宮内さんのおはなしR  その十弐 投稿者:AIAUS 投稿日:5月26日(金)01時01分
「・・・ごめんなさい! 私、あなたの気持ちに応えることができません!」

ロングヘアーの赤い髪をした女の子が、セリオの前から走り去っていく。
いつも通りの無表情な顔で、その背中を見つめるセリオ。
しかし、その瞳は少しだけ、悲しそうな光を帯びているように見えた。

「あちゃー、これで十連敗目ね」

うなだれるセリオの肩を、なぐさめるようにして綾香の手がつかむ。
「なにがいけなかったのでしょうか?」
残念そうなセリオの質問に、綾香は少し言いにくそうにして応えた。
「あー・・・まあ、こういうのは経験だから」
セリオの前から走り去った女の子の姿はもう見えない。

代わりに写っているのは、「Pure love school」と書かれたゲームのタイトル画面。
セリオは、その手にゲームパッドを握っていた。



「セリオとゲームやってもつまんなーい!」
綾香がそう言ってゲームパッドを放り投げたのは、昨日のことである。
遊んだのは最新の格闘ゲーム。オーソドックスな3Dタイプだ。
五十戦五十敗。そのほとんどがパーフェクト負け。
どんなキャラを使っても、どんな方法で闘っても負けてしまうのだ。
考えてみれば当たり前で、セリオの頭の中にあるCPUは、綾香の持っている家庭用ゲーム機
の中にあるCPUよりも遙かに高度なものが積まれている。そして、綾香には見分けられない
ドット単位の間合いの差を、セリオは見分けることが出来る。
そして何より、綾香はあまりゲームが上手ではなかった。
「もーう! なんで、勝てないのよー!」
自分の腕は棚に上げ、子供のように頬をふくらませて絨毯の上に転がる綾香。
はぶてる綾香に向かって、セリオは言った。
「手加減いたしましょうか?」
「もう充分、ハンデもらっているわよ! なんで、攻撃力に八倍も差があるのに、
あっさり負けちゃうのよー!」
「攻撃が当たらないからでは?」
「避けている本人が言うセリフじゃないでしょー!」
セリオにヘッドロックをかけて、頭を拳でグリグリする綾香。
そんな彼女の目に、浩之から借りてきたゲームの箱がうつる。

(セリオに恋愛SLGをやらせてみたら、どうだろう?)

綾香の思いつきから、後で長瀬も注目するようなメイドロボの実験が始まることに
なったのだった。

「Pure love school」
最新の恋愛SLGで、ゲームのシステムとしては主人公を成長させながらお目当ての
ヒロインと恋人になるのが目的というオーソドックスなもの。
イラストレーターに最近人気の作家を採用しているので、売れ行きは好調である。
ただ、ゲーム雑誌の辛口ライターの間では、二番煎じ、特徴がない、どこかで見た
ようなゲーム、という評価を受けているゲームでもある。

綾香が浩之の部屋に遊びに行って、ほとんど無理矢理に「Pure love school」を
借りてきたのは一週間前。しかし、綾香は現役の女子高校生なので、ゲームの中で
女子高校生に微笑まれても嬉しくはないのだ。
「ふーん、浩之のやつ、こんなゲームやっているんだ?」
感想はそれだけだった。

ゲームをセットし、セリオにパッドを持たせる。
「いい、セリオ? サテライトサービスから攻略情報を引き出すのは禁止だからね」
「わかりました。綾香様」
そして、セリオは「Pure love shool」を始めたのだが・・・。
これが実に下手。
主人公を育てるのは上手く、各パラメーターの数値はすぐに攻略可能なレベルまで
上昇するのだが、なにぶん会話の選択が絶望的。

「セリ夫君・・・一緒に帰らない?」
ピッ!
「ごめん。家に帰って試験勉強をしなくちゃいけないから」
傷ついた表情で、画面から消えていく女の子。

「・・・ちょっと、セリオ。今のはまずいんじゃない?」
「しかし、試験中にデートすると、点数が悪くなるのです」
「テストの点を競うゲームじゃないでしょ」

予想通り、第一回目のプレイはバッドエンド。
セリオは不思議そうに画面を見つめている。
「あちゃー・・・なんか予想外よね」
「おかしいですね。エンディングには女の子が出てくると、綾香様はおっしゃられた
はずなのですが」
「だぁかぁらぁ、ふられたんだってば! あんたの来栖川セリ夫君は!」
「おかしいですね」
セリオはもう一度、首をかしげた。

「あなた、瞳が燃えているわね! 野球をするべきよ!」
ピッ!
「ごめん・・・野球には興味がないんだ」
また、女の子が残念そうな顔をして去っていく。

「今の、チャンスだったんじゃない?」
「いえ。野球部はパラメーターの伸びがよくなかったので」
綾香の言葉に答えると、セリオは再びゲームを進めていく。
結果はやはり・・・バッドエンド。
「おかしいですね」
セリオはまた、首をかしげた。


どうもセリオは主人公のパラメーターの数値の伸びを気にして、女の子の恋愛度
などには無関心のようだった。
それが十連敗の原因になったようだ。
しかし、すでにあらかたの選択肢は体験済みなので、嫌われた選択肢の逆を選べば
攻略は可能である。
「しかし・・・セリ夫君なんか嫌いですぅ! って言葉まで、喋らなくてもいいと
思うんだけど」
「名前まで喋るのが理解不能ですね。そのメモリをシナリオに回した方が良いのでは?」
「うーん・・・よくわかんないけど、男の子ってこういうのが気に入るんじゃないの」
「理解不能です」
ちょっと不思議な経験をしながら、セリオは十一回目のプレイを進めていった。
ようやく、クライマックスシーン間近になる。

「うん・・・私、もう帰るね」
セリ夫の腕の中で泣いていた女の子が、静かな声で言った。

1:ああ・・・もうすぐ暗くなるしな。
2:・・・泊まっていけよ。

ピッ!
「・・・さよなら」
セリ夫が選択肢を選ぶと、女の子は少し肩を落として去っていった。

「・・・今のは違うでしょ、セリオ」
さすがに今度は、綾香のつっこみが入る。同じ女の立場として、あそこで彼氏の部屋
から帰されるのはなんか違うと思ったのだ。
結果はやはり・・・バッドエンド。
「おかしいですね」
首をかしげるセリオの手から、綾香はゲームパッドを取り上げる。
「今日はもう遅いから・・・そうね。セリオにはまだ難しいわよね。それがゲーム
であっても」
その微笑みはまるで母親のように優しかったと、後でセリオは思った。


「・・・・・・・」
綾香が眠った後、一人でセリオは「Pure love school」を続けている。
さっきのデータをセーブしていたので、今度は帰さない方を選んでみる。

「セリ夫君!」
画面の中で、女の子の顔がアップになった。
そして・・・。

「そう・・・そうだったのですね」
セリオの手に握られたゲームパッドは、振動機能がついていないのにも関わらず、
なぜか震えていた。


翌朝。
「ふぁぁぁー」
寝間着姿の綾香が大きく背を伸ばす。
「セリオー。着替え取ってー」
いつもベッドの横に立って、綾香の起床を待っているセリオに声をかけた。
だが・・・セリオはいない。
「セリオ?」
もぞもぞとベッドが動く。

「おはようございます。綾香様」

声をかけられた綾香が恐る恐る振り向くと、そこにいたのは裸のセリオ。
「昨日は、とってもよかったです」
なぜか顔を赤らめ、ベッドに「の」の字を書くセリオ。
綾香の声は震えている。
「・・・なにが?」
「やはり、思い切って行動することが肝心なのですね」

「だから、なにがぁぁぁぁぁ!!!」

その日の来栖川邸は、なぜか朝から騒がしかった。

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おまけ

その頃。
「ダメですぅ! そこはもっと思い切って行動しないと」
「いや、だって・・・えげつないだろ、それは」
「鞭を惜しめば子を損なう、ですよ」
浩之はなぜか、マルチにゲームの指導を受けていた。

ちなみに、そのゲームは・・・全年齢向けではなかった。

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チャットで丹石(あかし)さんが「いじめたくなるような可愛いセリオ」を書きたい、
とおっしゃったので、僕も挑戦しました。
できあがったのは・・・どうも違うようで(笑)
やはり、丹石さんのおっしゃる通り、「いじめてセリオ」は難しいです。
今度、もう一回、再チャレンジ!

感想、苦情、書いて欲しいSSなどがございましたら、
aiaus@urban.ne.jp
まで、お気軽にどうぞ

ではでは。