宮内さんのおはなし その三十弐(VER1.01) 投稿者:AIAUS 投稿日:6月15日(木)23時49分
俺の名前は、後留悟十三朗(ごるごじゅうさぶろう)。
孤高のスナイパーだ。
俺の狙撃によって始末されたターゲットは数知れず。
最強のヒットマンとして、この街では名を知られた存在なのだ。
今日もまた、手強いターゲットを相手に、命をかけた戦いを繰り広げていた。
ターゲットの名前は、影部永子(かげべえいこ)。
俺がまだ、ハイハイをしていた頃からの好敵手で、幼稚園、小学校、中学校を通して
血みどろの戦いを繰り広げた仲だ。
俺もこの仕事を続けるには年齢を重ねすぎた。
今日の影部との戦いが、最後の仕事になるだろう。
俺は愛銃の4X4マグナムを構えると、戦場である廊下を飛び出した。


(本編、始まります)


「・・・ここは必修問題だからな。きちんとマスターしておくように」
塾の先生が的確に講義を進めていく。学校の教科書をなぞる授業と違って、確実に
「受験を攻略するテクニック」を教えてくれるのが塾のありがたいところや。
こういう勉強が正しいとも役に立つとも思えんけど、やっぱり「受験」というハードル
が私ら学生に課せられている以上、そのために努力するのは当たり前のことやしな。
楽しいとは思えへんけど、頑張らんとあかん。
カリカリカリカリカリ・・・。
塾が終わり、疲れた表情のみんなが教室から出ていく。
さて、私もそろそろ帰らんと・・・。
鞄にテキストやノートを押し込むと、私は机から立ち上がった。

ズキン!!

そう。悪夢は唐突に、私のところへやってきたんや・・・。


「うーん・・・はっきり言って「痔」ね。これは」
「はっきり言わんで下さい」
反論した私の声は、情けなさで小さくなっとった。女医さんは手慣れた動作で薬を
塗ると、心の底から同情した顔で私の顔を見て、言った。
「あなた、机に座っている時間がとても長いでしょう? だから、ここまで進行しちゃった
んでしょうね。お気の毒に」
うう・・・勉学にいそしんどる私に、なんちゅう非情なトラブルが起こるんや?
「とにかく、刺激を与えないこと。痔の治療には長い時間がかかるわ。回復するまでは
少し勉強を休みなさい。いいわね?」
まあ・・・焦って勉強する理由もなくなってしもうたから、それは構わへんのやけど。
「わかりました。おおきに、先生」
私は痛む頭と尻を抱えながら、病院から出た。


ズキン、ズキン、ズキン・・・。
鈍痛って、こういう症状を言うんやろうか?
なんか、腰から下に悪魔がおるような気がする。
「こんなに痛んだら、寝れへんやんかー!」
私は痛さに頭にきて、机に枕を投げつけた。

ガタン!

机の上にある写真立てが、音を立てて倒れる。
「あー!? ごめんな、藤田君・・・」
なにしとるんやろ、私。
写真立てを戻し、私は再びベッドへと戻る。

藤田君だけには知られとうないな。

痔になったこと自体はしょうがないと思うけど、さすがに恥ずかしいわ。
そんなことを考えているうちに、私の意識は眠りの中へと落ち込んだ。


「Good morning! トモコ!」
ズキン!
「朝っぱらから元気やな。宮内さん」
デカい声が響くっちゅーねん。頼むから、私の周りで騒がんといて。
「Oh! 相変わらず、cool beautyネ!」
ズキン! ズキン!
だから、大声出すなっちゅーねん!!
・・・あかん。宮内さんは私のこと誉めてくれとるんやから、怒ったらあかん。
「宮内さんこそ、えらいかわいいで。ほんまに」
「Why? アタシ、cleverじゃないヨ?」
「ちがうて。西の方では、えらいはveryの意味や。very beautifulって言うたんや」
「エヘヘ、嬉しいデス! でも、日本語って難しいデスネ」
「ほんまやね」
宮内さんと話している間に、臀部の痛みは大分おさまってきた。


「うっ・・・」
教室の木の机。見慣れた風景なんやけど、今の私には拷問台のようにも思える。
そーっとや。そーっと座れば、大丈夫や。
ズキン!
私の希望的観測は無視して、再び痛みがぶり返してきた。
ああ、あかん! こんなんで六時間も持つんかいな?
私の苦行は、この時に始まった。

「すんません。私、今日は体育、休みたいんですけど」
理由を説明すると、先生はすぐに承諾してくれた。
「一応、体操服には着替えておいてね。授業中、座っていなくてもいいから」
わかってくれとる。先生も経験あるんやろうか?

「あっちー! 全くもう。短距離走なんかやっても、全然盛り上がらないっていう
のにねー。生徒の流れが読めないのかしら、あの先生?」
合同授業の体育やから、やかましい長岡さんも更衣室におる。
「志保。早く着替えたら。休憩時間終わっちゃうよ」
そうや。みんなとお喋りする暇があったら、早よ着替え。
「先に行くからねー」
私はみんなに痔のことがばれたら嫌やから、最後に一人で着替えるつもりやったん
やけど、結局は長岡さんと二人で着替えることになってしもうた。
「ありゃりゃ、志保ちゃんと保科さんの二人だけ。寂しくなっちゃったわねー」
私は寂しくないから、早よ着替えや。喋ってないと生きていかれへんのか、あんた。
「・・・・・・」
私は長岡さんを無視して、黙々と着替えを続けた。
ポロリ。
「あーん。志保ちゃん、ショック・・・何、これ?」
あっ、あかん。それは!!
長岡さんがニヤニヤ笑いで私を見ている。その手には、私が鞄から落とした痔の塗り薬。
「これって、「ぢ」の薬? 大変ねー、保科さん」
「・・・・・・・」
「でも、志保ちゃんショックぅ!? あの冷たい美しさを誇る委員長様が、まさか
「ぢ」なんてねー」
「・・・・・・・」
悪戯っぽい笑顔で、踊るような大げさな身振りで言葉を続けていく長岡さん。
「わかっているわよ。誰にも喋らないからさ。安心して」
信用できるかい。
うちはロッカーにあったヘアスプレーをつかむと、長岡さんに詰め寄った。
「なっ、なになに? 目が座っているんですけど・・・保科さん?」
「あんたにも、秘密を共有してもらわんとなあ・・・悪く思わんといて」
そう。秘密を守るためには、私は非情にならんとあかんかったんや。

「いっ、いやぁ! お嫁にいけなくするつもりなの!?」
「安心しぃ! そっちには手ぇ出さへん!」
「どっちもイヤー!!」
(以下数行、検閲により削除)


長岡さんの口を封じた私は、屋上で憂鬱な気分に浸っていた。
ズキン、ズキン、ズキン。
長岡さんが騒がすから、また痛みが激しくなってしもうたやんか。
まあ、今は長岡さんも同じ病気になったと思うと、それ以上は責めれへんけど。

バタン!!

なんや、騒々しい・・・。
「今日こそは決着を着けるぞ、影部永子!!」
「望むところだわ、後留悟十三朗!!」
屋上の扉を蹴破って入ってきたのは、変わり者で学校に知られる二人やった。
なんか、深い因縁があって昔から仲が悪いとか・・・。
指を変な形に組んでにらみ合っとるけど、なんのつもりやろうか?

ヒュー。

一陣の風が、昼休憩の屋上に吹いた。
「ジェイ!!」
「たあ!!」
・・・今のなんや? 一瞬の間に、二人の位置が入れ変わっとるやん?
もしかして、二人とも一子相伝の拳法の使い手か何かなんやろうか?
「なかなかやるな。影部永子」
「あなたこそ・・・あやうく、一発もらうところだったわ」
冷や汗をかく二人。息を呑んで、戦いの行く末を見守る私。
・・・五分が過ぎた。
「でも、十三朗。あなたにこれがかわせるかしら?」
先に動いたのは、影部永子・・・って、なんで私の方へ走ってくるねん!?
「甘く見るな、影部永子!!」
あんたまで、こっちに来んなー!!

BAOOOM!!

突然、襲いかかってくる衝撃。
あまりの激痛に、気を失いかける私。
「しっ、しまった。変わり身か!?」
「勝負あったわね、十三朗!」
「まだだぁー!!」
私の尻を蹴飛ばして指を引き抜くと、十三朗は素早く4X4を構え直し、影部永子の
攻撃を受け流した。二人はそのまま、屋上から飛び出していく。

「あっ、あんたら・・・「かんちょう」は小学生までで、止めとき」

人差し指と中指をそろえて構えていた十三朗と永子の姿を思い出しながら、私は情けなさ
で涙にくれていた。十三朗に「かんちょう」を食らったままの姿で倒れたまま。

「おっ、おい、委員長!? どうしたんだ!」
あっ・・・藤田君。
なんで・・・。

「ほら。泣いてたらわかんねえだろ」
あんまり情けのうて泣き出した私の顔を、藤田君はハンカチで優しく拭いてくれた。
「だっ、だって、あんな目に合うなんて、ひどすぎるやん! 東の人間は何を考えとる
んや!」
「また泣く。泣くか怒るか、どっちかにしろよ。あと、東は関係ねえだろ、それ」
「うぅー・・・」
「あかりから聞いたんだけどさ、なんか病気なんだって? 俺も力になるからさ・・・」
わざとはっきりした病名は言わずに、藤田君は心配してくれた。
私が恥ずかしくて困っとるのをわかってくれとる・・・なんで、あんなに鈍感なのに、
こういうことには気が回るんやろうか?
腹をくくった私は、全部を藤田君に話すことにした。

「よし。俺にまかせろ!」

頼もしそうに胸を叩く藤田君。
その言葉通り、色々と彼が気を回してくれたおかげで、私に刺激が与えられることは
最小限になった。
このおかげで私の病気も治ったら、ハッピーエンドやったんやけど・・・。


「保科さん。ひどく悪化しているみたいだけど」
「はっ、はあ。すんません」
「いえ。焦る気持ちもわからないでもないけどね、勉強だけが全てじゃないでしょ。
学生生活っていうものは」
先生は処置を行いながら、私のことを心配してくれる。
・・・いや、確かに先生の言うとおり、勉強は控えたんやけど。

「いっ、委員長!!」
「あっ、あかんて! そこ、違う! もっと上や!」
「えっ、えっ!? よくわかんねえぞ?」
(以下、検閲により削除)

・・・ううっ、藤田君のアホ。なんでこういう時に、こういう目に合わすんや。
先生を騙すのはなんか嫌やけど、本当のことを言うわけにもいかへんし。

「はい。終わり」

先生は処置を終えると、私のカルテの書き始めた。
「えらいすんません。また、お願いします」
診療台から降り、私は荷物を片づけ始める。
「あー、そうそう。保科さん」
なんでしょうか?

「彼氏にはちゃんと着けるように指導してね。雑菌が入ると困るわよ」

バレとる!?

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おまけ

「これで、とどめだー!」
BAOOOOMM!!
「あっ・・・」
「勝負あったな、影部永子!」
「十三朗君・・・そこ、場所が違う」
「へっ?」
「・・・責任、取って下さいね」

俺の名前は後留悟十三朗。
学校を辞め、妻の後留悟永子を養うために働く、戦うセールスマンだ。

「痔でお悩みではないですか?」

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ある方より許可をいただき、再度の崖っぷちに挑戦しました。

苦情、お待ちしております。(笑)

感想、苦情、リクエストなどがございましたら、
aiaus@urban.ne.jp
まで。
ではでは。