かって・・・」
セバスチャンが怒鳴ろうとするのを、老人は片手で制した。
「よいのだ、長瀬。藤田君の意見も正しいのだろう。息子達も反対していたからな」
「だったら、なんで・・・」
浩之が言葉を続けようとすると、芹香がどこからか「100」と書いたホワイトボード
を出した。
「これが何の数字か、わかるかね」
「なんですか、これ?」

「綾香に見合いをさせて、破談になった数なのだ」

「うわー、武田鉄矢さん(*11)みたいですねー」
ボコ。
綾香に殴られてマルチが沈黙する傍ら、浩之は音を立てて唾を飲み込んだ。
「そっ、そんなに?」
老人とセバスチャンの溜め息が同時に、豪華に飾られた部屋の中を満たす。
「冷静に考えてみろ、小僧。10メートルを楽に跳躍し、戦車の複合装甲を打ち抜き、
ライフル弾が通用せず、職業軍人の部隊を素手で壊滅させる。しかも性格はわがまま。
どこの誰が嫁にもらう?」
「ちょっと、セバス!」
 綾香の苦情は無視して、会話は続いていく。
「・・・行かず後家」
「せっ、先輩! それは言い過ぎじゃあ・・・」
ポサッ!
うろたえる浩之の前に、老人が一通の手紙を投げてよこした。差出人は「徳川」とだけ書いてある。

「こっ、これは! 地下闘技場(*12)の招待状!?」

苦渋に満ちた顔の老人が、ゆっくりとうなずいた。
「藤田君・・・それでも君は、綾香に見合いをするなと言えるかね」
浩之は封筒を持ったまま震えていた。
「大げさよ、みんな。私だって、ちゃんと恋人くらいできるわよ。ねー、浩之?」
この部屋の中で唯一の味方である浩之に、綾香は甘えた声で同意を求めようとしたの
だが・・・。

「俺が間違ってましたぁ!」

頭を下げる浩之の姿に、うなずく一同。綾香のみが、まだ意見があるようだ。
「ちょっと待て、浩之! あんたまで・・・」

バタン!

開けられた扉の音が、綾香の言葉を遮る。
「失礼します! ヒリュウであります!」
軍服を着替え、黒のスーツにサングラス姿になった来栖川の部隊長が部屋に飛び込んできた。
「なんじゃ。騒々しい」
「これ、ヒリュウ。大旦那様の前だぞ、声を控えんか」
「はっ。申しわけありません。しかし、緊急の伝達事項があります」
ヒリュウの声はボリュームこそ下がっていたが、響きにはまだ悲痛なものが漂っている。

「トウホウニ、グンタイハアラズ。ミアイハチュウシニサレタシ。ッテイウカ、
コワイシ・・・。以上、平文(*)による天城様からの電報であります」

沈痛な空気に包まれた。
「なんということじゃ・・・」
「やはり、こうなってしまうのか・・・」
カキカキ。
芹香は黙って、ホワイトボードに「101」と数字を書き込んでいる。
「おっかしいわね。会う前に見合いを断るなんて?」
綾香一人が、不思議そうな顔である。
「そっ、それじゃ、俺はこれで・・・」
これ以上の深入りはまずいと直感した浩之は部屋から退出しようとしたのだが・・・。
ガシッ!

「大旦那様。お嘆きにならないでください。このヒリュウに名案があります」

いきなり浩之をはがいじめにしたヒリュウは、初めて笑顔を見せた。
「綾香様の婿ならば今、私が捕まえています」
「おおっ! その手があったか!」
嬉しそうに破顔する老人に、セバスチャン笑って言う。
「灯台もと暗し、でしたな。家格は劣りましょうが、この小僧、見所はありますぞ。
綾香様の婿にはふさわしい相手です」

「げー! ちょ、ちょっと待て! 俺は先輩の方が・・・」

浩之は助けを求めるようにして芹香を見たが、答えは無情であった。
「・・・たまに、甘えさせてもらえるのなら」
「姉さん・・・わかった! 私、浩之と幸せになるから!」
綾香も乗り気なようである。
「俺本人の意思はー!!」
先程まで銃火に包まれていた来栖川邸。
ただ、浩之の叫びのみが辺りに響いていた。


「まあ。あの綾香お嬢様に婚約者が?」
「ええ。あの綾香お嬢様に。命知らずな方もいらっしゃったものですわ」
「見合いを蹴った天城様も、逃亡生活から戻られたとか。これで、社交界も平和に
なりますわね」
「まったくですわ。皆さん、ダンスの時に足を折られないかと戦々恐々でしたものね」

燕尾服姿の浩之は、天井を見上げながらドレス姿の女性達の噂話を聞いていた。

(絶対に、後悔するからネ)
「ははは・・・そうだな、レミィ」

その笑いは、乾いていたという。

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おまけ

「ふぐー、ふぐー」
「あれ? どうしたんですか、セリオさん。猿ぐつわされて、縛られて」
「ほってくははい」
「掘って下さい? 委員長さんですか?(*13)」

「誰の何を掘るんや? マルチさん?」

「はっ! はわわわ、それは大阪名物、血染めの鉄パイプ!」
「大阪やあらへーん!」

この事件は、メイドロボの開発を大幅に遅らせることになったが、綾香お嬢様
の結婚が近いこともあり、隠匿されることになった。

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用語説明

(*1)コンバットドレス:戦闘服のこと。兵隊達が着る軍服のことだが、ここでは
    特殊部隊用の着用装備を示している。
(*2)対テロ特別機動班特別機動部隊:来栖川グループのメンバーの財産や権利を
    保証するために活動する私兵集団。その中でも特別の訓練を受けた部隊の
    こと。その実力は世界的にも評価が高い。
(*3)特殊FRP製:ガラス繊維強化プラスチック。このヘルメットはさらに、
    光学兵器の攻撃も想定されて設計されている。
(*4)NLW:No lethal weaponの略。殺傷せずに目標を無力化させることを
    目的に作られた兵器。ただし、ここでは鉄鋼弾を用いているので、普通の
    人間に命中すれば致命打になり得る。
(*5)通信妨害か? 藤田家は盗聴されていたようである。
(*6)模擬弾:いいえ。本物の5.56mm弾です。
(*7)MV-22Aオスプレイ:航空史上初の実用ティルトローター機。米軍採用。
(*8)スレッジハンマー:ゲリラを大部隊で包囲し、ヘリによる打撃部隊の降下で
    一気に殲滅をはかる作戦。韓国軍が得意とした。
(*9)犠牲者:浩之のこと。実際に犠牲になった。御婚約、おめでとうございます。
(*10)AIH兵器:Ayakasamano ikenai himitu兵器の略かと思われる。
(*11)僕は死にましぇーん!
(*12)地下闘技場:東京ドームの地下で行われているという、ルールが存在しない
    究極の格闘場。詳細は謎に包まれているが、チャンピOン文書によって、
    存在が知られるようになった。
(*13)掘って下さい:宮内さんのおはなし その三十弐を参照。

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このSSを、全てのチャンピOン読者に捧げます。

感想、苦情、リクエストなどがございましたら、
aiaus@urban.ne.jp
まで、お気軽にどうぞ。

ではでは。