宮内さんのおはなし 三十壱の四 投稿者:AIAUS 投稿日:6月1日(木)07時22分
私と耕一さんの今していることって、同棲って言うんでしょうか?
いえ、エッチなことなんて、まだしていないんですけど。
耕一さんが家からいなくなってしまった時、私は胸が張り裂けそうでした。
大切な人を失う悲しみは、もう味わいたくはなかったから。
でも、耕一さんはすぐにお手紙で、自分がどこにいるのかを教えてくれました。
私だけに。

千鶴さん達の所へ戻ったら、大切なことを告げるよ。

私の気持ちはもうわかっているのに、耕一さんは何を悩んでいるのでしょう?
きっと、梓達に遠慮しているのに違いありません。
でも、いいんです。
私は待ちます。
耕一さんが妹達に事実を告げてくれる時を。

「俺、千鶴さんと一緒にいたいんだ」

私にはもう言ってくれた言葉。そして、妹達にも告げられるであろう言葉。
私は待ちます。
苦難と祝福が訪れる日を。

・・・あれ、お醤油が切れている。


(ここより、視点変更)

俺は悩んでいた。
俺にとって一番、大事な人は誰なのか?
俺はそれを決めるために、柏木家から距離を置いたはずだった。
彼女達から離れて考えれば、大切なものが見えてくる。そのはずだった。

でも、みんなが心配するといけないから・・・。

手紙を書いたのはそのためで、千鶴さんにだけ場所を知らせたのは年長者である分、
俺の悩みを理解してくれていると思ったからだ。
なのに・・・。

「耕一さん。お醤油のついでに、何かお菓子でも買いましょうか?」

俺の横には千鶴さんがいる。
手紙が着いたその日に、俺を追いかけて来たそうだ。
今は俺と腕を組んで、楽しそうに鼻歌を歌いながら買い物をしている。

「まあ、新婚さんかしら」
「いいわねえ、あたしらも若い頃は・・・」

聞こえているっての! おばさん達!
あああ・・・千鶴さんが顔を赤らめて恥じらっている。
かわいい! なんて、かわいいんだ!
やっぱり、俺は千鶴さんのことが・・・。

いかん。このままでは、なし崩し的に俺は千鶴さんを選んでしまう。
もちろん、俺は千鶴さんのことが好きだ。でも、梓や楓ちゃん、初音ちゃんのこと
だって同じくらいに好きだ。
問題なのは、俺が好きな人ではなくて、俺が愛している人のことだ。
みんなの気持ちはわかっている。
だから、俺は真剣に考えなくてはいけない。
真剣な思いに答えるために。


「耕一さん。スーパーに寄っていきますので、先に帰っていて下さいね」
コンビニで退屈そうにしていた俺に気を使ったのだろう。千鶴さんはそう言うと、
コンビニの袋を下げて、一人でスーパーに買い物に行ってしまった。
後ろ姿が少し寂しげだけど、この場は助かった。
千鶴さんと毎日、同じ部屋で同じ時間を過ごすだけでも俺の理性は本能に負けて
しまいそうなのに、行動まで同じにしていると敗北は必至だ。
ごめんね、千鶴さん。
大切なことだから、ちゃんと考えてから決めたいんだ。


「ふぁーぁ。やっぱり、公園って落ち着くよなー」
ようやくリラックスできたのか、大きなアクビが出た。

「耕一お兄ちゃん?」

公園のベンチに座っていた俺。そして、そんな俺に声をかけたのは・・・初音ちゃん?
気が付くと俺は、何も言わずに彼女から逃げ出していた。
「どうして? どうして、逃げるの? 耕一お兄ちゃーん!」
悲鳴が痛い。
でも、このまま会ってしまうと、また千鶴さんと同じようなことになりそうだ。
とにかく、この場は逃げるしかない。
そう思って走り出した俺の前に、誰かが立ちふさがった。

「待ちなさいよ!」
「待ってください、柏木さん。それはあんまりな態度じゃないですか?」

俺の前に立っているのは、肩をいからせて怒った顔で俺を見ている眼鏡をかけた
小柄な女の子と、痩せた長身の男。目が細いので表情はわからないが、やはり怒っているようだ。
「だっ、誰だ。あんた達は?」
「誰だっていいでしょう? 初音ちゃんみたいな小さな女の子があなたを捜しに、
こんな遠くまで来ているのに! 何も言わずに逃げるなんて、どういう了見?」
男の方も女の子ほど激しくはないが、俺を非難してきた。

「同好の士として言わせていただきます。柏木さん、恐れてはいけませんよ」

はあ?
痩せた男の方が言ったことがわからなくて、俺は目を丸くする。
あっ、眼鏡の女の子もわからないみたいだ。
「月島さん・・・何を言ってんの?」
「確かに、同意があっても初音ちゃんぐらいの[ようじょ]に手を出したら法律で
罰せられる! だからと言って、それを恐れて何になるんですか!」
・・・何を熱く語っているのでせうか、この人は?
「柏木さん。運命なんですよ、あなたと初音ちゃんの出会いは。ここまで[ようじょ]に強く
思われている方は見たことがありません! あなたは、虐げられた我々の希望の光なのです!」
あっ・・・初音ちゃんが追いついてきた。
「初音ちゃん! 君からも言ってくれ。年齢なんか関係ないって! たとえ、[ようじょ]
でも恋愛ができると!」
・・・初音ちゃんも目が点になっている。
「あの・・・私、一応は高校生なんですけど」
自信なさげに初音ちゃんが言うと、細目の男の目が見開かれた!
「なんだって! [ようじょ]じゃない!? 君は自分の年齢を誤魔化して、柏木さん
を騙していたのか!? それは同じ[ようじょ]好きとして許せないぞ!」
・・・俺、いつからロリコンになったんだ?
「月島さん」
眼鏡の女の子はニッコリ笑うと、その月島と呼ばれた男の体を軽々と抱え上げた。
「なっ、なにをするんだ! 藍原君!」
「公園で、幼女、幼女って連呼するんじゃなーい!」
ドガシャ!

「「おおっ! ノーザンライトボム!?」」

俺と初音ちゃんは驚嘆して叫んだ。
「いやー、なんかいいもの見せてもらったねー」
「うん、うん。刺さってるよ、月島さんったら・・・あっ!」
ほがらかに話している場合ではない!
初音ちゃんを置いて、俺は後ろも見ずに逃げ出していた。


はあ、はあ・・・運動不足なのか・・・。
とりあえず、駅の前まで逃げ出した俺は、荒い息をついていた。
ここまで逃げれば、初音ちゃんは追いかけて来ないだろう。
でも、何やってんだ、俺・・・初音ちゃん、傷ついただろうな。
距離を取れば答えが見えてくると思ったけど、よけいに悩みが複雑になっているような・・・。
追いかけてきてくれたんだよな、初音ちゃんも俺のことを。
早く・・・答えを出さないと。

「君、ちょっと一枚、いいかな?」

声をかけてきたのは、この駅の近くでスタジオを構えているカメラマンの叔父さん。
前に、千鶴さんと一緒に歩いていた時に声をかけてきて、写真を撮っていったはずだ。
「いやー、最近は君みたいにいいモデルに出会えなくてねー」
叔父さんはカメラの準備をしながら、俺に話しかけてくる。
「でも、周りにも格好いい連中はいるじゃないですか」
駅の周りを見回しながら答える俺に、叔父さんは溜め息をつく。
「違うねー。僕が男の被写体に求めるのは、美しさではなくて存在感なんだよ。見る
者を惹きつけずにはおかないようなパワー。そういうのが欲しいんだよねー。今は
同じような男ばかりで、あまり面白くないよ」
俺にそんな存在感があるのか?
半信半疑で回りを見回すとそこには・・・おお! 美人の女の子!
長い髪がサラサラと風になびいている。あれ、こっちに来るような・・・。

「ねえ! あそこにいるのが、あの写真を撮った叔父さんじゃない?」
「うん。それっぽいね」

げっ! なんで、梓が隣りにいるんだ!
こっ、このままでは見つかってしまふ・・・。
「それじゃ、撮るよー」
呑気に声をかけてくる叔父さん。
いかん! このままでは・・・一か八かだ!

俺が気合いを込めると、全身の筋肉が盛り上がり、骨格がミシミシと音を立てて
作り替えられていく。両手のツメがせり上がり、凶器としての刃になる。そして髪は
棘のように硬質化し、勢いよく後ろへと伸びていく・・・。

グゥオオォォォォォ!

鬼と化した俺は、カメラマンの叔父さんの前で素早くポージングを行った。

「あのー、すいません。こういう男の人を見かけませんでしたか?」
梓が写真を出して、叔父さんに何か聞いている。
「いいね! すごくいいね! 圧倒的な存在感! これこそがパワーだよ!」
叔父さんは梓を無視して、写真を撮りまくっている。
「すいませーん!」
梓がなおも声をかけようとするので、俺は大胸筋を誇示するポーズから上腕二頭筋を
アピールするポーズへとポージングを変更した。
「おおおっ! 素晴らしい! ワンダフル!」
梓を無視して、夢中になって写真を撮り続ける叔父さん。
よっしゃ! なんとか誤魔化せそうだ。

「ねえ、そこのあなた。こういう人を見かけたことがない?」

梓の隣りにいた長髪猫目の美少女が俺に話しかけてくる。
「グワゥ、グワゥ」
「知らない? 困ったわねー」
「グワゥ、グワゥ、ウルォォォォォオ!」
「えっ? あっちの方で見かけたような気がする? サンキュ! 梓さん、いくわよ!」
「わかった!」
走り去っていく梓と美少女の姿が消えたのを確認すると、俺は変身を解いた。
「OK! OK! ありがとう、君! 今日はいい写真が撮れたよ」
叔父さんは俺の肩をバンバン叩きながら、嬉しそうに笑っていた。
「ありがとう! また頼むよ。早く現像したいから、これで!」
叔父さんは大事そうにカメラバックを抱えると、急いでスタジオへと走っていった。
よかった、なんとか誤魔化せて。
・・・いや、本当はよくないんだけど。

「あれ? 柏木さんですか?」
「OH! コーイチがいたヨ!」
ギクゥ!
振り返った俺が見たのは、見たことがない高校生の男の子と金髪の少女だった。
「さっきからいろんな人が捜していますよ、柏木さんのこと」
「ソーデス! Very Important Personネ、コーイチ。オカッパ頭の女の子とヤジマが、
あなたのことを捜してイマシタ」
もしかして、楓ちゃんも俺のことを捜しに来ているのか?

「とにかく、理由を話して下さいよ。家出したんだって聞きましたけど」
訳知り顔で聞いてくる高校生。
仕方がないか・・・この場合は。
俺は見知らぬ高校生に、事情を話してみることにした。
もしかすると、話している間に気持ちが整理できるかもしれない。
そう思ったからだ。

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突然切れましたが、ご容赦を。
続き物って難しいですねー。やってみて実感しました。

感想、苦情、リクエストなどがございましたら、
aiaus@urban.ne.jp
まで、お気軽にどうぞ。

ではでは。